36話 聖骸の騎士と魔弾の射手
「聖淵? 聞いたことない連中ね」
化身と対話をしていたヒカリが我を取り戻したかと思えば、直前とはその場の状況は一変しているようだった。
見覚えのない二人組。考えるべきことが増えたこの瞬間に珍客の相手までしなければならないというのは少々面倒だ。
彼女は心中に生まれた僅かな苛立ちを自覚しながらも、努めて冷静に振る舞おうとしていた。
「知らないのですか……!? 四大陸上のほぼ全ての国々を包括する国際政権である組織。その直属の武力集団です……つまりギールコンさんの例の罪も彼らが裁くべきものということに」
「ふーん。つまり警察みたいなものってことね。名前の割にわかりやすいじゃない」
※
《へー》
《池面が2人おる》
《なんかこればれてんじゃね》
配信を見ている一部の者と同じように、ヒカリは彼らが今この場に現れたことが偶然だとは思わなかった。
仮にこの二人がギールコンの行いが、彼らの大元の組織が定めた法に背くものだったことが事実なら、彼らがそれを知った方法によっては事態がややこしくなる可能性もあるだろう。
ヒカリはより膨れ上がってくる苛立ちを抱えながらその二人組を見つめる。
「突然の訪問失礼致します。改めまして我々聖淵の名の下に法を執行する者。私の名はジークヒラン・ザインカムン・カルディエと申します。騎士階級候補としてその末席に名を連ねる栄誉を賜っております。そしてこちらはジークラーム・ザインラッド・カルディエ。正式な騎士の位を戴いた正義の使者でございます」
二人組の中で一歩前に出たのは、眼鏡を掛け、布で巻かれて中身が見えないやや大きなランタンのような形状の物体を腰に提げている。言葉の上では礼節を弁えた男だった。
名前に気になる程共通点の多い二人の男は肩にそれぞれの色の宝石によって留められたケープが目を引き、おそらくそれが聖淵であることを示す身分証のようなものだと推測できた。
「うぐ……よりにもよって騎士が来やがるなんて……」
「なんかマズイの?」
「彼らの中でも騎士は最上位の階級でして。歴史上その裁きから逃れられた罪人はいないと言われるほどに、皆が実力者なのだそうです」
「ふーん。たしかに結構ヤれそうね」
※
《バトルくりゅ?》
《これはギールコンを巡って一戦交える展開と見た》
《そんな守る価値あるのかこいつ》
《戦れそう(意味深)》
《なぜだろう、全く卑猥に聞こえないw》
ヒカリは二人の内後ろで腕を組み静かに佇む男に目を向ける。
寡黙で厳格そうな表情の人物は、それなりに大きな体格のその体がすっぽり入りそうなほど大きな布で包まれた何かを背負っている。
気取られないよう隠してはいるが、彼の方は罪人よりも傭兵である自分たちの方に注目しているようであり、彼女らがどの程度の力を持っているか慎重に観察しているように思われた。
「はっ、アイツを裁きに来たんなら俺たちはこれ以上関わる必要がねぇな」
「まあ、そうなるね。今回の件で懸かっていたのは国際政府に告発するか否かだったわけだし。その政府に知られたのならもう介入のしようがないかな」
「……」
そうして見定められているアダムやアトリエルたちは、彼らがこの場所に現れた理由を推測・考慮した結果、これから起こることを静観しようと決めたようだ。
当初の依頼そのものは達成している以上、自分たちには国際政権の人間と敵対してまでギールコンを助ける義理も人情もないのが正直なところであり、むしろこれで諸々の面倒事が片付くならさっさと済ませてしまってほしいとすら考えていた。
そんか彼らの思惑を知ってか知らずか、ジークヒランと名乗った男が口を開く。
「お取り込み中のところ申し訳ありません。お察しの方もおられると思われますが、この度は我らが政府の庇護下にある遍く人々の平和と秩序を守るために存在する、四大陸国際公法が破られてしまったことをお知らせしに皆さまの元に参じました次第でございます」
「し、証拠はあるのかよ! 誰がなんの罪を犯したのかなんて何であんた達が知ってるんだ!」
ヒカリはまるでもう犯人だと名指しされた人間のようにまくし立てるギールコンの様子に思わず苦笑が漏れる。
