episode15
休日の騒動から一転、合宿所には再びヒリヒリとした緊張感が戻ってきた。
次なる関門は『ポジション評価』。
ボーカル、ダンス、ラップの中から己の最大の武器を一つ選び、個人戦として実力を証明するステージだ。
これまで奇跡的なチームワークで乗り切ってきた私たちFチームも、今回ばかりはバラバラに分かれて戦うことになる。
各ポジションの練習室は、完全に隔離されていた。
しかし、休憩時間にすれ違う彼女たちの様子や、システムがこっそり弾き出すステータスを見れば、Fチームの面々がどれだけ健闘しているかは一目でわかった。
• サエ(選択:ボーカル)
相変わらず気怠げに床を転がっているが、本番のステージでは圧倒的だった。彼女が選んだのは、高難易度のバラード。しかしそれを原曲通りには歌わず、特有の「バグ(グリッチ)のようなノイズ混じりの高音」で独自の世界観に染め上げ、審査員を言葉を失わせていた。
• レイカ(選択:ダンス)
幼い頃からの英才教育が火を噴いた。指先まで神経の行き届いたクラシックベースのジャズダンスは、誰よりも優雅だった。プレッシャーから解放され、「私が一番美しい」という確固たる自信を取り戻した彼女のステップは、Aチームのメンバーすらも圧倒していた。
• マコ(選択:ボーカル)
声量では他の候補生に勝てないと悟った彼女は、あえて「ウィスパーボイス(囁き)」に全振りしたアコースティック曲を選択。震える小動物のような儚さが、逆に「守ってあげたい」というオタクたちの保護欲を限界まで刺激し、ダークホースとして会場の空気をかっさらった。
「……みんな、ちゃんと自分の武器の研ぎ方をわかってるじゃない」
モニター越しに彼女たちの活躍を確認し、私は小さく息を吐いた。
リーダーとして、あの子たちに無様な姿は見せられない。
そして、私の番がやってきた。
私が選んだポジションは『ダンス』。しかし、そこに一つの強烈なスパイスとして『ラップ』を取り込むという、異例のパフォーマンス構成を鮫島プロデューサーに提出していた。
ただ、私が選んだラップは、いわゆる王道のヒップホップや、韻をリズミカルに踏むような陽気なものではない。
(私に10代みたいなアッパーなラップは似合わない。……なら、徹底的に『言葉の重み』と『精神の奥底』でぶん殴るしかないわね)
私が作り上げたのは、重いベース音と不規則な電子ノイズ(グリッチ)だけが響くトラックに乗せた、ポエトリーリーディング(詩の朗読)に近い、変則的なラップだった。
♪〜
重低音がステージを揺らす中、私はピンスポットライトの下に一人で立った。
激しいステップは踏まない。
その代わり、17歳の若さ弾ける体力を温存し、すべてのエネルギーを「指先の震え」や「歪んだ表情の管理」といった、演劇的な表現へと注ぎ込む。
そして、マイクを通し、私の低く、冷ややかな声が、ノイズ混じりのビートに重なっていく。
「私たちが発する言葉(記列表現)と、あなたが受け取る意味(記号内容)。
その間にあるバグ。無意識の底に沈めた、本当のシグナル」
「見えているものが全てじゃない。
スポットライトが暴くのは、綺麗な嘘と、歪んだ心臓の音だけ」
アイドルのステージには到底不釣り合いな、心理学の『無意識』や、言語学の難解な概念をメタファーとして散りばめた、あまりにも退廃的でサブカルチャー色の強いリリック。
それを、30年の人生で削り出された「本物の哀愁」を込めた低い声で、淡々と、しかし圧倒的な熱量で言葉を叩きつけていく。
まるで、糸の切れた操り人形が、不協和音の中で無理やり踊らされながら、呪いのようなポエムを呟いているかのような異様なステージ。
[ システム通知 ]
[ スキル発動:30歳の語彙力(言霊) ]
[ ダンスステータスに『心理的圧迫』が付加されました ]
「なっ……」
審査員席の鮫島が、食い入るように身を乗り出した。
王道のダンスを披露して余裕の表情を浮かべていたランやアカリも、モニター越しに私のステージを見て、完全に言葉を失っている。
「アイドルソングに、こんな重苦しい哲学と無意識の葛藤を持ち込むなんて……」
七瀬みやびが、呆れたように、けれど恍惚とした表情で呟いた。
「ただのラップじゃない。自分の『体力不足』という弱点を、この演劇的なダンスと、言葉の圧力で完全にカバーしている。……いや、カバーどころか、彼女自身の『アンニュイな異物感』を最高到達点まで研ぎ澄ましているわ」
最後のビートが鳴り止む。
私は、床に這いつくばった体勢のまま、最後にカメラを真っ直ぐに見据え、息も絶え絶えに一言だけ囁いた。
「……私のバグ(嘘)を、愛して」
静寂。
そして、次の瞬間、会場の観客席から悲鳴のような歓声と、どよめきが爆発した。
[ システム通知 ]
[ クエスト『ポジション評価:己の武器を証明せよ』クリア ]
[ 獲得報酬:『異端の表現者』の称号、個人ランキング大幅アップ ]
(……勝った)
私はゆっくりと立ち上がり、乱れた髪の隙間から、審査員席と観客席を見下ろした。
王道の可愛さも、圧倒的な技術もない。でも、30歳の「言葉の重み」と「計算し尽くした異端の演出」で、私はまた一つ、この狂ったシステムの世界で生き残る術を証明してみせたのだ。




