第二章 9 『宝の持ち腐れ』
封印魔法名の修正
「ハグノス……。どうしてお前がここに? それに、アスモデウス様って……」
カイセンは額に汗を浮かべ、息を呑む。
「僕はハグノス・カイ・オーモス。七大魔族第三柱、色欲の魔族、ヴォルスト・アスモデウス様の配下――ハグノス・カイ・オーモスだ!」
ハグノスは拳を強く握りしめ、鼻息を荒くする。
その声には、抑えきれない怒りが込められていた。
カイセンは言葉を失った。
あの時、一緒に楽しい時間を過ごした少年。
まさか、その正体が魔族だったとは。
しかも、七大魔族の一人であるアスモデウスの直属の配下。
「アスモデウス様を――返せ!」
ハグノスがカイセンへ向かって駆け出す。
「ケラヴーノス!」
次の瞬間。
ハグノス自身へ雷が落ちた。
「ウーラニア!」
ハグノスは落雷を掴む。
雷がその手の中で形を変え、巨大な斧となった。
そのままカイセンへ向かって、連続して振り下ろす。
「くっ……!」
カイセンは間一髪で攻撃をかわした。
「ハグノス! 落ち着け!」
魔族だと知った今でも、カイセンはハグノスへ攻撃することを躊躇していた。
「王牙流・青龍!」
その瞬間、テクストが二人の間へ割って入る。
全方位へ広がる斬撃が、ハグノスへ迫った。
「っ!」
ハグノスは高く跳び上がる。
身体を回転させながら斬撃をかわし、そのまま着地した。
「カイセン。この者とは、どこで知り合ったんだい?」
テクストはハグノスを警戒しながら尋ねる。
「王都で一日過ごした仲だ。ただの子供だと思っていたんだよ」
カイセンは俯いた。
テクストはハグノスを見る。
(あの様子では、カイセンは戦えない。私たちがやらなくては)
正直なところ、カイセンたちにはすでに魔力も体力もほとんど残っていない。
特にアスモデウスとの戦闘では、封印のために大量の魔力を消費していた。
それでも、ハグノスを攻撃することのできないカイセンを除けば六対一。
人数差は圧倒的だった。
ハグノスは徐々に追い詰められていく。
(まずい……。でも、こいつらはアスモデウス様を……!)
ハグノスが歯を食いしばる。
しかし、次の瞬間――。
エマの攻撃がハグノスを直撃した。
「ぐっ……!」
ハグノスの身体が吹き飛び、地面を何度も転がる。
立ち上がろうとした、その時だった。
脳裏に、アスモデウスの最後の言葉が蘇る。
『逃げろ』
「……」
あの言葉は、自分に向けられたものだった。
その事実に、ハグノスはほんの少しだけ嬉しさを覚える。
最後の最後まで、自分を気にかけてくれていた。
けれど――。
まだ、アスモデウスとの別れを受け入れることはできない。
それでも。
アスモデウスが最後に残した命令だけは、ハグノスには破れなかった。
ハグノスがゆっくりと立ち上がる。
そして、カイセンを見る。
「カイセン」
カイセンが顔を上げる。
「また会おう」
ハグノスはそれだけ言うと、戦場の奥へ向かって走り出した。
ナインがシエルを見る。
シエルは静かに首を横へ振った。
誰も、ハグノスを追うつもりはなかった。
* * *
(まだ戦場では、傲慢と嫉妬。そして、魔王も動いていない)
イロンは周囲の戦況を確認しながら、冷静に思考する。
(ここで本気を出すべきか? それに、カストルはどうなっている。あそこに七大魔族がいたのかどうかでも、戦況は変わる)
目の前では、理不尽な強さを持つ敵との戦いが続いている。
それでも、イロンの思考は止まらない。
(おそらく、あそこにいるでかいやつは、魔力量も増えているが暴食だろう)
その時だった。
魔陸トイフェルの方で突然、巨大な建造物が姿を現した。
「……!」
イロンが目を見開く。
それは、巨大な城だった。
「魔王城リューゲン……」
イロンが呟く。
「こんなに近くにあったとは……」
* * *
「トイフェルの、もっと奥にあると思っていたけど」
シュヴェアムートの魔法によって気絶しかけていたミレナだったが、イプシロンが得意とする探知魔法によって魔王城の位置を特定していた。
そして、アルファたちとともに城内へ侵入していた。
