15話 VS『紅獣』と『蒼獣』
「うぇぇぇ!?」
「なっ! カレスデルフですと……!?」
「なに? 危険な組織なの?」
「赤翼大陸に本拠地がある大規模な傭兵団です!」
「傭兵組織?じゃあ私と同業ってこと?」
「大きな括りではそうですな……傭兵ギルドは四大陸に存在する十数ヶ国の連盟によって設立された完全に中立な立場の国営組織ですが、カレスデルフはその昔少数の個人によって立ち上げられ、長年あらゆる国やそれに類するものの介入を受けずに活動を続け、今や一国家に匹敵するほどの武力を持つと言われ厳重注意組織として指定されているのです!」
※
《ふむふむ》
《競合他社的な感じ?》
《ギルドが国際的な組織でコッチが民間軍事会社みたいなもんか》
《所属が違うだけで業種は同じなわけだ》
《なんでそんなのが襲ってくるんだよ?》
この文化に馴染みのないヒカリとしても、仮にも同じ傭兵に襲撃されるというのは、御者の男の狼狽えようを見ればそれがどれだけの非常事態かを察するに十分だった。
しかも目の前にいる二人の男はどう見積もっても殺す気満々、ここから話し合いで解決しようと思えば、こちら側がどんな手を使っても殺すことのできない圧倒的な格上であることを思い知らせるくらいしかないだろうが、ヒカリ自身はまだ自分の底力を把握できていないことと、相手の実力もまた未知数であることから、一旦戦闘の末に男たちを無力化するという道筋を頭の中で計算し始めた。
「ふーん……で? あなた達は傭兵としてここに立っているのかしら、それとも仕事抜きって考えるべきなのかしら?」
「今から死ぬおまえが知る必要は……」
「そらもちろん仕事やわ! ワシらお上には逆らえへんからなぁ、そんくらいしゃあない時でもないと、そっちのガキんちょまで殺すなんざ身にならんことなんかせえへんわ!」
「へ……!?」
「……イズナまで標的ってわけ?」
「今日ここを通る馬車に乗っとる人間は全員殺せぇ言われたからなぁ。まぁ正直気が乗らん仕事やけど、お嬢ちゃんがワシんこと楽しませてくれるんやったら、他のもんは楽に殺したるわ!」
「……いらんことまでベラベラ喋りやがって……もういい、さっさと終わらせるぞ」
※
《は?》
《ひえっ》
《ヤバすぎじゃん》
《子供は流石にライン超えだろ!!!》
《殺人の依頼まで受ける黒い組織だったかー…》
《ただのマフィアだな イズナを守るためだしこいつらはどうなってもいいね》
ヒカリはその会話で男たちの冷酷さを見誤っていたことを悟った。
彼女にとって子供を虐げるという行為は禁忌の所業、況してや手にかけようなどというのは言語道断、もはや言葉を交わす価値もないと断じ、脳内で想定していた戦術を書き換えてより情け容赦なくねじ伏せる戦いに思考が固定されていった。
「さぁて、ガッカリさせんといてやァァァァァァァ!! ごッおォッ!!?」
「ッ……!」
押さえつけていたバネが弾けるように飛びかかってくる長身の男だが、ヒカリはその懐へ一瞬で潜り込んで互いが高速で迫る勢いのままに肘鉄砲の体勢でぶつかり、彼女の肘骨は男の鳩尾へ深く突き刺さった。
「はッ!!」
「ぶぐェ!!」
間髪入れずに彼女は体勢を立て直す際の反発を利用して体を捻り、流れるように放たれた後ろ回し蹴りが男の頭に命中する。
男は鈍い音と共に錐揉み状に回転しながらかっ飛ばされていった。
「……次」
「うわぁ、迷わず内臓に頭! 容赦ないっスねぇ」
「戦いとか基本ないとこから来たって言ってなかったっけ……」
「さすが、ヘイルダム殿が見出されるだけはありますな」
※
《つえええwww》
《空手じゃん今の!》
《綺麗に入ったなぁ》
《ギャグ漫画みたいにふっ飛んでったけどw》
《普通の人間なら普通に死んでるぞ、なんで生きてんのあいつ》
「(彼女の真価が試されるとすればここから……“他者の魔術”という常に未知であることが前提となる概念に対する警戒心と対応力、そこで勝敗が分かれる……)」
今までの彼女を見ていた人々の大多数は、彼女が人間と戦うようなことになった時、初めはやはりできる限り危害を加えようとせずに大人しくさせるなり気絶させるなりして穏便に事を運ぼうとするのだろうと考えていた。
事実ヒカリは襲いかかってきた者が最低でも殺す相手はしっかり選び、子供には手を出さないという人としての決定的な尊厳を守ってさえいれば、ここまで慈悲をかける余地もなく仕留めにかかってはいなかっただろう。
「チッ、いつまで経っても遊びすぎる癖が直らんな……」
倒れ込んだ男は今の攻撃が致命傷になったのか否か、手足をばたつかせてもがき苦しんでいる様子だったが、もう一人の小柄な男はそれに一瞥をやっただけですぐに関心をなくし、肉食獣が爪を剥き出すような形に開いた手へ赤い魔力を集め、体を低くして狩りを始めるかのように体を引き絞っていく。
