第一章 5 『夢は大抵忘るもの』
シュテーレンが仕掛けた勝負の低級魔物のポイントを二点から一点に修正しました。
賢者の書。
この書には、古より伝わる賢者たちの歴史が記されている。
カイセンは本を開き、頁をめくった。
(八頁目……始まりの大賢者、ヴァイゼ・ゲシヒテか)
そこには、こう記されていた。
――特別な血筋に生まれたわけではない。
――荒れ果てた村に、突如としてその者は生まれ落ちた。
賢歴元年。
始まりの大賢者、ヴァイゼ・ゲシヒテ誕生。
曰く、彼の者は生まれながらにして魔器を持たなかった。
曰く、彼の者は大いなる土の魔法を以て荒野を拓き、大いなる水の魔法を以て大地を潤した。
曰く、彼の者は三千二十年前に誕生し、今もなお生きている。
荒れ果てた村は、やがて大きく発展していった。
そして人々は、彼の者をこう呼んだ。
――大賢者。
(……これ、四年前の本だよな)
カイセンは頁から顔を上げる。
(ってことは、今は賢歴三千二十四年……)
そして、もう一度本を見る。
(……三千二十四歳!?)
思わず本を閉じそうになる。
だが、まだ続きがある。
大賢者ヴァイゼ・ゲシヒテのような者は、ごく稀にこの世に生まれ落ちる。
彼らは、生まれながらにして莫大な大きさの魔器を持っていた。
その者たちは、後にこう呼ばれるようになった。
――賢者。
そして、時は流れる。
今より約二千年前。
二人目の大賢者が誕生した。
その名を、ヴィッセン・ルスト。
彼の者は、人一倍の知識欲を持って生まれた。
彼の者は、莫大な魔力を使い、この世の知識をかき集めた。
国の歴史。
魔法の理。
大地の構造。
生命の在り方。
この世に存在する、ありとあらゆる知識を。
そして、彼はついにこの世の全てを理解した。
しかし――。
もう何も知ることのできない世界に、彼は落胆した。
そして、自らその生涯を終えた。
(……なんだよ、それ)
カイセンは、しばらく頁を見つめていた。
さらに頁をめくる。
今より四百年前。
三人目の大賢者が誕生した。
その名を――メシアス・アルム。
彼の者は、数多くの魔法を生み出した。
それまで剣を中心としていた戦いの在り方を覆し、魔法の歴史を大きく進歩させた。
そして、彼の作った最も偉大な魔法の一つとして、転移魔法がある。
遠く離れた場所へ、一瞬にして移動する魔法。
しかし、その魔法を設置できるのは、大賢者メシアス・アルムただ一人である。
現在、転移魔法は賢星国家三国に設置されている。
故に、三国の間であれば、瞬時に移動することが可能となっている。
(転移魔法を作ったのが、メシアス……)
賢者の寿命は三百年ほどと言われており大賢者は寿命があるのかないのかすらわかっていない。
(賢者の書は、これで終わりか)
本を閉じ、次に地理について書かれた本を手に取る。
(こっちも読んでみるか)
頁を開く。
最初に目に入ったのは、この世界全体についての記述だった。
この世界は陸地と海によって構成されている。
その比率は、およそ七対三。
陸地の方が大きい。
陸地は海に囲まれている。
カイセンは、そのまま読み進めていく。
この世界には、三つの賢星国家が存在する。
西に位置する、賢星国家レグルス。
レグルス王国の貧民街にて、大賢者メシアス・アルムが誕生した。
故に、賢星国家の名を持つ。
北東に位置する、賢星国家カストル。
大賢者ヴィッセン・ルストが、カストル国の首都にて誕生した。
故に、賢星国家の名を持つ。
南に位置する、賢星国家ルプス。
大賢者ヴァイゼ・ゲシヒテが、現在のルプスの位置にある荒れ果てた村に誕生した。
故に、賢星国家の名を持つ。
