4話 心音
美結 視点です。
私は、男の人が苦手だ。たくさんの男の人が、私を可愛いと言った。たくさんの男の人が、私に近づいてきた。だけど、誰も私の内側を見てくれなかった。私は歌が好きで、絵を描くのが好きで、美味しいものを食べるのが大好きなんだ。そんなありふれた私を、みんなは無視する。見え透いた下心に、私はどこか諦めていた。
そんな私は今、隣の席の男子、海晴くんと一緒に帰っている。しかも、自分から誘った。この人は私と普通に接してくれるんじゃないかという期待が、私を突き動かした。だけど、私は今誘ったことを少し後悔している。自分から誘っておいて、と思われるかもしれない。でも、仕方ないんです。
緊張して頭がおかしくなりそうなの!!
だってそもそも人とほとんど話さないし、男の人なんて尚更だ。断るのは慣れてるけど、自分から話しかけたのなんてほぼ初めてだもん。距離感とか、大丈夫かな?うまくお話しできるかな?いろんな心配が、津波のように私を飲み込んだ。
とりあえず、今日のお礼を言わなきゃ。
「きょ、今日は色々ありがとね」
「ああ、別に」
どもっちゃった。けど、海晴くんはそんな気にしてない感じだ。しばらく無言が続いたが、決して静かではなかった。私の心臓の音がうるさすぎて、海晴くんに聞こえてるんじゃないかと思うほどだ。
どうしよ、何か話した方いいかな?ずっと黙ってるのももったいないよね。
「な、なんで助けてくれたんですか?」
「近くにいたから」
「そっか」
「逆になんで、あいつと帰らなかったんだ?」
あまりに自分にとって当たり前のことを聞かれて、私は拍子抜けした。
「男の人、苦手なんです」
「そうか」
率直に言いすぎちゃったかな。ていうかこの言い方だと、海晴くん疑問に思っちゃうよね。じゃあなんで自分と帰ってるんだ?って。
私の中では、その理由ははっきりしていた。今日助けられた時も、ただ横にいる時も、今帰ってる時も、海晴くんは私に何も求めないからだ。ただ純粋に私を助けてくれて、純粋に接してくれる。ほぼ初対面だし、警戒してないわけじゃない。けど私は、ささやかな希望を抱いていた。
この人なら、嫌いにならずに一緒にいられるんじゃないかって。
「私、男の人苦手だけど、、」
私の声はそこで止まった。ちゃんと自分の気持ちを言う勇気がまだなかった。そして何より、まだ自分を深く知られるのが少し怖かった。
そして再び、沈黙が訪れた。忘れかけていた心臓の音は、前よりもさらに強く感じられた。海晴くんは、背筋を伸ばして堂々と歩いていた。海晴くんは、今どんなことを考えてるのかな。私がコミュ障すぎて、変な子って思われちゃったかな。時間が経つにつれて、どんどん不安な気持ちが大きくなっていった。
「家まであとどのくらいだ?」
私はその質問をされ、我に返った。なんともう、お家を通り過ぎていたのだ。
恥ずかしさで、逃げ出したくなった。
「ご、ごめなさい!!お家通り過ぎちゃってました」
顔が熱くなっていくのを感じた。多分人生で1番今私は慌てている。
「大丈夫だよ。戻ろう」
海晴くんの声は、疲れ切った兵士のような声だった。でもその奥に、不思議と優しさも感じられた。
家について、私はお礼をした。そして拳を握りしめて言った。
「もしよかったら、また一緒に帰って欲しいです」
今日はあんまり話せなかったし、結構心がすり減った。けど、海晴くんをもっと知りたいという気持ちが強まっていた。
「ごめんな」
冷たい口調で、海晴くんはそう言った。
泣きそうな気持ちになったけど、泣いてはいけない。私が勝手に誘ったことだ。悲しい表情を見せたら、罪悪感を負わせちゃうかもしれない。
「で、電車通学だから、時間は合わせてもらうぞ」
「やった」
嬉しかった。断られなかったことじゃない。そのバレバレな優しさが、とっても嬉しかった。
私はぺこりとお辞儀をして、家の中に入った。走ったわけでもないのに、ひどく息切れをしていた。緊張や不安が、一気に抜けた。
よく頑張ったぞ美結。
週末食べる予定だったアイスは、今日、食べ、よ….
私の意識はそこで途切れた。疲労感と解放感から、眠ってしまったらしい。
そして目を覚ますと、海晴くんの顔が見えた。
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