episode13
「……Fチーム。あなたたち、一体何をしたの?」
七瀬みやびの問いかけに、私は息を整え、マイクを口元に寄せた。
「何も特別なことはしていません。ただ、私たち『Fチーム』の言語に、この曲を翻訳しただけです」
「翻訳……?」
「はい。完璧な光(Aチーム)には、完璧な影で対抗するしかない。私たちは自分たちの不器用さや、拭いきれないアンニュイな空気を隠すのをやめました。それを『ノイズ』として曲に組み込んだんです」
私の言葉に、これまで沈黙を保っていた鮫島プロデューサーが、マイクのスイッチを入れた。
「……信じられん。原曲のキラキラしたポップスが、まるで……そう、タチの悪い『インターネット・ウイルス』にでも感染したかのような仕上がりだった」
鮫島は手元の資料と私たちを交互に見比べながら、興奮を隠しきれない声で続けた。
「サエ、と言ったか。君の高音は完全に規格外だ。既存のアイドルソングの枠組みを破壊する、あのバグったような響き……。そしてレイカ、君の正確なベースラインがなければ、この曲はただの崩壊で終わっていた。君がこの『異端のシステム』を支える土台だった」
「っ……!」
レイカの肩が大きく跳ねた。
ただの「問題児チームの道連れ」ではなく、自分の実力がこの奇跡的なステージの『要』として正当に評価されたのだ。彼女の瞳に、初めて確かな自信の光が宿るのがわかった。
「そしてマコ。あのたった一言のウィスパーボイス。あれがサビ前の空気を一気に支配した。震える声すらも計算だったとしたら、恐ろしい表現力だ」
マコは信じられないものを見るように目を丸くし、ポロポロと涙をこぼしながら何度も深くお辞儀をしている。
「だが……何より恐ろしいのは」
七瀬みやびが、鋭い視線を私に突き刺した。
「この猛獣たちを、たった数日で一つの『作品』としてまとめ上げた存在。……ミオ、あなたね。あなたのあの冷ややかな低音が、チーム全体の接着剤になっていた。自分が前に出るのではなく、メンバーの異常な個性を最大化するための『プロデュース』。……17歳の少女が思いつくような計算じゃないわ」
図星を突かれ、私は内心で冷や汗をかいた。
さすがはトップアイドル。私の「30歳の中間管理職的マネジメント」を、見事に言語化してのけた。
[ システム通知 ]
[ 審査員からの評価:Aランク(特例) ]
[ 『異端のカリスマ』の称号を獲得しました ]
「……評価を発表するわ」
七瀬みやびが、全候補生に向けて宣言した。
「ダンス、ボーカルの基礎的な技術力、そしてアイドルとしての完成度。これは文句なしに、ラン率いる『Aチーム』がトップよ。審査員票は彼らに入れます」
その言葉に、Aチームのメンバーたちが安堵の表情を浮かべる。ランも小さく息を吐き、微かに胸を張った。
しかし、七瀬みやびの言葉はそこで終わらなかった。
「ただし。このオーディションは、視聴者の『チア(応援)』で決まる。……今回のステージ、ネットの視聴者がどちらに熱狂するかと言われれば。私は、Fチームのあの『劇薬』のようなパフォーマンスに賭けるわ」
スタジオの空気が凍りついた。
完璧なAチームと、バグのようなFチームが、実質的に「同格」として扱われた瞬間だった。
ランの表情がサッと険しくなる。彼女の視線が、Aチームのセンターから、真っ直ぐに私へと向けられた。
その隣のチームにいるアカリも、爪を噛みながら「……あんなの、どうやってファン層を奪えばいいのよ」と忌々しそうに私たちを睨みつけている。
[ 空間スキャン:ライバルたちの動向 ]
ランからの『明確な敵対心』を検知。
アカリからの『警戒レベル』がMAXに到達しました。
「……終わったぁ……」
審査発表が終わり、カメラの回っていない舞台袖に下がった瞬間。
サエが電池の切れたおもちゃのように、その場にへたり込んだ。
「あー、もう無理。眠い。ミオお姉さん、私もう帰って寝ていい?」
「ダメに決まってるでしょ。これから結果発表の収録があるんだから」
私がサエの腕を引っ張って立たせようとしていると、レイカがツンと顎を上げて近づいてきた。
しかし、その目元は少しだけ赤い。
「……ふん。まあ、私の完璧なベースラインのおかげで、あなたたちの粗が隠れたってことね。感謝しなさいよ」
強がっているが、その声は嬉しさで震えていた。私は思わず、30歳の母性を発揮して彼女の頭をポンポンと撫でてしまった。
「なっ……!? ちょっと、気安く触らないでよ!」
「はいはい、お疲れ様、レイカ。本当に助かったわ」
「うわああああん! ミオちゃぁぁん!」
そこにマコが弾丸のように突っ込んできて、私の腰に泣きつきながらしがみついた。
「私、初めて褒められました……! アイドル目指してて、よかったぁ……!」
「ちょ、マコ、鼻水! 衣装につくから!」
泣き喚くマコ、顔を真っ赤にして怒るレイカ、立ったまま寝ようとするサエ。
相変わらずの猛獣動物園だが、私の視界の端で光るシステム画面は、確かな「絆」を証明していた。
[ Fチーム チームワーク値:100 / 100(完全同期) ]
その夜、放送された『グループバトル編』は、ネットの海に特大のバズを引き起こした。
前回の私の「単独の異物感」とは違い、今回はチーム全体で一つの強烈な「ネットサブカルチャー」の世界観を構築したのだ。
SNSでは、Aチームの完璧さを讃える声と、Fチームの「バグ(ノイズ)のような中毒性」に狂わされる声が、激しく衝突していた。
@saori_oshikatsu
『ちょっと待って、Fチームやばい。ミオちゃんがリーダーになった途端、落ちこぼれチームが「最高の退廃芸術」になったんだけど。あのサエって子の声、完全にインターネットの深淵。マコの囁きで息止まった。これだからオーディション番組は辞められない!! チア全ツッパします!!!!』
私は自室のベッドでその書き込みを見つめながら、静かに笑った。
これでようやく、スタートラインだ。
[ 第2章:グループバトル編 クリア ]
[ 現在の順位:15位(↑ 急上昇) ]
[ 次期クエスト予告 ]
『ポジション評価:己の武器を一つだけ選び、頂点を獲れ』




