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この世界で、もう一度  作者: 霜月
第二章 『第三次人魔戦争 409』
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第二章 7 『カイセンと原田海千』

誤字修正

「どういうことだ……。なんでここに」


 カイセンは訳もわからず、周囲を見渡した。


 そこに広がっていたのは、かつて自分が暮らしていた家だった。


 台所の位置。

 机と椅子の並び。

 壁や床の様子。


 そのすべてが、記憶の中にあるものと寸分違わなかった。


 懐かしいはずの光景。


 だが、今のカイセンにとっては、それ以上に不気味なものだった。


 ここにあるはずのない場所なのだから。


 そう思った、その時だった。


「やあ、カイセンくん。いや、原田海千と呼んだほうがいいかい?」


 背後から声が聞こえる。


 カイセンはすぐさま振り向いた。


 そこに立っていたのは、ヴォルスト・アスモデウスだった。


「なんでお前がここにいる。ていうか、なぜ俺の苗字を……」


 カイセンは警戒しながら尋ねる。


 対して、アスモデウスはいつもと変わらない穏やかな表情を浮かべていた。


「簡単なことだよ。君はヴォルスト・アスモデウスの権能の一つである『アネパレルトン』で、過去を見返しているんだ」


「過去を見返す? じゃあ、これは記憶を見ているだけなのか」


「その通りだ。ヴォルスト・アスモデウスの権能の概念は『過去』。『エイドカロス』で己の過去を選び、肉体及び魔力の状態をその時に戻す。『アネパレルトン』は一対一の状況でのみ使用可能で、相手に過去を見返させるっていう能力だよ」


