第一章 3 『猫の手は魔の手』
1話分の文字数増やしてみました。
修正内容:シエルの属性が存在しない氷属性になっていました。正しくは光と水の適性で水を応用し氷を扱います。
「第三王女? もしかして仲間が欲しいって戦争でもする気なのか? ……ですか?」
思わず出た言葉を、カイセンは慌てて言い直した。
相手は王族だ。
今までのような口調で話していていいのか、急に不安になった。
そんなカイセンを見て、シエルは可愛らしい笑みを浮かべる。
「敬語じゃなくてもいいですよ。敬語がいいなら、それでも構いませんが」
そう言うと、シエルは笑みを消した。
「戦争ほど大きくはないですが、戦力は欲しい状況です。先ほども申した通り、私は第三王女です。姉が二人と兄が一人おります」
シエルは一度言葉を切る。
「私は一番年下であり、王位継承戦では支持率や戦力など、さまざまな面で劣っており……劣勢となっています」
その表情には、先ほどまでの柔らかさがなかった。
王位継承戦。
カイセンには、この国の制度について詳しいことは分からない。
だが、シエルがかなり不利な立場にいることだけは理解できた。
「猫の手でも借りたいと思っていた時、あなたを見つけたんです」
シエルは少し困ったような表情を浮かべる。
「えーと……名前をお聞きしてもいいですか?」
(ハラダ・カイセンって答えたら、親しくなった時にハラダ呼びになるのか?)
別に名字で呼ばれることが嫌なわけではない。
ただ、せっかく異世界に来たのだ。
名前だけで呼ばれるのも悪くない気がした。
「カイセンだ」
「カイセンですね。私のことはシエルと呼んでください」
「いいのか? 王族なら様付けした方がいいんじゃ」
「私は気にしません。様付けで呼ぶ人もいますね」
「そうなのか」
王族と普通に会話している。
その事実に、カイセンは改めて妙な感覚を覚えた。
「でも、なんで俺なんだ? もっと強そうなやつ、いっぱいいるだろ?」
街を歩いていただけでも、自分より体格のいい人間はいくらでも見かけた。
金も持っていない。
身元も分からない。
そんな自分を選ぶ理由が分からなかった。
シエルはきょとんとした顔をする。
「あなたほどの魔力を持っている方は、あまりいませんよ?」
「へえ、そうなんだ」
カイセンは何気なく返した。
だが、数秒遅れて言葉の意味を理解する。
「……え?」
「どうしました?」
「魔力?」
「はい」
「俺も魔力を持っているのか?」
シエルは目を丸くした。
「え? はい。自分の魔力に気づかずに生きてきたんですか?」
「使う場面がなかったから……」
カイセンは咄嗟に誤魔化した。
まさか自分が異世界から召喚された人間だなどと、素直に話すわけにはいかない。
「俺の魔力はそんなに多いのか? 使い方も分かんねえ」
「そうですね。賢者より少し少ないぐらいです」
(賢者か)
聞き慣れない言葉ではある。
だが、大賢者がいるくらいなのだから、賢者という存在がいてもおかしくはない。
「魔力って誰にでも分かるもんなのか?」
「全員が分かるわけではないですね。でも、分かる人は結構いますよ」
シエルは少し考えてから続けた。
「ですが、権能や適性属性まで見破れる人は普通いません。私は権能『アナーゼ』を持っているので分かりますが。あ、『アナーゼ』というのは私の権能で相手の魔力量、適性属性、権能の有無を見定めることができるんです」
「権能に適性属性か……」
聞き慣れない言葉が次々と出てくる。
「権能って誰でも持っているのか?」
「いいえ。限られた者しか所持していません」
「へえ」
シエルは改めてカイセンを見る。
「ちなみに、カイセンの適性属性は……」
(なんだ……?)
カイセンは無意識に身構える。
異世界に来た人間なら、一度は憧れるもの。
魔法。
そして、自分だけの属性。
炎か。
雷か。
それとも、もっと珍しい属性か。
知らず知らずのうちに、カイセンは期待していた。
「闇属性ですね」
(闇!?)
カイセンの心が一瞬だけ躍る。
(かっこいいけど……もっと他にあっただろ!)
