episode11
ダンスの基礎固めが一段落し、私たちは部屋の隅にあるキーボードの周りに集まった。
次は、グループバトル最大の難関――ボーカルのパート分けだ。
課題曲は、王道のポップス。しかし、高音のフェイク(装飾音)や複雑なハモりが多く、基礎ができていないとただの「カラオケのお遊戯」になってしまう難曲だった。
「まずは通して歌ってみましょう。レイカ、サビの頭をお願い」
「……言われなくても、完璧に歌ってあげるわよ」
レイカがマイク代わりのペットボトルを握り、背筋を伸ばす。
彼女の歌声は、幼い頃から英才教育を受けてきただけあって、ピッチ(音程)もリズムも正確だった。しかし、どこか「楽譜通りに歌うこと」に必死で、感情の起伏が薄い。
続くマコは、先ほどのダンスの疲労と極度の緊張で声が上擦り、蚊の鳴くような震えた音しか出なかった。
(やっぱり、厳しいわね……)
私は自分のパートを歌いながら、内心で舌打ちをした。
前世で、私は何年もボイトレに通い詰めていた。けれど、どんなに腹式呼吸を意識しても、スケール練習を繰り返しても、結局「これ、本当に効果出てるのかな?」という停滞感ばかりが募る日々だった。努力の限界。越えられない「才能」という壁。
現在の私の『ボーカル:48』という数値も、決してチームを引っ張り上げられるような圧倒的なものではない。
「……ねえ。そこ、私のパートなんだけど」
その時、ずっと床に座ってぼんやりしていたサエが、ゆらりと立ち上がった。
彼女の目は半分閉じていて、相変わらずやる気が感じられない。
「サエ、いける? サビの後半の、一番高音に跳躍するところだけど……」
「んー。適当にやる」
サエはそう呟くと、オケの音源もなしに、アカペラでふらりと歌い出した。
――その瞬間、地下の狭い練習室の空気が、一変した。
『〜〜♪』
レイカが正確になぞっていただけのメロディが、サエの口を通した途端、全く別の生き物のようにうねり出した。
ただ上手いだけじゃない。
気怠げで、どこか退廃的なアンニュイな響き。息の混じった声帯の震えが、まるでデジタル音源に意図的に混ぜ込まれたグリッチ(バグ音)のように、聴く者の耳の奥をチリチリと心地よく刺激する。
王道のポップスのはずなのに、サエが歌うと、深い夜のインターネットの海を漂うような、独特のサブカルチャーの匂いが立ち込めるのだ。
「……嘘でしょ」
レイカがペットボトルを取り落とし、唖然としてサエを見つめていた。
マコも、涙ぐんでいた目を丸くして、口を半開きにしている。
私には、見えていた。
サエの頭上に浮かび上がる、暴力的なまでの数値とシステムログが。
[ ターゲット:サエ ]
ボーカル:98(神の領域)
[ 解析:既存のメロディを自己流に再構築しています。特有の『電脳的エンニュイ』ボーカルが、空間を支配中 ]
「……ミオお姉さん。こんな感じで、いい?」
歌い終えたサエが、小首を傾げて私を見た。
その顔は「ちょっとコンビニ行ってくる」くらいの、全く力の入っていない表情だ。
(これが……才能。私がボイトレでどれだけ足掻いても、絶対に手に入らなかった『本物』の喉……!)
嫉妬で気が狂いそうになる。
でも、同時に、私の『30歳のプロデューサー視点』が、激しく歓喜の声を上げていた。
「サエ。あなた、最高よ」
私は興奮を抑えきれず、サエの両肩をガシッと掴んだ。
「王道の可愛いアイドルソングなんか、私たち『Fチーム(余り物)』が普通に歌ったって、誰も見向きもしない。でも、あなたのその声を中心に曲の雰囲気を全部書き換えれば……私たち、絶対に勝てるわ」
「え……?」
レイカが我に返ったように声を上げた。
「ちょ、ちょっと待って! 曲の雰囲気を書き換えるって、まさかアレンジを変える気!? そんなの、審査員に怒られるに決まってるじゃない!」
「いいえ。怒られるどころか、度肝を抜いてやるのよ」
私はシステム画面の『戦術シミュレーター』を起動した。
「レイカの正確なベースボーカルに、私の低音を重ねて曲に『重さ』を出す。そして、サビでサエのあのバグったような高音を炸裂させるの。マコは……そうね、あえて歌割りを減らして、ここぞという時の『ウィスパーボイス(囁き)』のワンフレーズに全集中させる」
一人一人の欠点を隠し、最大の武器だけを鋭く尖らせて、歪なまま一つの作品として叩きつける。
それは、まとまりのない問題児チームだからこそできる、一撃必殺の戦法だった。
「……面白そう」
サエが、初めて微かに口角を上げた。
[ システム通知 ]
[ サエの『モチベーション』が上昇しました(10 → 35) ]
[ クエスト『猛獣使いのリーダー』の進捗率が80%に到達 ]
「やるわよ、あんたたち。エリート気取りのAチームを、私たちのやり方で引き摺り下ろしてやるんだから」
私の言葉に、レイカは「……ほんっと、無茶苦茶なんだから」と呆れながらも、その目には先ほどまでの怯えはなくなっていた。




