episode15
「日本のアイドル? ああ、あのフリフリの衣装を着て、アニメみたいな甲高い声で笑う女の子たちのことかい? 悪いが、サイバー・ノヴァのオーディエンスはそういうお遊戯を求めていないんだよ」
モニター越しに映る、金髪で恰幅の良い白人男性――サイバー・ノヴァ・フェスティバルの総合ディレクターであるリチャードは、葉巻を燻らせながら鼻で笑った。
ここは都内にある、世界最高峰の設備を誇るリアルタイム・バーチャル合成スタジオ。
私たちはここから、北米サーバーに構築された巨大な仮想空間ステージへと、自分たちのパフォーマンス映像をリアルタイムで送り込む手はずになっていた。
「通訳、彼に伝えて」
私は腕を組み、カメラ越しにリチャードの青い目を冷たく見据えた。
「『あなたたちが想像している日本のアイドル文化は、私たちがすでに焼き払った。今日あなたたちのサーバーに流し込むのは、致死量のコンピューター・ウイルスだ。せいぜいシステムがダウンしないように祈っておきなさい』……ってね」
通訳のスタッフが冷や汗を流しながら英語に翻訳すると、リチャードは肩をすくめて大袈裟なジェスチャーをした。
「オーケー、オーケー。威勢がいいのは結構だ。だが、君たちの出番は深夜帯の、一番過酷なタイムスロットだ。メインの巨大なアクトが終わった直後で、オーディエンスの耳も目も肥えきっている。せいぜい、回線ごと切断されないように頑張ることだな」
通信がプツリと切れる。
「……腹の立つ男ね。私の光を見たら、あんな葉巻、丸呑みさせてやるわ」
ランが純白の衣装の袖を乱暴にまくり上げながら、ギリッと奥歯を鳴らす。
「ふふっ、海外の偉いおじさんたちも、私たちが泣かせてあげましょうねぇ」
アカリが、今日も完璧に狂気を孕んだ笑顔でカメラのテストをしている。
サイバー・ノヴァ・フェスティバル。
全世界から同時に数千万人がアクセスする、電子音楽とデジタルアートの祭典。
ここでの共通言語は、英語でも日本語でもない。ただ純粋な『音の暴力』と『視覚の異常性』だけだ。
「ミオ。映像の同期テスト、終わったわよ。……本当にこれでいくの?」
レイカが、スタジオのオペレーター席から私の元へ歩み寄ってきた。
彼女の指差す先にあるプレビューモニターには、私が映像構築システム「ファントム・フレーム」と、独立系デジタルマーケットプレイス「ネオン・ギルド」の海外クリエイターたちを総動員して作り上げた、最狂のデジタル空間が映し出されていた。
「ええ。綺麗に飾られたバーチャルステージなんて、私たちには似合わないわ。私たちが侵入した瞬間、サイバー・ノヴァの美しい仮想空間を完全に『汚染』するのよ」
本番まで残り五分。
私たちは、グリーンバックで囲まれた殺風景なスタジオの中央に立った。
「マコ、足の震えは止まった?」
「ひっ、はいぃ! 胃薬も飲みましたし、準備万端ですぅ……っ!」
「サエ、寝てないわよね?」
「……起きてる。早くお姉さんの音、世界中に響かせたい」
六人の怪物が、それぞれのポジションにつく。
相手は、日本のエンタメを格下だと見下している世界のオーディエンス。
言葉も通じない。文脈も通じない。
ただ、私たちの放つ熱量とバグだけで、この数千万人の脳髄をハッキングしなければならない。
「カウントダウン開始。五、四、三、二、一……転送!」
オペレーターの叫び声と共に、私たちの映像が北米のメインサーバーへと打ち込まれた。
仮想空間上のメインステージ。
直前までプレイしていた世界的トップDJの余韻が残る中、突然、空間全体のテクスチャがズタズタに引き裂かれた。
『 WARNING: UNKNOWN ERROR 』
巨大な空間に、赤い警告文が乱舞する。
意図的に画質を荒く、不快なグリッチノイズを画面全体に発生させる。
配信を見ている数千万人の海外オーディエンスの画面が、一斉に乱れる。
コメント欄が猛烈な勢いで流れ始めた。
『What the f**k?(なんだこれ?)』
『System crash?(システムクラッシュ?)』
『Who are they?(あいつら誰だ?)』
ざわめきと混乱の中、私はNILとして書き下ろした、日本の退廃的なサブカルチャーと重厚なトラップミュージックを悪魔合体させたような新曲『WORLD.exe』のベースドロップを投下した。
ドゴォォォォン!!!
