episode14
激動の「グループバトル」から数日後。
私たちに、奇跡のような『1日の完全オフ』が与えられた。
「……信じられない。休日にわざわざ全員で外出するなんて、私の計画には無かったんだけど」
駅の巨大なコンコース。
深く帽子を被り、サングラスと大きなマスクで完全に顔を隠したレイカが、周囲を警戒しながらブツブツと文句を言っている。
「まあまあ、レイカちゃん。滅多にないお休みなんだし……あっ! ありました! あれです!」
同じく帽子と伊達メガネで変装したマコが、歓声を上げて指を差した。
その先にあるのは、駅の壁面を陣取る巨大なデジタルサイネージ(電子看板)。そこには、ファンがお金を出し合って掲出する『応援広告(センイル広告)』が、眩い光を放って切り替わっていた。
グループバトルの劇的な反響を受け、私たちFチームのメンバーにも、ついに熱狂的なファンからの広告が出されるようになったのだ。
「うわぁ……本当に、私だ……」
マコの広告は『Fチームの小さな妖精・マコちゃんへ!』というパステルカラーの可愛らしいデザインだった。マコは信じられないというように両手で口を覆い、今にも泣き出しそうになっている。
「……ふん。デザインのセンスはまあまあね。でも、私の美しさが100%表現しきれてないわ」
続くレイカの広告は、薔薇をあしらった気高いお嬢様風。文句を言いつつも、サングラスの下の口元は完全に緩みっぱなしだ。
そして、画面が切り替わる。
黒とノイズ(グリッチ)を基調とした、どこか退廃的なデザイン。
『インターネットの深淵。天才・サエ』
『未完のバグ。世界を書き換えるミオ』
サエと私、二人のアンニュイな表情を抜いたカットが並んで映し出された。
「……お姉さん、私たち、完全に裏ボスみたいな扱いだね」
「そうね。でも、嫌いじゃないわよ。この空気感」
私が呆れながら呟くと、マコがスマホを取り出して振り向いた。
「ミオちゃん! せっかくですし、広告の前で写真撮りましょう! 私が撮りますから!」
「あ、私はいいわ。3人を撮ってあげる」
私は即座に一歩下がり、スマホを構える側に回った。
前世でも今でも、私は自分が被写体になるのが心底苦手だ。カメラを向けられると、どうしても「素の自分」をどう取り繕えばいいのか分からなくなる。ましてや、17歳の若さ弾けるこの子たちと並んで写真に収まるなんて、30歳の防衛本能が全力で警鐘を鳴らす。
「ほら、レイカ、もう少し右。サエ、起きて。目線こっちね。……はい、チーズ」
カシャッ。
「ちょっとミオ! あなたも入りなさいよ! リーダーのくせに、一人だけ写らないなんて協調性がないわよ!」
レイカが私の腕を強引に引っ張る。
「いや、私は本当に写真とか苦手だから! 撮る側が一番落ち着くの! ほら、サエもマコも、レイカを止めて――」
「えー、お姉さんも一緒がいい」
「ミオちゃんも入ってくださいー!」
猛獣たちが一斉に私に群がり、帽子やマスクがズレていく。
わちゃわちゃと揉み合っていた、まさにその瞬間だった。
「……えっ。ちょっと待って。あれ……」
「嘘、本物……!? Fチームのミオと、サエ!?」
コンコースを歩いていた女子高生のグループが、完全に私たちの顔を視認し、スマホを向けていた。
[ 警告:ステルス率が 0% に低下しました ]
[ 『遭遇イベント』発生:ファン及び一般人に発見されました ]
「……っ!!」
血の気が引いた。まだデビューもしていない練習生が、プライベートで騒ぎを起こすのは致命的だ。
「あんたたち、走るわよ!!」
私は30歳の咄嗟の判断力で、マコの手を掴み、レイカとサエの背中を力一杯押した。
「えっ!? きゃあっ!?」と悲鳴を上げるレイカを引き摺るようにして、私たちは駅の雑踏の中へと全速力で逃げ出した。
数時間後。合宿所への帰り道。
タクシーの後部座席で、私たちは息も絶え絶えになっていた。
「はぁ……はぁ……死ぬかと思ったわ……っ」
レイカが崩れ落ちている横で、私は頭を抱えながらシステム画面の『リアルタイム・エゴサーチ』を開いた。
「……終わった。絶対に変な顔で撮られてる。炎上してたらどうしよう」
恐る恐るSNSのタイムラインを確認する。
そこには、先ほどの女子高生たちがアップしたと思われる数枚の写真が、すでに数万リポストという凄まじい勢いで拡散されていた。
だが――。
【 SNSの反応 】
@subcal_girl
『やばい!! 駅の応援広告のとこにFチーム全員いた!!プライベートでも一緒にいるの尊すぎる無理!!』
@saori_oshikatsu
『見てこの写真www レイカ様に無理やりフレームに引っ張り込まれて、本気で写真から逃げようとしてるミオちゃんの顔www 完全に休日出勤させられた疲れたOLの顔しててギャップ萌え死ぬww』
@idol_otaku_A
『サエちゃん、逃げる時もミオお姉さんの服の裾しっかり掴んでて可愛すぎ。ステージ上のあのバグったカリスマとの差がエグい。』
@kirakira_pop
『マコちゃん泣きそうになりながら走ってる尊い……Fチーム、アンニュイで近寄りがたい集団かと思ったら、裏ではめちゃくちゃ仲良しじゃん……推すわ……』
[ システム通知 ]
[ トレンド:『Fチームの休日』『写真嫌いのミオ』がランクインしました ]
[ Fチームの『箱推しファン(全体を応援するファン)』が急増中(+12,000人) ]
「……」
私はスマホの画面をそっと閉じた。
写真の中の私は、帽子がズレて必死の形相でカメラから見切ようとしており、アイドルとしては100点満点中マイナス5万点くらいの酷い有様だった。
しかし、その「飾らない素の姿(写真嫌いで逃げ惑う姿)」が、結果的に完璧すぎるステージとの強烈な『ギャップ』を生み出し、ネットのオタクたちの心を見事に撃ち抜いてしまったらしい。
「ミオちゃん……怒ってますか……?」
マコが申し訳なさそうに見上げてくる。
「……怒ってないわよ。結果オーライ、ってやつね」
私は深くため息をつきながら、タクシーのシートに身を沈めた。
30歳の計算やシステムの予測すら超えていく、このイレギュラーな猛獣たち。だけど、悪い気はしなかった。




