第二章 8 『滅親奉子』
封印魔法の名前、以前決めたものと別のものを使っていました。すみません
「それで、どれだけ僕を相手に耐えるつもりなんだい?」
アスモデウスは笑っていた。
戦場に立っているというのに、その表情には焦りも緊張もない。
まるで、これから始まる戦いそのものを楽しんでいるかのようだった。
「何秒でも、何分でも、何時間でも、俺が耐え抜いてやる」
カイセンは『アメノイワト』の中で、アスモデウスを真っ直ぐ見据える。
先ほどまでとは違う。
恐怖に飲まれかけていた自分は、もうここにはいない。
「さっきより元気になっているけど、トラウマの克服がそんなに役に立ったのかな?」
「さあな。でも、俺なんかを期待してくれる仲間がいるんだよ。それだけで理由は十分だろ?」
「そうかもね」
アスモデウスが、ゆっくりと右手を上げる。
指先が僅かに動いた。
次の瞬間――。
地面から炎が噴き上がった。
炎は瞬く間に広がり、カイセンを包囲する。
「一つ、教えてやるよ」
カイセンが笑う。
「アメノイワトが、ただ相手を閉じ込めるだけだと思ったか?」
「……?」
「ここで明るい魔法はNGだ」
「NG?」
アスモデウスが首を傾げる。
「禁止ってことだ」
カイセンが迫り来る炎を見る。
「ほら。お前の炎、弱まってるだろ?」
確かに。
先ほどまで猛威を振るっていた炎は、その勢いを明らかに失っている。
(本当は消えるはずなんだけどな……。弱まるだけかよ。やっぱり力の差が大きいのか?)
カイセンがそう考えている間にも、アスモデウスは自分の炎を見つめていた。
「確かに弱まっているな……」
そして――。
口元が僅かに上がった。
「なるほど。これは厄介だ」
アスモデウスが手を握る。
「火力を上げないといけないなんてね」
瞬間。
アスモデウスを包んでいた炎が、爆発的に燃え上がった。
弱まった分を補うように、炎そのものの勢いが増していく。
「さっきまで本気じゃなかったのかよ」
カイセンはため息混じりにそう言い捨て、魔力を集中させる。
「ダインスレイヴ」
これまでとは違い、刀身が大きく膨らみ、鋭さを増していく。
黒い刀身の表面からは、禍々しい気配が漂っていた。
「これもアメノイワトの効果でな」
カイセンが剣を握り直す。
「闇属性の魔法は強化される」
「黒い剣……」
アスモデウスが興味深そうに眺める。
そして、穏やかに笑った。
「当たらなければ意味がないよ」
炎が一気に押し寄せる。
カイセンは退かない。
迫り来る炎へ向かって、ダインスレイヴを振り抜く。
黒い斬撃が炎を断ち割った。
「なら、これはどうだい?」
アスモデウスが両手を広げる。
直後。
周囲から無数の炎が生まれた。
前。
後ろ。
左右。
逃げ場を塞ぐように、炎の波が四方八方から押し寄せる。
「アイギス!」
カイセンの周囲に、薄いバリアが展開された。
炎が触れる。
その瞬間――。
炎が石のように固まった。
そして、砕ける。
無数の塵となって、地面へ落ちていく。
「お前はさっきから、俺の能力を披露する手伝いをしてくれてるのか?」
アスモデウスが笑う。
「君は本当に本気を出しているのかい?」
「本気も本気だよ!」
カイセンが新しく習得した魔法。
「ミストルティン」
カイセンの手元に、黒い弓と矢が現れる。
「貫け」
弦が引かれ、黒い矢が放たれた。
矢は炎の波を貫き、一直線にアスモデウスへ迫る。
「……!」
アスモデウスは避けきれなかった。
黒い矢が身体を貫く。
アスモデウスは刺さった矢を掴み、ゆっくりと引き抜いた。
傷へ視線を落とす。
そして――。
「確かに当たったけどさ」
何事もなかったかのように、矢を放り捨てる。
「全然痛くないよ」
直後。
再び炎が押し寄せる。
「アイギス!」
カイセンがバリアを展開する。
炎が触れるたび、石へ変わり、塵となって消えていく。
だが、アスモデウスは止めない。
炎を生み出す。
カイセンが防ぐ。
さらに炎を生み出す。
カイセンがまた防ぐ。
その繰り返しだった。
やがて――。
(やべぇ……)