なお、ヴァイゼ・ゲシヒテが誕生した村こそ、現在のルプスそのものである。
(なるほど……)
カイセンは頭の中で地図を思い浮かべながら、さらに読み進める。
陸地のおよそ五分の三は、人間と獣人の領土。
五分の一は、魔族の領土。
そして、残る五分の一は、いずれの種族にも属さない土地。
そこは――中央荒野と呼ばれている。
かつて中央荒野は、人間と魔族の間で繰り広げられた人魔戦争の戦場であった。
長きにわたる戦いによって大地は荒れ果て、現在の中央荒野となったのである。
中央荒野を挟むことで、人間と魔族の領土は隔てられている。
しかし、近年では魔族が建築物を建てたり戦争の準備をする様子が見受けられる。
中央荒野を越えた先にある魔族が暮らす領土には、一つの名が付けられている。
――魔陸トイフェル。
その地には、魔族の王が住まう魔王城リューゲンが建てられている。
(魔族の領土……魔陸トイフェル)
知らない国。
知らない土地。
知らない歴史。
この世界には、自分の知らないことがあまりにも多い。
(もうこんな時間か。そろそろ寝るか)
カイセンは本を閉じた。
その夜。
カイセンは夢を見た。
永遠に続いていたようで、一瞬だったような。
どのような夢だったのかも、断片的にしか覚えていない。
「ああ、実に憂鬱だ」
知らない男の声。
「久しぶりに本気を出します。アンチ・マジック」
知っている男の声。
「俺は七大魔族の第六柱、強欲のガイツ・マモン。お前、俺の配下にならないか?」
また、知らない男の声。
そして――。
カイセンは目を覚ました。
「何だったんだ今の……」
窓から差し込む光を見る。
「朝か……」
急いで身支度を整え、部屋を出る。
鍛錬場へ向かうと、ナインが待っていた。
「カイセン、遅刻ですよ」
「すまねえ!」
「昨日、遅くまで本を読んでいたんですか?」
「ああ。賢者の書とか地理の本とか読んでたら、いつの間にか遅くなってた」
「そうでしたか。勉強熱心なのはいいことですが、睡眠も大切ですよ」
「気をつける」
ナインは頷く。
「では、今日の鍛錬を始めましょう。今日は基本魔法の中級を覚えてもらいます」
「中級?」
カイセンは少し首を傾げる。
「オリジナル魔法が使えるんだから、別に覚えなくてもいいんじゃないか?」
「いえ。基本魔法の中級は、オリジナル魔法と比べて消費魔力量が少なく、使い勝手がいいんです」
「へえ」
「ですから、覚えて損はありません」
「せっかくいいオリジナル魔法を思いついたのにな」
「それは後日にでも練習するとして、まずは中級を覚えましょうか」
「分かった。それでいこう」
「では、見ていてください」
ナインは右手を前へ伸ばす。
「グロブス・メディウス・テネブラルム」
手の先に、黒い球体が現れる。
「ん? それ、初級のやつじゃねえのか?」
「見た目はほとんど同じです。ですが、違いは密度にあります」
今度は左手を前へ伸ばした。
「グロブス・テネブラルム」
初級の黒い球体が現れる。
「二つを比べてみてください」
ナインは二つの球体を並べる。
見た目だけなら、ほとんど違いはない。
「分からねえな」
「そうですよね」
ナインは苦笑する。
「では、実際に撃ってみます」
初級の球体を的へ向ける。
「グロブス・テネブラルム」
黒い球体が飛び、的へ直撃する。
次の瞬間、的が砕け散った。
「では、中級です」
ナインはもう一度、右手に魔法を作る。
「グロブス・メディウス・テネブラルム」
放たれた黒球は、先ほどとは比べ物にならない速度で飛んでいく。
直撃。
同じように的が砕け散った。
「威力はそこまで大きく変わりませんが、速度が大きく違います」
「なるほど」
