34話 掘り出し物と邪な横槍
強大な蛸魔獣を討ち倒し、目的のファレワルナミヒゲザメを確保したヒカリ一行。
あとはもうこのサメを持って帰るだけという話なのだが、彼女らが乗る小型帆船よりもずっと大きなこの巨体をどう持ち帰ったものかと皆が頭を悩ませたところで、ヒカリが思いついた案というのが……。
「さあ、あんたらもっと力一杯漕ぎなさい! サボってたら容赦なくビシバシいくからね!」
「な、なんで俺たちがこんなことを……」
近くの海面に浮かぶ力尽きた海賊たちとその船を利用することだった。
詳しくは、巨大ザメの体を海賊船に繋ぎ止めて、海賊たちに櫂を漕がせてノトホッスの港まで持って行ってしまおうというものである。
「と、とんでもねぇ女だ……いきなり現れていきなり俺らは奴隷扱いだぜ!?」
「恐ろしく強ぇしよぉ……あんなでけぇ魔獣まで仕留めちまうんじゃ俺たちなんかとは生きてる世界が違うんだ」
「でもあいつが船長だったら割とイイかも」
※
《落差すごくて草》
《さっきまでのヒロイックな振る舞いからどうしてこうなった?w》
《いやでも両親揃って社長だし人を扱き使う才能受け継いでるのかもしれん》
ヒカリの叱咤を受けながらひたすらオールを漕ぐ反復運動を繰り返す海賊たちは、彼女のあまりにも有無を言わさぬ命令に震え上がりながらも従う他なかった。
負けた相手の方が上位だという単純な基準が男たちの中にあったこともそうだが、彼らがまだ本格的に悪に手を染め切ってはいないことも大きい要因だっただろうか。
「くっそう……せっかく旗揚げしたばっかりだってのによー……」
「黒蜥蜴のやつ、海で暴れればいい思いができるなんて言いやがって……やっぱりハメられたのか?」
「それより俺たちこれからどうなるんだ? まさか本当に奴隷にされて死ぬまで働かされんのか?」
「はいそこ! 人を独裁国家の手先みたいに言わないで! 次は海水責めの刑に処すわよ!」
「ふひぃーーーっ!」
「まだ塩抜きの最中だっつーの!」
※
《いや草》
《独裁してて草》
《うーんこれは女王様》
文句を垂れる者たちには電流の鞭で威嚇をかますヒカリ。
まるで屠畜を待つ豚のような悲壮感を漂わせる男たちを背に、彼女はある人間と向き合っていた。
「さてと……それじゃあこっちはさっきの続きでもしましょうか」
「なに言ってやがる……?」
「意味わかんない……」
それは海賊船に乗っていた中で飛び抜けて彼女との立ち合いに食らいついていた、日に焼けた肌の非常に年若い二人の少年少女だった。
二人は完敗を喫し既に制圧されたものと思っていた自分たちがなぜか体を自由にされ、さらにはサーベルまで待たされていることに困惑していた。
「意味もなにも、掛かってきなさいって言ってんのよ。私に傷一つでもつけられたらノトホッスで一番高い料理を奢ってあげるわよ」
「だからそれが意味わかんねえって言ってんだよ!」
「殺そうとしたのになんでまだやろうとするの? 変態……?」
「いい素質を持った人と闘りたいっていうのがそんなにおかしいことかしら? それとあなた、後で尻叩き」
「……っ!?」
※
《強引すぎんよ》
《中盤に出てくる変人師匠キャラかなにか?》
《ガキがめっちゃ戸惑ってて草》
《ちょっと血の気多すぎて海賊ですら付いてけてねぇwww》
《うっお口わるわる褐色娘のお尻ぺんぺんお仕置きわからせ見学させてくれ》
二人は先ほどなんとか残っていた朧げな意識で目の前の女がとてつもなく巨大な魔獣を始末してしまったことを認識している。
故にどう足掻いたところで自分たちに勝ち目はないと悟ってしまっているのだが、それでも尚しつこく戦いたがる彼女により困惑を強めるばかりだった。
それは二人にとって戦うということが、立ち合うどちらかが必ず死ぬ行為だからだろう。
「ともかくね。これはあなた達にとってもいい機会だと思うわよ? まあ負けっぱなしのままでもいいならどうしてもとは言わないけど」
「……」
その言葉に二人は分かりやすく眉を吊り上げ、内心で沸々と湧き上がる怒りと戦意がヒカリにはよく伝わってきた。
「ふっ、いい目になったわね。始める前に名前を聞かせてちょうだい。私はヒカリって呼んでね」