長い廊下を進み、その奥にある巨大な扉へ辿り着く。
アルファが扉を見上げる。
「ここね」
扉が開く。
その先には、巨大な部屋が広がっていた。
最奥には玉座。
そして――。
そこに、一人の魔族が座っていた。
「魔王城リューゲンの玉座に座っている。ということは、あなたが魔王ね!」
玉座の魔族は、面倒そうにため息を吐いた。
「でかい声で喋りやがって」
魔族が吐き捨てる。
「それに、ここは魔陸アシュロンにある魔王城プセウーデスだ」
ミレナたちの表情が変わる。
「リューゲンもトイフェルも、お前ら人間が勝手につけた名前だろうが」
魔族は玉座に座ったまま、ミレナたちを見下ろす。
ミレナは一切怯まない。
「へえ、そうなのね。でも、そんなことは関係ないの」
ミレナが玉座の魔族を指差す。
「あなたには、私の戦績になってもらうのだから!」
アルファたちが一斉に魔力を高める。
次の瞬間――。
複数の魔法が、玉座の魔族へ向かって一斉に放たれた。
* * *
アスモデウスの魔力が完全に消えた。
それは、戦場にいる誰もが感じ取っていた。
「これは……。アスモデウスの気配が消えた。シエルがやったのか」
イロンは目の前のベルフェゴールから視線を逸らさずに呟く。
(確かに、あいつは回復特化なだけで防御は脆いもんね)
驚きもなければ、悲しみもない。
まるで、誰かが戦場から消えたという事実を確認しただけだった。
三人は、すでに何度もベルフェゴールへ攻撃を仕掛けている。
それでも、一度もまともに届いていない。
イロンの槍が迫れば、穂先が届く寸前で風が生まれ、僅かに軌道を逸らされる。
ローゼの炎も同じだった。
炎球がベルフェゴールへ到達する直前、空気が揺らぎ、炎だけが彼の横を通り過ぎていく。
リベルが懐へ入れば、身体を押し戻すように風が吹く。
ベルフェゴールはほとんど動いていない。
ただ、そこに立っているだけだった。
(……強い)
イロンは槍を握り直した。
単純な魔力量だけの話ではない。
攻撃が届く瞬間だけ、それを逸らす。
必要なものだけを、必要な分だけ使う。
(厄介だ)
正面から攻撃しても通らない。
ならば、三人で同時に攻め続けるしかない。
「リベル」
「はい」
「正面を」
「承知しました」
ローゼの命令を聞き、リベルが踏み込んだ。
「王牙流・白虎!」
一瞬で間合いを詰める。
風が吹いた。
リベルの体勢が僅かに崩れる。
それでも、リベルは攻撃をやめない。
振り抜かれた剣が、ベルフェゴールの頬を掠めた。
「……」
ベルフェゴールが頬に触れる。
指先に僅かな血がついた。
その瞬間、イロンが踏み込んだ。
「ボーデン」
槍に土の魔力が纏わりつく。
槍の先端が変形し、一本の槍が三つの穂先を持つ三叉槍へと変化していく。
同時に、大地がイロンの意のままに隆起した。
ベルフェゴールの足元が持ち上がり、身体が僅かに浮く。
「そこだ」
イロンが三叉槍を突き出す。
しかし――。
風。
穂先が逸れる。
イロンは槍を引いた。
同時に、ベルフェゴールの足元が崩れる。
ローゼが炎を放つ。
リベルが再び踏み込む。
三つの攻撃が重なった。
それでも。
風が吹いた。
炎が逸れる。
槍が流れる。
そして、リベルの剣もまた僅かに軌道を外される。
ベルフェゴールは、まだ立っていた。
「……面倒だな」
小さな声。
イロンは目を細める。
(まだ余裕がある)
三人を相手にしているというのに、焦りがない。
怒りすらない。
「ローゼ」
「何?」
「怠惰の動きを制限しろ」
「分かった」
ローゼが炎を広げる。
地面を走った炎が、ベルフェゴールの周囲を囲んだ。
「暑いのは嫌いなんだよ」
ベルフェゴールは、それだけ呟いた。
リベルが踏み込む。
「王牙流・青龍!」
瞬間、リベルを中心に斬撃が四方八方へ走った。
前方だけではない。
左右、斜め、背後。
周囲すべてを切り裂くような斬撃が、ベルフェゴールへ迫る。
ベルフェゴールが風を操る。
斬撃の軌道が一つ、また一つと逸れていく。
そこへローゼの炎。
避けた先へイロンの三叉槍。
