第二章 11 『束ねた人より一人の魔族』
「シンを喰うやって? 冗談、厳しいでキミ」
「我は七大魔族の第四柱、暴食の魔族、フェレライ・ベルゼブブ。我こそ、喰物連鎖の頂点に立つ生命体。貴様の術など、我には効かん」
(確かに、効果も条件もバレてる。先ほどとは逆転して、相性最悪やな)
「ほな、主戦力は任せたで。統率者さん」
回復を終え、後方から走って来ていたイロンはベルゼブブの心臓を狙って三叉槍を突き出す。
しかし、連戦による疲労で狙いが逸れてしまい、三叉槍は、ベルゼブブの腕に残っていた古い引っ掻き傷へ突き刺さる。
「任された」
ベルゼブブは、自らに突き刺さった三叉槍を腕で掴む。
「相手が変わったとて、我に一切の支障なし」
そのまま、三叉槍を砕いた。
イロンが一度、後ろへ下がる。
「遅い」
ベルゼブブは、すでにイロンの背後へ回っていた。
「体力が全快でない状態で、勝てるほど我は優しくないぞ」
ヒラの権能は、傷と魔力を回復させるもの。
体力や気力まで回復できるわけではない。
「ウォルボア」
猪の形をしたオーラが、大きな口を開く。
「ベルフェゴールよ。今、仇を討つ」
イロンが回避しようとする。
しかし、このままでは間に合わない。
「シンが権能頼りの無能やと思ったんか?」
フェズが一歩前へ出る。
「主戦力は任せたけど、お手伝いはもちろんやるで?」
「ヴィントタンツ」
フェズが魔法を唱える。
風が集まり、やがて人のような形を作り上げていく。
人の形をした風――風人。
風人がベルゼブブへ手を差し出した。
ベルゼブブは、警戒したが風人が何もしてこないことを確認してイロンへ意識を戻した。
その瞬間、風人が差し出していた手を下ろす。
「あーあ、やってもうたな」
フェズが笑う。
「風人の踊りの誘いを断ったらあかんやろ。殺されるで? キミ」
風人が踊るように動く。
次の瞬間、ベルゼブブの身体を蹴り、叩く。
「完全自立型の風や」
フェズが説明する。
「踊りっちゅうんは、相手に合わせるもんや。せやから、その風人は相手が強ければ強いほど、強くなる」
「ヴィントタンツ」
さらに四人の風人が現れる。
「ほな五対一。いや、イロンはんとシンも混ざるから七対一か」
フェズが笑う。
「頑張ってもらわな困るで?」
(イロンはんは体力の限界か。おそらく、ヒラが回復させにいった他の人たちも同じや。ホンマにシン一人で相手せなあかん感じか?)
「イロンはん」
その声を聞き、イロンがフェズを見る。
「手助け、感謝する。それと申し訳ない。身体には、想像以上に限界がきているようだ」
「わかったで」
フェズが頷く。
「あとはこっちでどうにかしますんで、暴食に狙われへんところまで下がっててください」
イロンは頷き、その場から撤退していく。
フェズはそれを見送ると、戦える者はいないか周囲を見渡した。
すると――。
地面から、一人の獣人が顔を出していた。
(あの子は確か……。一緒にカストル攻略した獣人の子や。生きてたんか)
「シロロちゃんやっけ?」
フェズが声をかける。
「よかったら、手伝ってくれんか?」
シロロは、戦いたくなかったのか、他に理由があるのか、目をおどおどさせながら小さく答えた。
「わ、わかりました……」
白い肌に狐の耳と尻尾。
「わっ、わたしは……何をすれ……ば?」
シロロはフェズに目を合わせず、少しずれた場所を見ながら、震えた声で尋ねる。
(この子、もっとハキハキ喋る子やなかったか? まあ、ええか。強くて器用な子やったはずやし)
「シンを主軸に攻撃するから、援護を頼むわ」
「りょ、了解しました!」
「一対七が、一対二になったか」
ベルゼブブが呟く。
その言葉を聞き、フェズは笑った。
「何言うてんねん。イロンはんが抜けて六対一。そこにシロロちゃんが加わったから七対一にーー」
フェズが振り返る。
「なったんや……で?」
だが――。
そこには、風人が一人も残っていなかった。
五人全員が、ベルゼブブに敗れていた。
「粗末な踊りだったな。我の方が上手い」
ベルゼブブは煽りの意図はなしにその発言を口にする。
(『ヴィントタンツ』で暴食の力を再現しきれなかったやと?)
