101、戦線復帰
エルドリンは、二人の様子を静かに見つめたあと、穏やかな声で口を開いた。
「……二人とも、かなり消耗していますね。アゼザルから、戦いの一部は聞いています。――相当、苛烈だったようだ」
その言葉には責める響きはなく、ただ事実を受け止める重みと、労わりが込められていた。
「……ああ、タフな戦いだった」
ガルムは短く答えたが、その声には疲労が滲んでいる。握りしめた拳には、まだ戦いの余韻が残っていた。
「ソレンディル……魔法を使いすぎて、精神まで削れているのではありませんか?」
「……そうだね。少し、きついかも」
ソレンディルは小さく笑ったが、その笑みは力が抜けていた。
「確かにな……油断すりゃ、そのまま倒れそうだ」
ガルムは肩で息をしながら、苦笑を浮かべる。
張り詰めていた糸が、今にも切れそうな状態だった。
エルドリンはそんな二人を見て、和ませるように微笑んだ。
「本当に、お疲れ様でした」
一拍置き、視線を空へと向ける。
そこには、なおも旋回を続ける巨大な竜の影。
夜のとばりが降りる空を裂くように、その異形は悠然と舞っていた。
「……ですが、あれを倒さない限り、この戦いは終わりません」
静かでありながら、逃げ場のない現実を突きつける言葉だった。
「――もう少しだけ、付き合ってください」
その声には、不思議と抗えない強さがあった。
エルドリンは両手を掲げ、詠唱を紡ぐ。
足元から、淡く青白い光が湧き上がり、二人の身体を包み込んだ。
冷たい水に浸るような感覚と同時に、心の奥にこびりついていた疲労や恐怖が、ゆっくりとほどけていく。
先ほどまで胸を締めつけていた絶望――仲間を失うかもしれないという恐怖が、霧のように薄れていった。
「……これは」
ソレンディルが目を見開く。
「精神強化の魔法です。心が和らぐでしょう。お二人が過負荷で崩れる前に、支えを入れました」
エルドリンはそう言いながら、小瓶を二人に差し出した。
「これを飲んで下さい。上級薬草から精製した回復薬です。」
ガルムはそれを一気にあおる。
喉を通った瞬間、熱を帯びた液体が体の奥へと流れ込み、血流とともに全身へ染みわたっていく。
重かった四肢が軽くなり、いつのまにか鈍っていた感覚が戻ってくる。
「……効くな、こいつは。」
ガルムが目を見開いた。
ソレンディルも深呼吸をして静かに息を吐き、頷いた。
「……回復してきた感じがする。」
エルドリンはそんな様子を見ながら満足げに小さく頷いた。
「少し座って、話を聞いてください。」
そう言ってから、視線を後方へ向ける。
「リシェル。アシュリーを、こちらへ」
「はい!」
リシェルは即座に応じ、肩を貸しながらアシュリーを連れてくる。
アシュリーはまだ完全には回復していない。
その姿を確認したエルドリンは、全員を見渡して告げる。
「アイアンゲートから、冒険者の援軍を連れてきました。」
その一言に、周囲の空気がわずかに変わる。
「アシュリーとリシェルは、彼等の指揮を執ってください。負傷者の救出と治療をお願いします。」
「……了解しました。」「援軍が来てくれるなんて。」
アシュリーはまだ声に力はないが、はっきりと応じた。
リシェルは感激して強く頷いた。
エルドリンは再びガルムとソレンディルへ向き直る。
「お二人は、少し休んだ後――あの竜を、三人で討ちましょう。」
その言葉に、ガルムの口元がわずかに歪んだ。
「……仕返しか。いいな。」
ソレンディルも静かに微笑む。
エルドリンはさらに詠唱を重ね、今度は白い光が二人を包み込んだ。
敵のダメージを和らげ、肉体を強化する魔法だった。
筋肉の奥に力が満ち、感覚が鋭く研ぎ澄まされる。
戦うための身体へと、再び作り替えられていく。
「作戦は?」
ガルムが短く問う。
エルドリンは一歩前に出て、空の竜を見上げた。
「まず、私が単独で仕掛けます。魔法と剣、両方で圧をかけます。」
その声は落ち着いていたが、内に鋭い意志を秘めている。
「お二人はその間、観察してください。あれほどの巨体です。必ず死角があります。」
ソレンディルは軽く息を整えながら頷いた。
「……属性の相性も見極めるってことだね。」
「ええ。効く魔法を見つけたら、容赦なく叩き込んでください。」
「了解」
短く、しかし確かな返答。
ガルムが腕を組んだ。
「で、俺は?」
エルドリンは一つの魔道具を取り出し、ガルムへ差し出した。
淡い光を帯びたそれは、見ただけでただの品ではないと分かる。
「これを」
ガルムは受け取り、目を見開いた。
「……おい、これって」
「浮遊補助装置です。試作ですが、実用には耐えます。」
エルドリンは淡々と言う。
「人間にはエーテル量が足りず扱えませんが、ガルムなら問題ない。」
ガルムは拳を握り、にやりと笑った。
「空で戦えってか……上等だ。やってやる。」
「マナを送り込んで、イメージで浮かぶ、移動するとなります。
空中での小回りは“縮地”を応用してください。
水平移動、上下移動はそれで対応して下さい。
近接、遠隔でも構いません。攻撃を叩き込む。」
「ぶっつけ本番だな。」
「ええ」
エルドリンは微かに笑った。
「ですが――ガルムなら出来る」
ガルムの目に、再び闘志が燃え上がる。
「……任せとけ。」
先ほどまで、絶望の淵にいた二人は、もうそこにはいなかった。
戦う者の顔へと、完全に戻っていた。




