第一章 4 『力を得たなら知を求めよ、知を得たなら力を求めよ』
誤字を発見したので修正しました。
あれから一日が経った。
カイセンは、ナインから魔法の使い方を教わることになった。
鍛錬場に立ち、自分の手を眺める。
「んで、どうやって使うんだ?」
「まず、聞きたいことがあります」
向かいに立つナインが尋ねる。
「カイセンは、剣と魔法。どちらをメインに戦いたいですか?」
「そうだな……」
カイセンは少し考えた。
「剣には憧れるが、剣道を少し経験した程度だ。真剣なんて扱えないだろうし」
「それなら、まずは魔法を覚えるのはどうですか? 自分に合わないと感じたら、そこから剣を取るのもありだと思います」
「分かった。そうしよう」
「では、まず魔法について説明しますね」
ナインは教師のように説明を始めた。
「魔法というのは、魔力を使用して発動するものです。強力な魔法を使おうとすれば、それだけ多くの魔力を消費します」
ナインは指を一本立てる。
「そして、ここで関係してくるのが適性属性です。適性値が高い属性ほど、少ない魔力で魔法を使用できます」
「なるほどな」
カイセンは相槌を打ちながら話を聞く。
「カイセンはシエル様から聞いた限り、闇属性が適性でしたね」
「ああ。そうらしいな」
「そして適性値は……闇が五十三。他の属性が四十二ですか」
ナインは少し困ったような顔をした。
「どうなんだ?」
「言いにくいのですが……かなり低いですね」
「え?」
「普通の人間でも、適性属性なら八十前後。不適性の属性でも五十程度はあります」
「……」
カイセンの表情が固まった。
「なので、カイセンは魔法を使う際の魔力消費量がかなり多くなると思います」
「マジかよ……」
「まあ、魔力量そのものはかなり多いので、他の人と同じくらいには使えると思いますけど」
「それならいいのか?」
「それに、適性値が上がったという話もありますから。そんなに露骨に落ち込まないでください」
「別に落ち込んでねえよ」
そう言いながらも、カイセンの声には少しだけ元気がなかった。
「ま、仕方ないか。闇属性が俺には合ってるんだよな?」
「はい」
「なら、やり方を教えてくれ」
「分かりました」
ナインは頷くと、カイセンから少し離れた。
「ではまず、闇属性の基本攻撃魔法。初級からやりましょうか」
ナインが片手を前へ伸ばす。
「グロブス・テネブラルム」
瞬間。
ナインの手の先に、黒く禍々しい球体が現れた。
周囲の光を吸い込んでいるようにも見える、不気味な球体だった。
「これが基本攻撃魔法です」
ナインは球体を眺めながら説明する。
「基本攻撃魔法というのは、それぞれの属性を球状にまとめて相手へぶつけるものです。初級、中級、上級の三段階があり、主に魔力消費量や攻撃力、そして発動難度が変わります」
「なるほど」
「まとめる魔力量が多ければ多いほど、当然難しくなります」
ナインが魔法を消す。
「ん? じゃあ上級でも球をぶつけるのか?」
カイセンは首を傾げた。
「なんか……勝負がシュールになりそうだな」
「もちろん、球をぶつける以外の魔法もありますよ」
「例えば?」
「雷属性なら、雷を落とすなどですね。ただ、それらは基本魔法ではありません」
「基本じゃない?」
「はい。オリジナル魔法に分類されます」
「オリジナル?」
「そのままの意味です。自分で考えて作る魔法ですよ」
「じゃあ、何のために基本魔法があるんだよ」
「魔法に慣れるためです」
ナインは苦笑した。
「何もないところから魔法を作るより、お手本があった方がやりやすいですから」
「なるほどな」
「では、実際に魔法を使ってみましょう」
ナインはカイセンを見る。
「……と言いたいところですが、その前に魔力を感じてもらいます」
「感じる?」
「はい。魔法を使うには、まず自分の魔力を認識する必要があります。そして、それを身体の中で動かし、外へ放出するんです」
「でも、感じろって言われてもどうやって?」
「そうですね……」
ナインは少し考えた。
「それなら、僕がカイセンに少しだけ魔力を流し込みます。それで魔力の流れを感じてください」
「分かった」
「では、いきますよ」
ナインがカイセンの腕に触れる。
その瞬間だった。
「……っ!」
カイセンの身体の内側を、何かが流れた。
熱い。
血液とは違う。
身体の奥から湧き上がり、全身を巡っていくような不思議な感覚だった。
「これが……魔力なのか?」
「はい。それが魔力です」
ナインが手を離す。
「今感じたものを、自分の中で探してください」
カイセンは目を閉じる。
先ほど感じた熱を思い出す。
身体の奥。
そこに確かに何かがある。
「見つけた」
「では、それを身体に帯びるようなイメージをしてください」
