手のひらの小さな命
家に帰り、自分の部屋のドアを閉めると、正晴は真っ直ぐデスクに向かった。
引き出しから取り出したのは、昨夜見つけた、あの古びた小さなぜんまい時計だった。
15年間、ほとんど手をつけることもなく眠り続けていた金属の塊。
表面の埃を指先でそっと拭い、正晴は小さなツマミに指をかけた。カリ、カリ、と重みのある感触とともにぜんまいを巻き上げていく。
ツマミから指を離した、その瞬間だった。
——チク、タク、チク、タク。
15年という長い年月を感じさせない、力強く規則正しい刻印のような音が、静かな部屋に響き渡った。
小さな歯車たちが互いに噛み合い、微細な振動が正晴の指先を通じて手のひら全体へと伝わってくる。
「……動いた」
正晴の口から、感嘆の声が漏れた。
デジタル画面の数字とは違う、物理的な「命」がそこに宿ったかのような圧倒的な実体感。
よい点を取るためだけに生きてきた15年間の中で忘れていた、純粋な感動が胸を揺さぶった。
その規則正しい音を聞いているうちに、正晴の脳裏に、かつてあの古い修理屋で父親が呟いた言葉が蘇ってきた。
父親は、組み立て終えたばかりの時計を優しく愛でながら、幼い正晴に向かってこう言ったのだ。
『正晴。よい時計師はな、一度完成させた時計を、もう一度分解して、また組み直すんだ。……なぜか知っているか?』
当時の正晴は、学校の宿題のことで頭がいっぱいで、「ううん、知らない」と気のない返事をして、そのまま答えを聞くこともなく聞き流してしまっていた。
(なぜ、完成したものを……もう一度分解して組み直すんだ?)
手のひらの上でチクタクと時を刻み続ける小さな時計を見つめながら、正晴はその問いの真意を猛烈に知りたくなった。
もう少しで完璧に組み上がると思った自分の人生。
それが崩れ去り、今まさに自分の手で一から組み直そうとしている今の自分に、その答えは絶対に不可欠なものに思えたのだ。
正晴は時計を握りしめたまま部屋をでて、父親のいる一階のリビングへと続く階段を見つめた。




