第二章 12 『俯瞰者』
封印魔法名修正
後書き描き忘れてた
ベルゼブブが魔力を集中し始める。
「フェズさん、回復終わりました!」
ベルゼブブが魔力を集中し始めてから少し経つ。ヒラの報告を聞き、フェズが立ち上がる。
(あれを止めるには再び『ユートピア』を発動させるしかなさそうやな。そんためにはあいつに自分の何かを疑わせなあかん)
フェズは空気を固め、それを踏み、空高くで羽ばたくベルゼブブの近くまで行く。
「グロブス・アルテュス・ヴィント」
風属性の基本魔法上級が放たれるが、ベルゼブブの周囲に漂う魔力によって打ち消される。
「おかしいやろ、ただの魔力の漏れに魔法が負けるなんて」
ベルゼブブはフェズを見下ろしていた。
「そんな大技で終わらせようとして焦ってるん? やっぱシン達にビビったんか?」
ベルゼブブは冷静に返す。
「権能を発動しないのか? いや、できないのか」
「頭ええな。やっぱ人の脳みそたくさん喰うてるからか? 魔族の喰うてたら、今頃知能のないバケモノやったな」
フェズは煽ってベルゼブブの冷静さを欠こうとしている。
しかし、ベルゼブブは「哀れ」とだけ言い捨てる。
その後もフェズは様々な言葉を投げかけた。
だが、反応は薄い。
ベルゼブブは何事もなかったかのように、淡々と魔力を集中していく。
「……せやけど」
フェズが言う。
「キミの『暴食』っていうんも、案外安いもんやな」
ベルゼブブの目の色が変わった。
「……何?」
初めて、ベルゼブブがまともに反応した。
「シンも食うことが好きやから分かるんや」
フェズが続ける。
「食うことを楽しんでる奴と、殺すことを楽しんでる奴は、全然ちゃう」
ベルゼブブの目が細くなる。
「……」
「シンにはな」
フェズがベルゼブブを真っ直ぐ見据える。
「あんさんが食を楽しんでるんやなくて――」
一拍。
「ただ、殺しを楽しんでるようにしか見えへんで?」
ベルゼブブの目の色が変わった。
「……戯言が過ぎるぞ」
ベルゼブブが低い声で言い放つ。
そして、大きく息を吸う。
「過食、拒食、絶食、少食、粗食、偏食、飽食、美食、悪食、暴食!」
一語一語を吐き出すたびに、周囲の空気が揺らぐ。
「我は、その全ての『喰』を肯定する!」
ベルゼブブがフェズを睨みつける。
「だが――我の『喰』を否定することだけは、絶対に許さん!」
(話に喰いついて来た)
フェズが少し笑う。
「シンのことを美食の糧と言うてたな? でも、そんな大技で喰べることが美食なんか? やっぱり『喰』っていうんは安いもんやから嘘に使ったんやな」
ベルゼブブの顔が怒りで歪んでいく。
「ふざけるなよ! 人間風情がァァァ!」
ベルゼブブが怒鳴ると、空気が揺れる。
「そう怒んなや。そんなに核心に触れられて焦ったんか?」
「五月蝿い。五月蝿い。五月蝿い。五月蝿い! 我にとっての『喰』とは生きる意味! それを否定するなど――」
「生きる意味やって? ならキミはいつからその『喰』を生きる意味やと思ってるんや?」
フェズは賭けに出た。
一か八かの賭け。
勝てばベルゼブブの意思に隙が生まれる。
負ければベルゼブブの意思を固くし、もう二度と『ユートピア』は効かないだろう。
「我が『喰』に目覚めた時! そんなものは決まって……」
ベルゼブブが喋るのをやめる。
「どないしたんや?」
「可怪しい。可怪しい。可怪しい。可怪しい!」
ベルゼブブは記憶を頼りに思い出そうとする。
――四百三十七年前。
フェレライ・ベルゼブブは百年の時を経て、生を取り戻した。
ベルゼブブが手を動かし、周囲を見る。
ベルゼブブが胸に手を当て、心臓の鼓動を確認する。
ベルゼブブが自分の腕を強く引っ掻き、痛みを感じることで生を実感する。
その時のベルゼブブの感情は主に三つ。
一つ、生への喜び。
二つ、人間への憎悪。
三つ、『喰』への執着心。
第一次人魔戦争で死んだベルゼブブは、百年の時を経て生を取り戻した。
だが、彼に残っていたのは、圧倒的な魔力と人間への憎悪。