心の中で叫びながらも、表情には出さない。
「闇は強いのか?」
「闇属性は炎、水、風、土、雷と相性がいいです」
「え、それめっちゃ強いんじゃ――」
「ですが、光属性に対してはとても弱く、基本的には瞬殺されます」
「……」
カイセンの期待が一瞬でしぼんだ。
「それに、先ほど挙げた基本属性と呼ばれる五つに対しても、少し有利な程度です」
せっかく異世界に来たのだから、圧倒的に強い属性であってほしかった。
「ちなみに私は光と水の適性を持っています」
「……」
カイセンはシエルを見る。
そして自分を見る。
「いきなり逆らえなくなったな」
シエルは小さく笑った。
「属性は何個あるんだ?」
「炎、水、風、土、雷の基本属性と、光、闇の特殊属性があります。それぞれに相性も存在しますが、闇が光に弱いというもの以外は、あまり大きな差はありません」
「俺の闇って、あんまメリットないのかよ」
「そういうわけでもありませんよ」
シエルは少し考える。
「カイセンは、闇属性以外を使っても問題ないと思います」
「そうなのか?」
「普通は、適性属性かそうでないかで、適性値に少なくとも三十ほど差がつきます。それに対して、カイセンは十も差がありません」
「十もない?」
「はい」
(俺の体って結構特殊なのか……?)
カイセンは自分の手を見る。
異世界に来てから、自分の身体について知らないことばかりだ。
だが、今はそれを深く考えている場合ではない。
悪魔を殺す。
そのための力が必要なのだ。
シエルは少し間を置くと、再び真剣な顔になった。
「それで……私の仲間になってくれますか?」
カイセンはシエルを見る。
あの男――自分を一ヶ月もの間、あの部屋に閉じ込めていた男を殺す。
そのためには力も知識も足りない。
この世界について何も知らない自分一人では、あまりにも無謀だった。
ならば。
「俺は目的がある」
「目的?」
「悪魔を殺すことだ」
シエルは何も言わず、カイセンの言葉を聞いている。
「そのためには力や知識が、まだまだ足りない」
カイセンは一度息を吐いた。
「俺も力をシエルに貸す。だから……シエルも俺に手を貸してくれないか?」
少しだけ間を置く。
「食べ物をもらった上、まだ欲しがるなんて強欲すぎるかもしれないが……」
シエルの表情が変わった。
「仲間になってくれるのですね?!」
先ほどまでの真面目な表情が一気に崩れ、嬉しそうな笑顔になる。
「俺もシエルの力を借りることになるけど、それでもいいのか?」
「そのくらいいいですよ。人に何かを求めておいて、自分は何も返さないような残酷な王にはなりたくありません」
シエルは笑顔で答えた。
「いつまで一緒に行動できるかも分からないぞ? 大事な場面で悪魔を見つけたら、そっちを優先するかもしれない。それでもいいのか?」
「はい。言ったでしょう? 猫の手も借りたい状況だって」
「それならいいんだけどよ」
シエルの顔がぱっと明るくなる。
「それでは、これからよろしくお願いします! カイセン!」
「ああ」
カイセンも笑う。
「よろしくな、シエル」
「それじゃあ、早速行きましょう」
「どこへ?」
「私の仲間のところです。カイセンはその者たちと同じ立場になります。すぐそこなので、歩いていきましょう」
二人は並んで歩き始めた。
「ところで、悪魔を殺すって何があったんですか?」
「いろいろだよ」
カイセンはそれ以上を語らなかった。
シエルも、彼が話したくないのだと察したのか、それ以上深く聞こうとはしなかった。
「悪魔ですか……」
「知っているのか?」
カイセンは胸に期待を膨らませる。
もしシエルが悪魔について知っているのなら、あの男へ近づくための手掛かりになるかもしれない。
しかし、その期待はすぐに打ち砕かれた。
「申し訳ありませんが、悪魔という種族は聞いたことがありません」
「そうか。いや、種族名ではないのかもしれない。俺が勝手に呼んでいるだけだからな」
カイセンは少し考え、話題を変える。
「そういえば、王位って何をしたら継承できるんだ?」
