6、鍛冶屋マスターハンズ・ハンドクラフト
城塞都市アイアンゲートは鉱石ヴェリタス・ストーンが採掘されている。
ヴェリタス・ストーンは非常に堅固で、通常の鉱石よりも耐久性が高く、鍛造された武器は並外れた強さを持つ鉱石である。エルドリンの太刀が折れなかったのもそれが理由だと考えられる。
この鉱石は魔法のエネルギーを帯びており、鍛造された武器には魔法的な効果が込められやすくなっている。
付与魔法は火炎、氷結、雷撃など何でも可能である。
暗殺者等は即死系やステータス低下の魔法をスピナーに付与するを依頼者がいるらしい。
製作された武器は使用者が持つ固有のエーテルに共鳴を受けやすく、鉱石から作られた武器は、使用者のエーテルと共鳴して、より強力な力を発揮する。
エルドリンの打込みの強さの秘密はそこにあるのではないかとも考えられる。
アイアンズゲートの武器はアルカディア王国でのみ売買され輸出規制がされている。
訪問者が個人で購入することが出来るが大量発注は国により管理されている。
アイアンズゲートの鍛冶職人は公爵ファルコンハート家の臣下として雇われている。
鉱石ヴェリタス・ストーンの加工、武器の製造方法等は情報管理が徹底されていて門外不出である。
そんな話しをしながら鍛冶屋通りに入った。
エルドリンは彼の武器を扱ってもらっている"マスターハンズ・ハンドクラフト"に2人を連れて行った。
マスターハンズ・ハンドクラフトの外観は直行する2棟の建物の間にレンガ積みの大きな煙突が建っており、煙突上部に鉄の円筒の屋根が着いている。
外廊下として左側から右側の建物まで雨除けの張り出し屋根が付いている。
直行する左側の建屋は高さが約6メートル弱、長さが約20メートルの大きさを持つ石造りの工房で、道路側の建物端部には出入口用で荷馬車が入るように高さ3メートル、開くと4メートルはありそうな鉄扉の両開き扉が付いている。
その側面が工房の入口になり上部に鉄で造られた看板が掲げられている。
右側の建物は3階建ての大きな木造の建屋で弟子の宿舎になっている。
エルドリンは入口扉の牛の鼻輪を模したドアノッカーをノックした。
扉が内側から開かれ事務受付をしているリアナ嬢が顔を出した。
「いらっしゃいませエルドリン様。」
「こんにちはリアナ。今日も素敵な笑顔で迎えてくれてありがとう。」
「ありがとうございます。本日はどのようなご用向きでしょうか?」
「私の連れにアイアンゲートで一番腕の良いこの工房を案内したくてね。
マスターはいるかい?昨日伝えておいてもらったんだが。」
「マスターはいらっしゃいます。中にお入りになって待合のソファーでお待ち下さい。」
3人は中に入り3人がけソファーが対面で置かれて中央にテーブルがある場所に2人と1人で対面に座った。
リアナが奥の扉から部屋を出ていった。
入口入ってすぐの待合室は内装にヒノキの板を張り詰めて綺麗な深いグリーンで
塗られモミの木のタペストリーが貼ってある。
魔晶石により室内は明るくなっており、受付机のある背面には公爵ファルコンハート家の
紋章であるグリーンの下地に黄色いファルコンが描かれた盾が飾られていた。
ソレンディルとガルムはつい見回してしまった。
床は樫の木が貼られていて焦げ茶色の保護剤が塗ってある。
踵が硬いブーツを履いていると心地よい響きが返ってくる仕様になっている。
中央テーブルの下にはラグが敷いてあり、観葉植物まである。
リアナがキャスターの付いたワゴンにお茶とお茶受けを乗せて入室して来た。
「マスターはもうすぐいらっしゃいます。それまでお茶をどうぞ。」
「ありがとうリアナ、私はここのお茶が大好きなんだ。」
「お褒めの言葉ありがとうございますエルドリン様。そういっていただけると
励みになります。」
ソレンディルとガルムはエルドリンの所作に出自の良さを感じた。
自然に出る礼儀正しい態度、相手に対する気遣い。
その時奥の扉が開いた。
"マスターハンズ・ハンドクラフト"のマスターであろうドワーフと3人が入って来た。
エルドリンは立ち上がりソレンディルとガルムも続いた。
「マスター私の我儘に応じてくれてありがとうございます。
こちらがタンザナイトクラスの冒険者であらせられるソレンディル様とガルム様です。」
「私は鍛冶師グローリン・アイアンハンズです。こちらは家内のリリアン・アイアンクラフト
長男のブロ-リン・アイアンクラフト、次男のバルド・アイアンクラフト以後お見知りおきを。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
「どうぞお座り下さい。」
グローリンが促す。
両端のソファーにグローリンが座り後ろに家族が側使えする。グローリンがお茶を勧めて来る。