カイセンの呼吸が僅かに乱れる。
(さすがに疲れる……)
防げている。
だが、防ぐたびに魔力は確実に削られている。
このまま続けば、先に限界を迎えるのは自分だ。
その時。
≪カイセン! アメノイワトの解除を!≫
ナインから念話が届いた。
カイセンは一瞬だけ目を閉じる。
「……分かった」
次の瞬間。
カイセンは『アメノイワト』を解除した。
黒い空間が崩れていく。
闇が消え、光が戻る。
そして――。
元の戦場が視界に広がった。
そこには、すでに魔法を構えているナインがいた。
「ネオ・アレス・エレメント!!」
ナインの前に、七色の魔法が集束する。
これまでのものとは明らかに違っていた。
大きさ。
密度。
速度。
すべてが桁違いだ。
七色の光が一つに重なり、巨大な魔法となって放たれる。
「……!」
アスモデウスが即座に炎の壁を展開した。
だが――。
遅い。
七色の魔法が炎の壁を正面から突き破る。
そのままアスモデウスを飲み込んだ。
「ぐっ……!」
凄まじい衝撃が周囲を揺らす。
砂煙が舞い上がり、アスモデウスの姿を覆い隠した。
しかし――。
「たし……かに……」
砂煙の向こうから、声が聞こえた。
「凄まじい魔法だ……」
砂煙が晴れていく。
そこから、アスモデウスがゆっくりと立ち上がった。
身体には傷。
衣服も大きく破れている。
誰が見ても、まともに攻撃を受けたことが分かる。
だが――。
その傷が、消える。
破れた衣服も元へ戻る。
そして、消耗していた魔力さえも回復する。
「でも――」
アスモデウスが、いつもの穏やかな笑みを浮かべる。
「僕は、今こうして立っている」
七人が、アスモデウスを見つめる。
「さあ、どうするの? 君たち」
「どうするかって?」
カイセンが笑った。
「そりゃ、お前を封印するぞ」
「……?」
「今のが切り札だと思ったか?」
アスモデウスの眉が僅かに上がる。
「なに?」
「おそらく、瞬時に出せる火力なら僕の魔法が一番なんですけどね」
ナインが一歩前へ出る。
「時間がかかってもいいなら、細かな魔力操作を得意とするシエル様の光魔法の方が、火力は上です!」
シエルが一歩前へ出た。
「ゾンネンリヒト」
シエルが魔法を発動する。
現れた光は、巨大な光線でも、広範囲を覆う光でもなかった。
細い。
あまりにも細い光だった。
一本の光がアスモデウスの腕へ伸びる。
それを追うように、二本目が脚へ。
三本目が胴へ。
光はそれぞれ別の場所へ向かい、まるで見えない針が布を縫うように、アスモデウスの身体を少しずつ拘束していく。
「……これは」
アスモデウスが腕を動かす。
その瞬間――。
腕に絡んでいた光が、きつく締まった。
「……っ!」
さらに身体を捻る。
今度は胴に巻きついた光が食い込むように縮む。
動けば、締まる。
逃れようとすればするほど、身体が光に押さえつけられていく。
「なるほど……」
アスモデウスが僅かに目を細める。
その間にも光は増えていく。
腕。
脚。
肩。
胴。
一本ずつ、逃げ道を塞ぐように身体へ絡みついていく。
やがて、腕を動かすことすら難しくなった。
「ぐっ……!」
アスモデウスが力を込める。
だが――。
光は切れない。
むしろ、力を込めた瞬間、その力を押し返すように拘束が強まった。
そして、光の糸から熱が伝わる。
一本一本が、太陽を思わせる凄まじい熱を帯びていた。
「……!」
熱に耐えながら、アスモデウスは身体を動かそうとする。
しかし、もう自由に動かせる場所はほとんど残っていない。
脚が止まる。
腕が止まる。
身体が押さえ込まれる。
「これが……シエル様の魔法……」
ナインが呟く。
アスモデウスはなおも抵抗する。
だが、一歩踏み出そうとした瞬間、脚を拘束していた光が強く締まった。
「ぐ……!」
身体が沈む。
片膝が地面についた。
それでも立ち上がろうとする。
しかし――。
光がさらに身体を押さえ込む。
もう、逃げることも、振りほどくこともできない。
アスモデウスの身体から、徐々に力が抜けていく。
そして最後には――。