そして、なぜそう思うのかも今のベルゼブブにはわからない、『喰』への執着だけだった。
その時、ベルゼブブは自分の名前すら知らなかった。
そのため、第二次人魔戦争の時、人間が自分を呼んでいた名前、フェレライ・ベルゼブブを名乗っている。
ベルゼブブがどれだけ記憶を辿っても、四百三十七年前より前の記憶は一切残っていない。
どれだけ記憶を辿っても、ベルゼブブが『喰』に執着し始めた理由が突き止められない。
「我にとっての喰ってなんなのだ……」
ぽつりと口から溢れた。
本音が漏れてしまった。
集中していた『ウォルボア』を放棄してまで、ベルゼブブは口を手で塞ぐ。
そこまでしてでも隠したい本音だった。
しかし、もう遅い。
その一言を、フェズは聞き逃さなかった。
(揺らいだ)
フェズは、かつてないほどの笑みを浮かべる。
「ユートピア」
ベルゼブブの周囲に、様々な種類の動物が現れる。
その全てが巨大な姿をしており、ベルゼブブへ襲いかかる。
自分の『喰』を疑ったベルゼブブは、『喰』という概念の権能を使用できなかった。
ベルゼブブは、近づいてくる動物たちに恐怖する。
「グロブス・ヴァッサー」
権能を使えなくなったベルゼブブは、頭が混乱しているのか、魔力を体に纏えばいいものを水魔法として使用した。
さらに、ベルゼブブは戦闘用の水魔法を鍛えていなかったため、初級魔法しか使えず、動物すら倒せなかった。
「ん? 水は補給用やなかったんか?」
その言葉が、さらにベルゼブブの精神を抉る。
自分の魔法で巨大な動物すら倒せなかった。
その事実が、ベルゼブブに自分の力を疑わせた。
ベルゼブブの足から力が抜ける。
そして、体全体に力が入らなくなる。
「嫌だ」
そう言い捨てるが、ベルゼブブはもはや立つことすらできなかった。
喰われていく。
自分の身体が、動物たちに喰われていく。
『ユートピア』の中で、ベルゼブブは再び死んだ。
現実では、ベルゼブブの羽が羽ばたくのを止め、地面に落ちる。
「喰物連鎖の頂点はキミやなかったようやな」
そう言うと、フェズは周囲の人を集める。
ベルゼブブの封印を始める。
できる限りの人を集め、魔力を集中させる。
「パンドラ!!」
複数人の魔力が一斉に重なった。
その瞬間、ベルゼブブの周囲に六つの光の面が形成される。
六つの面がベルゼブブを完全に囲んでいき、面と面が繋がる。
『ユートピア』の中で死んだ生き物は、現実では植物状態のようになってしまう。
そんなベルゼブブが抵抗できるはずもない。
箱は閉じ、小さくなり、消えていく。
(シンの戦い方が格好悪いことぐらいわかっとんねん。せやけどな、圧倒的な力に勝つためにはこれしかないねん……)
こうして――。
七大魔族の第四柱、暴食の魔族の封印に成功した。
戦場に歓声が沸く。
その中で、シロロが目を覚ます。
「……!? フェズ様! 大丈夫でしたか!?」
シロロは、ベルゼブブがどうなったのかではなく、フェズが無事なのかを真っ先に気にしているようだった。
「大丈夫やで。シロロちゃんのおかげで止血もできてたし、あの氷がなかったらやばかったかもな」
そのフェズの顔を見て、シロロは顔を赤くする。
「ぶ、無事なら良かったです!」
これで、戦場にて暴れていた七大魔族は、三人とも封印された。
残る七大魔族は、嫉妬と傲慢。
そして、魔王。
その三者がどこにいるのかは、未だにわからない。
そのため、人間側は部隊を分けることにした。
戦場に残る魔族を殲滅する部隊。
そして、魔王城へ攻め込む部隊。
魔王城へ攻め込む部隊は、少人数で編成された。
イロン、ローゼ、リベル、シエル、ナイン、テクスト、カイセン、ミナ。
戦場部隊は、フェズを筆頭に行動する。
体力を回復させる時間を確保するため、魔王城への攻め込みは明日となった。
その夜、戦争での被害および不確定要素についての議論が交わされた。
一つ目、第一王女のミレナ・レーヴェ・ケーニヒが戦場のどこにもいないこと。
