誠に残念ではございますが
画面に浮かぶ、機械的で冷ややかなメッセージ。
『誠に残念ではございますが、貴殿の採用を見送らせていただくこととなりました』
2041年、就職活動の現場を支配しているのは、高度に発達した自律型AIだった。
画面を閉じ、正晴はデスクに置かれた公認会計士の合格証書と、大学の成績証明書を見つめた。すべて「S」と「A」で埋め尽くされた成績表。
私立の中高一貫校から難関私立大学へ進み、親の言われた通りに机に向かい、血の滲むような努力で手に入れた実績の数々。
しかし、この時代において、それらはただのゴミくずに過ぎなかった。
膨大な会計データの処理も、正確な計算も、最新のAIエージェントなら数秒でミスなく完了してしまう。
正晴が「努力の証」として誇ってきた能力は、AIの前では何の意味もなさなかったのだ。
一方で、大学の成績がギリギリだった同級生や、高校時代に自分よりずっと偏差値の低い大学へ進んだはずの友人は、次々と第一志望の企業から内定を獲得していた。
AIには真似できない人間らしいコミュニケーション能力、身体性、型にはまらない発想力を持つ彼らが、時代の波に乗って評価されている。
(なぜだ? なぜあんな奴らが内定をもらえて、この俺がひとつも貰えないんだ……!)
腹の底からドス黒いマグマのような葛藤が浮かんできた。
時代の変化を見ようともせず、ただ「言われた通りの正解」だけを追い求めてきた自分の愚かさを認めるのが怖くて、正晴は外へ向けて怒りをぶつけるしかなかった。
「お前たちが『勉強しろ』って言ったからだろうが!」
その夜、リビングで夕食の準備をしていた両親に向かって、正晴は激昂した。
手元にあった就活の書類をテーブルに叩きつける。
「『いい中学に入れば、いい大学に入れば、資格を取れば安泰だ』って! 全部親父とオフクロの言った通りにやってきたんだぞ! なのに内定ゼロだ! どうすんだよ、この時代にこんな資格、誰も求めてないんだよ!」
「正晴、落ち着いて……」母親が狼狽しながら声をかける。
父親は無言のまま、険しい顔で正晴を見つめていた。その失望を含んだような視線が、正晴の未熟なプライドをさらに切り刻んだ。
「落ち着いていられるかよ! 周りのバカどもが笑ってんだよ! 俺の努力は何だったんだよ……っ!」
自分の部屋に駆け込み、ドアを乱暴に閉めた。ベッドに倒れ込み、天井を見つめる。
親のせいだ。時代のせいだ。AIのせいだ。世の中の評価軸がおかしいんだ。
他人に責任を擦り付ければ擦り付けるほど、胸の奥に虚しさと惨めさが広がっていく。
本当は分かっていた。
時代の変化から目を背け、思考停止で親のレールに乗っていたのは、自分自身だったのだと。
暗闇の中で横になっていると、タンスの上の奥の方にあった古い小さな箱がふと目に留まった。
手にとって開けてみる。そこに入っていたのは、古びたぜんまい時計と、一本の精密ドライバーだった。
胸の奥で、記憶の扉が静かに開く。
15年前――2026年。正晴がまだ7歳だった頃の風景。
本格的に学習塾に通い始める前、レトロな機械が大好きだった父親は、週末になるとよく正晴を連れて地元の古い修理屋へ通っていた。
店内に満ちていたのは、金属と機械油の独特な匂い、そして無数の時計が刻む規則正しいチクタクという音。
父親と一緒に、壊れたぜんまい仕掛けの時計を分解し、指先を真っ黒にしながら、小さな歯車をひとつずつ噛み合わせていく作業。
うまく噛み合い、ぜんまいを巻いた時計が再び力強く動き出した時、父親は正晴の頭を撫でて、心からの笑顔でこう言ってくれたのだ。
「正晴は本当に手が器用で、集中力もあるな。すごい子だ」
その言葉が頭の中で鮮明に蘇った瞬間、正晴の目からボロボロと涙がこぼれ落ちた。
その後、進学塾に入って満点を取るたび、塾の先生や両親から「100点おめでとう」と褒められた。
だけど、あのどこか形式ばったような賞賛の言葉は、父親と一緒にぜんまいを直した時に貰った言葉の、何百分の一も胸に響いていなかった。
(俺が本当にやりたかったのは……これだったんだ)
机に向かってテストの点数を追うことじゃない。自分の指先の感覚を研ぎ澄まし、目の前にある複雑な「もの」と向き合い、自らの手で命を吹き込むこと。
AIがどれほど進化しようとも、物理的な空間で精密な機械を組み立て、微細な狂いを指先で感じ取り、泥臭く調整する「熟練の技」を完全に代替することはできない。
自分がこれまで「偏差値」という物差しだけで生き、どこか心の中で「時代遅れの作業」だと見下していた世界の中にこそ、AI時代を生き抜く本当の価値が眠っていたのだ。
正晴は涙を拭い、端末を開いた。
検索窓に打ち込んだのは、これまで見ていた大企業のリストではない。地元の精密機械加工を行う町工場や、特殊な機械の修理・保全を手がける中小企業の名前だった。
「勝ち筋は、ここだ」
周りの同級生たちがAIマーケティングや仮想空間のビジネスへと流れていく中、自分は真逆に舵を切る。
誰もが手放してしまった「手仕事の絶対的な精度」と、これまで培ってきた計算力やロジカルな思考を組み合わせれば、絶対に誰にも負けない職人になれる。
プライドも、親への甘えも、すべて捨て去った。
翌朝、正晴はリビングへ降りていった。驚いた顔で見つめる両親の前に立ち、まっすぐに父親の目を見た。
「親父、昨日はいきなり当たってごめん。……俺、就活のやり方を変えるよ。大企業も会計士の道もやめて、地元の町工場や精密機械の修理会社を受けることにした」
「町工場……? 正晴、急に何を……」母親が戸惑いの声を上げる。
「ずっと親父や先生の言う通りに生きてきたけど、俺が本当に夢中になれるのは、子供の頃に親父と一緒にやった『ものづくり』なんだ。AIには真似できない技術を、自分の手で一から叩き込む」
そう語る正晴の瞳には、昨日までの迷いや怯えは一切なかった。
父親はしばらく無言で正晴を見つめていたが、やがてゆっくりと頷き、口元に温かい笑みを浮かべた。
「そうか。……お前なら、絶対にいい仕事ができるさ」
15年前、小さなぜんまい時計を直した時と同じ、力強い眼差しだった。
周りとは違う、自分だけの泥臭い道。この道を選んだ先で、絶対に『誇れる息子』になって見せる。
正晴はしっかりと前を見据え、新たな第一歩を踏み出した。