「そして、魔力消費量も上級ほど多くありません」
ナインは黒球を消す。
「魔力消費量、速度、威力。この三つを考えれば、中級が最も扱いやすいんです」
「確かに便利だな」
「ちなみに上級は――」
ナインが手を前へ伸ばす。
「グロブス・アルトュス・テネブラルム」
今までとは比べ物にならない大きさの黒球が現れた。
それは凄まじい速度で飛び、的を粉々に吹き飛ばした。
「すげえ……」
「上級は威力も速度も高いですが、その分、魔力消費量も大きくなります」
「なるほどな」
「では、中級の使い方を――」
「おいおい。まだ新人教育なんかやってんのか? ナイン」
突然、男の声が響いた。
二人が振り向く。
そこには、大柄な男が立っていた。
赤い短髪。
鋭い目つき。
鍛え上げられたような体格。
そして、口元には人を馬鹿にするような笑みが浮かんでいる。
(誰だ、こいつ)
カイセンには見覚えがなかった。
「この人はシュテーレン。一応、仲間です」
「一応? ひどいじゃねえか」
シュテーレンは笑う。
「俺が最近いなかったのは、この陣営のための仕事をしてたからだぜ? 別に遊んでたわけじゃねえ」
少し離れた場所で鍛錬をしていたテクストが、シュテーレンへ目を向ける。
「シュテーレン。君がここに顔を出すなんて珍しいな」
「仕事が終わったからな。報告に来たんだよ」
「そうか」
「そしたらよ……」
シュテーレンはナインを見る。
「まだ新人の相手なんかしてんのかと思ってな」
その言葉には、明らかな嘲りが混じっていた。
「そんなんだから出来損ないなんだよ」
シュテーレンはニヤリと笑う。
「ああ、そういや……なりそこないだったか?」
「……なに?」
テクストの表情が変わる。
「おい、シュテーレン」
「なんだよ。別にお前に言ったわけじゃねえよ」
シュテーレンは悪びれる様子もない。
「それとも、心当たりでもあんのか?」
「……」
テクストは黙ってシュテーレンを睨む。
その空気を見て、カイセンの眉が僅かに動いた。
「もう帰れよ。報告が済んだのなら、ここにいる理由もないだろ」
カイセンが口を開く。
シュテーレンがカイセンへ視線を向ける。
「……へえ」
口元の笑みが深くなる。
「随分と生意気な新人じゃねえか」
カイセンは黙ってシュテーレンを見る。
「気に入らねえな」
シュテーレンはそう言ったかと思うと、突然何かを思いついたように笑った。
「そうだ。いいこと思いついたぜ」
「なんですか?」
ナインが尋ねる。
「俺と、お前ら二人で勝負しようぜ」
「僕は断ります」
ナインは即答した。
「おいおい、即答かよ」
「あなたと勝負する義理がありませんから」
「ひどいな。それが元――」
「いいぞ」
カイセンが口を挟んだ。
「カイセン?」
「やってやろうじゃねえか」
カイセンはシュテーレンを睨む。
「こういう奴は、一回負かしてやればいいんだよ」
「へえ……」
シュテーレンの目が細くなる。
「言うじゃねえか、新人」
「それで、どういう勝負なんだ?」
「魔物が出る森でのポイント勝負だ」
シュテーレンは指を一本立てる。
「雑魚を倒したら一ポイント。大物を倒したら五ポイント。先に十ポイント稼いだ方が勝ちだ」
「魔物の討伐数じゃなくて、ポイント制ってことか」
「そういうことだ」
「面白そうじゃねえか」
カイセンは笑う。
「やろうぜ」
ナインは少し考える。
「……分かりました。ただし、準備も必要です。やるのは一週間後でいいですか?」
「ああ、構わねえよ」
シュテーレンは背を向ける。
「詳しいことは、また今度伝えてやるよ」
そう言い残し、鍛錬場を去っていく。
カイセンは、その背中を見つめていた。




