37話 VS『カラスバヒビト』
『––––––––』
火のついた炭のような身体の銃士は、先制攻撃を仕掛けた上に自分から二人の目の前に姿を現しておきながら、まるで戦闘態勢を取る両者を静かに観察するように佇んでいた。
「……今の攻撃、何かの間違いだという言い分を受け入れるほど俺は博愛主義ではない。迅速に制圧する」
ジークラームは四大陸国際政権の法に則り、公務を執行するために優先して目の前の暴徒を鎮圧するよう意識を切り替える。
しかし一方のヒカリは、この敵から伝わってくる奇妙な違和感に気を取られているようだった。
《預言者:私も少し驚いたよ。奴はある程度人間性を保ったまま闇を受け入れている。しかも殺戮王を始めとしたどの勢力図にも与していない完全な遊兵だ。ここまで特異な存在は初めて見たな》
「へぇ。あなたでも知らない敵がいるのね……興味湧いてきたわ。前座で終わるような雑魚じゃないことを祈っておこうかしら」
※
《なにがすごい?》
《前の奴らとどこが違うん?》
《結局魔法ぶっぱで終わりやろ》
《ジークとかいうの大袈裟な前振りからして案の定噛ませキャラで草》
ヒカリとしては風貌や鎧の中から覗く眼に灯る理性の光等から、預言者が口にしなかった事実。この敵が元々は人間だという事を薄々と察せつつも、それはすぐに思考の片隅へと追いやられることになった。
近くに立つジークラームが迷うことなく銃士に向かって弾けるように飛び出したからだ。
彼は瞬きの間に彼我の距離を詰めんという勢いだが、直前に体から大量の蒼電を迸らせ、銃士の逃げ道を塞ぐ檻のように囲んでしまった。
「シィッ!」
『–––––』
狭苦しい雷の牢獄の中正面から突っ込んでくるジークラームの拳が間近に迫る。
銃士はそんな四面楚歌に慌てる様子もなく、行き場がないと思われた包囲網をあえて前へ踏み込んだ!
「ッ……!」
片手に持った長銃を腕を引き肘を曲げることで、接近したジークラームに丁度銃口が突きつけられる間合いが出来上がる。
間髪入れず胸の中央へ向けて放たれた弾は無慈悲にもその男の身体に風穴を開ける!
––––と思われたが。
『–––!』
轟音と共に撃ち出された銃弾は常人の反応可能範囲を優に超えた速度で、目と鼻の先にある人体を貫こうと迫る。
だがその肌を覆う衣服に触れようかというところで、銃弾はまるで加えられた運動エネルギーが失われたかのように停止し空中に縫い止められてしまった!
「––––純鉄か。裏目だな」
戦士が反射的に銃弾を防いだ方法へ思考を割こうとする一瞬の隙に、ジークラームは周囲に展開していた蒼電の檻を、猛獣が獲物へと食らいつくように収束させる!
『––––––ッ!』
それ自体が致死量の電流でありそこから動きを封じつつトドメを刺せる完璧な布陣を整えてからの詰めの一手。
情けや容赦の欠片すら見当たらない殺人詰将棋に、傍観していたヒカリもこれは終わったかと決着を見る。
だが銃士はまるで電撃をすり抜けるように軽やかな動きで背後へ跳び退った!
