episode10
開演から一時間半。
休むことなく叩きつけられる重低音と、六人の怪物が発する異常な熱気によって、アリーナのドーム内は完全に酸素が薄くなっていた。
「はぁっ……、はぁっ……!」
マイクを通さない荒い呼吸音が、私たちの間で交錯する。
円形ステージの上は、まさに血を洗う闘技場だった。通常のアイドルライブにあるような、ファンに笑顔で手を振る「お水飲みタイム」や、和やかな「MC」なんてものは、私たちのセットリストには一秒も存在しない。
曲と曲の繋ぎ目すらも不協和音のトラックで埋め尽くし、ひたすらにパフォーマンスという名の暴力を二万人に浴びせ続ける。
限界が近づいていた。
十七歳の若さとはいえ、この常軌を逸した運動量に肉体が悲鳴を上げている。私の視界の端も、先ほどからチカチカと白く点滅し始めていた。三十歳の中身がどれだけ気力を振り絞っても、物理的な限界は誤魔化せない。
しかし、この地獄のような疲労の中でも、化け物たちはさらに牙を鋭くしていた。
「あはっ……! ふふふっ!」
アカリだ。彼女は汗で顔に張り付いた髪を振り乱しながら、常軌を逸した高揚感の中で笑っていた。体力の限界を超えたことで、彼女の中にあった「計算」すらも剥がれ落ち、純粋な狂気だけがステージに撒き散らされている。その生々しさに、観客は恐怖すら覚えながらも目を離せないでいる。
そして、ラン。
彼女は本当のバケモノだった。
全員の足取りが重くなる中、ただ一人、彼女だけがステップのキレを一切落としていない。むしろ、疲労というノイズが加わったことで、彼女の完璧な光はより一層の凄みと狂気を帯びていた。
「どうしたのミオ! もう終わり!?」
すれ違いざま、ランが私を煽るように鋭く微笑む。
「……誰に口を利いてるのよ。百万年早いわ」
私は奥歯を噛み締め、重い鉛のようになった足に無理やり命令を下して、ランの隣へと並び立つ。光と闇のダブルセンター。私たちが交差するたびに、客席から悲鳴のような歓声が巻き起こる。
だが、その直後だった。
フォーメーションの移動中、マコの足が完全に限界を迎え、ガクンと折れ曲がった。
「あっ……!」
マコの声がマイクに乗る寸前。
横から滑り込んできたレイカが、マコの腕をガシッと掴み、そのまま強引に引き寄せて自分の背中合わせに立たせた。
まるで最初からそういう振り付けだったかのように、流れるような動作。
レイカは荒い息を吐きながら、冷や汗を流すマコに背中越しに囁いた。
「……倒れるなら、前向きに倒れなさい。私が支えてあげるから」
「レイカ、ちゃん……っ」
「泣いてる暇はないわよ。最後まで、あんたのその声で客の耳を貫きなさい!」
誇り高きお嬢様の意地。レイカの強烈なハモリが響き、マコがそれに必死に食らいつくように、震えながらも今までで一番研ぎ澄まされたウィスパーボイスをアリーナに響かせた。
その瞬間、サエが覚醒した。
「……うるさい。私が一番、お姉さんの隣で気持ちよく歌うの」
いつもは気怠げなサエが、突然マイクスタンドを蹴り飛ばし、ステージの縁ギリギリまで歩み出た。そして、一切の伴奏をかき消すような、圧倒的で暴力的なロングトーンを会場に放ったのだ。
それは美しいノイズだった。二万人の観客が、その神がかった声の前に完全に沈黙し、ただ圧倒されていた。
「ハハッ……最高、最高よあんたたち」
私は喉の奥で笑いながら、最後の曲のイントロを告げる重低音を響かせた。
「これで最後よ! 二万人、全員ここで息の根を止めてあげる!!」
私の煽りに、観客たちが地鳴りのような咆哮で応える。
円形ステージの中央で、六人が背中合わせになる。三百六十度、一切の死角なし。
私たちのエゴと、執念と、これまでの人生のすべてを乗せたパフォーマンスが、アリーナの空気を完全に焼き尽くした。
曲のラスト。
私たちは誰一人としてポーズを決めることもなく、ただ荒い呼吸を繰り返しながら、睨みつけるように客席を見下ろした。
ドォォォォン……!
最後の一音が鳴り終わり、ステージの照明が完全に落ちる。
暗闇の中、誰も言葉を発しない。
「ありがとう」も「愛してる」も、私たちには必要ない。
ただ、二時間ぶっ通しで互いを食い殺そうとした六人の生き様だけが、そこに確かに焼き付いていた。
数秒の静寂。
そして、アリーナの屋根が吹き飛ぶのではないかと思うほどの、凄まじい大歓声と拍手の嵐が爆発した。観客たちは泣きながら、狂ったように私たちの名前を叫んでいる。
暗闇の中、ランがふらついた私にそっと肩を貸してくれた。
アカリが満足そうに笑い、サエが私の服の裾を掴む。レイカがマコの頭を乱暴に撫でている気配がした。
「……やったわね」
私は荒い息のまま、誰にともなく呟いた。
システムも、綺麗な嘘も、大人たちの思惑も、全部叩き壊した。
私たちは今、自分たちの力だけで、この芸能界という巨大な荒野のど真ん中に、もっとも歪で美しい『国』を創り上げたのだ。
暗闇の円形闘技場を降りながら、私は確信していた。
GlitcHという猛毒は、もう誰にも止められない。この世界を完全にバグらせるその日まで、私たちのパレードは続いていくのだと。