「そうですね……民からの支持を得るのも一つです」
シエルは淡々と答える。
「しかし、一番手っ取り早いのは、他の王候補を殺すことです」
「兄妹なのにか……」
「兄妹と言っても、あの人たちとはあまり関係がありません」
シエルの声が少しだけ冷たくなる。
「幼い頃から隔離して育てられました。第一王女のミレナ姉様は時々会いに来ますけど、他の二人とはほとんど会っていません。顔くらいしか知りませんね」
「……王族って大変なんだな」
「そうですね」
そんな話をしているうちに、シエルが足を止めた。
「あ、着きましたよ」
カイセンも前を見る。
そこには、大きな屋敷が建っていた。
周囲の建物と比べても明らかに大きい。
(でかい屋敷だな……)
王都の中でも、かなり目立つ建物だった。
「ここが私の家です。中には鍛錬場もあって、皆さんはそこにいます」
二人が屋敷の中へ入る。
すると、すぐに一人のメイドが駆け寄ってきた。
「おかえりなさいませ、シエル様。お客様でしょうか?」
「ただいま。こちらはカイセン。新しい仲間になるの」
「カイセン様。メイドのメリスです。よろしくお願いします」
「よろしく」
「みんな揃ってる?」
「現在は何名か外に出ています」
「そうなのね。分かったよ。ありがとう」
メリスが一礼する。
二人はそのまま屋敷の奥へ進んでいった。
歩きながら、カイセンは先ほどの会話を思い出す。
「シエルって、メイドに向かってはタメ口なんだな」
「メイドだけじゃないですよ。ほとんどの仲間には、あの喋り方です」
「今の喋り方は外向きってことか」
「そういうことです」
「なら、俺にもそうしてくれないか?」
「分かりまし……分かったよ。なら、いつも通りの喋り方にするね」
そんな会話をしているうちに、鍛錬場へ到着する。
シエルが扉を開ける。
「シエル様! いかがいたしましたか?」
真っ先に声をかけてきたのは、一人の青年だった。
赤みのある茶髪を無造作に整え、短めの髪はところどころ跳ねている。
瞳も髪と同じ茶色。
整った顔立ちに加え、貴族を思わせる服装。
腰には剣を携えており、立っているだけでも様になる男だった。
「新しい仲間を連れてきたの。名前はカイセン」
「ほう」
青年はカイセンを見る。
「私はテクスト・アインだ。よろしく頼むよ、カイセン殿」
「よろしくな、アイン殿?」
「テクストでいいさ」
「そうか。ならこっちもカイセンでいい」
テクストは軽く会釈する。
「して、カイセンはどれほどの実力者なのですか?」
その問いに答えたのは、別の青年だった。
「魔力量なら、相当なものですよ」
緑色の髪をした青年が近づいてくる。
「僕の名前はナイン・レイン。ここでは新人育成をやっています。二十歳です」
「よろしく」
「よろしく」
ナインはカイセンを観察するように見つめる。
「魔力量が多いのか。ほう……」
テクストは興味深そうにカイセンを見る。
「それほどの魔力を持っているのか。ならば、強いのだろうな。ぜひ、お手合わせ願いたい」
「実力を聞かれても、俺は魔法の戦い方も知らないぞ」
「なに……?」
テクストの表情が固まる。
ナインも少し驚いた様子だった。
「魔法の使い方を知らない?」
「ああ。そもそも魔力があることすら今日知った」
「……なるほど」
ナインは少し考える。
「それなら、僕が教えましょう。新人育成が僕の役目ですから」
「そうか。よろしく頼む」
ナインは小さく笑う。
「任せてください」
テクストも納得したように頷く。
「ならば、二週間後にでも模擬戦をやってみないか?」
「二週間後?」
「ああ。魔法を覚えた状態で、一度実力を確かめたい」
カイセンは少し考える。
力をつけるのにも、模擬戦はいい手段だろう。
「おう。いいぜ。実戦あるのみって言うからな」
「では、二週間後。また会おう、カイセン」
こうしてカイセンは、シエルの仲間たちと出会った。
そして同時に、この世界で初めて本格的に魔法を学ぶことになるのだった。




