episode17
肌を刺すような極寒の風が、容赦なく私たちの薄いドレスを吹き抜ける。
吐く息は真っ白に染まり、まつ毛には瞬く間に霜が降りていく。
しかし、スピーカーから放たれた『WORLD.exe』の重低音がドーム全体を震わせた瞬間、私たちの脳内から「寒さ」という概念は完全に消失した。
「――踊り狂いなさい、雪の亡霊たち!」
私の叫びと共に、ステージの四方から血のように赤いレーザーが夜空へ向かって照射された。
ファントム・フレームのシステムが、空から舞い落ちる無数の雪の結晶一つ一つを乱反射させ、空間全体に真っ赤なノイズの嵐を描き出す。
それはまるで、純白の雪景色がウイルスに感染し、鮮血に染まっていくような異常な光景だった。
ドゴォォォォン!
腹の底を殴るようなビート。
ランが、凍りついたステージを蹴り上げ、吹雪のど真ん中へ躍り出た。
「熱狂しなさい! 私の光で、全部溶かしてあげるわ!!」
その言葉通り、ランの圧倒的な熱量を帯びたステップは、足元の氷を蹴り砕き、猛烈な吹雪すらも彼女を引き立てるための舞台装置に変えてしまった。
雪の冷たさなど微塵も感じさせない、燃え盛るようなパフォーマンス。三万人の観客が、ダウンコートを着ていることすら忘れて熱狂の叫びを上げる。
「ふふっ、真っ白な雪って、黒や赤がとってもよく映えますよねぇっ」
アカリがランと交差し、カメラのレンズに顔を近づける。
寒さでわずかに青ざめた肌が、彼女の猟奇的な美しさをさらに際立たせている。赤いリップを引き伸ばして笑うその顔は、雪原に現れた美しき悪魔そのものだった。
「……うるさい。雪の音ごと、飲み込んで」
サエが天を仰ぎ、マイクを両手で握りしめた。
氷点下の空気を切り裂いて放たれたのは、深海のように冷たく、けれど心臓を鷲掴みにして離さないノイズの絶唱。
その圧倒的な音圧に、舞い落ちる雪が一瞬、空中で静止したように錯覚するほどだった。
レイカは、ピンヒールで凍った床を滑ることなく、完璧な重心移動で陣形を支配する。誇り高い彼女の表情には「この程度の寒さで私の美しさは崩れない」という強烈な自負が宿っていた。
そしてマコは、寒さでガタガタと震える体をあえて隠そうとせず、そのリアルな震えをウィスパーボイスの悲痛なエッジへと変換し、観客の保護欲と恐怖を同時に掻き立てた。
私は、雪とレーザーが交錯するステージの中央を重い足取りで歩きながら、世界に向けた重低音のラップを吐き出し続けた。
予定調和のアイドルライブなら、ここは「寒いねー! みんな温まろうね!」と笑顔で手を振る場面だ。
だが、私たちは違う。
観客に寄り添うことなど絶対にしない。ただ圧倒的なエゴとバグで、彼らの脳髄を支配し、無理やり熱狂の渦へと引きずり込むだけ。
曲が終盤に差し掛かる頃には、三万人の観客から放たれる熱気と、私たちの異常な運動量によって、なんとステージ周辺の雪が完全に溶け出し、白い湯気がもうもうと立ち込めていた。
「System Shutdown」
最後の一音と共に、赤いレーザーが消え、ステージが再び本来の吹雪の暗闇へと包まれる。
数秒の静寂。
雪の降る音すら聞こえない、完全な無音。
そして――。
「うおおおおおおおおおっ!!!」
「GlitcH! GlitcH!」
三万人の観客が、寒さを忘れてコートを脱ぎ捨てながら、狂ったように私たちの名前を叫び始めた。
北の大地の絶対的な寒波すらも、私たちの猛毒の前には屈するしかなかったのだ。
「……やったわね」
私は荒い息を吐きながら、冷え切った手で汗を拭った。
ランは肩で息をしながら満足げに笑い、アカリは寒さで震えながらもカメラに向かって舌を出している。
「……撤収よ。これ以上ここにいたら、さすがに凍死するわ」
私の合図で、私たちは歓声の中を振り返ることなく、ステージ裏へと駆け込んだ。
控室に飛び込んだ瞬間。
「さ、さむいいいいいっ!! 死ぬ!! ストーブ!!」
レイカがお嬢様のプライドを完全にかなぐり捨てて、巨大な業務用のヒーターに抱きついた。
「ひぃぃぃっ、手先の感覚がありませんぅ……っ!」
マコが毛布にくるまってガチガチと歯の根を鳴らし、サエはすでにヒーターの前の特等席で丸くなって動かない。
「ふふっ……流石に、限界でしたねぇ……」
アカリも唇を紫にして、スタッフが用意した温かいお茶に飛びついている。
「あんたたち、ステージの上とのギャップが酷すぎるわよ」
私も震える手でコーヒーカップを受け取りながら、呆れたように笑った。
「当然でしょ。ステージの上では、私は神様なんだから。でも……」
ランが毛布を引き寄せながら、不敵な笑みを浮かべた。
「悪くないわね。私たちの熱で、あの雪原を溶かし尽くしてやった気分はどう、プロデューサー?」
「ええ、最高よ。日本のアンチたちも、これで完全に息の根が止まったはずだわ」
私は冷えた体を温めながら、タブレットで世界地図を開いた。
札幌での氷点下ライブは、ワールドツアーのただの「助走」に過ぎない。
ここから私たちは、熱帯のアジア、歴史あるヨーロッパ、そしてエンタメの頂点である北米へと、GlitcHの猛毒をばら撒きにいく。
「さあ、次は海を渡るわよ。休んでる暇はないわ」
世界中を泥沼に引きずり込む、最悪のパレード。
怪物たちの侵食は、いよいよ本格的に国境を越えようとしていた。