「チッ……」
「……上巧いわね」
※
《えっえっ》
《速すぎんだろ……》
《一瞬すぎて何も見えんかったんだが》
《誰が噛ませ犬だって?》
《実況ぷりず》
《サーセンした》
数秒の内に交わされた一連の攻防。
その詳細を認識できた限られた者たちは、ジークラームの精錬された魔術の操作技術はもちろんのこと、銃士側の秀でた対応力にも目を見張っていた。
「––––それからの最後の電撃をあの銃持ちはあえて食らいながら背後へ跳んだのよ。全身に魔術で電流を拡散する磁場を形成しつつ、それでも流れてくる分は銃を擦って地面に流し被害を最小限に抑えたわけね」
※
《ほーん》
《つまり産業》
《はやい、つよい、うまい》
《一瞬でいろいろ起こりすぎぃ》
ヒカリはその銃士が、実戦経験とそこからもたらされる即時対応力に関しては自分を大きく上回っていることを認めざるを得なかった。
己が相手をする場合付け焼き刃の不意打ちや小細工は通用しない。アレを仕留めるには、真っ向勝負をしつつ同じように相手の手札を捌きながら純粋な技量と破壊力で押し潰す。
そのように結論を出し王手を導き出す為に必要な駒を構築し始める。
そんな彼女を尻目にジークラームと銃士は再び白兵戦に突入する。
「あの妙な武器を持つ賊……この短時間でジークラームの攻めにほぼ完璧な対策を構築している……純粋な戦闘技術のみで彼の“目”と同等の予測が可能なのですか……」
唐突な闖入者との間に始まった戦闘をそれでも冷静に観察していたジークヒラン。
彼が気にしているのは銃士が生身のジークラームと拮抗した実力を持っていることよりも、それほどの強者を聖淵の情報網が把握できていなかったという事実だった。
傭兵ギルドを始めとした四大陸に存在する多くの事業を管理する上位組織である国際政権は、それらの管理下にある組織から自由に情報を仕入れることもできるわけで、ギルドに所属する傭兵はもちろん、人の目が届く範囲にある限りは力持つ在野の人間の存在も記録されているものだ。
彼は改めて青瞳大陸にいる中であの銃士に当てはまる可能性のある人材を思い起こしてみる。
ヴァハヴァーゾの精鋭傭兵四人。
都市国家テインにいる“赤の武教”の覇王とその直弟子。
青瞳大陸を中軸として活動中の至高の一人である“流浪の傭兵”。
詳細は不明だが、エラ・デイマ教国に存在するとされる“黒の覇王”。
この中でも可能性があるのは黒の覇王程度のものだが、それも今まで世の誰にもその影のゆらめきすら見せることのなかった武教の暗部が、こうして白昼堂々後ろ暗い事情もない我々を襲撃することなど考えられるはずもない。
「今ある情報では正体が掴めない相手、というわけですか……厄介なことになりましたね……」
ジークヒランが静かに考察をしている中、近くに立っていたアダム達は突然の事態へにわかに騒がしくなっていた。
「あっ、あの人! いきなり聖淵の騎士に襲いかかるなんて!」
「世の中おかしな奴も少なくないもんだね。もしかしてアレもあんた達の知り合いだったりする?」
「少なくとも自分を燃やすのが趣味な知り合いに覚えはないかな。アダム」
「ああ。人型は驚いたが、彼女を狙う前触れのない襲撃。奴らに間違いないようだ」
ごくごく庶民的な反応を見せるネヘディヤなどは置いておき。
彼らはその襲撃者が以前アーユグラに赴いた際に現れた異形の存在。世界の外側から人間界へ攻め入ろうとする闇の神の眷属たちと同類の敵だと見当が付いているようだった。
「今度のは無駄に被害規模を広げるような奴じゃなさそうだな。俺たちも加勢して一気に……」
アダムは前回起こった出来事の記憶を思い起こす。
雲を衝くほどの巨大化能力を用いる異形の敵との戦いでは、大地が割れ山や森を焼き尽くす程の傷跡を自然の身に刻み込む結果となってしまった。
ああいった損害は可能な限り出さないに越したことはない。相手がこちらと同じ白兵戦の土俵に立ってくれる存在なら、自分が介入すれば早々に決着を付けられるはずだとその戦場へ足を踏み入れようとする。
しかし……。
「……っ!」
首だけを回して彼に目を向けてきたヒカリの視線だけで足が止まる。
その眼光から伝わってくる彼女の意思は雄弁だった。
––––こっちはいいから穴を埋めなさい––––
そこから察せられる可能性を認識したアダムは自戒に眉を寄せる。
前回の事があるというのに、敵が一人だという先入観は致命的な綻びになりかねないだろう。
故に今無防備と言っていいノトホッスの街中に自分たちを配置するべきだという彼女の判断にアダムは即座に従うことにした。
「皆街に戻るぞ。あの賊の人数がわからんから俺たちで街の中を警備する」
「了解」
「あ、あんなのが何人もいてたまるかって言えばいいのか……?」
「千年前の戦争より余程マシでしょう。ほら行きますよ組合長!」
「や、やっと座って休める……」
そうしてアダムやアトリエルが非戦闘員たちを連れて街へ向かう中、先の戦いには決定的な場面が訪れていた。
「ッ貰った!!」
『––––!』
息を吐く暇も与えず距離を詰めようとするジークラームに対して、先ほどと同じような腕を折りたたんだ密接射撃によるカウンターを狙う銃士。
だが彼は先んじて銃士の武器を持つ手に電撃を命中させ、一瞬動きを鈍らせた隙に踏み込んでその胸部へと雷そのものの様な手刀を叩き込んだ!
