35話 継承の脈と至高の美食
ヒカリの提案によって依頼を継続することになった一行だが、なによりも先ず処理しなければならない問題は、食材調達のついでに連れてきてしまった海賊たちの処遇だった。
現状ヒカリが飼い慣らしているように見えるものの、放っておけば悪さをしないと保障することができないのは確かである。
そのため海賊たちを生かして街に連れてきた責任を持って彼女が策を打つ必要があったのだが、そのために彼女がとった手段というのが、己の魔術で縛り続けることだった。
「いいあんたら!? その輪っかが付いてる限りあんたらがなにか悪さをしようとしたらその頭がぶっ壊れるぐらい締め付けられるから! 我慢して続けようとしたらほんとに頭潰すから妙な気を起こすんじゃないわよ!」
「アイサー! 船長!」
「おい船長は俺だろ!」
「船も奪われたんだから船長も店長もないでしょ!」
※
《それって》
《ご…ご…》
《悟空のやつじゃん!》
《緊箍児やな》
《海賊達もう完全に手下で草》
彼女は即興で海賊たち全員の頭に鉄塊の輪を掛けた。
魔術で物質を生み出し複雑な理論を組み込むことで、任意の条件で特定の動作を実行するように細工された擬似的な魔道具は、海賊たちが彼女の基準で判断が行われる許されざる行為に反応して収縮しその頭部を圧壊するようになっている。
これによって一行が遠く離れて管理できない状態にあろうとも、是が非でも悪事を働くことができないようにしたのだった。
その場で完全な無から魔道具を生み出すという所業は見るものが見れば卒倒してもおかしくないほどの技術なのだが、それを見ていたのが精神自衛の上手い者ばかりだったのが幸いだった。
そうして死の保険を掛けられた海賊たちは結局、こうなった責任の一端としてギールコンが漁業組合で面倒を見ることになったのだった。
それから彼女らは数日掛けて残りの食材を集めていった。
ある時は広大な平原を黒く染め上げるほどに埋め尽くす大型の鼠のような生物の大群の中から、たった一匹だけが持つ毒の無い肝を探し手に入れた。
ある時はある地方の浮遊島を根城にする弾丸のように飛行する魔獣を討ち倒し、そこに生えた石のように硬い薬草を手に入れた。
ある時は雷の迸る峡谷の底でほぼ液状の体を持つワーム型の魔獣を退け、採掘によって電力を帯びた石炭を手に入れた。
ヒカリ以外の皆が予想していなかったことだが、その冒険にはある人物が同行しており、それは一行を襲った海賊船に乗っていた年若い少年タストルと少女アボネだった。
当人たちの意思に拘らずヒカリの一存によって半ば強制的に連れ回された二人はたびたび死ぬような思いをしながらも、自分たちを連れてきた彼女の挑発に奮起してなんとか着いてくるといった姿勢を見せていた。
「ほらもっと集中して」
「ぐッ……!」
「う……ッ!」
「先ずは五感と攻撃を条件反射の領域まで調和させられるところまで打ち続けるわよ。長引かせたくなかったら早くこのくらい防げるようになりなさい」
※
《つっよ》
《武器使っても強いとかハイスペすぎん?》
《弟子を取るにはちょっと早すぎると思うんだけどなぁ》
そんな二人は今夕暮れ時、ヒカリに連れられてノトホッス近郊の砂浜へとやってきている。
そこで何をしているかというと、動かずにただ武器を構える二人に対してヒカリが木剣を攻撃を仕掛け、二人はそれを防御しようと悪戦苦闘しているという光景がしばらく繰り広げられていた。
最初に一戦を交えた瞬間からヒカリは並々ならぬ注目を彼らに対して向けており、早速こうして自らの戦闘技術を伝授しようと扱きを始めたのだった。
彼女が二人のどういった点をそこまで気に入ったのかを悟っているのは、その修練の様子を地球から眺めている彼女と同じ剣術を修めるものだけだった。
