過去編 海晴と華奈タ
俺には幼馴染がいた。名前は峰打華奈タ(みねうちかなた)だ。容姿端麗で、器用でなんでもできるすごい奴だった。しかし華奈タは、いじめられていた。小学校4年生の時いじめはピークとなり、その内容はひどいものだった。俺は全力で華奈タを守った。クラスに俺たちの味方はほとんどいなかった。だけど学年が上がるにつれて、周りの反応も少しずつ変わっていった。自分のおかげとは思わなかった。華奈タ自身が頑張ったからこそだと思っていた。
「本当に、ありがとうね。海晴がいると、なんでもできる気がする!」
華奈タは定期的に、俺にこう言った。俺といえば、そんなことないと照れて返すことしかできなかった。俺たちは本当に仲が良かった。
そしていじめを乗り越え、メンタルが安定した頃のことだった。俺の華奈タに対する気持ちに違和感があった。どうやらそれは、あっちも同じだったらしい。互いにとって初恋だった。俺たちは中学に上がると同時に、付き合い始めた。華奈タの笑顔が、俺の生き甲斐だった。気づけば俺たちは、学校でも有名な仲良しカップルとなっていた。
だけどそんな幸せな日々は、長くは続かなかった。
「なあ、この日デートしないか?」
「ごめん、その日用事あってさ」
だんだん俺たちの間に、距離を感じ始めた。デートを誘ってもほとんど断られるし、会話の返しも冷たくなった。不安な日々が数週間続いていた。俺が華奈タに何かあったの?と聞いても、別にの一言しか返ってこなかった。一緒に帰ることも減った。出口のない迷路にいるような気分だった。
そして事件は起きた。中2の秋、放課後のことだった。あの日俺は、忘れ物を取りに学校に戻った。時刻は六時頃だった。
「は?」
教室には、美しい夕陽が差し込んでいた。そしてその夕陽は、残酷にもくっきりと二人のシルエットを浮かび上がらせた。激しく唇を重ねる男女の影を。綺麗に照らされた長い黒髪、背伸びをする華奢な体、誰よりも見慣れた彼女を見間違うはずがなかった。
「おい華奈タ、お前何してるんだ?」
俺がそう言うと、華奈タはニヤリと笑った。まるでこの時を待っていたかのような表情だった。
「お前さ、いい加減にしろよ」
先に口を開いたのは、男子生徒だった。
「なんのことだ?」
「しらばっくれてるんじゃねえよ。お前が華奈タを脅して付き合ってんだろ?」
俺の中で、時間が止まった。理解するのに時間がかかった。裏切られた怒り、悲しみ、これからの不安、ありとあらゆる負の感情が俺を襲った。
「行こうぜ、華奈タ」
「うん」
俺が呆然と立ち尽くしていると、二人は教室から出ていった。あまりのショックに泣くこともできなかった。けれど、本当の地獄はこれからだった。
「うわ、きも。サイテー男きた」
「華奈タちゃんかわいそうだよね」
次の日学校に行く、そんなヒソヒソ声が、絶え間なく聞こえた。中学生の俺にとって、それは本当に辛いことだった。今すぐ死んでしまいたい、そんな気分だった。
「おい海晴、二度と華奈タに近づくなよ」
そう直接言ってくる女子もいた。俺は訳がわからなかった。浮気されたのは俺なのに。裏切られたのは俺なのに。
俺はやってない。
そう言っても、信じてくれる人はいなかった。学校中の人間が俺の敵だ。華奈タに直接話に行く度胸もなかった。噂話、嫌がらせは卒業まで続いた。
そして卒業式の日、華奈タは俺のところに来て言った。
「ごめんね海晴」
今まで見たことないくらい、満たされた笑みだった。華奈タはそんな顔で、俺にそう言った。徐々に蝕まれていた俺の心は、その瞬間、完全に折れてしまった。恋愛が怖い。もう女子とは関わりたくない。もう誰かを信じたくない。そう何度も、心の中でつぶやいた。
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