14話 配信者とカレスデルフ
エラヴロ・ワルキューバからの依頼を受けたヒカリたちは、旅の支度を済ませたその日のうちにドゥナダスを発つことになった。
そのため諸々の準備を済ませてから今回旅路を共にする者たちは、一旦街の出入り口となる関所の目の前に集合したのだが、少し遅れてやってきたヒカリの姿を見てアダムとイズナ、そしてエラヴロの三人は少々困惑していた。
「さて、皆んな準備できてる? 馬車はいつでも走れそうね」
「準備はもちろんできているが」
「あの、その服って、どうしたんですか……?」
「ああ、これ?」
ヒカリは変わらずアダムが用意したギルドの衣服を着用していたが、その上になぜかそういった作品でよく見るように、オーバーコートの形式で作られた全体的に赤い配色の軍服らしきものを肩に羽織っていた。
さらにそれらとセットになっているかのように頭に軍帽も被っており、そのデザインはアダムたちにとっては見慣れない様式で、配信を見る視聴者にとってはとても地球的と言えるようなものだった。
「ノアが言うには、今日配信でギフチャットっていうのを使えるようにする予定らしくてね。それを使えば向こうの世界と物品のやり取りができるようになるんですって」
「ふむ、最初の頃に見せられたあの転移の技か……」
「それで実際に使えるようにする前にノアから提案されてね。趣味でコスプレ用の衣装とかアクセサリーを作ってる人から接触を受けて、仕事中はこうして送ってくれたもので着飾ったりすることにしたの。せっかくたくさんの人が見てる前だから、こういう変化があってもいいでしょ?」
※
《ノア:一応は事実上今世界で一番注目されてる配信の主役だからな。こういうサービスというか細かなイベントみたいなもので絵面を華やかにするのもいいかと思ってな》
《いいねー!》
《かっこいいな!》
《ノアきゅん一生ついていきます》
《どんどん規制が強くなってくだけのつまんない環境になると思ってたわすまん》
《めっちゃ出来よくね?誰が作ったんこれ》
「そ、そうですね。なんだか前よりすごく凛々しい感じするかも……!」
「ここ、これは……なんてメタメタに優れた衣装なのでしょうかっス!! 麗しの姫君と表現すべき繊細な美しさを備えたヒカリさんがこの衣装を羽織った途端その印象がガラッとひっくり返ってまるで毒を持つ花のような危うい雰囲気を漂わせていて正統派な美貌のお姫さまから妖しい魅力を醸し出す女王様に変身したかのようでそういう趣味はないはずなのになんとなく強く踏まれたい衝動が湧いてくるような気がするっス!!」
※
《お、おう》
《突然の早口》
《順応早いなこいつ》
《まあ言ってることは同意》
《ギフチャ限度額まで払うので踏んでください!》
アダムはなんとも言えない表情で特に言うことはないという様子だったが、あとの二人や視聴者には概ね好評のようだった。
ヒカリ自身もこういった自分も楽しめるやり方で周りの人々が喜んでくれるならと、これからも積極的に様々な活動をしていこうと考えたようだった。
※
《ノア:てことでこれからはM/D氏がちょくちょくいろいろなもん送ってくるみたいだから期待してな》
《M/D:よろしくね〜》
《ありがてぇ》
《最初から付いてたノアきゅん以外だと初のコテハンだ》
《プロのデザイナーだったりする?》
《服のデザインとかイニシャルで知ってる人ドンピシャかもw》
《↑ネットリテラシーを守るくらい子供でもできるぜ》
そうして衣装についての話を付けた彼女らはようやく出発する準備が整ったのだった。
「さて、今度こそ仕事の時間ね。装備よし! 四日分の食料よし! 依頼人よし! 皆んな忘れものはないわね? それじゃあ出発するわよ!」
「自然と仕切り出したな」
「やっぱり、三つしか歳に差がないとは思えない……」
「これがカリスマってやつっスね! さすが光姫様っス!」
※
《大げさな》