「少しづつ反応できるようになってきてるわね。やっぱり私の見込み通り……じゃあ十分ほど休憩にしましょうか」
「まだやるのか……」
「体中いたい……」
「泣き言吐いていても強くなれないわよ……ねぇ、あなた達はなんで海賊になんてなったわけ?」
「……なんでおまえに教えなきゃいけない」
「言いたくないならどうしてもとは言わないわ。ただまだ海賊稼業を諦めてないなら……あいつらの頭にあるアレ。あなた達にも付けちゃおうかと思ってね」
「……っ!?」
「ぐぐ……」
※
《せめて30分は休ませたれ》
《女子の方ずっとどっか痛がってて草》
《それ普通に気になってた》
《子供相手に脅しかけるなwww》
《鬼畜チンピラムーブ癖になってまう》
《海賊達いつ締め殺されるか怯えながら働かされててダメだった》
ヒカリは地面に座り込み肩で息をするタストルとアボネを見つめて、以前から気になっていたことを尋ねた。
二人のようにまだ小さい子供が海賊船に乗ることになる経緯が容易に想像できることではないというのもあるが、彼女としては二人が海賊となった理由によっては、腹の底では悪事を働く気概に溢れている可能性を考え、例の緊箍児を嵌めてやるべきか否かを判断するためでもあった。
「……しかたねぇだろ。戦争で住んでた街が滅ぼされて、俺たち以外みんな死んじまったんだよ!」
「私たちのこと、誰も助けてくれなかったし……こうでもしないと生きていけないと思って……腕っぷしを示してあの船に乗り込んだの」
「ふぅん? なるほどね……」
今四大陸の中に戦争をしている国はないはずだ。という言葉をヒカリは口に出す前に呑み込んだ。
詳しいことは詳しく調べなければわからないだろうが、二人の様子を見る限り同情を誘うためにチャチな嘘を吐いているというわけでもなさそうだと彼女は判断した。
「同心るわよあなた達……私も父さん母さんと離れ離れになってしまって……言葉を交わし触れ合っていた日々を思い出すたびに胸が張り裂けるような心地になってね……」
「そ、そうだったのか……」
「私たちと同じだったんだ」
※
《おいww》
《詐欺師みたいな言葉選びやめろ》
《いや、これは本気で言ってるわ》
ヒカリは共感から打ち解ける糸口を掴もうと半分は冗談のつもりで己の事情を多少脚色して話してみた。
配信画面越しに視聴者たちの呆れの感情が伝わってくるようだったが、幸いにも当の二人はまだその辺りの情報を見極める能力は身につけていないようで。自分たちと同じ傷があると言える共通点を持つヒカリに少しづつ敵意や警戒といった感情が薄れていくのが見て取れるようだった。
「私の場合出逢いに恵まれたのもあるけど、それは今のあなた達にとっても同じことよ。これからあなた達が自分の帰るべき居場所を見つけ、そして守っていくための力を私が教えてあげる。今のあなた達に残された唯一の大切なものを、決して失わずにいるための強さをね」
「……」
「……」
彼女の謳い文句にタストルとアボネは互いの顔を見つめ、なにか決心を固めるように深く息をすると、いつの間にか疲労の消え去っていた体を起こして彼女へと向き合って剣を構えた。
「その意気よ。それじゃあ再開!」
*
先のやり取りの翌日、一行はギールコンが場を整えた漁業組合持ちの食堂に集まっていた。
究極の料理を作るための食材を集め終わったことでようやくその調理を始めようというところで、ギールコンが準備を進める中ヒカリたちはその完成を待っている。
「さてと、一体どんな珍味を食べられるんでしょうね!」
「ヒカリちゃんったら随分楽しみにしてたみたいだねぇ」
「俺さまもよく腹ん中空っぽにしてきたからな! そろそろ食わせてくれよ!」
