第一章 6 『触らぬ森に祟りなし』
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シュテーレンが去った鍛錬場。
「まさかシュテーレンに喧嘩を売るなんてな。普段、鍛錬などはしないタイプだが、あいつは強いぞ。大丈夫なのか?」
声をかけてきたのは、グリフ・ダンク。
黒髪をセンターで分けた、整った顔立ちの青年だ。
魔法使いであり、手には小型の杖を持っている。
本来、杖を持っても魔法の火力が大きく変わるわけではなく、邪魔になるため持つ者は少ない。
だが、本人曰く――「かっこいいから」らしい。
「全くですよ。しかしシエル様も、どうしてあのような人を仲間とするのか」
その隣にいたのは、淡い水色の髪と青い瞳を持つ少女、ミナ・ルルナミだった。
「あいつはどういうやつなんだ?」
カイセンが尋ねる。
「シュテーレン・メヒテ。魔力を肉体に纏わせた近接戦闘を得意とします。彼と勝負をすると言ったからには、全力で鍛錬してもらいますよ」
いつも以上に真剣な表情でナインは語る。
「おう。ビシバシ頼む」
その時、近くで話を聞いていたテクストが会話に混ざる。
「カイセン。君はあの黒い剣を出す魔法。ダインスレイヴと言ったかい? もし多用する気ならば、私が午後にでも鍛錬をつけても構わないが、どうする?」
「……少なくとも、次のメインウェポンが完成するまでは使う予定だから、それまでは頼む」
「分かった。では、明日からでいいかい?」
「ああ。そうしよう」
テクストは頷く。
「では私はここで帰るとするよ。明日の昼にここでまた会おう」
テクストが去り、ナインは話を始める。
「では、カイセン。中級魔法を覚えますよ」
「おう」
その後も中級魔法の鍛錬を続けた。
初級魔法を覚えたカイセンには、それほど難しいものではなかった。
カイセンは手を前に向ける。
「グロブス・メディウス・テネブラルム」
ナインほどの精度ではないが、魔法は無事に発動した。
「なら、次は防御魔法の中級を覚えますよ」
「あれ? いつもなら褒めてくれるのに、今日はあっさりしてんな」
「カイセンはシュテーレンに喧嘩を売ったんですよ? 今のカイセンでは、一対一になった時に勝てません。ビシバシしてくれって言ったのはカイセンでしょう」
(なんかキレてるか?)
「分かった。悪い悪い。防御魔法だったな。中級ならどうなるんだ?」
「攻撃とさほど変わりません。見た目は大して変わらず、防御性能が上がります」
「クリペウス・メディウス・テネブラルム」
カイセンの前に黒い盾が現れる。
「これも大して難しくはないはずです。やってみてください」
その後も一時間ほど鍛錬を続け、二人は解散した。
「明日はオリジナル魔法を覚えましょう。考えがあるんでしたよね?」
「ああ」
「では、また明日」
ナインは自分の部屋へ戻っていった。
次の日。
「それで、どういう魔法なんですか?」
「領域を作る。俺が作った領域の中に相手を隔離して、多対一の状況を一対一に変える。これなら魔物相手でもいいんじゃねえか?」
(何より、かっこいいしな)
「なるほど。ですが、魔物は基本的に知恵がないので、集団行動をしません。それに、領域を作るというのは難しいかもしれませんね。魔力という面ならカイセンでも無理ではないですが……カイセンは魔力操作が雑なので」
「まあ、否定はしねえけどよ」
カイセンは少し悲しげな表情を浮かべる。
「まあ、やってみましょう」
そうして鍛錬を続けているうちに、約束の日がやってきた。
カイセンとナインが魔物の住む森へ到着すると、すでにシュテーレンが待っていた。
「ちゃんと来たか」
「今回は逃げなかったんだな。ナイン」
シュテーレンはナインを見て嘲笑う。
「シュテーレンこそ逃げないんですね。あの時と違って」
ナインはいつもとは違い、相手を馬鹿にするような口調で言う。
その言葉が逆鱗に触れたのか、シュテーレンはナインを睨みつける。
「殺すぞ、お前。あれは逃げたんじゃねえ。準備をするために村に戻っただけだ。さっさと始めんぞ」
シュテーレンは言葉を続ける。
「雑魚は一ポイント。大物は五ポイント。十ポイント稼いだら森を出て、魔法を空に撃て。まあ、この森に大物はいねえかもな」
シュテーレンは話を急いで変えるかのように言った。
「雑魚にやられねえように気をつけろよ?」
その言葉に、心配という感情は一つもなかった。
「んじゃ、俺は行くぜ」
先にシュテーレンが森へ入り、その後をカイセンとナインが追った。
森へ入ってから、しばらく歩く。
「おかしいですね。魔物がいない」
「僕たちが森に入った時点で、襲いかかってきてもおかしくはないのですが……」
「シュテーレンが、もう倒しちまったとか?」
「死体がないので、それもないと思います」
ナインは周囲を見回す。
「単に魔物の数が少ないのか……あるいは」
その時だった。
ナインが突然、足を止めた。
「……何かいます。魔力を感じます。四体ほど」
ナインは木々の向こうへ視線を向ける。
「おそらく低級の魔物でしょう」
「分かった」
カイセンが身構える。
「来ます」
次の瞬間、木々の間から四体の魔物が飛び出してきた。
ゴブリンが三体。
そして、ウルフが一体。
「グロブス・テネブラルム!」
