すごく「個性的」な選択
大学の学生ラウンジは、すでに内定を獲得した同級生たちの熱気と安堵感で満ちていた。
端末の画面を見せ合いながら、AIマーケティング企業や仮想空間のインフラ企業といった「勝ち組」の社名を誇らしげに口にする声が飛び交っている。
「正晴、お前どうなった? まだどっか受けてんの?」
コーヒーカップを手にした同級生の一人が、軽い調子で声をかけてきた。
周囲にいた数人も、どこか探るような、あるいは高みの見物決め込むような視線を正晴に向ける。
公認会計士の資格を持ち、学科トップの成績を誇っていた正晴が「内定ゼロ」であることは、すでに彼らの間で格好の噂話になっていた。
正晴は背筋を伸ばし、努めて静かな声で答えた。
「いや、大手や会計士の道はもうやめた。地元の町工場や、精密機械の修理をやってる会社を受けることにしたんだ」
一瞬、間があった。ラウンジのざわめきの中で、そこだけが不自然に切り取られたように静まり返る。
「……えっ、町工場?」
一人が目を丸くしたあと、すぐに顔を綻ばせた。
「へえ、すごいじゃん! いや、マジで正晴らしいっていうか……すごく『個性的』な選択だと思うよ!」
「そうそう! 今の時代、みんながAIやデジタルに行くからさ、あえて誰も行かない泥臭いところに行くのって、逆に『アリ』かもね(笑)」
「うん、応援してるよ! 資格も持ってる正晴なら、きっと町工場でも重宝されるって!」
ポンポンと肩を叩かれ、口々に投げかけられる「応援」の言葉。彼らは終始、笑顔だった。
正晴も「ああ、ありがとう」と短く返し、逃げるようにその場を後にした。
しかし、大学を出て駅へ向かう帰り道、一人で歩いていると、彼らの言葉や顔つきが何度も頭の中で再生された。
——個性的。
——あえて誰も行かない泥臭いところ。
——町工場でも重宝される。
(……待てよ)
歩道橋の途中で、正晴は脚を止めた。
あの時の彼らの目。口元のわずかな歪み。言葉の端々に滲み出ていた、ぬぐいきれない軽蔑と哀れみ。
彼らは応援などしていなかった。「成績優秀なはずの正晴」が壊れ、時代の底へと転がり落ちていく姿を、安全な高みから失笑していたのだ。
『あいつ、内定が取れなさすぎてついに頭がおかしくなったんだな』と、腹の中で嘲笑いながら。
「……くそっ!」
正晴は手すりを強く握りしめた。掌に鉄の冷たさが食い込む。
沸騰するような激しい怒りが胸の底から湧き上がり、視界が赤く染まるようだった。
自分を見下していた同級生たちへの怒り、そして、そんな上辺だけの言葉を瞬時に見抜けなかった自分の情けなさへの怒り。
だが、拳を固く握りしめているうちに、その激しい怒りの奥底から、冷たく澄み切った感情が静かに姿を現した。
(笑っていればいいさ)
正晴は深く息を吐き出し、前を見据えた。
彼らが選んだ「時代の波」が、いつまで彼らを守ってくれるかはわからない。AIがさらに進化すれば、彼らが誇っているスマートな仕事だって真っ先に代替されるかもしれない。
誰も見向きもしない泥臭い現場にこそ、AIには決して侵せない最後の聖域がある。
自分が決めたこの「勝ち筋」は、決して間違っていない。
嘲笑されたことで、胸の中の迷いは完全に吹き飛び、覚悟の火がより一層強く、激しく燃え上がっていくのを正晴は感じていた。