「ほぼ確実にあの男の生か死かを決めることになる場面なんだがな……」
「まあいいじゃん。元々ソッコー死刑なのを料理が美味しかったら許すって言ってるんだし。すごい寛大でしょ」
「それはそうだけど……組合を統率する人間としての能力は確かですから、万が一のことがあれば代理を務められる人間はそう簡単には……」
「ニフがやれば? 皆んなついていくだろうしなんとかなると思うよ」
「わ、私が……?」
※
《ウキウキやん》
《ちゃんと不謹慎で草》
《まあそもそもそのために来たわけだし》
《おおいいじゃんニフ組長》
《大勢新人働かせなきゃな時期にトップ交代はキツいよ》
一行の雑談の裏でギールコンは固唾を飲み冷や汗をかき、朝早くから調理法が書かれた例の本を読みながら料理を作り始めていた。
先ず石窯の中に留電炭石と”火食い山羊”の燃炭頭骨を釜の中央で輪を描くように交互に並べていく。
次に大鍋には今回の主役となるファレワルナミヒゲザメの肉を始め、石の薬草、黒身魚のヒレ、カズガラ産の薬味数種、甘味塩などを白爪大陸の”オアシス山”の頂の湧き水に沈めていく。
それを火を付けた二種炭の輪に乗せて煮込み始めた。
沸き立つ頃、リグニトの実を五年熟成させた果実酒へ、地の擬竜の血液、大鼠の肝、黒鱗大陸にある白い森の木の樹液などを溶かし込んだものを半分鍋に注ぎ、もう半分は時間を置いて|水の継ぎ足しの代わりに注いで嵩を戻す。
そうして三時間煮込み、引き上げた肉を切り分けて皿に並べ、煮汁をかけてようやく完成となった。
「で、出来た……これが……!」
少しの間数年ものの努力が実りを結んだ達成感を噛み締めていたギールコンだが、料理が冷めないうちにと急いで人数分の皿を台車に乗せて食堂へと向かう。
「完成したぞ! こいつが何年も追い求めてようやく作り上げた究極の料理! “鮫肉の総金仕立て”だ!」
「待ってました!」
いろいろな意味で待ち侘びたという意思が見える表情を浮かべる各々の前にその皿が並べられていく。
彼女らの目の前に現れたその料理の姿は、全体像自体は一見素朴ながらも、金箔を振りかけたかのように輝く煌びやかな肉とその眩さを反射してさらに際立たせるソースと並んでの佇まいが、まるでその料理の味を絵の中で抽象的に表現したかのような神秘性を醸し出していた。
「ほう。見た目は悪くないな」
「そうかぁ? とりあえず金色にしとけって感じが逆に安っぽいぞ」
「竜人族は金色ならとりあえずいいと思うものだからねぇ」
「お、俺は本の通りに作っただけだぞ!」
※
《たしかに》
《料理が金色とか食欲失せるわ》
《パイセン脳死で金色褒めるの草》
各々が料理に対してそれぞれの反応を見せる中、同じ食卓に座るタストルとアボネは緊張した様子で視線を彷徨わせていた。
「これ、本当に俺たちも食っていいのか……?」
「お金、持ってない……」
「今回は代金とか必要ないから心配しないで、そうね……これまで私の冒険についてこられたご褒美ってことにでもしておきましょうか。じゃあそろそろいただきましょう!」
ヒカリの号令によって皆が食事を始める用意を済ませ、誰からともなく切り分けた肉を口に運んでいった。
「むっ、おぉ! こりゃ美味ぇじゃねぇか!」
「うん。肉は香り高くて、引き締まりつつとても柔らかい不思議だけどおもしろい食感だね。味は濃厚なのに流れるように体を通り抜けていくようだ」
「脂が沢山溢れ出てくるが、野菜系に近いさわやかさでくどさを全く感じないな。これなら大袋一杯分は胃に入りそうだ」
「その体でそんなに入るの? でもたしかにそれぐらい食べちゃいそうだわ」
「ええ。普通の料理では考えられないほど単品での満足感が強いです。究極を豪語するのも正直納得できてしまうくらいですよ」