 カイセンはアスモデウスの言葉を聞きながら、もう一度周囲を見渡した。


 確かに、ここは自分の記憶にある場所だ。


 しかし、ただ記憶を見ているだけなら、なぜアスモデウスまでここにいるのか。


「へえ。でも、そんなに能力を教えていいのか?」


「君の記憶を見たから知ってるよ。この世界では、知識のある者がモテるんだろう?」


 アスモデウスは楽しそうに笑う。


「それに、心配しなくていいよ。僕はヴォルスト・アスモデウスの意思ではなく、『アネパレルトン』の意思だ。ここの情報は外には出ない」


「どうやったらここから出られる。モテたいんだろ?」


「まあ、僕はすでに十分モテているけどね」


 アスモデウスは、さらりと言ってのける。


 その態度に、カイセンは少しだけイラついた。


「ここを出るには、君が過去のトラウマを克服するか、トラウマで恐怖に支配され廃人になるか。そのどちらかになった時、君はここから解放される」


 アスモデウスは淡々と告げる。


 だが、カイセンは怯まなかった。


「じゃあ、早く始めようぜ」


「焦らなくていいさ。ここでの時間は、現実世界でコンマ一秒にも満たない。でも、そのコンマ一秒で君の精神は死ぬ」


 穏やかな口調。


 それでも、その言葉には冗談では済まされない重みがあった。


 カイセンはアスモデウスを真っ直ぐに見据える。


「いいや、俺はトラウマなんか克服して、シエル達と一緒にお前を封印するぜ」


 アスモデウスは少しだけ目を細めた。


 そして、楽しそうに笑う。


「果たしてできるかな?」


「じゃあ、まずは一つ目のトラウマからだ。これは君が十六歳の時かな」


 その言葉と同時に、アスモデウスの周囲にあった景色が静かに揺らいだ。


 カイセンの目の前に、別の記憶が映し出されていく。


 十六歳。


 その年は、海千の父親である原田信が帰らぬ人になった年だった。


 それは突然のことだった。


 いや――。


 父親は、もっと前から自分の身体の異変に気づいていたのかもしれない。


 今思い返せば、父はよく咳をしていた。


 病院に行っても特に問題はないと言われ、ただの風邪だと思われていた。


 だが、父は死んだ。


 原因不明の死。


 それが、海千にとって一つ目のトラウマだった。


「さあ、どうだった? 一つ目の過去を見返して」


 アスモデウスが尋ねる。


「父さんの死は確かに悲しかった。でも、それはもう乗り越えたんだ。俺には効かねえよ」


「そうか、残念だ。ならば次の二つ目の過去だ」


 景色が変わる。


 次に映し出されたのは、学校だった。


「あれは俺か?」


 そこには、海千とその友人たちがいた。


 海千は人を笑わせ、自分も笑っている。


 運動神経も良い方で、体育では周囲から注目され、期待もされていた。


 その期待に、海千は心地よさまで覚えていた。


 髪型も今とは違う。


 センターパートで髪をきっちりと整え、この頃は今と違い、美容院で髪を切ってもらっていた。


 しかし、そんな海千は、日に日に以前のようには運動ができなくなっていった。


 怠惰な生活のせいなのか。


 それとも、海千自身の傲慢さが裏目に出たのか。


 理由は分からない。


 ただ、ここで海千は、自分の得意分野を一つ失った。


 そんな海千を見て、友人の一人が言った。


「お前、前はもっとできたのにな」


 その言葉を聞いた瞬間、海千は恐怖した。


 おそらく、その友人に深い意味はなかった。


 ただ、以前と比べてできなくなったことを、素直に口にしただけなのだろう。


 それでも海千は、絶望されたのだと思った。


 見放される。


 捨てられる。


 そう思った。


 そして、この苦しみを二度と味わいたくないと考えた。


 それでも、海千は学校に通い続けた。


 二度と言われたくなかった。


 だから努力した。


 以前の自分に戻ろうとした。


 だが、うまくいかなかった。


 それどころか、以前よりもできなくなってしまった。


 努力しても、期待された自分には戻れない。


 その現実が、海千を追い詰めていった。


 誰にも絶望されたくない。


 誰にも捨てられたくない。


 そのために海千が選んだのは、自分から人との関係を断つことだった。


 捨てられたのではなく、自分が捨ててやった。


 そう自分に言い聞かせた。


「あれ?」


 アスモデウスが、海千の姿を眺めながら呟く。


 その口元には、先ほどまでと変わらない笑みが浮かんでいた。


「これは、だいぶ効いているんだね」


 海千はその場に膝をついた。


 両手で頭を抱え、今にも頭を掻きむしりそうになる。


 シエル達の世界に来てから、カイセンは「期待されること」に何の恐怖も感じていなかった。


 むしろ、あの頃と同じように、心地よさまで覚えていた。


 だからこそ、今になって気づいた。


(どうして今まで忘れていたんだ……。この不快感を……)


 あの世界にいた頃、海千にとって「期待される」ということは、呪いだった。


(やめろ。俺を見るな。そんな温かい目で俺を見るな。俺には何もできねえ。俺に期待するな)


 頭の中に、いくつもの声が響く。


『私の仲間になってくれませんか?!』


 シエルの言葉。


 過去を見返した今の海千には、その言葉さえ恐ろしく感じられた。


(何を馬鹿なことを言っているんだ。俺に期待するなんて、馬鹿のすることだ)


『一つだけ聞かせてください。僕とカイセンは……。友人になれます……かね?』


 ナインの言葉。


(友人? なぜそんなものが必要なんだ。俺には必要ない)


 さらに、先ほど仲間たちがかけてくれた言葉を思い出す。


『頼んだ』


『任せた』


『頑張れ』


(頼んだ? 任せた? 頑張れだと?)


(なぜ俺に期待する。なんでこんなやつに……)


 海千は頭を抱えたまま、歯を食いしばる。


(俺は、何もできない高校生だ)


(調子に乗るだけ乗って、怖くなったら逃げ出して、自分のためなら何でも諦めて捨ててしまう)


(そんな俺の、何を信じているんだ)


 自分自身を否定する言葉が、次々と頭の中に浮かんでくる。


(お前ら全員、馬鹿だよ)


(無知で、無能で、無力な俺に期待しているお前らは馬鹿だ……)


(俺は、俺が傷つかないことで必死なんだよ)


(俺が傷つかないためなら、他人が傷ついても別にいい)


(俺は、その程度の人間だ)


 そこまで考えたところで、海千はふと顔を上げた。


 目の前には、過去の自分がいる。


 笑っている。


 人を笑わせている。


 そして、周囲から期待されることを嬉しそうに受け入れている。


「よく思い出せ、カイセン」


 突然、過去の原田海千が口を開いた。


「お前を捨てた人間なんて、これまでに一人でもいたか?」


「……」


「母は俺を思って優しく接してくれた。先生は俺が学校に行きやすいように準備してくれた。友達だって、俺と連絡を取ろうとしてくれていたはずだ」


 原田海千は、淡々と過去を並べていく。


「その全部を見て見ぬふりしたのは、誰だ?」


(俺だ……)