「ご……っ!?」
と誰もが思ったのも束の間。
ジークラームは己の手刀が叩き込まれたはずの場所と鏡写しとなる様に、自分の胸部へ異物が押し込まれる様に穴が開く感覚を味わいながら吹き飛んでいった。
「(今のは……)」
※
《お》
《なんだ?》
《負けてるやん》
《今のなんかインチキじゃね》
《ダメージ返す感じ?》
その光景を確と目にしたヒカリは、今起きた攻撃した者とされた者が逆転した現象の正体を理解できなかった。
銃士か魔術か何かで罠を張ったのか、服の下に何らかの特殊な装備を仕込んでいたのか、そんなありふれた方法ではないというところまでしか思考が至らなかった。その事実を自覚したことでようやく彼女はそれが完全に未知の領域にある力だということを理解した。
「……預言者さん。あなたも気付いたかしら」
※
《預言者:うむ。私にもなにも理解できなかった。幸いこの現象には覚えがあるが、そこまで認識できているのであれば君になら対処できるだろう》
《なになに?》
《わからんのかい!》
《いいから説明してーー》
彼女以外の人間は今起きたことを「銃士が何らかの方法で反撃をした」というようにしか認識できない。
その先の知覚へと辿り着けたのは、事前に知識で存在を知り得ていた預言者と、直接異変を観測しその領域を体感したヒカリだけだった。
《預言者:ある友人はアレを「角度の無い洞窟」と呼んでいたな。
それ自体が実在しない概念。
0次元の向こう側。
それが存在する事自体が新たな“物質界”の発生と収束へと連鎖する––––––––
––––––––“虚数”の力だ》
〜〜〜〜〜
「コレは、あの男が到達した領域……」
「思ったより早くボス級がやって来ちゃったねぇ……さてさて、はたして残機1で攻略できるかな〜?」
〜〜〜〜〜
「虚数、ねぇ……単に数学のおさらいでもしようってんじゃないわよね」
※
《預言者:空間と時間も含めてそこに何も存在しない状態を指す言葉だ。おそらく絶対理論の一種による所業なのだろうが、奴はすでにある世界に虚数が生まれるという矛盾から、何らかの実体に変質しようとする途中の虚数を維持・制御することで、そもそも存在していないが一方的に他の実体へ影響を及ぼす物体を操っているものと思われる》
《???》
《厨二設定きた》
ヒカリは預言者の説明を理屈としては呑み込んだものの、実際の現象としてその領域へ足を踏み入れるのはさしもの己とて至難の業だということを認めざるを得なかった。
だが事実として目の前にいる敵は、自分が認識すらできない攻撃を仕掛けられるという圧倒的な優位性を持っており、同じ土俵へ立つにはその難題をこの場で解き明かすしかないのだった。
「なるほどね……やってやろうじゃないの!」
そう意気込んで一歩踏み出そうとしたところで、彼女は自分が海賊を思わせる衣装を着込んでいることを思い出した。
そして右手に蒼金と鋼鉄で鋳造したサーベルを、左手にはランドロックの拳銃型の魔弓を持ち、自信と余裕を見せつける様に両手の武器を広げて見せる。
どうせ求める結果は変わらないのだから、観客が求める過程を演出してやろうと思い立ったのだ。
『––––––––v VUWWW……認識を始めている……その可能性を、抹消する……それが、ワタシの使命……殺害だけは、必ず遂行する……!』
「へぇ、アンタ喋れたの」
※
《かっけー!》
《なんか怖いこと言ってる》
《そういえば海賊スタイルだった》
「お生憎さま。今日も私が主役よ!」
戦闘態勢を整えた両者はすかさずどちらからともなく飛び掛かる!
