episode10
割り当てられたFチームの練習室は、地下の窓もない、一番狭くてカビ臭い部屋だった。
パイプ椅子に荷物を放り投げた途端、レイカが腕を組み、ツンとそっぽを向いた。
「私、勝手にやらせてもらうから。あなたたちみたいな素人と一緒に練習してたら、私のリズムまで狂っちゃうわ」
レイカの言い分もわからないではない。彼女のステータスは『オールB+』。このポンコツチームの中では頭一つ抜けている。自分の足枷になるような連中とは関わりたくない、というプライドの表れだ。
だが、私の視界に映るレイカのステータス画面は、別の真実を告げていた。
[ ターゲット:レイカ ]
[ 現在のステータス:強がり(大) / チームワーク:5 ]
[ 警告:プレッシャーにより、実力の60%しか発揮できない状態です ]
(なるほど。失敗して親の期待を裏切るのが怖くて、防衛線を張ってるのね。……ほんと、新入社員のテンプレみたいな子)
私は小さくため息をつき、スピーカーに向かおうとするレイカの肩をポンと叩いた。
「レイカ。一人で完璧に踊れたとして、チーム全体がバラバラだったら、審査員はどう評価すると思う?」
「え……それは、私が一番目立って……」
「『協調性がなく、悪目立ちしている独りよがりなパフォーマンス』って書かれて終わりよ。ここはグループバトル。チームを引っ張る力がない子は、容赦無く減点されるわ」
レイカがビクッと肩を震わせる。図星を突かれたのだ。
私はすかさず、彼女のプライドをくすぐる「大人の交渉術」に切り替えた。
「だから、レイカにはこのチームの『センター兼お手本』をお願いしたいの。あなたの綺麗なダンスに、私たちが必死に食らいついていく構図を作るのよ。そうすれば、審査員は『あの子が底辺チームを引っ張っている』って、あなたを高く評価するはずでしょ?」
「っ……!」
レイカの瞳が揺れた。
『自分が責任を被る』のではなく、『自分がチームを率いるヒロインになる』という大義名分。
「……そ、そこまで言うなら、手本くらいは見せてあげてもいいわよ。あ、あくまで私が勝ち上がるためなんだからね!」
顔を真っ赤にしてそっぽを向くレイカ。
チョロい。30歳の社会人経験からすれば、この手のタイプは役割さえ与えれば一番真面目に働くのだ。
[ システム通知 ]
[ レイカの『反抗心』が低下しました。チームワーク値が微増(+10) ]
「はい、ワン、ツー、スリー……そこ! 遅れてるわよ!」
レイカの厳しい号令のもと、練習が始まった。
しかし、問題はすぐに起きた。
「ひっ、ご、ごめんなさい……!」
ドンッ、と派手な音を立てて、マコが床に転んだ。
開始からわずか30分。彼女はすでに5回も同じステップで足をもつれさせ、転倒している。
「ちょっと! なんでこんな簡単なターンができないのよ! 足引っ張らないでって言ったじゃない!」
レイカのヒステリックな声が響く。
マコは床に座り込んだまま、ポロポロと大粒の涙をこぼし始めた。
「うっ、ぐすっ……ごめんなさい、頭ではわかってるのに、体が動かなくて……私、やっぱりアイドルなんて無理なんだ……」
泣き崩れる15歳の少女。レイカは苛立ちで頭を抱え、サエは部屋の隅で「うるさいなぁ……」と耳を塞いでいる。
チーム崩壊の危機。だが、私は静かにマコのそばにしゃがみ込んだ。
[ ターゲット:マコ ]
ダンス:15 / メンタル:5(崩壊寸前)
[ 解析:基礎筋力不足と、空間把握能力の欠如が原因です ]
「……マコ。泣かなくていいわ。できないのは当たり前よ」
私はマコの背中を優しく撫でた。
前世の私が、どれだけ泣きながら鏡の前で絶望したか。彼女の「頭ではわかっているのに動かない」という悔しさは、痛いほどよくわかるのだ。
「いい? アイドルのダンスはね、最初から『全身』で踊ろうとしなくていいの。マコは真面目だから、レイカの手本を全部一気に真似しようとして、パニックになってるだけよ」
私はマコの手を引き、ゆっくりと立ち上がらせた。
「鏡は見ないで。私の足元だけを見て」
私は、レイカのような華麗なステップではなく、システムが弾き出した『最も効率的な体重移動』だけを、スローモーションのようにやってみせた。
「右足に体重を乗せる。その時、左の腰はそのまま。……はい、やってみて」
「み、右足に……こう、ですか?」
「そう、上手。次は、そのまま胸の向きだけを変える。腕はまだ振らなくていいから」
「あ……」
パーツごとに分解し、徹底的に論理だけで教え込む。
感覚やセンスで踊れる天才には絶対にできない、「才能がない人間のための、泥臭いマニュアル指導」だ。
何度も何度も、地味な反復練習を繰り返す。
1時間後。ついにマコは、先ほどまで転んでいたターンを、ぎこちないながらも転ばずに回りきった。
「できた……! 私、回れました……!」
マコの顔に、涙と汗に塗れた満面の笑みがパッと咲いた。
その瞬間、私の視界でシステムがファンファーレを鳴らした。
[ システム通知 ]
[ マコの『信頼度』がMAXになりました ]
[ チームワーク値が大幅に上昇(+30) ]
[ Fチームの総合パフォーマンスが『形になり始めた』状態へ移行 ]
「ふん、まあ……さっきよりはマシになったじゃない」
腕を組んで見ていたレイカが、少しだけホッとしたように顔を背ける。
部屋の隅からは、いつの間にか起きていたサエが「お姉さん、教えるのうまいね。マジックみたい」と、珍しく興味深そうにこちらを見つめていた。
「よし。ステップの基礎は入ったわね。次はボーカルよ」
私は立ち上がり、パンッと手を叩いた。
猛獣ばかりのFチームが、初めて一つにまとまり始めた瞬間だった。