 カイセンは、何も言い返せなかった。


「お前、何を自惚れてんだ?」


 原田海千が、呆れたように言う。


「誰もお前に絶望なんかしねえよ。絶望するほど、お前に期待なんかしてねえよ」


「……でも」


「でも、じゃねえよ」


 原田海千が一歩近づく。


「お前、何をビビってんだ?」


「……」


「何度でも聞くぞ。お前は誰かに絶望されたのか?」


「……」


「誰かに捨てられたのか?」


「捨てられたことなんて……ねえよ」


 カイセンの声は、小さかった。


「聞こえねえよ!」


 原田海千が叫ぶ。


「誰かに絶望されたのか!」


「絶望されたことなんてねえよ!」


「誰かに捨てられたのか!」


「捨てられたこともねえよ!」


 カイセンは叫び返した。


「俺が一方的に勘違いして、一方的に塞ぎ込んで、一人で惨めになって……!」


 拳を握る。


「俺は、誰にも絶望されてなんかいねえよ!」


 そして、自分自身に言い聞かせるように叫んだ。


「俺が……俺自身に絶望したんだよ……!」


 静寂が訪れる。


 原田海千は、そんなカイセンをじっと見つめていた。


「……その通りだ」


 原田海千が、静かに言った。


「それが分かった今、お前はどうする?」


 カイセンは顔を上げる。


「俺は……」


 少しだけ考える。


 そして、拳を強く握った。


「死ぬ気で頑張る」


「何を?」


「期待されたことを、期待通りにこなす」


 カイセンは、まっすぐ原田海千を見る。


「いや……違うな」


 一度、言葉を止める。


「期待以上にやらなきゃいけない、なんて考える必要もねえ」


 原田海千が黙って聞いている。


「俺は、失敗するかもしれない」


 カイセンの声に、僅かな震えが混じる。


「また期待に応えられなくなるかもしれない」


「……」


「それでもいい」


 カイセンは顔を上げた。


「俺に期待してくれるなら、俺はその期待から逃げたくない」


 原田海千の表情が、少しだけ緩む。


「……そうか」


「ああ」


 カイセンは、自分自身を見つめる。


「俺が期待されるほどの人間なのかは、今も分からねえ」


 それでも――。


「でも、俺に期待してくれるなら、俺は……」


 カイセンは、はっきりと言った。


「頑張ってみたいと思うよ」


 その顔に、もう迷いはなかった。


 原田海千は、そんなカイセンを見て――。


 どこか安心したように笑った。


 その様子を見ていたアスモデウスは、少しだけ苛立ったような表情を浮かべた。


「克服おめでとう。本当は三つ目に、この世界に来てからの過去を見せようと思っていたんだけど……やめておこう」


「一つ聞いていいか?」


 カイセンがアスモデウスを見る。


「俺の記憶を見たんだろ? 俺がこの世界に来て、最初に俺を監禁したやつを、お前は知っているか?」


「ああ。知っている。名前だけだけどね」


「!」


 カイセンの目が見開かれる。


「教えてくれ!」


「嫌だね。僕の試練を突破したんだ。それぐらい、自分で突き止めなよ」


 アスモデウスが笑う。


 その言葉を最後に、景色が大きく揺らいだ。


 次の瞬間、カイセンは再びアメノイワトの中に立っていた。


「まさか、突破するとはね……」


「ああ。なんなら、俺の手助けになっちまったぞ?」


「まあ、いいさ」


 アスモデウスが笑う。


「まずは君を殺して、ここから出るとしようか」


「死なねえよ、俺は」

【キャラクター紹介】


ヴォルスト・アスモデウス


年齢:437歳

誕生日:6月6日

身長:188cm

体重:78kg

体格:長身で均整の取れた細マッチョ

髪:黒に近い紫色

瞳:赤紫色

一人称:僕

好きなもの:自分

苦手なもの:匂いが強いもの

好きな言葉:アスモデウス

適性:炎

権能:『エイドカロス』『アネパレルトン』


【権能】


『エイドカロス』

自身の過去を選び、肉体及び魔力の状態をその時に戻す。傷や破れた衣服も元に戻り、消費した魔力や体力も回復する。


『アネパレルトン』

一対一の状況でのみ使用可能。相手に過去を見返させる。


権能の概念:『過去』

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