さらにリベルが追う。
一撃。
二撃。
三撃。
攻撃は繋がっていく。
だが、ベルフェゴールには決定的な隙がない。
時間だけが過ぎていく。
イロンは戦いながら、頭の中で時間を数えていた。
一分。
二分。
三分。
四分。
五分。
六分。
七分。
八分。
九分。
そして、戦闘が開始してから十分が経過した。
「……そろそろかな」
ベルフェゴールが呟いた。
次の瞬間、リベルが踏み込む。
「王牙流・白虎!」
リベルの身体が一気にベルフェゴールとの距離を詰める。
その速度に、ベルフェゴールの目が僅かに開いた。
剣が迫る。
ベルフェゴールが避けた。
だが、リベルの眉が僅かに動く。
(……今のは)
おかしい。
剣を振った瞬間と、ベルフェゴールが動いた瞬間。
確かに同時だったはずなのに、何かが噛み合っていない。
「ローゼ様!」
「分かっている!」
炎が走る。
ベルフェゴールの姿が消えた。
「……どこだ」
イロンが周囲を見る。
その直後。
背後から衝撃が来た。
「ぐっ……」
身体が吹き飛ぶ。
地面を転がり、イロンは槍を握ったまま立ち上がった。
顔を上げる。
遠くにベルフェゴールがいる。
その口が動いている。
だが、声が聞こえない。
イロンは黙って見つめた。
数秒後。
「この声は君たちにいつ届くかな?」
声が届いた。
しかし、ベルフェゴールの口は動いていなかった。
「……」
ローゼも異変に気づいている。
「妙だ」
リベルが剣を構える。
ベルフェゴールが欠伸をした。
「これはどうだい?」
声が聞こえる。
その後で、ベルフェゴールの口が動いた。
僅かなズレ。
それだけだった。
だが、その僅かなズレが戦場では致命的になる。
ベルフェゴールが消えた。
右。
左。
背後。
前。
認識した場所に、もういない。
「王牙流・玄武」
リベルが剣を構える。
何かを受け止めた。
衝撃だけが腕に残る。
「……っ」
膝が落ちかける。
ローゼが炎を放つ。
ベルフェゴールが瞬時に避ける。
ローゼは炎を追わせた。
「逃がさない」
炎が軌道を変える。
ベルフェゴールが瞬時に避ける。
そこへイロンが三叉槍を突き出した。
僅かに逸れた。
(……違う)
イロンは槍を引く。
(奴は素早く動いたのではない)
次の瞬間。
衝撃。
身体が吹き飛ぶ。
イロンは地面へ手をつき、立ち上がった。
(ならば、見るものを変える)
目を閉じる。
視覚を捨てた。
魔力を探る。
足元の大地を感じる。
空気の流れを感じる。
「リベル」
「はい」
「奴を見るな」
リベルが僅かに目を見開く。
「魔力を追え」
「……承知しました」
リベルも目を閉じた。
ローゼも同じように目を閉じる。
炎の魔力だけを周囲へ広げる。
三人は動かない。
静かに待つ。
やがて――。
「そこだ!」
リベルが剣を振った。
何もない場所。
だが、何かに当たった感覚があった。
その直後、先ほどまで少し離れた場所にいたベルフェゴールが、リベルの目の前に現れた。
リベルは一歩踏み込む。
「王牙流・青龍!」
瞬間、リベルを中心に斬撃が四方八方へ走った。
前方だけではない。
左右、斜め、背後。
周囲すべてを切り裂くような斬撃が、ベルフェゴールへ迫る。
ベルフェゴールが身体を逸らす。
そこへローゼの炎が走った。
「エンジシ」
炎の柱が立つ。
逃げ道が一つ消える。
イロンが踏み込んだ。
大地が隆起した。
ベルフェゴールの足元が崩れ、身体が僅かに浮く。
三叉槍を突き出す。
風が吹いた。
槍が逸れる。
イロンは追わない。
(まだだ)
ベルフェゴールが着地する。
そこへリベル。
「王牙流・朱雀!」
飛ばされた斬撃が迫る。
ベルフェゴールが避ける。
その先にイロン。
三叉槍が迫る。
風が吹く。
槍が逸れる。
だが――。
イロンはすでに次の手へ移っていた。
「ボーデン」
ベルフェゴールの足元から土壁が突き上がる。
視界を塞ぐ。
ローゼの炎が壁の向こうを包む。
リベルが走る。
「王牙流・青龍!」
全方位へ斬撃が放たれる。
ベルフェゴールが炎を抜ける。
その先にも斬撃。
風が吹く。