腹の底、いや、地球の裏側の内臓まで響くような異常な重低音。
その音の波に乗り、ランがセンターへと躍り出た。
言葉は要らない。
彼女の放つ絶対的な光と、重力を無視したかのような暴力的なダンスステップは、画面越しの海外オーディエンスたちの眼球に、理屈抜きで強制的な美しさを焼き付けた。
『Holy shit... that dance!(おい嘘だろ…あのダンス!)』
『Angel? No, Valkyrie!(天使? いや、戦乙女だ!)』
ランに視線が集中した瞬間、アカリが画面のどアップに割り込む。
血のような赤いリップ。底なしの漆黒の瞳。
極上の愛らしさから一転、カメラを真っ直ぐに見据えて、首をコトンと傾けながら、ニチャリと狂気に満ちた笑みを浮かべる。
『Creepy!! I love it!!(気味が悪い!! 最高だ!!)』
『SMILE OF THE DEVIL(悪魔の微笑み)』
海外特有のダイレクトな反応が、滝のようなコメントとなって画面を埋め尽くしていく。
そこへ、サエの深淵からのノイズボーカルが絡みつく。電子音なのか人間の声なのか判別できないその呪詛のような歌声は、サイバーパンクの空間に完璧に適合していた。
マコのウィスパーボイスが、分厚い音の壁を一瞬だけ貫通して、耳元で囁くように響く。
レイカの正確無比なフォーメーション移動が、混沌とした画面に唯一の秩序をもたらし、美しさを底上げする。
そして私だ。
英語圏のオーディエンスに対して、あえて私は一切英語を使わなかった。
日本語のまま。それも、最も治安の悪いネットスラングと、厭世的な言葉をこれでもかと詰め込んだ、重たくて泥臭いラップ。
言葉の意味なんてわからなくていい。この声に込めた「怒り」と「執念」のバイブスだけが、国境を越えて彼らの鼓膜を殴りつければそれでいい。
私たちが暴れ回るにつれて、バーチャルステージはどんどん侵食され、美しいネオンカラーは赤と黒の不吉な泥沼へと変貌していく。
日本の片隅から放たれた六つの異物が、巨大な仮想空間を完全にハッキングしたのだ。
曲が終盤に差し掛かる頃には、コメント欄の言語は完全に崩壊していた。
英語、スペイン語、アラビア語、そして日本語。
あらゆる言語の感嘆符と、炎の絵文字、そしてドクロの絵文字が、画面が見えなくなるほどの勢いで乱れ飛んでいる。
『GlitcH!!!』
『GlitcH!!!』
『GlitcH!!!』
誰かが叫んだグループ名が、瞬く間に伝染し、数千万人のコールとなってネットの海を埋め尽くした。
最後の一音。
私たちはポーズを決めることなく、ただカメラに向かって冷たい視線を投げかけ、そのまま映像の通信を自ら強制的に「切断」した。
プツン、と。
世界中の画面が、一瞬のブラックアウトに包まれる。
直後。
スタジオのスピーカーから、フェスの運営側との通信が繋がった。
そこから聞こえてきたのは、先ほどまで私たちを鼻で笑っていたディレクター、リチャードの、震えるような叫び声だった。
「……信じられない! なんてこった、お前たち、一体何者なんだ!? サーバーが悲鳴を上げてる! 過去最高の同時接続数だ、SNSの世界的トレンドもすべてお前たちの名前で埋め尽くされてるぞ!!」
通訳を介すまでもなく、その興奮した声色がすべてを物語っていた。
私はマイクに向かって、低く嗤った。
「言ったはずよ、リチャード。これは致死量のウイルスだって。……世界中が、私たちの毒に感染したみたいね」
グリーンバックのスタジオの中。
私たちは、誰一人として疲労を見せることなく、互いの顔を見て笑い合った。
ランが不敵に髪をかき上げ、アカリが舌を出し、サエが私の肩に寄りかかり、レイカが誇り高く胸を張り、マコが安堵の涙を拭う。
日本のエンタメ業界を破壊した怪物たちは、今まさに、世界という名の巨大な城を陥落させたのだ。
GlitcHの放つバグは、国境を越え、言語を越え、地球上のすべての人間を狂熱の泥沼へと引きずり込んでいく。
私たちの反逆のパレードに、終わりはない。




