episode4
デビュー曲『ERASURE』の異常なバズから一週間。
私たちGlitcHは、予想通りというべきか、日本の音楽シーンのど真ん中へと強引に引きずり出されることになった。
金曜夜8時の生放送、国民的音楽番組『ミュージック・アリーナ』への緊急出演。
それは、本来ならデビューしたての新人アイドルが踏めるような舞台ではない。しかし、ネット上での異常な熱狂に目をつけたテレビ局側が、視聴率のために私たちを「話題の劇薬」として起用したのだ。
「……いいかい、君たち」
本番直前の楽屋通路。
首からストップウォッチを下げた番組の総合演出ディレクターが、私たちを値踏みするような目で見下ろしながら言った。
「ネットでバズってるらしいけど、この番組の視聴者はファミリー層がメインなんだ。泥水の中で暴れるような真似は困る。カメラ目線で愛想良く、最後は必ず笑顔で。……お茶の間に嫌われないよう、お行儀よく頼むよ」
ディレクターが去っていくと、ランは不快そうに鼻を鳴らした。
「ファミリー層? お茶の間? 冗談じゃないわ。私のパフォーマンスを、そんな陳腐な枠に押し込めようとするなんて」
「まぁまぁ、ランちゃん。これもプロモーションの一環ですよぉ」
アカリが猫を被った声で宥めつつ、その瞳は「どうやってこの生放送を乗っ取ってやろうか」と悪魔のように冷たく笑っている。
レイカは「あんな偉そうな大人、私の家に出入りしてる業者の方がよっぽど腰が低いわよ」と呆れ、マコは極度の緊張でえずきそうになっているのを必死に堪えている。サエはすでにパイプ椅子の片隅で丸くなり、省エネモードに入っていた。
私は、腕を組んで冷たい廊下の壁に寄りかかった。
「……大人の言う通り、お行儀よくする義理なんてないわ。私たちが呼ばれたのは、予定調和をぶっ壊すため。カメラのフレームに収まる気なんて、毛頭ないってことを教えてあげるわよ」
そして、生放送本番。
煌びやかな巨大スタジオ。ひな壇には、今年ブレイクした王道アイドルグループや、大御所の歌手たちがズラリと並んでいる。
その異様に明るい空間の真ん中に、私たちGlitcHの6人が呼ばれた。
退廃的な黒と白を基調とした私たちの衣装は、このポップなスタジオの中で完全に浮きまくっていた。
司会の大物タレントが、台本通りに明るく話しかけてくる。
「さあ、今ネットで大旋風を巻き起こしている新人グループ、GlitcHの皆さんです! いやぁ、MV見ましたけど、泥まみれですごい迫力でしたね! アカリちゃん、撮影は大変だったんじゃない?」
司会者に話を振られ、アカリが一歩前に出る。
彼女は、このスタジオにいるどの正統派アイドルよりも愛らしい、完璧な「天使の笑顔」を浮かべた。
「はいっ! 冷たくて大変でしたけど、皆さんに最高の作品をお届けしたくて頑張りましたぁ! 今日もテレビの前の皆さんに、私たちの元気が届くと嬉しいですっ!」
ひな壇の大人たちが「可愛いねぇ」「新人らしくていい」と安心したように頷く。
ディレクターがカメラの裏で「よしよし、その調子だ」と指示を出しているのが見えた。
だが、アカリの「天使」はそこまでだった。
彼女はカメラをじっと見つめたまま、スッと声のトーンを落とし、瞳から一切の光を消した。
「――なんて、言うと思いました? 私たちが届けたいのは、元気じゃなくて『絶望』ですから。画面の前の皆さん、どうか瞬きしないでくださいね」
一瞬にしてスタジオの空気が凍りついた。
司会者が「えっ?」と絶句する。ひな壇のアイドルたちの笑顔が引きつる。
放送事故スレスレの間の悪さ。
「それでは、歌っていただきましょう。GlitcHで……『ERASURE』」
司会者が慌てて曲振りをし、スタジオの照明が強引に暗転した。
重厚なベーストラックが鳴り響く。
私たちは、テレビ局が用意した綺麗なフォーメーションの立ち位置を、イントロが始まった瞬間に完全に無視した。
ランが、指定されたバミリ(立ち位置の目印)を大きく外れ、カメラマンに迫るような異常なスピードでステップを踏み出したのだ。
「なっ……! カメラ、追え!!」
裏でディレクターの怒号が飛ぶ。
しかし、ランの暴力的なまでに完璧なダンスは、テレビカメラの狭いフレームに収まりきるものではなかった。彼女の放つ圧倒的な光に、スタジオの空気が一気に支配される。
続いて、サエのマイクを通さない生々しいノイズのハミングが響き渡る。
マコが、カメラが切り替わったコンマ一秒の隙を突き、泣きそうな顔で強烈なウィスパーボイスを囁く。レイカがその混沌を冷徹な視線と正確なダンスでまとめ上げ、アカリが獲物を狙うように猟奇的な笑顔を画面に叩きつける。
テレビ局が用意した「明るく楽しい音楽番組」という空気が、たった数十秒で、泥臭くて息苦しい「アンダーグラウンドの儀式」へと完全に書き換えられていく。
そして、サビ。
私は、ランの隣へと重い足取りで進み出た。
カメラの赤いランプが私を捉える。
私は、全国数千万人が見ているそのレンズに向かって、三十年分の人生の重みと、怠惰で虚無的な瞳を向けた。
綺麗に笑うつもりなんてない。元気を与えるつもりもない。
ただ、画面の向こうで日々の生活にすり減っている人間たちの脳髄に、直接「毒」を打ち込むだけだ。
「――私たちのバグ(異常)を、愛しなさい」
地を這うような私のラップが、テレビのスピーカーを通して日本中のリビングに響き渡った。
パフォーマンスが終わった直後。
本来なら歓声が湧くはずのスタジオは、水を打ったように静まり返っていた。
司会者も、ひな壇のタレントたちも、あまりの異物感と圧倒的な熱量に当てられ、拍手すら忘れて呆然としている。
「……ふふっ。お行儀よく、なんて無理な相談だったわね」
私は荒い息を吐きながら、冷や汗を流しているカメラマンに向かって、小さく嗤った。
その日の夜。
『ミュージック・アリーナ』の放送直後から、SNSのサーバーは再び悲鳴を上げた。
【 トレンド 】
1位: GlitcH放送事故
2位: アカリの豹変
3位: カメラマン可哀想
4位: ラン様の圧倒的光
5位: 概念が変わった
テレビという巨大な既存メディアすらも、私たちの「バグ」を矯正することはできなかった。
むしろ、お茶の間という無防備な空間に放り込まれたことで、GlitcHの猛毒はさらに多くの人間を巻き込み、取り返しのつかないほどの爆発的な感染を引き起こしたのだ。
「ねえ、ミオ」
局の廊下を歩きながら、ランが満足そうにヒールを鳴らした。
「次はどこをぶっ壊しに行くの? 私、これくらいじゃ全然踊り足りないわ」
「そうね。……アイドル業界の常識、全部ひっくり返すまで終われないわよ」
私たちは、誰にも媚びず、誰とも手をつながず、ただ肩を並べてテレビ局の出口へと向かった。
魑魅魍魎の芸能界を食い尽くす、6人の反逆者たちのパレードは、まだ始まったばかりだ。