カイセンが手を前へ突き出す。
黒い球体が飛び出し、ゴブリンの一体へ直撃する。
「どうだ! ナイン!」
「その調子です。ですが、油断してはいけませんよ」
ナインも手を前へ向ける。
「グロブス・フランメ」
炎の球体が飛び、残ったゴブリン二体を吹き飛ばした。
「ゴブリンは倒せていますが……」
ナインがウルフを見る。
「ウルフはまだ生きています」
「なっ……」
カイセンが振り返る。
「一人だったら、今ので致命傷を受けていましたよ」
「……悪い」
「責めているわけではありません。ですが、実戦では一瞬の油断が命取りになります」
ナインは残ったウルフを倒す。
「これで四ポイントですね」
「あと六ポイントか」
「ええ。ただ……」
ナインの表情が曇る。
「何か嫌な予感がします」
「嫌な予感?」
「はい。できるだけ早くポイントを稼いで、森を出ましょう」
「おう。じゃあ、奥に進むか――」
その時。
森の奥から、悲鳴が響き渡った。
「――っ!」
二人が同時に顔を上げる。
「この声……シュテーレンか?」
「おそらく」
ナインの顔から血の気が引いていく。
「ですが、こんな森でシュテーレンが苦戦するなんてありえません」
「……」
「やっぱり、何かいます」
ナインは森の奥を見る。
「一度撤退して、応援を呼びましょう」
「その間にシュテーレンが殺されたらどうする?」
「それでも――」
「行くぞ、ナイン」
カイセンが言葉を遮る。
「お前とシュテーレンの間に何かあったのは、見てれば分かる」
「……」
「明らかに態度が違う。お前があいつを嫌ってるのも分かる」
カイセンは森の奥へ視線を向ける。
「だからって、見殺しにしていいのか?」
「……」
ナインは黙り込む。
しばらくして、ゆっくりと息を吐いた。
「……分かりました」
ナインが顔を上げる。
「ただし、敵を見て勝てないと判断したら撤退しますよ」
「分かった。それでいい」
二人は森の奥へ向かって走り出した。
* * *
「……あれは」
ナインが足を止める。
視線の先には、大量の魔物がいた。
ゴブリン。
ウルフ。
その中心で、一体の巨大なゴブリンと、一体の巨大なウルフが佇んでいる。
「ゴブリンキングに……キングウルフ」
ナインが小声で呟く。
「なるほど。ゴブリンとウルフが集団で動いていた理由は、あれですか」
キング級の二体。
「キング級が統制を取っていた……」
ナインはさらに小さく呟く。
「キング級が二体となれば、シュテーレンが苦戦しているのも分かります」
「くそっ!」
シュテーレンが叫ぶ。
迫り来るゴブリンを殴り飛ばし、さらに襲いかかってきたウルフを蹴り飛ばす。
「なんでこんな奴らがこの森にいるんだよ!」
しかし、シュテーレンがどれだけ魔物を倒しても、次々と新たな魔物が押し寄せてくる。
ゴブリンキングとキングウルフは、戦場の奥でじっと構えていた。
二体が直接戦うことはない。
キング級である二体が低級の魔物を従え、シュテーレンを消耗させているのだ。
「……行くのか? ナイン」
カイセンが尋ねる。
ナインは二体のキング級を見つめる。
「キング級が二体……」
少し考えた後、ナインは答えた。
「三人で協力すれば、勝てないことはないです」
そして、シュテーレンを見る。
「シュテーレンも実力者ですし、僕も実力はある方です」
(でも、やっぱりまだ嫌な予感がする。これ以上に嫌なことが起こる予感が。キング級が力を合わせるなんて聞いたことがない)
「なら――」
カイセンが前へ踏み出す。
「行くぞ!」
手を前へ向ける。
「ダインスレイヴ!」
黒い剣が手の中に現れる。
「はあっ!」
カイセンは迫ってきたゴブリンへ斬りかかった。
ゴブリンが倒れる。
さらに別のゴブリンへ剣を振るい、続けて襲いかかってきたウルフを斬り伏せる。
「あ?」
シュテーレンが振り返る。
「何しに来た、お前!」
「助けに来てやったのになんだよ、その言い方は!」
「いらねえよ、助けなんて! さっさと帰れ!」
「悲鳴を上げていたように聞こえたのは、僕の聞き間違いですかね?」
ナインも魔物を倒しながら口を挟む。
「お前ら揃いも揃って、俺を怒らせに来たんじゃねえよな!」
シュテーレンが拳を振り抜く。
襲いかかってきたゴブリンが吹き飛んだ。
「キング級の前に、お前らを殺してやろうかぁ!」
「仲間割れとは……」
突然、どこからともなく声が聞こえた。
「随分と余裕じゃないかぁ」
三人の動きが止まる。
「ゴブリンキングとキングウルフじゃあ、満足できなかったかぁ?」
三人が一斉に声のした方を見る。
木々の間から、一人の男が姿を現した。
気だるそうな立ち姿。
眠そうな目。
そして、戦場には似つかわしくないほど気の抜けた口調。
シュテーレンとカイセンが、ほぼ同時に叫ぶ。
「誰だ、お前!」
男は少しだけ顔を上げる。
「僕?」
自分を指差す。
「僕は、七大魔族の一人――」
男は、まるで自分の紹介を面倒くさがるように続けた。
「怠惰を司るファウルハイト・ベルフェゴール様の配下」
そして、淡々と名乗る。
「憂鬱の魔族――シュヴェアムート」
男は薄く笑った。
「短い間、よろしく」
「……魔族」
ナインの表情が凍りつく。
その瞬間。
彼が感じていた「嫌な予感」の正体が――。
ようやく、その姿を現した。