《でも実際あると思う》
《明るくて活発な性格に反して見た目は儚げなお姫様っぽい感じで1人で二度美味しいところが最高》
屋根付きの四頭立てとなる、ギルドが派遣した御者が操る大型の馬車に乗り込み、アーユグラへと向かう片道四日の旅が始まった。
「それにしても、ギルドが馬車とその御者まで貸し出してるとはね。支援が手厚いと言うべきかしら」
「四大陸のどの国でも、街の外に出るのはいつ魔獣に遭遇してもおかしくないということだからな。どれだけ腕に自信のある人間でもいざ魔獣と相対した時生き残れるかは最後までわからん。常に命がけの仕事になる以上ギルドが貴重な人材への支援を惜しむことはない」
「いやぁ、マジで傭兵の皆さんは尊敬してるっスよ! 家の近所でよく問題起こすチンピラを黙らせてくれるの助かってるっス!」
「それ傭兵がどうのって話じゃない気が……」
数日前この街へやってきた時と同じ道をしばらく進んでから馬車は途中で進路を変える。
今回の目的地であるアーユグラはドゥナダスより大陸の中央、東側に近い場所に存在するため今までとは違う道のりを行くことになるのだった。
「ねぇノア? そういえばこの配信でもギフチャットが利用できるって話だったけど、今はもうできるようになってるのかしら?」
※
《ノア:それなんだが、金額で露骨に気を引こうとしたり荒らし同然になるやつも絶対出てくるし、配信を見てる人数から想定できる量的にわざわざ見えるようにするのもヤバそうだから非表示にしてるぞ。今もかなり大量に来てるから今回の仕事が終わった頃に合計額でも見てみるか。預言者がギフチャットで貯まった金額をそっちの世界で実際の利益に変える仕組みも用意してるらしいぞ》
《へぇ〜》
《まあ非表示は懸命だな》
《可視化してもヒカリちゃん側にいい結果にならないだろうし妥当》
《ギフチャでコメント欄埋め尽くされてるのたまに見るけど正直キツいしな…》
《預言者もうなんでもありじゃん》
《今同接700万超えてるしその内何人がするかはわからんけどエグい額になってそうww》
「おっけー、とりあえず今は仕事に集中ってことね。まあ魔獣に遭遇しでもしない限りただ馬車に乗ってるだけになりそうだけどね」
それから彼女らは旅の初日を魔獣やそれ以外の荒事に出くわさずに過ごすことができた。
群体を形成する魔獣のナワバリを避けるため深い峡谷の底を数時間進み続け、幹から枝の先までがS字と言えるほど捻じ曲がった木々の森を掻い潜った先の平原で一夜を明かした。
そして朝にしばらくして、彼女らは暴風が吹き荒れる曇り空の下、そこら中で横向きに雷が迸る荒野を進んでいた。
「ふぅん、じゃあその島で生まれてから、紆余曲折を経て結局ドゥナダスに居着いたってわけか」
「まあそういう感じっスね」
「でも少し不思議ね。あなたが永住を選ぶとしたらミレスター公国の首都が一番じゃないの? たしかそこがメリャンコラが活動の拠点にしてる場所なんでしょ?」
「あー……そうなんスけど、ちょっとね……昔いろいろあってあの辺には住みづらいんスよ。個人的に……」
「そうなの? まあいいけれど」
※
《ん?》
《どしたん?話聞こか?》
《無理に聞こうとしないのやさしい》
《仕事の付き合いでそんなのいちいち聞いてもしゃあないしな》
《仕事だからとかその程度でヒカリが他人に踏み込まない理由になんてならないね》
《↑おまえは誰なんだ》
ヒカリは雷鳴が甲高く轟く中でも気力が衰えずに、エラヴロなどと積極的にコミュニケーションを取り親交を深めている。
そんな彼女の様子に時折変化する環境の景色以外は絵面が地味になりがちな移動ばかりの最中も、視聴者の大半があまり退屈することなく配信を見続けられており、既に物珍しさやこの配信が世界から注目されているからなどといった色眼鏡を抜きにした固定客を数多く獲得しているのだが、そのことに現状気付いているのはノアぐらいのものだった。