二つ目、暴食との戦闘で賢星国家ルプスの戦力が明らかに低下したこと。
そのことを議論した後、皆は眠りについた。そして夜は明け、八人は魔王城へと攻め込むこととなった。
歩きながらシエルたちは会話を交わす。
「魔王は、本当にこの城にいるのでしょうか?」
ミナが尋ねる。
「おそらく、そうでしょうね。もしかしたら、嫉妬や傲慢の七大魔族もいるかもしれませんね」
ナインは、ミナを見ながら質問に答える。
それをシエルの隣で聞いていたテクストが話に加わる。
「ならば、まとめて倒せばいい。そうですよね? 兄様」
リベルがテクストを見る。
「その通りだ。アイン家の名に恥じぬ活躍を期待している」
そのような会話をしている間に魔王城に到着した。
「これが魔王城リューゲンか。近くで見るとやっぱりでけえな」
カイセンが魔王城を見上げながら呟く。
城の門ですら巨大であり、鍵はかかっていない。
城の中を進んでいくが、特に魔族が襲ってくることはない。そもそも、魔族が一人も見当たらない。
いくつもの部屋があり、扉を開けて回ったが、誰もいない。
そして、最後に最も奥の部屋へと辿り着く。その扉のそばには、ガタガタと激しく歯の根を鳴らし、その場にへたり込んだミレナがいた。
「ミレナ姉様!? どうしてここに!?」
シエルがミレナに駆け寄る。
「え? え? あ、シエルちゃん? 助けて! 助けてよ! 助けてよぉ!」
ミレナはシエルの服の袖を掴み涙を流す。
シエルが「何があったの?」と聞いても、ミレナは「助けて」の一点張りだった。
「行くぞ」
イロンがミレナに向けていた視線を戻し、扉を開けようとする。
「い、いや! 開けないで! 助けて! シエルちゃん! シエルちゃん!」
ローゼはイロンに続き歩き始める。
シエルも少し躊躇いつつもミレナの手を離す。
イロンが魔法で扉を開け始める。
「シエルちゃん! あなたは……。あなたは! 私のために動けばいいのよ! 私の命令に従って! 私のことを第一に考えて! 私の人形として可愛くニコニコと笑っていればいいのよ!」
ミレナの悲鳴混じった言葉を聞き、シエルは少し顔を暗くする。
そして、もう振り返らない。
「ミレナ姉様。私はあなたの人形ではない」
それを聞いたミレナは涙と怒りで顔を歪ませながら、城の入り口の方に走って逃げていく。
その間に、イロンが魔法で扉を壊す。
その部屋の中央には、無惨にも殺されたアルファ達が転がっていた。
その先には、大きな机を囲むように設置された七つの椅子。
さらにその奥には、太陽の光が差し込む場所に、玉座と思われる椅子が置かれていた。
七つの椅子の一つ。
そこに一人の魔族が座っていた。
「色欲はどうした?」
魔族は椅子から立ち上がる。
「怠惰は?」
魔族が歩き出す。
「暴食は?」
魔族は玉座へ続く階段を登り始める。
「まさかーー負けたのか?」
魔族が玉座に腰を下ろした。
先ほどまで暗闇にいた魔族の顔が、太陽の光によって初めて皆の目に晒された。その瞬間、ナインの表情から余裕が消えた。
「貴様は誰だ」
イロンが魔族を見ながら、槍を向け、尋ねる。
「俺か?」
男は薄く笑う。
「七大魔族の第一柱」
玉座の肘掛けに腕を置く。
「傲慢の魔族ーーアロガンツ・ルシファー」
「傲慢の魔族? 魔王じゃなくて?」
カイセンが呟く。
「魔王? そんなもの、この世にはいない」
「なんだと?」
ローゼが声を漏らす。
「まあ、強いて言うならば、俺が魔王というやつだ」
部屋の空気が変わった。
ローゼ、カイセン、ナイン、ミナが魔力を集中させる。
リベルとテクストが剣を構える。
イロンが槍を投げ、それをルシファーが首を逸らして避ける。
ルシファーは立ち上がり言い放つ。
「遠慮するな、まとめてかかってこい」
ルシファーは笑っていた。
<ルシファーの七大魔族別呼び方>
傲慢・・・俯瞰者
憤怒・・・忘憤者
怠惰・・・死蔵者
色欲・・・慈愛者
暴食・・・喰執者
嫉妬・・・偏慕者
強欲・・・渇欲者