「うまい……!」
「おいしい……!」
※
《へぇーーー》
《腹減ってきたって》
《食レポされるとよだれがやばい》
《普通に美味そうに見えてきたわ》
《ガキ二人の感想シンプルすぎで草》
結果としては皆に好評、絶賛と言ってもいいほどの反応が見られたことで、ギールコンは命拾いしたというように胸を撫で下ろしかけるが、既のところで肝心な人物の反応が見えないことに気づいた。
彼女はただ瞼を閉じ、静かに料理を咀嚼して味わうことに集中しているようだった。
「…………」
この料理を口に入れた時、なぜだかヒカリにだけ、他の者たちとは決定的に異なる感覚がその身を駆け巡った。
味に関しては申し分がなく彼女にとっても非常に満足できるものであったが、それと同時に彼女自身が未だ感じたことのない未知の流れが、まるで塗り絵のようにその身体を満たしていった。
「(今のは……)」
『ようやく目が覚めたわ。いえ、それは貴女の方かしら?』
不意にどこからか聞こえてきた声に目を開けると、ヒカリは自分が食卓の一席に座っているという一点以外に類似点のない、金銀で形作られた建造物の中にいることがわかった。
そして対面となる目の前の席には彼女にとって見覚えのある何かが座していた。
『おはよう、カリ……ミヤマヒカリ。一応初めましてと言っておくべきかしら』
「あんたは……アダムが化身がどうとかって言ってたやつよね」
『フフ……凡人の名付けらしい起伏のない呼び方だけど、ワタシ達の一側面を表す言葉としては間違ってないわね。今は”アルコ”とだけ呼んでちょうだい』
身体が灰色の鱗に覆われ黒いヴェールで顔を隠した謎の存在、アルコは基本的な意思疎通に支障がない程度には流暢に言葉を発せられているようだった。
「この前と比べて随分しっかり話せてるみたいだけど?」
『あれはワタシが眠っていたが故に用意されていた自動音声案内のようなものよ。人間が電話なんかでよく使うでしょう? 最近になってようやく意識がはっきりし始めてね。完全に覚醒したと言えるのはつい今しがたということになるわ』
「なるほど、だからこうして私と話せてるわけね」
ヒカリは一度目となる以前の接触から来る疑問の一つに答えが出たことで納得の形を見せるが、そこからもう一つ生まれた疑問に瞼を一度強く瞬かせた。
「たった今っていうの、偶然かしら? もしかしてこの料理が何か関係している?」
『フッ……味なことを考える人間もいたものね。特殊な食材と調理法によってワタシ達の覚醒と契約を啓発する儀式とは……いえ、これはむしろワタシを直接……』
「つまり当たりってことね。ったく、変なもの食べさせてくれちゃって……まあ結果的にはよかったのかしら」
ヒカリは究極の料理というものにはなにやら怪しげな意図が込められているのではないかという予想もしていたのだが、それがまた別の形で的中していたことに調子が狂う気分を味わっていた。
『文字通り全ての前提条件である始まりの時点で、既になにもかも破綻しているというのに、まったく健気なことだわ。それだけ焦っている……いえ、失敗できないという懸命さの現れと言っていいかもしれないわね』
「……それで、あんたが現れることで私にどんな変化が起こるのかしら?」
『そういう一歩踏み込んだ話はまた今度にしましょう。これから少し忙しくなるようだから』
「うん?」
『お客さまよ』
アルコが突然話を切り上げて上げた手の先に意識を向けさせるような仕草を見せると、周囲の景色が元通りになり同じ食卓を囲む人々が視界に戻ってきたのだが、その一団の中に見覚えのない人物が紛れ込んでいるようだった。
「聖淵の者だ。四大陸連合政府”元老院” の名の下に公務を執行する」