「……タストル」
「……アボネ」
「タストルにアボネ……よし、じゃあまずは港に着くまで通しで戦い続けられたら合格よ。その時は面倒を見てあげるわ。来なさい!」
ヒカリの声を合図に二人はサーベルを持つ手に力を入れ直し、彼女へ一斉に飛び掛かって再び投げ飛ばされ始めた。
「なんだかすごく目に掛けてるようだけど、あの子たちの何をそこまで気に入ったのかな?」
「えっと、今のとこ分かってるヒカリさんの好きなもの……家族、かわいいもの、戦うこと? でもこっちの世界にしかないものは大体喜んでる……」
「いくつか武術等を習得しているらしいからな。相応の才能でも見出したんじゃないか」
「それよりよお。港に着いてからあの海賊どもをどうするか考えねぇとマズいぜ」
「確かにそうですね……街の管理下に置くとしても、突然あの人数は……」
*
そうして二時間ほどの船旅の末ノトホッスへと戻ってきた一行。
アダムたちの乗る小型帆船が港に入り、ヒカリが支配している海賊船も後に続き、繋ぎ止められた巨大ザメが痛いほどの存在感を放ちながら入港した。
「帰港! よし、じゃあアンタたち! 私がいいって言うまで降りてくるんじゃないわよ! 略奪なんて気の迷い起こしたやつは絶他意ブチ殺すからね!」
「へい姐さん!!」
「お待ちしてやぁす!!」
「お尻いたい……」
※
《これはひどい》
《言葉つよw》
《いつの間に海賊の頭になったんだ…》
《ほんとに調教してるよウケる》
短い時間で海賊たちの心に絶対的な力の差による恐怖を植え付けて服従させたヒカリは、間違っても彼らが街を襲い始めないよう当人たちにも理解しやすい言葉で釘を刺していた。
そして一人船から降りたヒカリは、帆船の方へ出迎えに来ていたギールコンと話すアダムたちの元へ向かっていった。
「おぉヒカリ! あんたがあのサメを捕まえてくれたんだって!? 魔獣まで倒して凱旋たあ派手な……」
「ギールコン?」
意気揚々といった様子で機嫌良さそうに声を掛けてくる男に対し、ヒカリは突如としてその足下に電流の鞭を叩きつけた。
その場の皆が驚いて彼女の様子を伺うと、鞭を持つヒカリは寒気がするほど冷たい印象を与える笑みを浮かべていた。
「はい?」
「頭が高い」
「はい」
ギールコンは迷うことなく跪いた。
そうしなければならない理由にも原因にも心当たりはないのだが、彼女から発せられる威圧的な気配が強すぎるが故にそうする以外の選択肢が頭から逃げ出してしまった。
「え……? あっ、あの……! 突然どうされたのですか……!?」
「……彼になにか思うところでも?」
※
《!?》
《どうしたいきなり》
《なんか怒る要素あった?w》
《マジで前兆なくて草》
《んーまあなんとなく察せられるけどな》
「まだ気付かない? あんたが行けと言った場所で海賊と魔獣が同時に現れたのよ? これって本当に偶然なのかしらね」
「なんだって……?」
唐突すぎる蛮行に誰もが戸惑う中、彼女が思い至った仮説を口にしたことで、その言葉は今まで一行が抱いていたこの依頼への印象や感情に大きな一石を投じることになった。
ノトホッスへやってくる切っ掛けとなった依頼。それによって海へ出て例のサメを捕獲すること。そのための人員の選定。
考えてみれば全てがこの男の意思によって決定されていることなのは確かだった。
「でもあんなに大それたことを彼一人が仕組めるものかな?」
「そうです……! ギールコンさんは人脈こそとても広いですが、海賊と繋がりを持つなんて考えられません! ましてや魔獣だなんて……!」
「ていうかコイツにそんなことする度胸ないし。あったらとっくに死んでる」
「そ、そうそう! なによりそんなことする理由なんてないだろ!? 俺は究極の料理を作るためにあんたらにその食材集めを頼んだんじゃないか! それがどうして海賊なんかにあんたらを襲わせなきゃいけないんだよ!」
※
《そんなことある?》
《街ぐるみぐらいないとむずくね?》
《やろうと思ったら無理じゃなさそうではあるけど》