「家は見ての通り家族経営です。会計と商談はリアナとリリアンが担当してます。
新しい武具の製造については次男のバルドが性能、意匠等設計を承ります。
製造部門に10人弟子がおります。製造物の品質、納期管理を長男のブローリンが管理しております。
私は最近は会合等で工房より外出している事が多いかと。
本日は工房の案内と作品のご案内をさせて頂きます。」
「お手数かけますがよろしくお願いします。」
「いえいえこちらこそエルドリン様のご依頼とあらば嬉しい限りです。」
「そう言われるとありがたい。」
エルドリンとグローリンは懇意にしているようだ。
それと彼は冒険者名エルドリン・ファルコンを公称として使用しているのが分かる。
グローリンが立上り、ソレンディルとガルムが続きその後にエルドリン、最後にブローリン、バルドが続いた。
受付・客間奥の扉を開けると工房に出れる。床は当然石張りで敷き詰められており、中央に3メートル×
3メートルの大きな作業台が3台あり、窓際には1.5メートル×3メートルの作業台がついており、鎧戸付
のガラス窓が並んでいた。
天井は6メートル近く高い。部屋の右側奥に大きな釜があり熱気を吐出していた。
「左側の大きな扉の中が倉庫になっております。
騎士団の大量発注品の製造された物を出荷前に置いておく場所です。
正面の作業台で長男のブローリン他弟子6人で大量発注品の製造、検品を行う場所になっています。
大釜の前には鍛冶台が5台あります。その左右にある作業台が新しい個別案件の武具製造をバルド
他弟子4人と作業しております。
天井が高いのは高窓から風を取り込んで換気する為です。腰窓は採光用についておりますが、窓を
開けません。
鉱石ヴェリタス・ストーンは珍しい鉱石ですが融解温度は鉄より少し高い1800℃です。
ですので釜はこのサイズになります。
釜は人では無く精霊を召喚して温度管理させてます。」
「こんな大きな工房は見たことがない。」
ソレンディルとガルムは天井を突き抜ける大きな釜を見上げながらそう感想を述べた。
グローリンは次に完成品展示室1へ案内した。
完成品展示室1は騎士団に卸している鎧兜、フルプレートの鎧、脚当て、脛当て、篭手、盾や弓、剣、槍、魔法使いの杖等多種に渡る物が飾られていた。
「これが騎士団に卸している標準品です。
カスタムしたオリジナルを造る場合、大体装飾具、部品や重量バランス、素材を変えたりとする場合が
多いです。」
部屋にいても武具がうっすら光を放つのが分かる。
鉱石の効果によるものか、魔法付与されているからか。
ブレードタイプとバスタータイプの剣をガルムが持ってみるが軽い。
振り抜いても素晴らしい出来だと分かる。
「このうっすら光っているのは鉱石ヴェリタス・ストーンのせいですか?」
「そうですね、ここにある商品はまだ魔法付与されておりませんから。」
「それではお隣の部屋へどうぞ。」
グローリンに案内されさらに奥の部屋に移る。
先程の物も良いがこちらは先程とは違った商品が沢山あった。
「こちらが魔法付与されてカスタマイズされた武具です。」
ソレンディルが魔法の杖を眺めている。
「魔法の杖は通常木で造られます。ですがここでは鉱石ヴェリタス・ストーンを
使うことで軽く扱いやすくなります。」
握りの上にティアラのような装飾がありその中央部に大きな石が嵌っている。
装飾に幾つもの石がはめ込められている。
「この石にはそれぞれ違った属性の石が入っております。
そして杖の素材ヴェリタス・ストーンが術者のエーテルを増幅するので魔法の効果が上がります。
その為消費するマナが少なく済みます。
石により属性を付与されているので、攻撃の時には初級魔法も中級に攻撃力が上がります。
防御時には石の属性魔法で相手の魔法を相殺させる事が可能です。」
「何ですか?そりゃ。」
「裏でお試し致しますか?」
「もちろん!」
ソレンディルは設計したバルドと共に建物の裏へ移動した。
バルドが自分のバスターソードを見せる。
"イグニスソード"火焔から生まれた伝説級の剣である。
「これはどうですか?今まで使って来たんですが手入れとかどうしたら良いか分からなくて、それと
フルプレートを装備してみたいんですが良いですか?」
「素晴らしい逸品ですね、構造をみてみますがその前に試着をどうぞこちらへ。」
ブローリンとバルドが部屋の脇にある試着室に入った。
残ったのはエルドリンとグローリン2人だけだ。
「大分気に入ってもらえたようですね。」
「それは喜ばしいことです。エルドリン様。長年求めていらした旅の友が見つかったという事で
よろしいのですかな?」
「そうなると願いたい。」
「そうなりますとも。」
グローリンはにっこり笑った。