斬撃の軌道が逸れる。
それでも、リベルは止まらない。
ベルフェゴールが逃げた先へ、さらに一歩。
「王牙流・白虎!」
一瞬で間合いを詰める。
ベルフェゴールが身体を逸らす。
しかし、その先にはイロンの三叉槍。
風が吹く。
槍が流れる。
それでも、イロンは止めなかった。
地面が動く。
逸れた穂先が下から押し上げられ、再びベルフェゴールへ向かう。
ベルフェゴールの目が僅かに開いた。
さらに風。
三叉槍が流れる。
その先には炎。
ローゼが逃げ道を潰していた。
「そこです」
リベルが踏み込む。
「王牙流・白虎!」
一気に距離を詰める。
ベルフェゴールが身体を逸らす。
しかし、完全には避けきれない。
肩から血が流れた。
「……」
ベルフェゴールは肩を見る。
「面倒だなぁ」
声が遅れて届く。
イロンは三叉槍を握り直す。
三人は止まらない。
ローゼが炎で逃げ道を削る。
リベルが白虎と青龍を使い分け、ベルフェゴールの移動先を追い詰める。
イロンが地面を操る。
三つの攻撃が、一つずつベルフェゴールの選択肢を奪っていく。
「王牙流・青龍!」
全方位の斬撃。
「エンジシ」
ローゼの炎。
「ボーデン」
イロンの土魔法。
ベルフェゴールが避ける。
避けた先が塞がる。
風が吹く。
攻撃が逸れる。
それでも三人は追う。
ベルフェゴールの足元が沈んだ。
イロンが三叉槍を突き立てた場所を中心に、大地が崩れる。
「……捕えた」
ベルフェゴールの身体が僅かに止まる。
風が膨れ上がった。
砂埃が舞い、視界が消える。
しかし、イロンは動じない。
見えなくてもいい。
聞こえなくてもいい。
大地だけは、ここにある。
僅かな揺れ。
「そこだ」
三叉槍が走る。
ベルフェゴールが避ける。
その先に炎。
さらにリベル。
「王牙流・玄武!」
剣を構え、ベルフェゴールの風を受け止める。
僅かな時間。
ベルフェゴールの動きが止まった。
イロンは三叉槍を地面へ突き立てた。
「エルトベーベン」
大地鳴動。
地面そのものが揺れる。
ベルフェゴールの足場が崩れた。
跳ぼうとした身体が沈む。
風が乱れる。
身体が大きく揺れた。
やがて、地震が止まる。
砂埃が晴れた。
そこには、膝をついたベルフェゴールがいた。
ローゼが炎を消す。
リベルも剣を下ろす。
ベルフェゴールはしばらく動かなかった。
やがて、顔を上げる。
「……疲れた」
三人が再び構える。
ベルフェゴールは小さく息を吐いた。
「もういいや」
目を閉じる。
「好きにすれば」
イロンは三叉槍を下ろさない。
本当に力尽きたのか。
それとも、ただ戦うことに飽きたのか。
どちらでもいい。
「封印する」
イロンが言った。
二人が頷く。
三人が魔力を集中させる。
「パンドラ」
封印魔法が発動した。
抵抗はない。
ベルフェゴールは最後まで怠惰を貫いた。
そして――。
完全に消えた。
「……終わったな」
ローゼが息を吐く。
「はい」
リベルが剣を収める。
「こちらを」
差し出された水を、ローゼは受け取った。
一口飲む。
イロンは自分の魔力を確認する。
(……今日は、もう戦えんな)
封印まで終えた。
それで十分だった。
* * *
真っ暗だった。
音もない。
何も見えない。
封印の内側。
ベルフェゴールは横たわったまま、目を閉じていた。
「ここ静かで、暗くて、いいね」
小さく呟く。
「やっぱり、封印されることを選んで正解だった」
しばらく沈黙する。
ベルフェゴールが目を開けた。
(んー)
(やっぱ暗すぎるか)
「フランメ」
暑くないように調整して、小さな炎が灯った。
暗闇の中に、僅かな明かりが生まれる。
ベルフェゴールは再び目を閉じた。
そして、そのまま眠った。
【キャラクター紹介】
ファウルハイト・ベルフェゴール
年齢:437歳
誕生日:6月6日
身長:180cm前後
体格:細身
髪:灰色の長髪
瞳:青灰色
一人称:僕
好きなもの:睡眠
苦手なもの:暑さ
適性:炎
適性値・・・炎:120、風:65
権能:トキユレ
相手と十分間戦闘することで時間の感覚を狂わせる。




