episode1
「これが、君たち『GlitcH』のデビュー曲になるデモ音源だ」
首都の一等地にある、大手芸能事務所の最上階。
高級な革張りのソファに座る私たち6人の前で、鮫島プロデューサーがノートパソコンの再生ボタンを押した。
流れてきたのは、いかにも最近の海外トレンドを意識した、洗練されたダンスポップだった。
重めのビートに、少しだけ毒っ気のある挑発的な歌詞。有名なヒットメーカーである黒澤プロデューサーが手掛けたというその曲は、確かに「売れ線」ではあった。
しかし、曲が流れている間、会議室の空気は完全に冷え切っていた。
ランは腕を組んだまま、氷のような視線でスピーカーを睨みつけている。彼女の求める「完璧で暴力的な光」には、この曲はあまりにも小綺麗すぎた。
アカリは「わぁ、素敵な曲ですねぇ」と口では言っているが、瞳の奥では「こんな量産型の曲じゃ私が目立てない」と不満を爆発させているのが丸わかりだ。
サエに至っては、曲の途中で完全に机に突っ伏して寝息を立て始めた。レイカとマコも、どこか戸惑ったように顔を見合わせている。
曲が終わり、黒澤プロデューサーが満足げに口を開いた。
「どうだい? 君たちの異端なイメージを残しつつ、大衆にもウケるキャッチーなメロディラインにした。これで初動のチャート1位は確実だ」
「……お断りします」
会議室に響いた私の低く冷たい声に、大人たちの笑顔が凍りついた。
「なんだと?」
黒澤プロデューサーが不快げに眉をひそめる。
「こんな、王道アイドルに少し黒いペンキを塗っただけの量産品で、私たちがデビューするなんてあり得ないと言っているんです」
私は立ち上がり、鮫島のパソコンをパタンと閉じた。
「君ねえ、オーディションで1位になったからって勘違いしないでくれないか。プロの世界は君たちのお遊戯会じゃないんだ。何の実績もない君たちのエゴを、何億円というプロジェクトのデビュー曲に採用できるわけがないだろう!」
激昂する大人たちを前に、ランが冷ややかな笑みを浮かべて立ち上がった。
「実績ならありますけど? 私たちのエゴで、ドームの五万人を熱狂させたという実績が」
アカリも、天使の皮を被ったサイコパススマイルで同調する。
「そうですよぉ。こんな無難な曲じゃ、私たちの狂気は表現できませんっ」
レイカはツンと顎を上げ、マコは怯えながらも私の背中をギュッと掴んでいる。メンバー全員が、私を背後から支えるように立ち上がっていた。誰も、この大人たちの「無難な妥協」に媚びるつもりはなかった。
「……なら、君たちにこれ以上の曲が作れるとでも言うのか!」
黒澤が机を叩いて怒鳴る。
私は静かに自分のバッグからタブレットを取り出し、会議室の大型モニターにケーブルを繋いだ。
「ええ。すでに用意してあります」
画面に映し出されたのは、私が合宿所からの移動中や深夜のベッドの上で、映像構築システム「ファントム・フレーム」を駆使して組み上げたミュージックビデオのコンテとデモ音源だった。
「曲のベーストラックと全体のVコンテは私が作りました。映像のトランジション素材などは、個人的に独立系デジタルマーケットプレイス「ネオン・ギルド」を通じて英語圏のクリエイターに特別発注してあります」
再生ボタンを押す。
先ほどの量産型の曲とは次元が違う、腹の底を直接殴りつけてくるような重厚なベースと、神経を逆撫でするような不協和音のシンセサイザー。
それでいて、一度聴いたら脳にこびりついて離れない、致死量の毒を持ったメロディ。
画面の中で目まぐるしく切り替わる映像は、洗練されたプロの仕事というよりは、ネットワークの深淵から這い出てきたような生々しい執念と熱量に満ちていた。
大人たちが、言葉を失って画面に釘付けになっている。
やがて、映像の最後に、黒い背景に白い文字でクレジットが浮かび上がった。
『 Produced by NIL 』
その文字を見た瞬間、黒澤プロデューサーが息を呑んだ。
「NIL……だと? ネット上で熱狂的なカルトファンを抱え、楽曲提供の依頼を全て蹴り続けているあの正体不明の天才クリエイターの……!? なぜ、お前がその曲を持っている!」
私は、ゆっくりと大人の目を見据えて、人生の重みを込めて嗤った。
「持っているも何も、それが私ですから」
「なっ……!?」
「これからは、私がこの名前を背負って表舞台の常識をバグらせていく。……これが、私たち『GlitcH』の本当のデビュー曲です。文句、ありますか?」
圧倒的なクオリティと、「NIL」という伝説のネームバリュー。
もはや、反論できる大人などこの部屋には一人もいなかった。
ランが私の隣で「ふん、悪くないわね」と呟き、アカリが「ミオちゃんって本当に性格悪いっ」と嬉しそうに笑う。サエが目を覚まして「……この曲、早く歌いたい」とモニターを見つめた。
こうして私たちは、大人たちが用意した生ぬるいレールを実力で粉砕し、自らの手でデビュー曲を強奪したのだ。
本当の伝説が始まる、最高に痛快な叛逆のプロローグとして。




