episode7
ステージを降りる私たちと入れ替わるように、Luminaの5人が強張った顔で階段を上っていく。
すれ違いざま、Luminaのセンターである優花が、泣き出しそうな、けれど必死にプロのアイドルとしてのプライドを保った顔でランを見つめた。
しかし、ランは彼女を一瞥すらせず、汗で濡れた髪をかき上げながら無言で通り過ぎた。
「……さあ、いよいよ大トリです! 会場の皆さん、ペンライトの準備はいいですか! Luminaの登場です!!」
MCの必死な煽り声とともに、ドーム内に再びピンク色の照明が灯り、彼女たちの代表曲である弾けるようなポップチューンが流れ始めた。
私たちは控室には戻らず、ステージ袖に設置された巨大なモニターで、彼女たちのパフォーマンスを見上げていた。
「……可哀想に」
アカリが、モニターに映る優花のアップを見つめながら、心底楽しそうにクスクスと笑った。
Luminaのパフォーマンスは、間違いなく業界最高峰だった。
指先まで揃ったダンス、誰一人音を外さないボーカル、そして何より「世界中の誰もが愛してしまう」ような、完璧に計算された笑顔。彼女たちはプロだ。圧倒的なアウェーと化した空気を前にしても、決して自分たちの「正解」を崩そうとはしなかった。
しかし。
「……空回りしてるわね」
レイカが腕を組みながら、冷徹な評価を下す。
その通りだった。
ピンクのペンライトは確かに揺れている。歓声も上がっている。
だが、その熱量は、先ほど私たちがドームを支配した時の「底知れない熱狂」とは明らかに異なっていた。
強烈なスパイスと致死量の猛毒(GlitcH)を全身に浴びてしまった直後の観客にとって、Luminaの提供する極上の甘いケーキは、あまりにも「味がしなかった」のだ。
「みんなー! 今日は最高の夜にしようねっ!」
優花がカメラに向かってウインクを飛ばす。
いつもならここでドームが揺れるほどの歓声が起きるはずだが、今日の観客の反応はどこかワンテンポ遅れ、まるで「さっきまでの熱狂からうまく現実に戻ってこられない」ような、奇妙な戸惑いが混じっていた。
完璧な光であればあるほど、それが「作られた嘘」に見えてしまう。
私たちがステージにばら撒いた泥のせいで、彼女たちの純白の衣装が、かえって薄っぺらく見えてしまうのだ。
「……ランちゃん。あなた、あそこに立ちたかったの?」
私が隣に立つランに視線を向けると、彼女はモニターから目を離さず、ただ静かに首を振った。
「いいえ。……でも、少しだけ安心したわ」
「安心?」
「私が欲しかった『本物の光』は、あんなに脆くて、他人のノイズで簡単に霞んでしまうようなものじゃないって、はっきりわかったから」
ランはふっと笑い、その瞳に底知れない闘志の炎を宿した。
「私の隣には、世界で一番厄介な『バグ』がいる。あなたのその真っ黒な泥沼に引きずり込まれても、なお一切の陰りを見せずに全てを照らし尽くしてこそ……私は本当の、絶対的な存在になれる」
そう言い切ったランの横顔は、ステージで懸命に笑顔を作るLuminaの誰よりも、残酷で、美しかった。
「……お姉さん、もう帰ろ。うるさくて眠れない」
サエが私の袖を引っ張る。
マコも「ほ、本当に私たち、すごいことしちゃったんですね……」と震えながらモニターを見上げている。
「そうね。大トリの余韻に付き合ってあげる義理もないわ。帰るわよ」
私たちは、Luminaのパフォーマンスがまだ中盤に差し掛かったばかりだというのに、誰にも挨拶することなく、バックヤードを抜けて送迎車へと乗り込んだ。
翌朝のメディアとSNSは、もはや戦争状態だった。
【 メガソニ大トリ悲劇 】【 GlitcHがLuminaを完全公開処刑 】【 世代交代の瞬間 】【 アイドル業界のルールが変わった日 】
ネットニュースのトップには、私たちの泥臭いパフォーマンスと、その後に登場して空回りしてしまったLuminaの対比を面白おかしく書き立てる見出しが躍っていた。
Luminaのファンたちは「出番順が悪かっただけだ」「GlitcHのマナーが悪すぎる」と激怒し、逆に新しく感染した私たちのファン層は「予定調和の時代は終わった」「実力で黙らせたGlitcHの圧勝」と反撃する。
一つのフェスが引き金となり、日本中のアイドルファンを巻き込んだ巨大な論争が巻き起こっていた。
事務所の会議室。
鮫島プロデューサーは、もはや怒る気力も失せたのか、目の前のスポーツ紙を呆然と眺めていた。
「……お前たち。自分たちが何をしたのか分かってるのか。業界のトップに泥を塗り、向こうの事務所を完全に敵に回したんだぞ」
「だから何ですか?」
私はコーヒーを啜りながら、悪びれずに答えた。
「敵が増えるってことは、それだけ私たちがエンタメの中心にいるってことでしょ。話題性が全ての世界なんだから、感謝してほしいくらいですけど」
「お前のその減らず口、いつか本当に……っ」
「鮫島さん」
私はコーヒーカップを置き、鮫島の目を真っ直ぐに見据えた。
「フェスでの前座はもう終わり。私たちは結果を出した。……次は、私たちのワンマンライブよ」
「……ワンマン、だと?」
「ええ。客寄せパンダとして他のアーティストのファンを食い散らかすのはもう十分。次は、100パーセント私たちの猛毒だけで満たされた、狂気の単独公演をやるわ」
私はタブレットを開き、昨日のフェスの帰りの車中で書き上げた『GlitcH 1st LIVE』のコンセプトアートとセットリストの原案を机に滑らせた。
「会場はアリーナクラス。演出の全権は私が持つ。……今の私たちの勢いなら、チケットは秒で完売するわよ」
ランが「当然ね。私の真の光を見せつけるには、それくらいの器が必要よ」と腕を組み、アカリが「ワンマン! グッズの売り上げで私、億万長者になっちゃいますねぇ!」と目を輝かせる。
大人の用意したシステムを破壊し、絶対王者を玉座から引きずり下ろした6人の反逆者たち。
GlitcHの猛毒は、いよいよ自分たちだけの巨大な『国』を築き上げるフェーズへと突入しようとしていた。




