episode12
ついに、中間発表の日がやってきた。
合宿所のメインスタジオには、全候補生と鮫島プロデューサー、そして特別審査員の七瀬みやびが陣取っていた。スタジオの空気は張り詰め、誰一人として無駄口を叩く者はいない。
「それでは、Aチーム。始めてちょうだい」
七瀬みやびの冷徹な声が合図となり、ラン率いるAチームが中央に立った。
[ 空間スキャン:Aチーム ]
[ 総合パフォーマンス予測:A+(完璧な調和) ]
[ 警告:対象の『圧倒的な格』により、Fチームの『士気』が低下中 ]
(やっぱり、バケモノね……)
私は腕を組み、システムの数値を睨みつけた。ランを中心としたAチームの並びは、それだけで一枚の絵画のように完成されていた。
♪〜 王道のダンスナンバーが鳴り響く。
その瞬間、スタジオは彼女たちの独壇場と化した。
ランのダンスは、重力を感じさせないほど軽やかで、かつ一分の狂いもない。彼女がセンターで舞うたび、周囲のメンバーがまるで引力に引き寄せられるように完璧なフォーメーションを描く。
ボーカルも、全員が安定したハイトーンを響かせ、サビでは鳥肌が立つほどの美しいハーモニーを奏でた。
「……すごい」
隣でマコが、圧倒的な実力差に絶望したような声を漏らした。レイカも唇を噛み締め、拳を握りしめている。
それは、努力や工夫などという次元を超えた、「選ばれた者たち」による、完璧な「王道」のステージだった。
パフォーマンスが終わった瞬間、スタジオには静寂の後、割れんばかりの拍手が巻き起こった。審査員の鮫島さえも、満足げに頷いている。
これが、私たちが挑まなければならない、世界のトップの「格」だった。
その後、BチームからEチームまでのパフォーマンスが続いた。
どのチームも、Aチームの圧倒的なステージを見た後では、どこか色褪せて見えた。ダンスのズレ、ボーカルの不安定さ、そして何より「Aチームには勝てない」という諦めの空気が、彼女たちのパフォーマンスの質を落としていた。
「……次は、最後のFチーム。準備して」
スタッフの声が、葬列に参列するような憐れみの色を帯びている。
他のチームの候補生たちも、私たちがステージに向かう姿を、「可哀想に」という目で見送っていた。ダンス最下位のマコ、無気力なサエ、プレッシャーに弱いお嬢様のレイカ。そして、それを率いる、異端児の私。
誰一人として、私たちの成功を信じている者はいなかった。
「Fチーム、神崎ミオです。よろしくお願いします」
私は、Aチームの時とは対照的に、あえて一番低い、落ち着いた声で挨拶した。
[ システム通知 ]
[ スキル発動:カリスマ(微) ※クエスト達成報酬を先払いします ]
[ Fチームの『チームワーク値』が 80 / 100 へ急上昇 ]
(……よし、いくわよ)
私は、後ろに控える3人に目配せをした。サエは目を閉じ、レイカは深く息を吐き、マコは私の背中をじっと見つめている。
♪〜 王道のポップスのはずの課題曲が、私たちのやり方で、静かに幕を開けた。
イントロのダンス。Aチームのような華麗なステップではない。
センターのレイカを筆頭に、私たちは徹底的に論理化された、歪で、どこか機械的な動きを繰り返した。それは、完璧さではなく、「統制された異質感」を強調する戦法だった。
ボーカルが始まる。
レイカの正確なベースボーカルに、私の低音を重ねる。曲全体に、17歳の少女たちにはあるはずのない、「重さ」と「哀愁」のデバフを散布していく。
(……何? この曲、こんな雰囲気だったっけ?)
審査員席の七瀬みやびが、眉を顰めた。Aチームの完璧な「光」のステージの直後だからこそ、私たちの「影」のステージが、より一層、異様に際立っていた。
そして、サビの前。曲が一瞬、静寂に包まれる。
「……ここだよ」
マコが、これまで練習してきた、消え入りそうな、でも誰よりも繊細なウィスパーボイスを、マイクに吹き込んだ。
(――っ!)
その一言が、スタジオ中の人々の心臓を、冷たい指先で撫でた。
そして、サビ。爆発するような重低音とともに、サエがセンターへ躍り出た。
「〜〜♪」
彼女が口を開いた瞬間、スタジオの空気が、完全にバグを起こした。
退廃的で、アンニュイで、まるでデジタル音源に意図的に混ぜ込まれたグリッチ(ノイズ)のような、圧倒的なボーカル力。
王道のポップスが、サエの声を通した途端、深い夜のインターネットの海を漂うような、サブカルチャーの匂いが立ち込める、全く別の曲へと変貌したのだ。
(……バケモノ)
私は、自分の声帯をサエの声に重ねながら、心の中で歓喜した。
Aチームのような完璧なハモりではない。お互いの声がぶつかり合い、不協和音ギリギリのところで、奇跡的な「歪な調和」を生み出している。
ダンス最下位のマコは、私の横で、必死に、でも正確に、自分の役割である「歪な動き」を全うしている。レイカは、プレッシャーを跳ね除け、この「異端のステージ」のセンターとして、冷徹な美しさを放っていた。
完璧じゃない。歪で、バラバラで、でも誰よりも「狂気」を孕んだ、私たちのステージ。
パフォーマンスが終わった瞬間。
スタジオには、拍手ではなく、地鳴りのような「どよめき」が巻き起こった。
審査員の鮫島はペンを取り落とし、七瀬みやびは、自分の完璧な美意識が、この底辺チーム(私たち)の「歪な存在感」によって、強引に粉砕されたことに、戦慄し、そして……かつてないほど激しく、瞳を輝かせていた。
[ システム通知 ]
[ 緊急クエスト『猛獣使いのリーダー』達成 ]
[ 報酬:パーティー全員の全ステータス+10、スキル『カリスマ(微)』を獲得 ]
[ 空間スキャン:観客の反応 ]
[ トレンド:『驚愕』『中毒』『異端児の逆襲』 ]
「……Fチーム。あなたたち、一体何をしたの?」
七瀬みやびが、震える声でそう呟いた。
私は、息を切らし、髪を振り乱しながら、審査員席の彼女へと、冷ややかな、そしてすべてを見透かしたような大人(30歳)の笑みを、ゆっくりと向けた。
(格なんて、関係ない。……私たちは、私たちのやり方で、あんたたちの世界をバグらせてやるから)




