第一章 7 『なりそこないの在り方』
変更内容
一部キングゴブリンになっていた部分をゴブリンキングに統一
魔法の名前を変えました。
シュラップ→アトニアー
ミューデ→カマトス
マット→アステネイア
デプリーー →メランーー
7話から12話の魔法の名前をところどころ変えていきます。変更が多くて申し訳ありません。
変更点はその話の前書きにまとめます
「魔族だと!? それも怠惰の第一の配下、憂鬱のシュヴェアムートだと!?」
シュテーレンは驚きの表情を浮かべる。
それだけではない。その顔には、わずかな恐怖すら浮かんでいた。
(なんだっけな、どっかで聞いたような……)
「あれ? 僕って結構有名なのかな?」
「知っていますよ。賢人を殺している魔族」
ナインの声も震えていた。
「すごいなぁ。やっぱり有名なんだね、僕」
シュヴェアムートは、どこか楽しそうに笑う。
「でも、それは伝説の一人歩きってやつさ。賢人はベルフェゴール様と一緒に殺したんだ」
そう言って、ため息を吐く。
「なのになぜか、僕だけの功績になってさぁ」
その会話を聞いていたカイセンが口を開く。
「なあ、賢人ってなんだ? 大賢者や賢者は知っているが、そんなの知らねえぞ」
「僕が説明してあげるよ」
シュヴェアムートは楽しそうに話し始めた。
「まずは大賢者。これまでに誕生したのは三人。大賢者は生まれながらに魔器を持たない」
「でも、それは魔力を持っていないって意味じゃない。むしろ逆だ」
シュヴェアムートは指を立てる。
「限界がないんだ」
「普通の生物は、魔器に入る量しか魔力を持てない。魔器は全盛期を終える頃には成長を終えて、そこで魔力量の限界が決まる」
「だけど大賢者には、それがない。限界がないんだ」
シュヴェアムートは笑う。
「無限に魔力を貯めていられる。ずるいよね」
「次は賢者。これは単純に魔器のサイズが大きいんだよね。あと、寿命も長い。今は四人ぐらいだったかなぁ?」
「そして、賢人」
シュヴェアムートがナインを見る。
「生まれた時は、ただの人間。だけど、その後に才能が開花して、一定の条件をクリアしたら賢人として認められるらしいよ」
「歴代で十五人しかいなくて、今は二人だけだったかな」
「へえ。そりゃ珍しいんだな」
カイセンは納得したように頷く。
「ところでよ。お前は憂鬱の魔族なんだろ?」
「ああ、そうだよ」
「でも俺には、お前が憂鬱そうには見えねえな。楽しげに語ってるしよ」
「まあ、常に憂鬱なわけじゃないさ」
シュヴェアムートは肩をすくめる。
「今は少し高揚しているのかもしれないね」
「賢人を殺している……」
シュテーレンが呟く。
先ほどまでの恐怖を振り払うように、顔を上げる。
「なら、お前も殺されるんじゃないか? なあ、ナイン」
「……」
ナインは黙り込む。
「お前ら、知らないのか?」
シュテーレンは二人を見る。
「まあ、知らないか」
そして、ナインへ視線を向ける。
「こいつは子供の頃、異名がついていた」
「――神童、ナイン・レイン」
その言葉を聞いた瞬間、ナインの表情がわずかに強張った。
「そして今の異名は――」
シュテーレンが言葉を続ける。
「賢人のなりそこないだ」
「なりそこない?」
カイセンが聞き返す。
「ああ、そうだ。こいつがなぜ、なりそこないなのか知っているか? 知らねえだろ?」
シュテーレンは笑う。
「教えてやるよ。まず、なんでこいつが神童と呼ばれたかだ。こいつは全属性の適性値が百を超えていた。賢人の卵ともてはやされていたな。だが、今じゃどうだ?」
「なりそこないで――」
「できそこないだ」
シュテーレンの声が少し低くなる。
「それには理由がある。ナインがガキの頃だ。その頃にはもう、神童として有名だった。そんなナインが、ある日二人の友人と森に入った」
「だが――」
シュテーレンは一度、言葉を止める。
「それは、最悪の判断だった」
「魔族と出くわした。まるで今みたいな状況だな。いくら神童と呼ばれていたところで、所詮はガキだ。魔族と戦った経験なんてない」
シュテーレンは淡々と話す。
「何もできずに怯えていた中、友人の一人がある決意をした。自分を犠牲にして、ナインともう一人を逃がそうとな」
ナインの手がわずかに震える。
「ナインは、それを拒んだ」
「『ダメだ』ってな。『僕も戦う』って。『それが嫌ならみんなで逃げよう』って」
「二人でそんな話をしていたっけな。それが悪かった」
シュテーレンの表情から笑みが消える。
「魔族は、その隙を見逃さなかった。犠牲になろうとしていた友人が――殺された。何も守れずにだ」
カイセンは息を呑む。
「……」
「それを見て、ナインともう一人は逃げ出した。二人ともな」
シュテーレンは遠くを見るような目をする。
「あれは怖かったなぁ。俺は、今でも逃げ出した自分を許せねえ」