ジークヒランは笑みこそ浮かべていないが、同じような感情から彼に呆れたような眼差しを向けているのがわかった。
「そういった調査は別の人間の役割ですので、証拠の提示は後の国際裁判中にお求めになられてください。それでも納得できなければ、今この場で我々が主張できる証拠はただ一つ。我々が紛れもなく聖淵の一員であるという事実のみでございます」
「へぇ。あんたらの立場には相応の信頼性が保証されてるってわけ?」
「よくご存知でいらっしゃいますね……その通り。我々の執行に決して誤りが無く、常に公法に則られた正義有るものだということを保証する証。それこそが聖淵の末席に名を刻まれる事そのものであり、その在り方を総金の意志と法が護るべき民衆への忠誠によって貫き通すことを、偉大なる十祖神へと誓いを立てた者だけが、こうして他者の罪を裁くという人の身に余る不遜なる行いを許されるというわけでございます」
※
《zzzzzzzzz》
《話しなげー》
《警察手帳持ってるからなにしても絶対正しいですって感じ?なんかディストピアっぽくね?》
《マジで厳しい選抜試験通った奴だけがなれるから不正する人間が出てこないって感じか》
《いいから早くぶっ飛ばせよ》
彼の長ったらしいセリフから伝わってくる情報を整理すると、”この男が罪を犯したことを知った方法は明かせないが、自分たちは本物の聖淵だから君たちの主張を無視して逮捕する権利がありますよ”と言っているわけだ。
ヒカリは自分の脳天から反骨心が沸き上がってくるのを感じる。これは彼女がカレスデルフとかいう生意気な民間傭兵組織へと抱いたものと近かった。
彼らが政府の定めた法の通りに罪人を捕らえることも、そのために厚顔をひけらかして好き勝手に振る舞うことも許容できる。
しかし言葉と態度の丁寧さで誤魔化してはいるが、まるで自分のことをどうせ法の番人たる己に逆らえない有象無象の一人だと暗喩するかのようなあしらい方に、彼女の心に棲む猛獣が空腹を訴え始めた。
『一応言っておくけれど、そこの人間は心の中を読み取る能力で事の詳細を知ったようね。腰にある包帯で隠されたソレが特殊な魔術の触媒になっているみたい』
「(えぇ、大方そんなところでしょうね)」
頭の中に響くアルコの声に同意し改めて男達を観察するヒカリ。
ジークヒランという男はどうやら激しい運動は不得手のようであり、荒事になれば後ろにいるジークラームという男の出番なのだろう。
その両者が肩のソレと同じように、まるで身分証のように持っている布に包まれた何らかの道具が法の執行者達に特殊な能力を授けている可能性が高い。
それが戦闘に特化したものであれば如何なる強さを体験することができるのか、彼女は最早その未知の領域を切り拓くという思考に従うことで、辛うじてこの場では戦いを始めないという最低限の理性を保っている状態だった。
「言いたいことは分かったわ。ただ私の方はそこの男にまだ用があるのよね。どうしてもその執行とやらを今済ませたいのなら私を納得させてからにしていただきたいわね……私の言ってること分かるかしら?」
「ふむ……如何すれば納得いただけるか、お教え願っても?」
「あんたに出番はないわ。ジークラームとか言ったわね、ちょっと表に出なさい。あんたが私を満足させられるくらい強ければ今回は譲ってあげる」
「ちょっ、ヒカリさん!?」
※
《どうしたいきなり》
《なんか喧嘩売ってて草》
《本当にこの子バーサーカー過ぎないか?》
暴挙としか言えないヒカリの突発的な行動に周囲の人間は皆不意を打たれ、特に傭兵仲間たちなどは、今まで気丈に振る舞っていた分の反動で何かしらが爆発してしまったのかと彼女の気を案じてすらいた。
しかしそんな彼女の闘志を直にぶつけられたジークラームは、どのような形にも動じることなく静かにそれを受け止めていた。
「……貴様が口だけの身の程知らずであれば公務の妨害と見なし執行対象とする。覚悟しておけ」
「そういうのは勝ってから言いなさい」
*
そうして周囲からの制止等を振り切って街の外の平原にまでやってきた両者は、試合の準備を整えるように一定の距離を空けて対峙していた。