初めに銃士が肘を曲げる早撃ちで先手を取りに行くが、対するヒカリも同様の動きで弾同士をぶつけ合わせて相殺した!
「ソレはもう見たわよ!」
『チッ……!』
手を伸ばせば届く距離まで来て、銃士は片手に密接戦用のナイフを取り出して振るう!
ヒカリもまたサーベルでそれに応じ、二つの斬撃が交差して一閃の火花が散った!
「(決め手は虚数が来た時の対応! 一度目で必ず感覚を掴んでみせる!)」
彼女は相手にとって最大の優位である虚数による攻撃を逆手に取った逆襲を狙っていた。
銃士もまた初手の急襲が凌がれてからは消極的に立ち回っており、切り札による一撃必殺によって終わらせる機会を伺っているようだった。
ヒカリは空中に超高圧に固めた水の短剣を無数に創り出し、逃げ場を埋めるように周囲一帯へと降り注がせた!
「風切時雨!」
『ジィ……ッ!』
弾丸の如く飛び荒む刃の雨を、銃士は巧みな足捌きに加え魔術の音波振動によって液刃の形を乱れさせることで殺傷力を削ぎ落として対処し切った!
そこからヒカリが打った二の矢に最も早く気が付いたのは、離れた場所から戦闘を観察していたジークヒランだった。
「(っしかし囮か! しかも魔術の産物を再利用とは……!)」
彼女は刃の雨を掻い潜る銃士に滑り込むように接近し、地に落ちた雨水を片手に持つサーベルの鋒に集めて、凝縮し高速で回転させる水流の爪牙を形造った!
第一陣によって的確に逃げ場を限定されたことで、銃士の体勢は飛び込んできたヒカリの迎撃には無理のあるものとなっており、彼女は水刃を横薙ぎに振るって闇の遊兵の首を落とす!
……直前、その額に綺麗な風穴が空いた。
「––––––––」
『……無在銃火……存在しない、は……どこにでもあり得る、だ……』
–––––––––見つけた–––––––––
その直後、確実に空いたはずの穴が存在しなかったかのように塞がった。
そんな光景に銃士の脳が事態を理解するよりも先に、逆にその脳天を魔力の銃弾が貫き水刃が首を斬り飛ばした!
「そもそも存在しない体は撃てないわよねぇ?」
ヒカリは黒い霧のようになって文字通り霧散していく銃士の体を見ながら、存在しない異物に貫かれたはずの額に丸を作った指を当てた。
「今のは私じゃなきゃ、一手遅れてお陀仏だったわね。さすが私」
※
《預言者:頭に命中した虚数の攻撃に対して、また虚数によって肉体を存在しない状態に変えることで被害を避けたわけか。ぶっつけ本番の割に難度の高いやり方をする》
《おお》
《また速すぎー》
《何が起きたんって先回り解説!?》
預言者が言ったように、ヒカリは瀬戸際に銃士の扱う虚数を操る魔術の理論を読解した。
そこで存在しない銃弾が額に到達する寸前で、己の体そのものへ銃弾の通り道を作るように虚数状態を生み出したのだった。
それははっきり言って常人には到底実現不可能な芸当だった。腹部に撃たれた銃弾を己の身体機能のみで体を煙のように変形させて通り抜けさせているようなものだ。
そのように虚数を操るとは常人にとって雲を掴むようなものであり、今この戦いを見届ける観客たちは、不可能を越える紛れもない偉業を目撃していた。
「さて、と……先ずはこっちの一勝ってとこね。私が気付いてないとでも思った? さっさと出てきなさい」
『––––––––』
そうして確かに死んだ銃士の身体が消えていくのを見たヒカリだが、不意にどこかへ向けて不可解な言葉を投げかける。
視聴者たちがそれに疑問を対する中、風に運ばれたようにふらりと彼女の前に先ほど消えたはずの銃士と全く同じ姿の存在が現れた。
「一応なんで生きてんのか聞いといていいかしら?」
『VUWWW……極限、魔法……『究極分裂』……決して死なぬ者……必ず殺す。その結果を、導き出す……災いの化身だ……!!』
※
《えええええ》
《分身ってこと!?》
《今までのは半分の力だったってまじ?》
預言者の言葉の通り会話が可能なほど理性を保っている銃士の言葉から謀りの気配は感じなかった。
様々な人間が各々の解釈をしているようだったが、ヒカリとしてはそれが以前の二匹の損害軽減や巨大化と同じ究極魔法という能力である点に着目していた。
『分身やら複製なんかとは違うわね。完全な二人になる能力。理知を必要としない植物に近い精神構造の生物が備えていれば最早手に負えないほど強力だったでしょうけど、彼は持て余しているようね』
