episode16
サイバー・ノヴァ・フェスティバルでのゲリラライブから数日。
世界の音楽シーンは、完全に私たちGlitcHの話題で持ちきりになっていた。
ペントハウスのリビングで、鮫島プロデューサーが興奮で顔を紅潮させながら、デスクの上に分厚い契約書の束を叩きつけた。
「ミオ、いや、NIL! 大手海外レーベルからのオファーが止まらない! 北米のトッププロデューサーたちも、君との共同制作を熱望している。これなら、すぐにでも世界デビューのチケットが手に入るぞ!」
英語で書かれた仰々しい契約書の数々。
しかし、私はそれを一瞥しただけで、興味なさそうにコーヒーに口をつけた。
「……お断りよ」
「なっ……なぜだ! これ以上の好条件はないぞ!?」
「彼らが求めているのは、自分たちのコントロール下に置ける『エキゾチックで少し過激なアジアの操り人形』よ。レーベルに入って、彼らの作ったシステムの中で踊るなんてごめんだわ。私たちは、私たちのルールでしか世界を侵食しない」
私はタブレットを操作し、新しい企画書を鮫島の前に滑らせた。
「レーベルには頼らない。ネオン・ギルドで繋がったアンダーグラウンドのイベンターたちを直接使って、独自のワールドツアーを組むわ」
「独立資本でワールドツアーだと……!? 桁が違うぞ、正気か!」
「正気じゃ世界はバグらせられないわよ。……でも、海を渡る前に、まずは国内のアンチたちにもう一度、絶望を叩き込んでおきたいわね」
私はタブレットの画面を切り替え、ツアーの初日の会場となる場所の写真を映し出した。
「ワールドツアー開幕の地。……北海道、札幌よ」
その言葉に、優雅に紅茶を飲んでいたレイカが盛大に吹き出した。
「さ、札幌!? ちょっと待ってミオ、今は真冬よ! マイナス気温の中で野外ライブなんて正気の沙汰じゃないわ!」
「ひぃぃっ……! ぜ、絶対に凍え死んじゃいますぅ……っ!」
マコが想像しただけでガタガタと震え出し、ソファのクッションを抱きしめる。
「……ふふっ、レイカちゃんもマコちゃんも大袈裟ですねぇ。真っ白な雪の中で踊る私たち……想像しただけで、最高に猟奇的で美しい絵になりそうじゃないですかっ」
アカリは両手を頬に当て、ゾッとするような笑みを浮かべている。
「……寒いのは嫌い。でも、雪の中なら静かだから、いいかも」
サエが眠そうな目をこすりながら呟いた。
ランは窓際の定位置から振り返り、挑戦的な視線を私に向けてきた。
「白銀の世界。……いいわね。私の圧倒的な光で、雪原ごとすべて溶かし尽くしてあげるわ。で、ミオ。ただの雪祭りなんて生ぬるいこと、するつもりはないんでしょ?」
「当然よ」
私は深く息を吸い込み、不敵に嗤った。
「真っ白で純潔な雪景色なんて、Luminaみたいな連中にお似合いの舞台よ。私たちはそこに、一番ドス黒くて重たい不協和音を叩きつける。雪も、凍てつく空気も、全部私たちの演出の一部として支配するのよ」
ファントム・フレームのシステムを使えば、吹雪すらも照明の反射を利用して狂気のレーザーショーに変えることができる。
「鮫島さん、札幌にある国内最大級の野外スタジアムを押さえて。……防寒対策なんてしないわよ。私たちが震えるのは寒さからじゃない。観客の脳を揺さぶる興奮からよ」
「……お前たち、本当に命知らずの化け物だな。分かった、すぐに行動に移す」
鮫島はもはや呆れを通り越して、諦めと期待が混ざったような顔で部屋を出て行った。
数週間後。
私たちは、凍てつくような冷たい風が吹き荒れる北の大地、札幌の巨大野外スタジアムに立っていた。
氷点下のステージ。
三万人を動員した客席の観客たちは全員、分厚いダウンコートを着込んで白い息を吐いている。
けれど、ステージの真ん中に立つ私たち六人は、薄い退廃的な黒いドレス一枚だ。
「はぁっ……! ほ、本当に寒いですぅ……!」
「泣き言を言わないの! 足先から凍りそうだけど、これもGlitcHのプライドよ!」
マコとレイカが、身を寄せ合いながら必死に震えを堪えている。
「ふふっ、寒さで顔が青白くなっているのも、また可愛くていいですねぇ」
アカリが自分の冷え切った頬を叩き、サエは完全に意識を飛ばしかけている。
「さあ、ミオ。世界に見せつけるんでしょ。私たちの熱量を」
ランが、真っ白な雪の反射にも負けない強烈な眼差しで前を見据えた。
「ええ。世界を黒く塗りつぶすパレードの、開幕よ」
私は重低音のトラックを再生し、凍りつくような吹雪の中へと一歩を踏み出した。
真っ白な雪原に、最悪のウイルスが放たれた瞬間だった。