フェズは汗を拭く。
(……まあええわ。こっちには他にも魔法残っとんねん。それにシロロちゃんもいるんやから、いけるはずや)
フェズが自身の身体に風を纏わせる。
風が身体を包み込み、移動速度と防御力を高めていく。
フェズが地面を蹴った。
ベルゼブブが構える。
「ラムポウフ!」
フェズの動き出しに合わせ、シロロが水魔法を応用して氷を生み出す。
氷柱がベルゼブブへ向かって飛んでいく。
しかし――。
途中で勢いを失い、フェズの真横へ突き刺さった。
「す、すみません! 緊張して……!」
「だ、大丈夫や」
フェズは走りながらシロロを宥める。
「緊張は誰でもするんやから」
(危なっ! もうちょっとでシンに刺さってたがな。この子、カストルでこんなミスしてなかったと思うんやけどな……)
それでも、フェズは足を止めない。
(こいつが権能を発動させるには、手を差し出すっちゅう動作と、魔力を集中させる時間が必要や)
ベルゼブブを見据える。
(つまり、シンが攻撃の手を止めなければ、こいつも対応のために権能を使えへんはずや)
フェズは風を巧みに操りながら、ベルゼブブへ接近する。
肉弾戦。
風による加速。
そして、絶え間ない攻撃。
一方――。
シロロはフェズの姿を目で追っていた。
(本当にやばい……)
(あとちょっとでフェズ様にぶつけるところだった……。ああ、フェズ様かっこいい。好き。カッコよすぎて目も合わせられない)
シロロはそんなことを考えながらハッとする。
(あ、集中しなきゃ。でもフェズ様に目がいって魔法に集中できない! あー、でも援護しなきゃ! さっきまでこっそり遠くから活躍を見てたのに! あの時に戻りたい!! いや? フェズ様と二人だけで戦っている……。至福の時! この時が終わりませんように)
シロロの思考は止まらない。
彼女は、フェズに恋をしていた。
シロロ・ホワイ。
カストル周辺の小国に生まれた彼女には、『氷の狐帝』という異名があった。
氷のように冷たい視線。
温度のない微笑。
圧倒的な威圧感。
人に興味がないのか、誰に対しても素っ気ない。
そんな彼女に惚れる者も少なくなかった。
だが――。
今のシロロに、氷の狐帝の面影はない。
フェズに見惚れ、感情を昂らせ、魔法の集中すらままならない。
今はただの、恋する少女だった。
「賢人とは、稀に賢者さえも超える者が生まれると聞く」
ベルゼブブがフェズを見据える。
「貴様は、おそらくその類。それでも、その程度か?」
フェズは敵の冷静さを欠くために煽る。
「その程度の実力に、今手こずってるんやで? キミ」
しかし、ベルゼブブは動じない。
「手こずってなどいない」
ベルゼブブはフェズの話に乗った。
しかし、『ユートピア』は発動しない。
(自分のこと何もを疑ってへんのか?)
「喰にも準備というものがある。貴様に傷をつける。それは血抜きの工程にすぎぬ」
ベルゼブブはフェズの頭部へ視線を向ける。
「貴様に恐怖を与える。そうすれば、貴様の脳はより美味となろう」
「あんま喋りすぎん方がええんちゃう?」
フェズが忠告する。
「その言葉、そっくりそのまま返させてもらおう」
「魔法を使わへんのはなんでや?」
フェズがベルゼブブに質問を浴びせまくる。
「濃縮された魔力は、権能と肉体の強化にしか回してないやん。もしかして、使えへんのか?」
「使えるとも」
ベルゼブブは即答する。
「だが、我の属性は水。攻撃のためにあらず。喰後の給水用にすぎん」
「そのこだわりが、自分を負けに連れてくんやで?」
フェズが笑う。
「キミが幼虫? やった時は、『人の言うことは信じん方がええ』って教えたげたけど――」
フェズが指を立てる。
「今は逆や。人のことを信じたほうが、ええこともあるで?」
「……何?」
「クリーヒ」
フェズが魔法を唱えた。
その瞬間――。
ベルゼブブの身体が、地面へ落ちた。
「……!」
「言うたやろ?」
フェズが笑う。
「あんま喋りすぎん方がええって」
フェズが腕を大きく広げる。
「この辺りの空気、全部シンの味方や」
「……何?」
「喋ったら息を吐く。吐いたら、吸わなあかん」
フェズは地面にひれ伏すベルゼブブを見下ろす。
「つまりキミは、自分から空気という敵を身体ん中へ入れたんや」