「……」
「……」
男は先ほど見た彼女の並外れた瞬発力と鋭い技の威力から軽はずみに飛び出すことができず、ヒカリはアダムの懸念通り男がどのようにして戦うか、どのような魔術や戦法を使ってくるかを警戒しており、自分から口火を切ることができなかった。
「んんんんん……きんもぢィ〜〜〜〜〜!!」
「ッ……!?」
※
《うわ》
《そっち系かい》
《だいぶ子供に見せたくなくない?》
その膠着状態を終わらせたのは、近くで倒れ込みもがいていたはずの長身の男だった。
男はみぞおち、内臓にすると胃や肝臓が潰され、頭蓋骨が砕けていてもおかしくはなかった。
しかし先のヒカリの攻撃がまるでなかったかのように……いや、まるでそれによって至上の快楽を感じているかのように、眼球は裏返り舌が垂れ歪んだ笑顔を浮かべて奇声を発していた。
「シッ!」
そんな人間らしからぬ怪奇的な様子にヒカリが面食らい、注意を逸らしたそのわずかな隙を突いて小柄な男は一瞬で彼女の目の前まで距離を詰め、彼女の顔面へ赤い魔力を纏わせた手刀を突き込んだ。
「く……!」
しかし彼女の顔が裂かれるかどうかあと数センチという時、不意に男の視界に強烈な光が明滅したことで咄嗟に狙いが逸れてしまい、ヒカリは間一髪というところで手刀を躱し、反撃の掌底で男の胸を打ち距離をとった。
「嬢ちゃんごっついのう! それやそれや! もっと気持ちよぉしてくれやァ!!」
だが次の瞬間待ち望んだ順番が巡ってきたかのように長身の男が飛びかかってくる。
その攻撃は小柄な男とは違い大雑把で無駄の多い動きだが、型に嵌まらず計算の気配もない野生的な動きはかえって対処しづらく、劣勢とまではいかないまでもヒカリにとって少々手を焼く相手であるようだった。
さらに小柄の男はすぐさま再び突撃してきて左右から同時攻撃を受ける構えとなる。
ヒカリはそれでも巧みに両者の攻撃を捌き直接の被害は避けているものの、いつまでもこの状況が続けばどうなるかわからない程度には余裕がないようだった。
「あわわ、さすがに強いっスね……! カレスデルフの傭兵が二人がかりでなんて、いくらヒカリさんでも厳しいんじゃないっスか!?」
「あ、アダムさん……! 助けにいかないんですか……!?」
「イズナさん。アダム殿は自分まで参戦してこの馬車が無防備になるのを危惧しておられるのですよ。敵が伏兵を忍ばせていた場合、戦う力のない我々三人に万が一のことがないようにとね」
「そ、そっか……」
※
《なるほど》
《まあしゃあない》
《これがあるから難しいんよなー》
《やっぱトリィも連れてきたほうがよかったんでないの?》
《それだと今度は街が危ないだろ》
《ヒカリが彼らに勝てばなにも問題ないよ》
「(その通り。彼女一人の手で勝利できるならそれが一番。さすがに命が危ないとなったら俺も出る……だが彼女はこの程度で負けるほど底が浅くはない、と俺は見ているが……)」
アダムの推測はおおむね的を得ている。
ヒカリが現状劣勢のように見えるのは、彼女の心中にに沸々と煮えたぎっている怒りを、より肉体的に実感できる方法、直接自分の手で触れる形での攻撃によって相手にぶつけたいと考えてのことだった。
つまりこの反撃を許されないほどに押されているように見える状況も、彼女が魔術を使い始めれば容易に覆せる程度の劣勢ということである。
彼としてもヒカリにここまで熟達した武術の腕があることは想定外だったが、それこそが初めは自分も手を出すべきかと思案していたところに、その必要もなく馬車を守ることに専念して問題ないと判断できるものだった。
「(確かに正面から堂々と襲ってくる自信に負けないくらいには腕が立つようね。でもこれが本気だとしたら、二人がかりでも師匠の方がずっと強いわ)」
「どないした嬢ちゃん! 守ってばっかりやないか! そないにしんどいんやったら手加減したってもええんやでェ!?」
「無駄口を叩いてる暇があったらさっさと攻撃を当てやがれ!」
「(それにあまり長く足止めをされるわけにはいかないのよね。今から迅速かつ確実に……潰す!)」
ヒカリは二人の攻撃を捌きながらあることを懸念している。
それはアーユグラで行われるメリャンコラのステージ、その期日だった。
それが開かれるのは依頼を受けた前日から四日後、今から三日後のたった一日だけであり、ちょうど自分たちが向こうに到着したところで彼女のステージを見ることができるというエラヴロの算段があったのだ。
しかしここでこの男たちにずっと足止めを受けてしまうと、最悪の場合アーユグラに到着した時にはすでにメリャンコラが街にいないという可能性すら生まれてしまう。
