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『リスタート・センター:30歳の私が、謎のモニターと共に頂点を目指すまで』  作者: 真白しろ
2章 GlitcH始動

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31/49

episode2

「……勝手にしろ。ただし、この曲でコケたら二度と君たちの意見は聞かない。次のシングルからは完全に事務所の指示に従ってもらうからな」

吐き捨てるように黒澤プロデューサーが会議室を出て行き、鮫島プロデューサーも深くため息をついてこめかみを揉んだ。

「お前という奴は……本当に可愛げがないな。だが、曲のクオリティは認めざるを得ない。スケジュールは予定通りだ。来週にはレコーディング、再来週にはミュージックビデオの撮影に入る。だが、勝手に曲を変えたペナルティとして、映像制作の予算は大幅に削らせてもらうぞ」

「構いません。どうせ、型に嵌ったプロの映像監督なんて私たちの邪魔になるだけですから」

私が即答すると、鮫島は呆れたように肩をすくめ、会議室を後にした。

重い扉が閉まり、大人たちが完全に消えた会議室で、レイカがふうっと長いため息をつきながら革張りのソファに深く沈み込んだ。

「あー……心臓止まるかと思った。デビュー前に事務所のトップクリエイターに喧嘩売るなんて、前代未聞よ。明日から干されたらどう責任取ってくれるのよ、ミオ」

口では文句を言いながらも、レイカの顔にはどこか清々しい笑みが浮かんでいた。

「干される前に、世界中を熱狂させて黙らせればいいだけの話でしょ」

私がタブレットのケーブルを抜きながら言うと、ランが腕を組んで私の前に歩み寄ってきた。

「NIL。……それがあなたの隠し持っていた『本性』ね。どうりで、ただの素人にしては小賢しい計算ができるわけだわ」

「褒め言葉として受け取っておくわ。……さあ、ここからが本番よ。最高のデモ音源を作ったんだから、あんたたちの声で、これを『神曲』に昇華させなさい」

数日後。事務所の地下にあるプライベート・レコーディングスタジオ。

分厚い防音扉に閉ざされた空間で、私はミキシングコンソールの前に座り、ガラス張りのブースの中にいるメンバーたちにマイクを通して指示を出していた。

プロのエンジニアも同席しているが、ボーカルディレクションの全権は私が握っている。

「次、マコ。落ちサビ前のブリッジ、いくわよ」

「は、はいっ!」

ヘッドホンをつけたマコが、ガチガチに緊張した様子でマイクの前に立つ。

「マコ、綺麗に歌おうとしなくていい。あなたがオーディションで一番絶望した時のことを思い出して。……誰も助けてくれない、真っ暗な部屋の中で、自分を抱きしめながら震えるように囁くの。音程よりも『息遣い』をマイクに乗せて」

トラックが流れ、マコが震える唇を開く。

そのウィスパーボイスは、か弱く、今にも消え入りそうでありながら、聴く者の心臓を直接鷲掴みにするような強烈なフックを持っていた。

「……完璧。一発OKよ」

私が告げると、マコはヘナヘナとその場に座り込んだ。

「次は私ですねぇ」

アカリがマコと入れ替わりでブースに入る。彼女はヘッドホンをつけると、ガラス越しに私に向かって、あの背筋が凍るようなサイコパススマイルを向けた。

「アカリ。2番のAメロ。ここはあなたの独壇場よ。歌詞の『愛してる』の直後に、マイクがギリギリ拾うか拾わないかくらいの小さな声で、あざ笑うような吐息を入れて」

「ふふっ、お任せください。世界中のお兄さんたちを、どん底に突き落としてあげますから」

アカリの録音は、まさに猟奇的だった。甘ったるい声から一瞬で冷酷なトーンに切り替わる、その計算し尽くされた表現力に、隣に座っていたプロのエンジニアが「……この子、本当に新人ですか?」とドン引きして震えていたほどだ。

続いてレイカが入り、正確無比なピッチで楽曲の土台となるコーラスとハモリを何層も重ねていく。彼女の誇り高い声があるからこそ、他のメンバーがどれだけ暴れても曲が空中分解しないのだ。

そして、サエ。

「……お姉さん、いくよ」

サエはマイクの前に立つと、目を閉じ、まるで深海に沈んでいくように体を揺らした。

彼女の口から紡がれるのは、言葉ではない。電子音の不協和音ノイズをそのまま声帯で再現したかのような、圧倒的で退廃的なハミング。

それがトラックに重なった瞬間、楽曲の持つ『毒』の濃度が一気に致死量へと跳ね上がった。

「……最後は私ね」

ランが、準備運動をしながらゆっくりとブースに入ってきた。

彼女がマイクの前に立つだけで、空気がピンと張り詰める。

「ラン。大サビ、あなたの最大火力でいくわよ。ただし……今回は『綺麗すぎる光』じゃダメ。すべてを焼き尽くすような、暴力的なまでのエゴを声に乗せて」

「言われなくても。私の声で、あなたの作ったこの陰気なトラックごと支配してあげるわ」

重厚なビートが最高潮に達する瞬間。

ランが放ったハイトーンは、防音ガラスを粉々に砕きかねないほどのすさまじいエネルギーを持っていた。一切のブレもない完璧な音程。しかし、そこにはただの優等生には出せない、王者の『飢え』と『殺意』が確かに宿っていた。

「……どう? NIL様」

歌い終えたランが、息を切らしながらガラス越しに私を見下ろす。

「……ええ。最高のボーカルよ。私のトラックが、悲鳴を上げて喜んでるわ」

最後に私が、一番重く、暗く、すべてを泥沼に引きずり込むような低音のラップとボーカルを吹き込み、レコーディングは終了した。

深夜のスタジオに、完成したばかりのマスター音源が鳴り響く。

6つの全く異なる強烈な個性が、互いの首を絞め合いながらも一つの巨大な怪物として融合した、奇跡の3分間。

スピーカーから流れる自分たちの曲を聴きながら、誰も一言も発しなかった。

ただ、それぞれの瞳の中に「これで世界を獲れる」という確信の炎が燃え上がっているのを感じていた。

「さあ、次はミュージックビデオの撮影よ」

私はコンソールから立ち上がり、メンバーたちを見回した。

「事務所から予算は削られた。煌びやかなセットも、豪華なCGもない。……だから、私たちは一番生々しい場所で、私たちの『狂気』そのものを映像に叩きつけるわ」

反撃の準備は整った。

型遅れのアイドル業界に、GlitcHという名の最悪のウイルスが放たれる、デビューのその日まで、あとわずか。

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