「……」
「そして、その時からナインには癖がついた」
シュテーレンがナインを見る。
「自分より実力が下の相手でも、そいつが実力者だと判断した瞬間――」
「逃げる」
「それが、こいつの癖だ。なあ、ナイン」
「それは秘密にしろって言ったでしょうが! シュテーレン!」
ナインが声を荒らげる。
「そんなに殺気を向けんなよ! 昔の友人に向かってよぉ! 今も逃げ出したいんだろ? 昔みたいに」
「シュテーレン!!」
「長いなぁ」
ずっと黙って聞いていたシュヴェアムートが口を開く。
「別に面白くないし。話が長い。声もうるさい」
シュヴェアムートは、心底面倒そうにため息を吐く。
「ああ、実にうざったらしい」
「アトニアー」
その瞬間。
カイセンたち三人の身体から、一気に力が抜けた。
「……っ」
カイセンは膝をつき、そのまま地面へ倒れ込む。
「な、なんだ……これ……」
身体が重い。
まるで全身から力を奪われたようだった。
シュヴェアムートは三人を見下ろす。
「僕の憂鬱の気持ちを味わって、どうだい?」
「とてもだるいだろう? 力が抜けるだろう?」
シュヴェアムートは薄く笑う。
「それが僕の憂鬱だ」
「何が……憂鬱だ……」
カイセンは地面に手をつく。
「お前は……何が、したいんだ……」
それでも、カイセンは立ち上がろうとする。
「わぁ、すごい」
シュヴェアムートは感心したように声を漏らす。
「僕の憂鬱を感じて、まだやる気があるなんて」
「カマトス」
シュヴェアムートが呟く。
ようやく膝を立てたカイセンの身体が、再び地面へ押し倒された。
「ぐっ……!」
「そんなに抵抗して、疲れただろ?」
「憂鬱を感じるというのは、実に憂鬱だ」
「何言ってんだよ……」
カイセンは息を切らしながら顔を上げる。
「同じ言葉……並べただけじゃねえ……か」
「なんだよ……これ……」
シュテーレンも地面に手をついている。
「だるい……疲れた……眠い……」
「おお、君にはよく効いているね」
シュヴェアムートはシュテーレンを見る。
「僕の憂鬱が」
そして、ナインへ視線を向けた。
「君はどうだい? 賢人の卵とやら」
「僕たちに……何をしたんですか?」
ナインは苦しそうに問いかける。
「君、つまんないね」
「アステネイア」
再びシュヴェアムートが魔法を唱える。
「肉体が衰える気分はどうだ? 気持ちのいいものではないだろう」
カイセンの身体から、さらに力が抜けていく。
それでもカイセンは、地面に手をついた。
「はぁ……」
カイセンは震える腕に力を込める。
「はぁ?」
シュヴェアムートが目を細める。
「君、少しおかしいんじゃないかぁ? 僕の魔法を三つもくらって、それでも立ち上がる気力があるなんてさ」
「憂鬱なんてよ……」
カイセンは歯を食いしばる。
「気持ちの問題だろうが……!」
カイセンがゆっくりと身体を起こす。
膝を立てる。
そして――。
震える足で、完全に立ち上がった。
「グロブス・メディウス・テネブラルム!!」
黒い球体がシュヴェアムートへ向かって飛んでいく。
「うざい」
シュヴェアムートは面倒そうに手を上げる。
「こんな弱いものを撃って、何になる」
シュヴェアムートは軽く打ち払った。
「どうして……」
ナインはカイセンを見つめる。
「どうして立ち上がれるんだ……カイセン!」
身体が動かない。
恐怖で立ち上がることすらできない。
あの時もそうだった。
友人が死んだあの日。
自分は何もできなかった。
そして今も――。
(どれだけ強い心を持っていたら……)
ナインは拳を握る。
(僕には、恐怖で立ち上がれそうにもないのに)
「俺は負けねえ」
カイセンが叫ぶ。
「俺は仲間を見捨てて、諦めねえ!」
その言葉が、ナインの心に突き刺さった。
聞いたことがある。
友人が殺される直前に、自分へ向けて言った言葉。
『俺は仲間を見捨てて諦めねえ! 魔族だろうが魔王だろうが、やってやる!』
その直後。
友人は殺された。
「カイセン……」
ナインは、震える声で呟く。
あの日から、自分はずっと逃げ続けていた。
強い相手を恐れ、仲間を危険に晒すことを恐れ、自分が何もできないことを恐れていた。
けれど――。
目の前のカイセンは、立ち上がっている。
何度倒されても。
身体から力を奪われても。
それでも、仲間を見捨てないために。
「一つだけ聞かせてください。僕とカイセンは……」
ナインはカイセンを見る。
「友人になれます……かね?」
「何の話だぁ?」
シュヴェアムートが首を傾げる。
「友人?」
カイセンは少しだけ笑った。
「……もう親友だろうが」
「……!」
ナインの目が見開かれる。
「ありがとう……カイセン」
(親友が戦っているのになぜ下を向いていられる。また親友を失う気か! ナイン・レイン! 立ち上がれ! 力があるなら使うんだ。親友のために!)
