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エーテルリウムの黄昏  作者: お茶どうぞ
97/103

97、反撃


ガルムは、軍港からやや離れた避難地点に退いていた。


そこはもはや“後方”などではない。

臨時に設けられたその場所は――戦場病院そのものだった。


地面には、負傷者たちが無造作に横たえられている。

癒術師たちが必死に治癒魔法を施し、淡い光が次々と灯っては消えていく。


焦げた鎧。焼けただれた肉。

苦痛に歪む顔。呻き声。


自力で戻ってきた者たちは、地面や簡素な椅子に腰を下ろし、肩で荒く息をしていた。

その視線は虚ろで、戦いの記憶からまだ抜け出せていない。


中には、熱傷で意識を失い、微動だにしない者もいる。


焦げた匂いと血の匂いが混じり合い、重苦しい空気となって漂っていた。


「……っ」


ガルムはその光景を見つめたまま、荒い呼吸を繰り返す。


ゼイ……ゼイ……と胸が上下する。


自分の戦いが――この結果だ。


神代の化物。

あの理不尽な存在に対峙した結果が、これだった。


拳を握る。


(違う……)


これは――闇の主の軍勢ではない。


(こんな戦力……)


もし本当に敵陣営がこの力を持っていたのなら、

とっくに前線に投入していたはずだ。


こんな“切り札”を、今まで温存する理由がない。


つまり――


「……別だ」


ガルムは低く呟いた。


まったく別の脅威。

この戦役そのものの枠を超えた“何か”。


そして――


「あいつ一人にしちまった……」


視線が、遠く軍港の方角へ向く。


ソレンディル。


あの巨躯と対峙しながら、今も一人で戦っているはずだ。


歯を食いしばる。


助けに行きたい。だが――身体が言うことをきかない。


悔しさが胸を焼く。


その時だった。


――『おい、ガルム』


頭の奥に、直接響く声。


「……っ!?」


ガルムは思わず顔を上げ、声を荒げた。


「なんだ!誰だ!」


周囲の兵が驚いて振り向くが、声の主はどこにもいない。


――『声に出さずともよい。我はネフィリム……アゼザル・マハト』


その名を聞いた瞬間、ガルムの目が見開かれた。


(あの時の……!)


『そのアゼザルが、俺に何の用だ?』


心の中で問い返す。


――『お前が対峙したものは……神代の化物であったか?』


『ああ……そうだ』


ガルムは息を吐きながら答える。


『俺たちじゃ倒せねぇ。ソレンディルでも……止めきれねぇ』


悔しさが滲む。


しばしの沈黙。


やがて、アゼザルの声がわずかに低くなった。


――『我はソレンディルを娶る者。人の争いに介入する気はなかったが……』


一瞬の間。


――『神代の化生とあらば、話は別だ』


その声音には、明確な“意思”が宿っていた。


――『ソレンディルを危険に晒すわけにはいかぬ』


ガルムは目を閉じた。


(……頼む)


