2話 バケモノ
「前の席美結かよ〜。最悪だわああ」
そう言い放ったのは、美結の真後ろの席にいる女、甲田禮だった。彼女は女子グループのリーダー的な存在である。
美結は横で固まっていた。その表情はかすかに震えていた。それが怒りからなのか、悲しみからなのかはわからなかった。でもどっちにしろ俺には関係ないことだ。悪意を持って人に接する奴はクソ野郎だ。別にこいつを助けたいとかそういうわけじゃない。ただ、後ろでこの先騒がれても面倒だ。
「おい、やめろ。不愉快だ」
俺は持ち前の悪い目つきで睨みを利かせ、静かにそう言い放った。
「は、お前誰?別にお前に関係なくね?」
この手の女はなぜこういつもすぐにピキピキするのか?きっと自分がこの世界で一番偉いと思ってるのだろう。
「関係あるよ。後ろで騒ぐなっていってんだよ。耳障りだ」
「おまっ」
禮は何かを言いかけると、隣の席の女子生徒に何か耳打ちをされた。そして不服そうな表情を浮かべて、スマホに視線を移していた。
とりあえずは場がおさまったということでいいのだろうか?美結の方をチラリと見た。美結もこちらを見ていて目が合ったが、お互いすぐ逸らしてしまった。だがその一瞬伺えた瞳は、少し光っているように見えた。
そして何事もなかったように、授業が始まった。隣の席が女子の時の俺は、誰よりも静かだった。もはやこの教室には俺しかいないような感覚にすらなった。だが今回は違った。俺と美結の間には、特別な沈黙があった。それはどこかもどかしかった。
漠然とした気持ちのまま全ての授業が終わり、放課後になった。俺はいつもよりゆっくり支度をしていた。すると、一人の男子が美結のところに来た。
「ねえ美結ちゃん、今日一緒に帰ろうよお」
そう言ったのは、隣のクラスのイケメンだった。チャラい見た目と声で、自分に自信たっぷりといった感じだ。並大抵の女子ならすれ違っただけで惚れてしまうのだろう。
「いやです」
美結は冷たくそう言い放った。
「釣れないなあ。俺結構モテるんだぜえ?俺みたいなのと一緒に帰ると自慢になるぜ?」
「しつこいです。うざいです」
美結は無言でその場を立ち去ろうとした。
そんな毅然とした態度に腹がたったのか、チャラ男は美結の腕を掴んだ。そして周りは見て見ぬ振りといった感じだ。
「恥かかせんなや。今日は絶対お前と帰らないと示しがつかない」
チャラ男は瞼をぴくぴくさせながらそう言った。今まで恐らく女性関係で困らなかった彼のプライドが、ズタズタにされたのだろう。
美結の体は震えていた。助けるか?いや、落ち着け俺。どうせまた、ろくな目に遭わない。女の関わってることに関わって、いいことはない。俺も周りと一緒でいいじゃないか。
「や、やめ」
美結の声は今にも消えてしまいそうだった。恐怖で声が出ないのだろう。
「あの、その手を離してもらえます?」
くそ、何やってるんだ俺は。過去から何を学んだんだ。こうやっておせっかいを焼いても、損するだけなんだ。
「なんだ?正義マン気取りか?」
「ちげえよ。俺と美結は今日一緒に帰る約束してるんだ」
俺がそういうと、美結はこくりと頷いた。それでもこのチャラ男は引こうとしなかったので、こいつの腕を掴んで少し強く握った。
「ちっ、しょうもない」
チャラ男はそう吐き捨て、早足で教室を出て行った。
「あ、ありがとう」
なんとか絞り出したような声だった。まだ恐怖で喉に力が入らないのだろう。
「別にいいよ」
俺は帰る支度を早々と終わらせ、廊下に向かった。
「待って!」
美結の声だった。
「一緒に帰るんでしょ?」
「いやそれはさっき咄嗟についた嘘だ」
「ね、念のため一緒に帰ろうよ。い、嫌ならいいけど」
本心では少し嫌だった。それは美結が嫌いだからではなく、心に深く根付いた女への警戒心からだ。でもまあ、一人にして何かあったら俺はきっと後悔するんだろう。本当に俺はめんどくさいやつだ。
「分かった。家の方向は?」
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