「戦いを挑んだのはそちらだ、手心は加えん。どうなっても後悔するなよ」
「あんたこそ、間違っても拍子抜けさせたりしないでよね」
それまでに売り文句に買い言葉を繰り返していた二人もとうとう戦闘態勢に入る。
相手の出方に合わせて戦法を変えるつもりで特定の構えを取らずに先手を待つヒカリに対し、ジークラームは背中の包を地面に下ろすと、両手を前に出して力強く腰を据える堅実な拳法らしき構えを取った。
「あら。その武器は使わなくていいの? 全力で来ないと後悔するのはあんたの方になるわよ」
「貴様が今この場で冥府に命を帰すべき対象なら使っているところだが、それを決めるのは私だ」
「あっそ」
互いにいつでも戦える中で一触即発の睨み合いになった二人。
他の人物たちはその顛末を見届けようと離れた場所で並んで見物していた。
「なんだか変な流れになっちゃったねぇ」
「止めなくていいのですか? いくら彼女でも政府の騎士と戦うなんて……」
「あいつならなんとかなるだろ。それより結果はどうなると思う? 俺は二分ぐらいでヒカリの勝ちってとこだな!」
「他の人なら騎士の方だったけど、海でのアレ見ちゃうとね。一分以下」
※
《とりま倒せばええやろ知らんけど》
《逆に敵の強キャラアピール展開に100兆ジンバブエドルで》
《逆に瞬殺しちゃうに100万厘賭けるわ》
見物人の多くはガヤガヤと面白半分に観戦するつもりのようだが、アダムやジークヒランなどの一部の者は口数少なく二人の様子を見据えていた。
「アダムおまえはどうだ! この勝負どう見るよ!」
「……よく知らずに下手なことは言えんが……おそらく、騎士の方がトる」
「マジか!? アイツの強さはよく知ってるだろ! それでもか!?」
「先手はな」
アダムの予想は彼の立場から考えると出すことは難しい結論だった。
その反応が周囲を驚かせている中、ジークヒランだけはその意見に感心していた。
「(よくそこまで予測できたものですね……両者は格闘だけなら五分といったところでしょうが、ラームの眼は特殊なもの。今ああして対峙しているだけで彼は相手の修めた技術を実際の光景のように観ることができる。そうしてどんな動きにも対応して先手を打つことが可能なのです)」
彼の知るジークラームの能力を考慮すると、初手でほぼ必ず相手の不意を打ち、その気があればそこで仕留めてしまうこともできると考えていた。
そんな予想を立てられている当の二人は既に同じ予測にたどり着いており、その後如何に相手が負けを認めるほど詰められるかを計算しているようだった。
そうしていよいよ両者が相手の間合いに飛び込もうとした間際。
※
《預言者:取り込み中のところすまないが、先に片付けてもらいたい問題が舞い込んできてしまったようだ》
「なによいいところだったのに……あなたが連絡してくるってことは例の連中が現れたわけね」
《察しの通りだ。まだ距離はあるが油断しないように》
「わかってるって。任せときなさい」
「……貴様、誰と話している」
第三者には聞こえないよう計らわれた預言者の声に答えたことで怪訝な目を向けてくる。
しかしそれに応じる間もなく、その場にいる二人の死角から凄まじい速度で何かが飛来するのをそれぞれが寸前で察知した。
「……!」
共に最小限の動きで頭を動かしてソレを躱すが、そのまま通り過ぎた弾丸はそれぞれがもう一人の標的へと向かってきた!
「はっ!」
ヒカリはそれを魔術で作り出した鋼鉄を纏わせた手刀で撃ち落とす!
ジークラームは元々着けていた手甲での打ち上げによって弾き飛ばした!
初撃の不意打ちへ余裕を持って対応した二人に対し、下手人はこれ以上隠れていても意味がないことを悟ったのか、獲物と狩人の境界線を踏み越えるように勢いよくその場に駆け現れた。
ソレは二人よりも一回り体が大きく、身体の至る所が火のついた炭のように燃えながら黒く煤けている。
まるで古来の剣闘士の様なヘルメットを被り、その手には彼女もよく知る、手元の引き金。六つ穴のシリンダー。今にも火を吹きそうな先端の筒口を備えた武器を持っていた。
『––––––––』
「こいつ……前のとは違う……?」