「ふぅん……三人。違う?」
『ッ!』
アルコの所感を聞きながら自らの結論を口に出すと、銃士はわかりやすく反応を見せ、彼女はその分析がドンピシャで的中したことを確信した。
銃士の極限魔法とやらは自分という概念自体を二つにするデタラメとしか言いようがない能力だが、増えた体を制御するのはあくまでも一人分の意識であり、余程長年の訓練を積み上げていなければ二人分だけでもまともに動くこと自体が難しいだろう。
それが三人までなら先の戦闘挙動を同時に維持できるというのは彼女からしても賞賛に値する実力だが、逆にそれ以上はほぼ増えないと考えていい。
「(つまり三人同時に仕留めれば終わる……)」
『––––ヒカリさん! 聞こえてますか!?』
「っこれは、イズナ……!?」
勝利条件を確認していざ行かんというところで突然頭の中に鳴り響いた声に出鼻を挫かれるも、それはアダムたちに連れられて街に戻ったはずのイズナのものに間違いなかった。
彼女の魔術である“繋ぐ魔法”によって遠く離れた彼我の意識が通信状態になっているのだ。
『街の中にっ、さっき出てきた体が燃えてる人が現れて……! アダムさんたちが戦っててっ!』
「そう。いるのは一人ね? 彼に繋いでちょうだい。できれば直接声が届けられると助かるわ。あ、それとついでに私の近くにいるあの騎士もね」
『わっ、わかりました……! なんとかやってみます!』
※
《???》
《どうした急に》
《イズっちってテレパシーできるん?》
その報せはヒカリにとって渡りに船と言えた。
自分一人で全員の位置もはっきりしない銃士三人を同時にというのはなかなか骨が折れる。だが数が同じならあとの問題はタイミングを合わせる方法だけであり、それはたった今イズナの魔術によって解決した。
「《イズナが構築した意識網を利用して情報を頭に叩き込んでやったわ。自分が何をすべきかは理解できたわね? アダムは心配してないけど、あんたは前もって偉ぶった分ぐらいの働きはしてもらうわよ》」
《生意気な……だが今回は仕方ない。迅速に一撃で終わらせよう》
《了解した。そちらの合図に合わせるが、市街への被害を減らせるよう出来るだけ急いでくれ》
SNSのグループチャットのように繋げられた意識間で三人は数秒の内に作戦会議を終わらせる。
胸部へ虚数による無在攻撃を受け致命傷を負ったように見えたジークラームだが、どうやら戦闘継続に支障ない程度には無事らしく、ヒカリによる情報共有と同時に再び彼女らの前に現れた。
「名も無き蛮賊よ。十祖神の名の下に、この『オズエリコ』のジークラームが粛清する……!」
その男は先程までの無手の姿ではなく、右腕が異様に巨大になっていた。
よくみてみればそれは正確には腕を模した巨大な手甲であり、大きさからも彼が身に付けていた布地で覆い隠された荷物の中身であろうことは容易に察せられた。
しかしその手甲の様相はヒカリや視聴者たちが目を疑うようなものだった。
それは拳と前腕にあたる部分まである鉄塊だった。
その前腕部は中が空洞となっており、ガラス張りとなった表面からその内部が伺えるのだが、その中身にこの状況ですら無視できないほど問題があった。
それは満たされた白い半透明な液体の中で体を丸めて眠るような姿勢を取る一人の人間にしか見えなかった。
「なにあれ、きもっ」
※
《預言者:やはりいつ見ても悪趣味だな。アレが聖淵ご自慢の聖柩武装だ。歴史上で名を馳せた強大な戦士や英雄の遺体をああして保存し、騎士が使う武器に組み込むという方法で連中は彼らの力を搾り取っているのだ。英雄の肉体とは死後ですら魔力を生み出す媒体としては最上だからな》
《は??》
《やばすぎだ》
《この世界人権意識薄すぎないか?》
四大陸を統括する司法組織の番人たる騎士たちの所業にドン引きする視聴者たちの反応……を見る暇もなくヒカリは銃士の方に意識を向け直した。
あちらも気にはなるが今は何よりも闇の刺客を始末することが最優先。そのために二人へと出す合図も自分に一任されているのだ。
「ふぅ……もう余計なことは考えないわ。ただ全力で討つ……覚悟いい?」
『VUWWW……私が、勝つッ!!』
そこから二人は常人の目には留まらない程の速さで広大な草原を駆け回りながら攻防を繰り広げ始めた!