そうなれば落ち込ませてしまうだろうエラヴロやイズナへ償うことは難しいし、彼から受けた依頼もヒカリとしての基準では失敗と言わざるを得ない。
そんな結末を迎えないためには、自分ができる限り早急にこの男たちを片付けて一刻も早くアーユグラへ向かう旅を再開するしかない。
「(個々の力は強くとも心の通わない連携はそれ自体が付け入る隙になる。位置調整に加えてタイミングをずらして誘導してやれば……)」
ヒカリは今まであえて一切反撃せずに単純な後退と受け流しによって防御の体勢をとっていたが、次の一手を考えついてから、後方への移動量に緩急を付けたり、大きく体を動かして追いかけてくる男たちの調子を崩すよう振り回すなどして狙いに気づかせないよう立ち回る。
そして彼女が作った僅かな隙に小柄な男がまた手刀を突き出してくるが、それを回り込むように躱して同時にその体を盾にする。
そうすると、彼女の動きに動物的な反射神経で追いかけようとした長身の男が小柄な男と互いの進行を妨げるようにぶつかってしまった。
「むッ……!?」
「あァん!?」
それはヒカリが思索を巡らせてからこの結果を迎えるまでのほんの数秒の出来事。
今彼女の正面には体が重なった状態で、想定外の事態にほんの少しの間状況が呑み込めずにいる二人の男がいる。
そして彼女は満を持して魔術を行使し始める。
まずその背に負うような形で幾重もの魔法陣を作り出す。
次にその魔法陣の上で火薬を始めとした“燃料”と、周囲の大気を集めたものを中心とした“酸化剤”を生み出した。
それらをまとめた“推進剤”を、背中の魔法陣を噴射口のようにして燃焼させ、ロケットエンジンに近い原理で爆発的な加速力を得て前方へと進んでいく。
「(魂まで響け……ッ!!)」
ほんの一瞬の間にそこまでの工程を踏んで飛び込んでくるヒカリには、さすがの男たちもぶつかって崩れた体勢を立て直せてはいなかった。
彼女はそんな二人のちょうど重なり合った胴体の部分へ目掛けて、加速の勢いを乗せた両手での掌底を叩き込んだ。
––––––––瞬勁・爆迫––––––––
「があッッ……!!?」
「ぐぼァッ!!」
それは中国武術に伝わる発勁というものに近い技だった。
発勁の基本である“生み出した力を体を通して伝える”という動きを、伝える力がごく小さなものになるが、最小限の動きで瞬時に相手へ攻撃を当てることを目的とした技。
それが瞬勁、彼女に武術を伝授した師匠の一人から教わった秘技である。
それと魔術による飛躍的な加速を組み合わせることによって、あの一瞬の隙を突いて発勁を最大限の力で二人に打ち込むことができたのだった。
瞬勁を受けた男たちは血反吐を撒き散らしながら吹き飛んでいく。
そしてヒカリが残心のような形で静かに構えを直していると、馬車の方からエラヴロによる一人分の拍手の音が聞こえてきた。
「ひゃー! さっすがヒカリさんっスね! あの強敵たちを二人まとめてぶちのめしちまったっス!」
※
《つえええ》
《上出来って感じネ》
《光纚ちゃんすごい!かっこいい!》
《一瞬でよく分からんけどなんか勝ってたw》
《ノア:早すぎて見え辛いし後からスピード調節して見返せる機能作っとくわ》
《サンキューノアきゅん》
《いつもおりごとうでござい》
本人としてはできる限り早く決着をつけるための最適な動きを選んだだけだったのだが、それを傍から見る大衆の目には、小細工なしで正面から一気に敵を打ち破る勇敢なヒロインの勇姿として映っており、それは同時に自然と人々の注目を集めてしまう非常に稀有な天性の才能を感じさせるものだった。
「ちィ……! やってくれたな……!」
「にャほほほほ! ほんまにええ技持っとるなァ嬢ちゃん!」
だがヒカリの強烈な技を受けた男たちは大きなダメージを負っているものの、戦闘の継続に支障はないと言わんばかりに立ち上がってしまった。
「でぇぇ!? アレを受けてまだ立つんスかぁ!?」
「当たり前じゃ! そこらのガキとは鍛えかたがちゃうわ! しっかしこないに重い一撃は親父以来かもしれんのォ。気持ちえェだけやない、久々闘志に火ィつけてくれるやないか!」
「フン、今ので手を抜いていて終わる仕事じゃないのはわかった……ここからは出し惜しみなしでいくぞ……」
二人はまるで第二形態に変身するゲームのボスかのようにそれぞれの魔力を溢れ出させていく。
ヒカリは彼らがいつまで食い下がってくるつもりなのかと多少の苛立ちを覚えながらも、次はさらに痛烈な攻撃をお見舞いしてやろうと前へ踏み込む準備をする。
そして––––––––。
「なっ……!?」
「うわぁっ!?」
『ギシャアアアアアアアアア!!』
––––––––大地が、裂けた。