ナインはゆっくりと顔を上げる。
その表情から、恐怖が消えていた。
「久しぶりに、本気を出します」
ナインは立ち上がる。
「アンチ・マジック」
その瞬間。
カイセンの身体を覆っていた重苦しい感覚が、一気に消えた。
「……え?」
カイセンが身体を動かす。
「すげぇ!」
身体が軽い。
「体が軽くなった!」
「行きますよ」
ナインはシュヴェアムートへ手を向ける。
「グロブス・アルトュス・フランメ!」
放たれたのは炎の上級攻撃魔法。
しかし、シュヴェアムートは避けようともしない。
「アステネイア」
炎がシュヴェアムートへ届く直前。
その勢いが急激に失われる。
ナインは目を細める。
「攻撃魔法にも効果があるのか」
「僕の憂鬱を甘く見ないことだよ」
シュヴェアムートは面倒そうに後ろを振り返る。
「ゴブリンキング、キングウルフ」
奥で待機していた二体のキング級魔物へ声をかける。
「手伝ってくれよ」
その言葉に、二体のキング級魔物が動き出した。
カイセンは黒い剣を構える。
「ダインスレイヴ」
カイセンが駆け出す。
その瞬間――。
「しゃがんで、カイセン!」
「え? お、おう!」
カイセンが慌てて身を低くする。
その頭上を、凄まじい魔力が通り抜けた。
「アレス・エレメント!」
七色に光る魔法が放たれる。
それはキングウルフに直撃。
カイセンが顔を上げる。
そして、目を丸くした。
そこにいたはずのキングウルフは、もう動いていなかった。
完全に倒されている。
「……はぁ?」
シュヴェアムートの声から、先ほどまでの気だるさが一瞬だけ消える。
シュヴェアムートは倒れたキングウルフを見る。
「せっかく憂鬱な気分の中、育て上げたキングたちが……」
シュヴェアムートの目が変わる。
「殺す」
周囲の空気が変わった。
「メラン――」
「やめてください」
シュヴェアムートが魔法を唱え終える前に、知らない声が森に響く。
シュヴェアムートが振り返る。
「……ヌイか」
「はい、シュヴェアムート様」
そこには、一人の若い魔族が立っていた。
「ここでそんなのをぶっ放すのはやめてくださいよ。ゴブリンキングまで殺すつもりですか?」
シュヴェアムートはしばらく黙っていた。
やがて、ため息を吐く。
「……分かったよ」
ナインが二人を睨む。
「待ってください。目的とはなんですか?」
ヌイは正直に答える。
「第三次人魔戦争の準備です」
「……!」
ナインの目が見開かれる。
「ならば逃がすわけにはいかない! アレス・エレメ――」
「それでは」
ヌイがそう言った瞬間。
二人とゴブリンキングの姿が消えた。
「……」
ナインは周囲を見回す。
「逃げられてしまいましたか……」
その直後だった。
「もう……わっけわかんねえ……」
カイセンの身体が大きく揺れる。
「カイセン?」
ナインが振り向く。
そのまま、カイセンは地面へ倒れ込んだ。
「カイセン!?」
ナインが慌てて駆け寄る。
「カイセン!」
「カイセン!」
「カイセン!!」
返事はない。
ナインは倒れたカイセンを必死に抱き起こす。
「カイセン……!」
森には、戦いの余韻だけが残っていた。