彼とそれなりに付き合いのある組合の者たちは人柄から、アダムら傭兵たちは実際に起こったことが人の手で誘発させ得ることができるかどうかという観点から、それぞれ彼女の考えが現実的ではないことを指摘する。
ヒカリとしてもこの仮説が正しいと確信しているわけではなかったのだが……。
そこで思わぬ方向から彼女へ加勢が入った。
「……いや、あながちあり得ねぇってわけでもないんじゃねぇか?」
その言葉にアダムとアトリエルは少し虚を突かれたような表情でランドロックを見やった。
「俺さま達をあの海域に誘い込んで魔獣に襲わせる理由だろ? おめぇに無くともそれがある奴はいるんじゃねぇのか、よぉアダム。おめぇに因縁深いあの連中とかよ」
「な、に……?」
※
《マジ?》
《鍛治キチがよく考えたな》
《そこ繋がる!?》
《いや誰のことだよ》
アダムは己の首あたりの髄から噴火が起こるような熱が登り、それが頭の中で一瞬にして凍てつくような殺意によって冷え固められる感覚を覚えた。
それほど彼がその集団へ向ける恨みつらみは強いものであり、もしも本当にギールコンがそれらと関係のある人間であったとしたら、彼は自分が目の前の男に対する非道を自制できる自信がなかった。
「こっちの存在をどこまで考慮してたかはわからねぇが、少なくともドゥナダスの騒ぎで奴らはおめぇらのことをしっかり認識したはずだ。奴らその道に関しちゃ専門だろうからな……あの魔獣が生息してる場所を特定して、コイツを利用して俺さま達を誘導し殺すなり観察するなりしようとしてたのかもしれねぇな。あくまでも可能性の話だが」
「それでも影も形もなかったそんな可能性が突然現れるくらい、さっきのことは偶然と言い張るにはちょっと出来過ぎなの。白状するなら今のうちよ? 何度も繰り返してからじゃこんなに優しく聞いてあげないから」
「うぐ……」
実のところヒカリとしては己の仮説を論理的に証明する材料が足りないことは自覚しつつも、初めに詰めた際のギールコンの反応によって既にある程度真偽を見極めていた。
故に今すぐ観念させようと半ば強引な尋問を始めたのだった。
ちなみにこの一度目以降がここまで優しくはないという彼女の言葉は本気である。
「……じ、実はだな……」
そうしてギールコンはこれ以上白を切り通すのは無理だと思ったのか、こんな状況が出来上がる切っ掛けとなったある出来事を説明し始めた––––。
それはあんた達に依頼を出す前日のことだった。
俺は組合近くの酒場で呑みながらこれからの材料集めを誰に頼むか考えてたんだ。
最近とびきり腕が立つって噂のあんた達の噂を聞いてたもんで、これだと決めると早速依頼を出しにギルドへ向かおうとしたんだが、そこで妙な奴らが現れたんだよ。
「な、なんだお前ら……警邏隊がすぐそこにいるぞ」
黒い装束を被って人相がわからない何人かに囲まれてな。
最初はバカな考えを起こしたどこぞのガキどもかと思ったんだが、そう人通りの少なくないその場所で事を起こすつもりなこと、その割に至って落ち着き払ってやがるのが不気味で只者じゃねぇのはすぐに分かった。
それで近くにいる警邏を呼ぼうとしたんだが……。
「おい誰か––––」
「驚かせたことには謝意を示そう。けれど貴方には是非頼みたいことがあるのだよ。他ならぬ貴方にね」
そいつらの声が耳に入ってくるとどうも意識が朦朧とし始めてな……気付けば大人しく奴らの話を聞くってことしかできなくなってやがったんだ。
おそらく何らかの魔術か呪具か……そういう特殊な方法で他人を従えることができるんだろう。
「ああ……頼みってのはなんだ……?」
「簡単なことだよ。君は例の料理の材料を集めているんだろう? だからドゥナダスにいる腕利と噂の傭兵に依頼を出そうとしている」
「ああ……その通りだが……」
「その依頼を我々の実験のために利用させてもらいたくてね……」
「……そういうわけで、俺はほとんど操られてたようなもんなんだ! 指示されたこともただあんた達を特定の場所に誘導するってだけのことで……あんた達を陥れるつもりはなかったんだよ!」
「それ私がいた国だと有罪なんだけど?」
「そもそもその言い分も本当かねぇ。操られてんだったらどうとでも言わせられんだろ」
「言い出すとキリがないけど、まあ信憑性はないね」