「身体に……」
「そして、闇属性の魔法を出すイメージ」
ナインが続ける。
「その魔力を一か所に集め、丸くまとめる。そして――」
ナインが指を立てる。
「こう言ってください」
「グロブス・テネブラルム」
カイセンは目を開く。
「グロブス・テネブラルム!」
手の先に黒い球体が現れた。
「おお!」
しかし――
数秒も経たないうちに、球体は霧のように消えてしまった。
「消えた……」
「今のが魔法です」
ナインは頷く。
「ですが、成功とは言えませんね」
「そうなのか?」
「発動できたこと自体は成功です。ただ、魔力を維持できていません」
「なるほど」
「ですが、出す方法は分かったはずです」
ナインが笑う。
「次はコントロールを覚えましょう」
「おう!」
カイセンは再び手を前へ伸ばした。
「グロブス・テネブラルム!」
黒い球体が現れる。
今度は先ほどより長く維持された。
「……!」
カイセンは思わず笑みを浮かべた。
(楽しいな、これ)
自分の中にあったものを、初めて自分の意思で外へ出した。
それが妙に楽しかった。
その日から、カイセンは魔法の修行に没頭した。
何度失敗しても繰り返した。
魔力を感じる。
集める。
形を作る。
放つ。
それを何度も繰り返す。
そして――。
「グロブス・テネブラルム!」
カイセンの手から黒い球体が放たれる。
先ほどナインが見せたものと、ほとんど変わらない。
「成功したぁ!」
「おめでとうございます、カイセンさん!」
「ありがとな!」
カイセンは嬉しそうに拳を握る。
すると、ふと気づいたようにナインを見る。
「あと、俺のことはカイセンでいい」
「え?」
「だから俺もナインって呼んでいいか?」
ナインの顔が、ぱっと明るくなる。
「はい!」
そして嬉しそうに笑った。
「カイセン!」
「おう、ナイン!」
それから二人は、さらに魔法の修行を続けた。
「初級魔法を使えたから、一つやってみたいことがある」
「やりたいこと?」
「ああ。オリジナル魔法ってやつをな」
ナインは少し驚いたような顔をした。
「もうオリジナル魔法ですか?」
「できそうなのか?」
「感覚は掴めていますから、不可能ではないと思います。ただ、簡単ではありませんよ」
「やってみなきゃ分からねえだろ」
「分かりました。ですが、先に初級を完璧にしますよ。そもそも、基本魔法すらまともに扱えない状態では意味がありませんから」
「おう!」
こうしてカイセンは、基本魔法だけでなく、自分だけの魔法を作るための修行も始めた。
そして――。
あっという間に二週間が経った。
カイセンは鍛錬場に立っていた。
向かいにはテクスト。
その少し離れた場所には、ナイン達が立っている。
「魔法は扱えるようになったかね?」
テクストが尋ねる。
「ああ。基礎は押さえてきたぜ」
「そうか」
テクストは剣に手を添える。
「ならば……残念だ」
「?」
「この私を、基礎だけで倒せると思っているなんてね」
「そこまで言うなら、やってみるか?」
「ああ」
ナインが二人の間を見る。
「それでは、始めます!」
カイセンは構える。
テクストも剣を抜いた。
「始め!」
開始の合図と同時に、カイセンは手を前へ向ける。
「グロブス・テネブラルム!」
黒い球体がテクストへ飛んでいく。
「甘い」
テクストは一歩踏み込む。
そして、迫ってきた黒球を剣で斬り裂いた。
「なっ……!」
魔法はあっさりと消滅する。
そのままテクストは間合いを詰めてくる。
「速っ!」
カイセンは咄嗟に手を前へ出す。
「クリペウス・テネブラルム!」
カイセンの前に黒い盾が現れた。
闇属性の基本防御魔法。
初級――。
「こんなもので私を止められるとでも?」
テクストは速度を緩めない。
剣を振り下ろす。
黒い盾に亀裂が走った。
そして――砕ける。
「嘘だろ……!」
テクストはそのまま突っ込んでくる。
だが、その瞬間。
カイセンは小さく笑った。
(これでいい)
盾が視界を遮った一瞬。
テクストからは、カイセンの手元が見えていない。
そして――。
「ダインスレイヴ」
カイセンの手に、先ほどまで存在しなかった黒い剣が現れた。
「……!」
テクストの目が見開かれる。
完全に予想外だった。
その一瞬の動揺。
カイセンは見逃さない。
「もらった!」
黒い剣を振り抜く。
しかし――。
「騎士である私が」
テクストの剣が動く。
「剣で負けるわけがない」
金属音が鍛錬場に響き渡った。
「ぐっ……!」
カイセンの手から、黒い剣が弾き飛ばされる。
そのままテクストの剣先がカイセンへ向けられた。
「……」
カイセンは動けない。
魔法は通じない。
剣では敵わない。
なら、どうする。
(ここからどうすれば勝てる?)
