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『リスタート・センター:30歳の私が、謎のモニターと共に頂点を目指すまで』  作者: 真白しろ
1章 人生リスタート

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27/49

episode27

「本番、一分前!」

スタッフの怒号が飛び交うステージ袖。

スモークを焚くためのドライアイスの匂いと、大量に消費されるヘアスプレーの人工的な香りが、むせ返るように充満していた。

暗がりの中、私たちは円陣を組むこともなく、それぞれが自分の戦いに向けて静かに牙を研いでいた。

私がデザインしたラフスケッチを元に、一流のスタイリストが徹夜で仕上げた衣装。

それは、一見すると王道の純白のドレスに見えるが、裾から黒いタールのようなインクが這い上がり、美しい白絹を無残に侵食していくという、極めて退廃的ゴシックなデザインだった。

「……震えてるの、マコ」

私が声をかけると、隣でマコがビクッと肩を跳ねさせた。

「あ、ち、違いますっ! これは武者震いで……っ」

「嘘おっしゃい。顔面蒼白じゃないの」

レイカが呆れたように言いながらも、自分の冷たい手でマコの震える両手をギュッと握り込んだ。レイカ自身の指先も、微かに強張っている。

「……ねえ、ミオちゃん」

不意に、暗闇の中からアカリが私を呼んだ。

振り向くと、彼女はすでに「完璧な天使」と「狂気」のスイッチを半押しにしたような、ゾクゾクするほど艶やかな笑みを浮かべていた。

「今日のステージで、私が一番ハネたら……センター、代わってもらいますからね」

「ふふっ。100年早いわよ」

私が鼻で笑うと、反対側に立っていたランが、純白のグローブをはめた手をパチンと鳴らした。

「勘違いしないで。ミオを引きずり下ろしてセンターに立つのは、この私よ。……あなたたちは、せいぜい私の光の引き立て役になりなさい」

傲慢で、美しく、一切の妥協を許さない絶対女王。

その言葉を合図にするように、サエが小さく「……お姉さんたち、うるさい。早く歌お」と呟き、ゆっくりとステージへと続く階段へ足を向けた。

「本番、十秒前! スタンバイ!」

私たちは、誰も手をつなぐことなく、それぞれの定位置であるセリ(昇降機)に乗り込んだ。

暗闇の中、真横に立つランと視線が交差する。

言葉はない。ただ、お互いを絶対に食い殺すという、極上の殺意と信頼だけがそこにあった。

「……いくわよ、怪獣たち」

ウィィィィン……という低い機械音とともに、セリが上昇していく。

視界が急激に開け、ドームを埋め尽くす五万人の観客の歓声が、物理的な衝撃波となって私たちの全身を殴りつけた。

♪〜

静寂を切り裂く、重厚なパイプオルガンのイントロ。

巨大なLEDモニターに、私たちがプロデュースした映像のノイズが走る。

ステージに七筋のピンスポットライトが突き刺さった。

最初に動いたのは、ランだった。

「――っ!!」

彼女がステップを踏み出した瞬間、ドームの空気が完全に『浄化』された。

これまでの「異端」や「バグ」といったコンセプトを一切排除した、圧倒的で暴力的なまでの王道アイドルとしての『光』。

髪の毛一本に至るまで完全にコントロールされた彼女のダンスに、五万人の観客が息を呑み、歓声を上げるのすら忘れて魅入られていく。

審査員席の七瀬みやびが、震える声で「……完璧すぎる」と漏らしたのが、マイクを通してかすかに聞こえた。

誰もが、白鳥ランという太陽にひれ伏しそうになった、その時。

曲がBメロに差し掛かり、テンポが不規則に歪む。

ランの背後にできた一瞬の影から、アカリが滑り出た。

カメラがアカリの顔を大写しにする。

彼女は、ランが作り上げた神聖な空気をあざ笑うかのように、首をコトリと傾げ……あの、血の凍るような狂気の笑みを浮かべた。

「キャアアアアアッ!?」

客席から悲鳴が上がる。

それを合図に、サエの不協和音のフェイクが空間を切り裂き、レイカとマコが美しい群舞の陣形を意図的に「歪ませ」ていく。

純白のステージが、少しずつ、確実に黒い毒に侵食されていく。

そして、サビ。爆発的な転調。

私は、重い泥を引きずるようなステップで、ランの真横――ダブルセンターの位置へと躍り出た。

「〜〜〜ッ!!」

ランがハイトーンを張り上げ、私はそこに地を這うような重低音を叩きつける。

光と闇が正面から激突し、火花が散る。

観客の熱狂が最高潮に達し、ドームの屋根が吹き飛ぶかと思われた、その瞬間だった。

(……今よ)

ドンッ!! という重いビートの区切り。

私たち七人は、完全に揃っていたダンスの動きを――コンマ五秒だけ、全員で一斉に止めた。

「えっ……!?」

客席が、いや、日本のテレビの前でこの生放送を見ている数千万人が、一瞬自分の目を疑ったはずだ。

放送電波が乱れたのか? 配信がラグを起こしたのか?

映像のフレームレートがガクンと落ちたかのような、極めて人工的で不自然な『静止』。

しかし、次の瞬間には、七人は再び完璧なシンクロ率で激しいステップを再開していた。

「……ッ!!」

審査員席の鮫島プロデューサーが、ガタッと音を立てて立ち上がった。

それが放送事故などではなく、私たちが意図的に組み込んだ「視覚的なバグ(ノイズ)」の振付だと気づいたのだ。

完璧な光が、一瞬にしてノイズにまみれて崩壊する、極上のグロテスク。

「ハハッ……!」

私はマイクに乗らない声で嗤った。

三十年分の、陽の目を見なかった私のクリエイティビティが、今、七人の怪物の肉体を通して、世界を完全にハッキングしたのだ。

大サビ。

もはやそこには、王道も異端もない。

ただ、自分のエゴを極限まで押し出し、隣にいるメンバーのパートを食い殺そうとする七人の『戦闘狂』がいるだけだった。

ランの汗が光り、アカリの瞳がギラつき、私の三十年分の執念がドームの空気を黒く染め上げる。

ダァァァァン……!!

曲の終わり。

最後の一音が鳴り響き、ステージの照明が完全に落ちる。

暗闇の中、私たち七人は、肩で激しく息をしながら、誰一人目を合わせることなく、ただ己の立ち位置で前だけを睨みつけていた。

一秒。二秒。三秒。

ドームは、水を打ったような完全な静寂に包まれていた。あまりの衝撃に、五万人が言葉を、歓声を失っていたのだ。

やがて、誰かが泣き叫ぶような声で「……ミオォォッ!」と叫んだのを皮切りに。

「うわああああああああああああああああああああ!!!!!!」

ドーム全体がひっくり返るような、地鳴りのような絶叫と拍手の嵐が爆発した。

私は、暗闇の中でゆっくりと息を吐き、隣で荒い呼吸を繰り返すランの気配を感じながら、スッと目を閉じた。

(……これで、本当に証明したわ)

何者でもなかった三十歳の私が、この狂った世界で一番眩しい「異物」になれるということを。

新たな時代の象徴。

完璧なアイドルを終わらせる、七つのエラーコード。

GlitcHグリッチ』の伝説は、この割れんばかりの熱狂の底から、今、完璧な産声を上げたのだ。

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