「……!」
「その空気を、シンが重くした」
ベルゼブブの身体が、さらに地面へ沈む。
「たった、それだけや」
フェズは笑う。
「動けるんか? 動けへんやろ。口すら動かせへんはずや。せやから、魔法も使えん」
(この魔法は魔力を集中させな維持できへん。発動中は他の魔法を使えへんし、身体に魔力を纏わせることもできへん)
フェズはシロロを見る。
(そのためのシロロや)
「シロロちゃん!」
「は、はい!」
「死なへん程度の魔法、頼むで!」
シロロが戸惑いながらも、魔力を集中させる。
「ラムポウフ!!」
巨大な氷柱が形成される。
氷柱はベルゼブブへ向かって飛び、直撃した。
「やったか!?」
フェズがお決まりのフラグを叫ぶ。
――その瞬間。
「痛い」
ベルゼブブの声が響く。
「だが、我は生きている」
フェズの魔法が解ける。
ベルゼブブがゆっくりと立ち上がった。
「……!」
そして、次の瞬間。
フェズの死角に立っていた。
「貴様のその魔法、確かに素晴らしい」
ベルゼブブが言う。
「大気中の空気を支配するとは、さすが賢人といったものか」
ベルゼブブが腕がフェズの体を貫通する。
「だが、貴様もここまでだ」
腕が抜かれると、フェズの身体が吹き飛ばされ、血が止めどなく溢れ出ている状態で地面へ倒れ込む。
「――!」
フェズが苦しそうに呻く。
「フェズ様!」
シロロが叫ぶ。
≪ヒラ! 今すぐこっちに来なさい! このままではフェズ様が死んでしまう!≫
≪!? わかったよ! すぐ行くから!≫
シロロはヒラへ念話を繋ぐ。
そして、深く息を吸った。
「暴食」
シロロがベルゼブブを睨む。
「私は、貴様を許さない」
ベルゼブブは、シロロを品定めするように見つめる。
「セルシウス」
シロロが魔法を唱える。
周囲の温度が、一気に下がった。
「寒い?」
シロロの声が冷たくなる。
「安心しろ。すぐに何も感じられなくなる」
フェズの傷口が凍り、出血が止まる。
それを確認したシロロは、わずかに安堵する。
そして、再びベルゼブブを見る。
先ほどフェズへ向けていた優しげな表情は、もうどこにもない。
そこにあるのは、明確な殺意だった。
ベルゼブブの身体が徐々に凍りついていく。
やがて、その体は完全に氷に覆われた。
「はぁ……」
シロロが深呼吸する。
「今すぐ割って殺してやりたいところだけど……仕方ない」
魔力を集中させる。
「封印で済ませてあげる」
その時――。
ベルゼブブの身体を覆っていた氷に、亀裂が走った。
パキッ。
次の瞬間、氷が砕け散る。
中から、ベルゼブブの身体が現れた。
「まだ寒いな」
ベルゼブブが白い息を吐く。
「何も感じなくなるのではなかったか?」
「……!」
そのタイミングで、ヒラが到着する。
「フェズさん!」
ヒラがフェズの治療を開始する。
ベルゼブブはシロロへ視線を向けた。
「貴様も、美味そうだな」
ベルゼブブが一瞬で距離を詰める。
そして、シロロを蹴り飛ばした。
「っ……!」
シロロの身体が地面を転がる。
「ウォルボア」
ベルゼブブが手を向ける。
「グロブス・アルテュス・ヴィント!」
苦しそうにしながらも、フェズが魔法を放つ。
巨大な風の塊がベルゼブブへ直撃し、その体勢を崩した。
「あ! だめです! まだ回復しきれていません!」
ヒラがフェズを止めようとする。
「……」
フェズはヒラを見る。
「……わかったで」
フェズは再び治療に身を委ねる。
だが――。
シロロは起き上がらない。
蹴りを受けた衝撃で、意識を失っていた。
「仲間を庇ったのは見事」
ベルゼブブが、ゆっくりと宙へ浮かび上がる。
背中では、蝶のように美しい羽が静かに羽ばたいている。
「その行動を讃え、我が最大の魔力で貴様ら人間を一斉に喰ってやろう」
ベルゼブブが魔力を集中させ始める。
【キャラクター紹介】
シロロ・ホワイ
種族:獣人
年齢:23歳
誕生日:三月九日
身長:164.9cm
体重:50.9kg
体格:細身
髪:白髪
瞳:銀色
一人称:私
好きなもの:フェズ
苦手なもの:獣人差別
好きな言葉:「獣人と人間の違い? そんなんないやろ」by フェズ・ムテヌ
異名:氷の狐帝
属性:水