「……ム? ヒカリさん、少しよろしいですかな」
「えぇ、どうしたの?」
そうして談笑を楽しんでいた彼女たちに割り込むように掛けられる声。
それは彼女らが乗る馬車をずっと操って進ませ続けてくれている御者のものだった。
ギルドの一員として様々な状況に対応する訓練を受けた人間でもあるその人物が、わざわざ傭兵側に声を掛けるというのはそう簡単にあることではないとアダムの表情が引き締められていった。
「正面の進路上、ほんの二カフル程の場所に二人分の人影が。この天候でなくとも街の外を徒歩で移動しているところ只者ではないかと」
「なるほどね。接触してどうなるかはまだわからないけど、警戒を怠るべきじゃないってことよね」
「この距離からでも何をしてくるかわからん。いつでも迎撃できるようにしておけ」
※
《なんだなんだ》
《異世界ではお約束の盗賊じゃない?》
《この天候でヒャッハー決行は気合い入りすぎだろwww》
《普通の盗賊なら負ける要素ないな、風呂入ってくる》
《↑おいやめろ》
風に巻かれた粉塵によって不良となっている視界のせいで離れた場所にいるその二人組の姿はよく確認できないが、コメントなどで多く挙がっている盗賊だということも十分あり得る可能性だった。
しかしヒカリの優れた直感がそれに否と訴えかけている。
あの二人がただの盗賊だというのなら、今も正面から堂々と姿を隠すことなく近付いてくることも、まだ百メートル以上も空いた距離からでも肌を刺すように感じるその殺気を隠すことなく垂れ流しているということもないはずだった。
そして少しづつ距離を詰めてくる二人組だったが、突如としてその片方の人間が体全体を引き絞るように屈み始め、次の瞬間には空高くへ一気に飛び上がっていった。
「跳んだ! 一息に来ますぞ!」
「任せて!」
ソレがこちらに向かって飛んでくることは容易に予測できるため、ヒカリは背に光の翼を作り出して空へ舞い上がり、飛来するソレを迎撃しようと空中で待ち受ける体勢となった。
「ぐにゃほぅッッ!!」
「んっ……!?」
だがその人間は高い位置で横向きに迸る雷に打たれ、操り人形の糸が切れたかのように身体から力が抜けて、手足を投げ出した体勢でヒカリの手前の地面に墜落してしまった。
「んご……ぎゅひゅ……!」
「…………」
※
《えぇ…》
《なんだこいつ》
《即落ち2コマ》
《こんな天気で飛ぶから…》
《今ので生きてるなら体の頑丈さだけは確かなんだろうけど》
「……っもう一人!」
ヒカリはこちらへ飛び掛かってきた時点でほぼ戦闘になることを確信し、相手が相応の強敵であることを覚悟して身構えていたところにこの予想外の事態となり、少しの間呆然と気が抜けそうになっていた。
しかしまだ大きな動きを見せていないが故に注意の外にいたもう一人の人間の存在を思い出した。
その瞬間になにか鋭い飛翔物が馬車へ迫っているのを察知し、即座にその前に移動して魔術の光弾によって赤い魔力を纏った岩の矢を撃ち落とした。
「フン、この程度の攻撃は防ぐか。呆気なく終わる心配はなさそうだな」
「めゅひぃぁァァ……そらええこっちゃ! こないべっぴんさんがどんだけ楽しませてくれるか、楽しみやのぉ!」
「あなた達、一体何者なのかしら?」
※
《うーん、これは三下》
《また関西弁だ》
《あれでも普通の人間やけど》
はっきりと声が届く距離まで近付いてきた一人と、その隣でなんともないという調子で立ち上がる雷に打たれた一人。
岩の矢を放ってきた方は、背はヒカリより少し低め、空色の髪に獣の爪がいくつも束ねられたような耳飾りを身に付け、一本の短剣を逆手に持ち赤い魔力を漂わせている。
雷に打たれた方はヒカリより高い背丈、緑色と黄色が入り混じった髪と異形の心臓らしき耳飾りを身に付け、荒ぶる衝動につき動かされるように体を震わせながら青い魔力を漂わせていた。
「“恒影大兵団”だ『や!』」




