3話 足音
「きょ、今日は色々ありがとね」
「ああ、別に…」
誰かと一緒に帰ったのはいつぶりだろうか。ましてや相手は女子だ。思い出したくなくても、華奈タのことが脳裏に浮かんだ。いつになったら俺の傷は癒えるのだろうか。そして改めて、やっぱり女子は苦手だ。女子が近くにいるだけで胸騒ぎがする。
俺たちはしばらく無言で歩いていた。ぎこちなさを感じさせる足音だけが、二人の存在を示していた。五分ほど経った。沈黙に耐えかねたのか、美結が口を開いた。
「な、なんで助けてくれたんですか?」
「近くにいたから」
助けてくれたなんて思わないでほしかった。誰かに感謝されることすら、俺にとってはトラウマだった。
「そ、そっか」
俺の横にいる美結は、なぜかずっと不思議そうな表情を浮かべていた。
「逆に、なんであいつと一緒に帰んなかったんだ?」
俺がそう聞くと、美結は目を大きく開いて首を傾げた。なんでそんな当たり前のことを聞くの?といった表情だった。まあ冷静に考えてみると、男嫌いで有名なんだもんな。
「男の人、苦手なんです」
美結は若干足を早めていた。あまり触れてほしくなかったのかな。でもこの可愛さで、男が苦手なのか。
…….まあ、人それぞれか。
興味を持ってはいけない。興味は人間関係の根源だ。席は隣だが、心の距離は保っておきたい。
「そうか」
俺はなるべく美結の方を見ず、まっすぐ遠くを見て歩いていた。
「私、男の人苦手だけど、、」
続きを待ったが、美結は何も言わなかった。その表情は、どこか切なそうだった。心なしか、今の俺と同じようなことを考えているんじゃないかと思った。華奈タがいなかったら、俺はどう振る舞って、何を感じていたんだろうか。実際に過ぎ去った時間よりも、ずっと長く時間が感じた。
再び俺たちは無言で歩き始めた。この息が詰まるような感覚は、俺にあの日々を思い出させた。
「家まで、あとどのくらいだ?」
「………」
俺の質問に、美結はすぐ答えなかった。顔を赤くして、俯いていた。そしてぴたりと、足を止めた。
「ん?」
「ご、ごめなさい!!お家結構通りすぎちゃってました」
美結は慌てた表情でもじもじしていた。
「大丈夫だよ。戻ろう」
驚いたことに、俺は笑っていた。自然と笑みが出たのは、久しぶりだった。少しだけ、本当に少しだけど、美結に心を許している気がした。依然として、関係を深めようとは思わないけど。
どうやら通りすぎたのはちょっとだけだったようだ。数分で、美結の家に着いた。
「ほんとにありがとうございました」
「うん」
「あの、」
「ん?」
「もしよかったら、また一緒に帰って欲しいです」
不意をつかれた。
なんて答えようか….。
俺はしばらく悩んだ。考える時間に比例して、美結の表情も悲しそうになっていた。この子はきっと、感情がモロに顔に出ちゃうんだろう。
「えーと、」
俺が口を開くと、美結は目をキラッと輝かせた。そんな顔されても、返事は決まっていた。これ以上関係を深めることには抵抗がある。
「ごめんな」
「…..」
美結の目の光は消え、一瞬悲しみの表情になり、バレバレの愛想笑いを浮かべていた。
「で、電車通学だから、時間は合わせさせてもらう」
あれ、俺何を言ってるんだ?無意識のうちに、俺はそう言っていた。
「やった」
美結は穏やかに微笑んでいた。そして美結は礼を言ってぺこりと頭を下げ、家の中に入っていた。
自分が思っている以上に神経を使っていたようだ。一人になると、一気に肩の力が抜けた。もはや倒れてしまいそうだった。
ガタン
鈍い音が、ドアの向こうから聞こえた。
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