基本魔法が効くわけがない。
もう一度隙を作ろうとしても、今のテクスト相手では簡単にはいかない。
撃つ手がない。
カイセンは歯を食いしばる。
そして――。
「……まいりました」
カイセンは両手を上げた。
「そこまで!」
ナインの声が響く。
テクストは剣を収めた。
「いい判断だ」
「……完敗だな」
カイセンは悔しそうに呟く。
だが、その目から闘志が消えたわけではなかった。
(もっと強くならねえと)
カイセンは自分の手を見る。
魔力はある。
魔法も使えるようになった。
だが、それだけではまだまだ足りない。
「流石だね、テクスト」
シエルが声をかける。
テクストが振り返った。
「シエル様! いらしていたんですね」
「途中からだけど、見ていたよ」
シエルはカイセンを見る。
「カイセンも、二週間であれだけ戦えたなら十分すごいと思うよ」
「そうか。ありがとうな」
カイセンが答える。
「それで、どういったご用件で?」
「カイセンに用があって来たの。この前、知りたいことがたくさんあるって言っていたでしょう?」
「ああ」
「だから、王都図書館の使用許可を取ってきたの」
「本当か!」
カイセンの顔が明るくなる。
「うん。こんなことで嘘はつかないよ」
シエルは笑いながら、一枚のカードを差し出した。
「これを見せれば、本の貸し出しもできるから」
「ありがとな!」
カイセンはカードを受け取る。
「じゃあ、今日早速行ってみるか。場所はどこにあるんだ?」
「ならば、私が案内しようか? ちょうど借りたい本もあったのでな」
テクストが案内役を買って出る。
「ああ。よろしく頼む」
「わかった。準備があるから一時間後でもいいかい?」
「ああ」
――一時間後。
「それでは、行こうか」
屋敷を出たカイセンとテクストは、王都図書館へ向かって歩いていた。
道中、二人は他愛のない話をしながら歩く。
しばらくして、テクストが足を止めた。
「着いたようだね」
カイセンの目の前に、大きな建物が現れる。
「ここが王都図書館だ。借りられる本は五冊までだから、気をつけたまえ」
「五冊か。十分だな」
二人は図書館の中へ入った。
「おお……!」
カイセンは思わず声を漏らす。
壁一面に並ぶ本棚。
その中には、見たこともないほど大量の本が収められている。
「魔法の本もあるし、魔族についての本もある。地理の本も……」
カイセンは次々と本棚を見ていく。
知らないことだらけの世界だ。
だからこそ、知りたいことも多い。
この世界はどういう場所なのか。
魔法とは何なのか。
「賢者の書……」
その文字を見て、カイセンは手を止めた。
(そういえば、馬肉の商人に教えてもらえなかったんだったな)
あの時は、賢者について何も知らなかった。
今なら、自分で調べることができる。
カイセンは本棚から一冊の本を取り出した。
その後も図書館の中を見て回り、五冊の本を選んだ。
魔法。
魔族。
地理。
歴史。
そして、賢者。
だが――。
(悪魔についての本は、やっぱりないか)
カイセンは小さく息を吐く。
(まあ、俺が勝手にそう呼んでるだけだからな)
あの男に角や翼があったわけではない。
そもそも、あの部屋は暗くて、顔すらほとんど見えなかった。
覚えているのは、せいぜい身長くらいだ。
(……それでも、あいつだけは見つけ出す)
カイセンは借りる本を抱え、テクストを探した。
「おい! テクスト!」
「カイセンか」
テクストが振り返る。
「ここでは静かにしたまえよ」
「おう。すまねえ」
カイセンは声を落とす。
「俺は選び終わったけど、テクストはどうだ?」
「私も今、選び終わったところだ」
二人は本を持って図書館を出る。
「何を借りたんだ?」
カイセンが尋ねる。
「魔力についての本だよ。かなり古い文献のようだ」
テクストが本を見せる。
「カイセンは?」
「俺は地理と歴史、魔族、魔法、賢者についての本だ」
「ほう」
テクストが感心したように頷く。
「勉強熱心でいいことだ」
「上から目線だな」
「強さなら上だからね」
「……」
カイセンの眉がぴくりと動く。
「冗談だよ。真に受けないでくれ」
テクストは苦笑する。
「二週間であれほど成長しているなら、十分すごいさ」
「そうかよ」
やがて二人は屋敷へ戻ってきた。
「それでは、私は自分の部屋に行くとする」
「おう。またな」
テクストと別れ、カイセンは自分の部屋へ入る。
椅子に腰を下ろし、借りてきた五冊の本を机の上へ並べた。
その中から、一冊を手に取る。
表紙には――。
『賢者』
そう書かれていた。
「よし」
カイセンは本を開く。
(まずは、これからだ)
異世界に来てから、分からないことばかりだった。
魔法。
魔力。
王位継承戦。
魔族。
そして、賢者。
自分をあの部屋に閉じ込めた男についても、何も分かっていない。
ならば、まずはこの世界を知るしかない。
カイセンは本を開き読み始めた。