※
《洗脳かー》
《ギルティー》
《まあしゃあないな》
《確かにふかしかもしれん》
《とりま海水責めにしてみようぜ》
ギールコンの一連の説明を聞き終えたヒカリ達の頭には、頭に血が上っていたアダムでさえも呆れの感情ばかりが湧いてくる。
油断をしてあっさりと正体不明な人間の手に落ちた不甲斐なさにではない。己の過ちを認められずにみっともなく言い訳をする今のこの有り様にだった。
「……とりあえず今の情報に関しては後日改めて話し合うとして……自白までしている以上、ここからは都警に処分を付けさせるところだが……」
「あらら……”魔獣の生息する地域へ人間を誘致・拉致・放置する行為”となると、”四大陸国際公法”ではたしか……死罪だったような……」
「ひひぃぃぃ!? か、勘弁してくれ! いやください! 命だけはぁ! このまま究極の料理を食べられずには死にたくねぇ!」
「惜しいのそこ……?」
※
《普通に警察に突き出すのが無難ではある》
《一発くらいぶん殴っていいだろ》
《あーなるほど…》
《確かにこの世界じゃ罪重いよなぁ》
《情けなくて草》
《コイツ本当に反省してる?》
必死に命乞いをするギールコンを傍目に一行は頭を悩ませる。
彼の言う黒装束の者たちが何者なのか、もしかすると本当にアダムに因縁のある存在なのかというところもそうだが、なによりも今はこの男が出した依頼をどうするかという点に尽きた。
一度受けた仕事は基本やり遂げる心情の彼女らだが、その依頼を出した雇用主自体が敵対者の手駒にされていたとなると話が難しくなる。
しかしヒカリ個人としての方針は既に決まっているようだった。
「操られてたのが本当なら彼自身の罪とするかは難しいところだし、ここは私たちで沙汰を決めることにしましょうか」
「なにか案でも?」
「まあね。一応聞いとくけど。例の料理を作りたいっていうのと、そのために私たちの力が必要だっていう気持ちは本物なのよね?」
「も、もちろんだ! そいつをあんた達にも食わせてやるってのも約束するから!」
ヒカリがギールコンに彼が出した依頼の内容とそこに込められた意思に嘘偽りはないかと確認し、彼は焦りながらも誠実な回答を用意し、彼女は改めて意を決するように一つ頷いた。
「それならこうしましょう。まず依頼はこのまま続ける。彼が操られてるならこれからもその連中が用意した罠が待ち構えてるでしょうけど、そこは力で押し通ります。最後にその究極の料理を作ってもらうわ。そこで私たち皆んながそれだけの危険を冒すだけの価値があるって、そう評価できるぐらいの代物だったなら免罪とする」
※
《マジか》
《まあこいつならいけるか…》
《結局その料理食べたいだけでわ?》
《そんなんで許しちゃっていいのー?》
「なるほど。なんにせよ一度受けた依頼は最後までやり遂げたいといったところか」
「まあそんなとこ。そんな感じでどうかしら? なんならここからは私だけでも構わないけど」
ヒカリが提示した赦免の条件は、地球側の人々にとっては少々甘すぎる裁定ではないかと思わずにはいられないだろう。
それだけ彼女と他者の感覚に差異があることは既に多くの人々が理解していたことであり、事態の深刻さに比してあまり動揺はないようだった。
「うん。ヒカリちゃんがそうしたいならいいんじゃないかな。ボクもとことん付き合うよ」
「俺さまはその方が都合がいいぜ! もっと俺さまの魔弓が爪を振るうところを見せてもらいてぇからな!」
「わ、私も……皆んながいいなら……」
「決まりね。分かったわねギールコン。あんたの未来はその料理の出来に掛かってるんだから。肝心の調理を失敗なんてしないようにしっかり準備しときなさいよ!」
「わ、わかったよ! 絶対後悔させねぇって!」
「お二人にも迷惑を掛けた。後は我々に任せてくれて構わない」
「うーん……いえ、一度関わってしまったことですから、私はこの一件を最後まで見届けることにします」
「私も、究極なんたらはいらんけど。国際裁判に立ち会うの初めてだし」
「おいベル! 勝手に失敗する前提で話進めんじゃねぇ!!」
「ギールコン、頭が高い」
「はい」