両膝が地面についた。
「……っ」
アスモデウスは顔を上げる。
それでも、光は一切緩まない。
やがて完全に身体から力が抜け、そのまま意識を失った。
「封印魔法を使うよ!」
シエルの声に、全員が反応する。
シエルが『ゾンネンリヒト』を維持したまま、テクスト以外の六人は一斉に魔力を集中させた。
「パンドラ!!」
六人の魔力が重なった瞬間――。
アスモデウスの周囲に、黒い壁が現れた。
正面。
背後。
左右。
そして、頭上と足元。
六つの黒い面が、アスモデウスを囲むように展開される。
六つの面が、ゆっくりと動き始める。
それぞれの面が、アスモデウスへ向かって迫っていく。
まだ、完全には閉じていない。
その時、アスモデウスが意識を取り戻し、外の景色を見ることができた。
アスモデウスの視線が、戦場の向こうへ向く。
そして――。
そこにいる少年を見つけた。
「逃げろ……」
アスモデウスは、その少年から目を逸らさない。
「ハグノス……」
六つの黒い面が、さらに近づく。
隙間が、急速に狭くなっていく。
やがて――。
六つの面が完全に閉じた。
アスモデウスの姿が、黒い箱の中へ消える。
巨大な黒い箱が、その場に残った。
そして――。
箱が、ゆっくりと縮み始めた。
十メートル。
五メートル。
三メートル。
二メートル。
それでも、七人は魔力を注ぎ続ける。
箱はさらに小さくなる。
一メートル。
五十センチ。
そして――。
最後には、拳ほどの大きさまで縮んだ。
直後。
黒い箱が、跡形もなく消える。
同時に――。
アスモデウスの魔力も、気配も消えた。
* * *
時は少し遡って。
「あれー? カイセンの魔力は感じるようになったんだけどどこだー?」
ハグノスはカイセンを探して歩き回っていた。
その時、人間が放った魔法がハグノスに向かって飛んでくる。
ハグノスは、それを当たり前のように掴む。
「! これ返すね!」
ハグノスは掴んだ魔法を、放った人間へ投げ返す。
魔法は人間に直撃する。
「落とし物を返してあげた! 一日一善完了!」
ハグノスは止めていた足を、再び動かし始める。
「どこだー?」
その時、カイセンが『アメノイワト』を発動した。
「! こっちだ!」
ハグノスはスキップをしながら、カイセンのいる戦場へ向かっていく。
そして――。
ハグノスが到着したのは、ちょうどアスモデウスが封印された瞬間だった。
カイセンが振り返る。
そこには、ハグノスがいた。
「お前は!」
カイセンは思い出す。
王都で出会った少年を。
「アスモデウス様……」
ハグノスが、封印された場所を見る。
そして――。
「カイセン!!」
ハグノスが怒鳴った。
十四年間の人生で、ハグノスが誰かに対して怒鳴ったのは初めてだった。
ハグノスの拳に、魔力が集まっていく。
封印魔法
封印魔法とは、七大魔族を現世から隔離するために作られた特殊魔法である。
作成者は、賢者メシアス・アルム。
この魔法は、転移魔法の応用によって、対象を現世とは異なる空間へ隔離する。
通常の転移魔法が、対象を別の場所へ移動させるのに対し、封印魔法では対象を現世から切り離された特殊な空間へ移動させる。
その空間へ移された対象は、現世へ戻ることができない。
封印魔法は、七大魔族への対抗手段としてのみ存在する。
また、封印魔法は通常の人間が一人で使用することを想定されていない。
発動には極めて膨大な魔力を必要とするため、複数人による同時発動が必要となる。
術式が完成すると、対象の周囲に六つの面が形成される。
正面、背後、左右、頭上、足元。
六つの面が対象を囲み、閉じることで対象を特殊空間へと移動させる。
その後、形成された空間は徐々に縮小する。
最終的に空間そのものが消滅することで、対象は現世から完全に隔離される。
封印は死ではない。
しかし、封印された七大魔族が百年後に復活することはない。
対象はその別空間で、終わることのない時間を生き続ける。
その時間が対象にとってどれほど長く感じられるのか、現世に生きる者には知る術がない。