刃が空を斬り、銃弾が飛び交う戦場はそれを観測できる者にとってとても長く続いた戦闘のように思われたが、実際にはたった数十秒の経過後にその決定的な転機が訪れた。
「(……コイツさっきから虚数で攻撃してこないわね……もしかして三人分の体の並行処理にかかりきりでその暇がない? なら現在コイツは直撃さえすれば虚数に対して無防備……!)」
結果的に彼女のその読みはほぼ完全に当たっていた。
並外れた戦闘技術を持つ銃士といえど魔術の最高難度の領域を三人分の肉体を操りながら掌握することはまず無理と言っていい。
虚数を虚数以外で直接防御することが不可能である以上、それは実質的に吸血鬼に対する日の光が如く必殺の要素が手札に存在することを示していた。
「《三秒後!!》」
《……!》
《ッ!》
同じように戦っているだろう二人にその一言だけを伝える。
いつでもこちらに合わせて必殺の一撃を確実に打ち出せる用意があることを前提とした合図だが、故にそれを可能とするだけの戦力が当の二人にあることは今更再確認の必要すらないだろう。
ヒカリは強酸性の液体を凝固させた錨を作り、空気の壁を幾層も突破する勢いで投げ放った!
「(参……)」
対してそれ自体は体の位置をズラして問題なく躱した銃士だが、背後の錨が弾け飛んで四方に散らばり、そのまま意思を持った波のように銃士を取り囲んでしまった!
「(弐……)」
『ギ……ッ!』
ヒカリの狙いは銃士も理解していた。実際のところやろうと思えば、三体の内一つを捨て去ってどちらかの肉体を介して再び分裂すれば一先ずの打開は成功していただろう。
しかしそれは所詮一時凌ぎに過ぎないことを悟ったからだろうか、その脳裏を占めていた意思は不明だが、彼はヒカリによって詰みにまで追い込まれた身体。“血筋由来の魔術”によって限界を超える速度を叩き出そうとするアダムに捉えられた身体。ジークラームの右腕によって磁力を付与され攻撃体勢を整えた彼に引き寄せられていく身体。
そのいずれも制御権を放棄することなく、目の前の敵に“銃を向ける”という動作を取ることによってついにその時がやってきた。
『ミ、ヤマ……私、は…………ッ!』
「参ッ!!」
「撃神剣・疾到!!」
「超電鎗!!」
三秒目を合図として伝える必要すらなかった。
一人目は並外れた戦闘技術を持つ銃士でさえ反応もできない速度で飛び出したアダムに斬首され。
二人目は磁力によって完全に身動きを封じられた上で超電圧を纏った大腕の拳によって上半身を千切り飛ばされ。
三人目は––––。
『––––––––』
「無在砲火。最初の一発のお返しよ」
胸部に拳二つ分ほどの風穴を開けて膝をついていた。
虚数によって存在しない砲弾を射出したことで最後の抵抗も粉砕された銃士は、文句のつけようがないほどに完全な王手をかけられたのだった。
そうして死にゆく身体を塵と化して霧散していく銃士の最期は、まさに燃え尽きた末に風によって吹き掃かれていく灰の如しだった。