『あの化物は……俺たちじゃ無理だ。頼む、アゼザル』


そして、静かに願う。


『ソレンディルを……守ってくれ』


――『了解した』


短く、しかし確かな応答。


――『ガルム。よくやった。しばし体を休めよ』


その言葉を最後に、気配はすっと消えた。


ガルムは力が抜けたように肩を落とし、椅子に腰を下ろした。


「……あとは、任せたぞ……」


自分には、もうどうすることもできない。


ただ――信じるしかなかった。


その頃、軍港セリオン。


海と炎と雷が入り混じる戦場で――

ソレンディルは、ただ一人戦い続けていた。


空に、四つの巨大な魔法陣が展開されている。


火炎。

電撃。

爆裂。

氷結。


それぞれが異なる輝きを放ち、重なり合いながら回転していた。


「――凍てつけ!」


氷結魔法が海面を凍らせ、巨体の足を封じる。


「――弾けろ!」


続けざまに爆裂と火炎を叩き込む。

氷に閉じ込めたまま、内部から破壊する。


砕けた氷とともに、肉体が裂ける。


「――貫け!」


最後に電撃を流し込む。


『バァン!!』


衝撃が巨体を揺らす。


ジャイアントはぐらりと傾き――


膝をつく。


だが。


――立ち上がる。


何度でも。


何事もなかったかのように。


「……致命傷にならないか」


ソレンディルは歯を噛みしめた。


決定打がない。


攻撃は通っている。だが――足りない。


「っ!」


考えた瞬間、巨大な拳が振り下ろされる。


「おっと」


風の精霊に身を委ね、紙一重で回避する。


その時――


空を裂くように、白い稲妻が走った。


『バチィッ――!』


閃光が大地を叩く。


そして――


現れた。


ジャイアントと同等の巨躯。


神代の存在。


「……アゼザル様……!」


思わず声が漏れる。


「神代の化生と聞いてな。黙っておれなかった」


低く、重い声。


「大丈夫か?」


「……はい!」


短く答える。


その一言だけで、胸の奥にあった不安が消えていく。


「少し下がっておれ」


アゼザルが一歩前に出た。


右拳が炎のように赤く輝く。

左拳が白い雷光を纏う。


そして――


振り抜いた。


『ズガン!!ズガン!!』


二撃。


巨人の顔面が大きく歪む。


だが反撃。


巨大な拳が、アゼザルの胸を撃ち抜く。


『ドォン!!』


衝撃波が空気を震わせ、ソレンディルの身体を押し返す。


(……次元が違う……)


人の戦いではない。


アゼザルは一歩も引かない。


そのまま敵の腕を掴み――


背負い投げた。


巨体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。


地鳴り。


土煙。


そのまま馬乗りになり――


胸部を狙う。


埋め込まれた厄災の魔石。


そこへ――


拳を、何度も叩き込む。


光が炸裂するたび、鈍い衝撃音が響く。


ジャイアントは反撃できない。


ただ打たれるだけ。


やがて――


魔石が、赤く脈動を始めた。


「……!」


アゼザルは両手を組み――


叩きつけた。


『バリィィィッ!!』


砕ける音。


同時に――


赤い光が、爆ぜた。


『ドォォォォン!!』


爆発。


衝撃。


炎。


すべてがアゼザルを飲み込む。


「アゼザル!!」


ソレンディルの叫びが響く。


煙の中から――


声が返ってきた。


「問題ない」


その姿は立っていた。


片側の肌は焼け、ただれている。

だが――ゆっくりと再生していく。


「この程度の仕掛け……どうということはない」


ソレンディルは深く息を吐いた。


「……よかった……」


安堵が胸に広がる。


アゼザルはゆっくりと姿を縮め、ソレンディルと同じ目線に立つ。


「本来、我は介入するつもりはなかった」


静かな声。


「神代の存在が知られれば、面倒が増えるからな」


少し間を置き――


「だが、あれは違う。あれは“遺物”だ」


その瞳に、わずかな憂いが宿る。


「父なる神が残したもの……存在そのものが災いだ」


ソレンディルは静かに頷いた。


「でも……来てくれたんですよね」


まっすぐな視線。


「ありがとうございます」


その言葉に、アゼザルはわずかに目を逸らした。


(……感謝、か)


遠い記憶が、かすかによぎる。


何千年ぶりだろうか。


だがすぐに、表情を引き締めた。


「まずはガルムを安心させてやれ。お前を案じていた」


そして、続ける。


「それと――この国の別の場所で災いが起きた」


ソレンディルの顔が強張る。


「さらに北西からも……こちらへ向かっている」


重い事実。


「我はこれ以上動けぬ。姿を見せ続ければ問題になる」


「……わかりました」


ソレンディルは一歩近づき――


そのまま、抱きついた。


「ありがとう、アゼザル」


一瞬、時が止まる。


そして彼女はすぐに離れ、風を纏って飛び上がった。


ガルムのもとへ。


アゼザルはその背を、静かに見送る。


やがて――


その姿もまた、光の中へと消えていった。


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