12話 表の仕事と裏の仕事
「これは傭兵としての仕事着みたいなもの?」
「傭兵として活動する上で必要となる基本的な機能はあらかた備わったギルドの支給品だな」
ヒカリが座学の時間を終えた翌日の早朝。
街の様子も一旦の落ち着きを取り戻してきた頃に、今度こそ傭兵となって仕事を始めようかというところで、アダムたちが用意していたらしい傭兵ギルドが公的に制作した装備を身に付けていた。
その服は上下ともに革製に近い感触の白でシンプルにまとまっており、どこか格式の高さのようなものを感じさせるデザインは、優れたスタイルと浮世離れした美貌を備えるヒカリの姿と相まって、ギルドの意図に反してまるで王族の正装かのような気品のある雰囲気に仕上がっていた。
「その服にはそれなりに強力な防護魔術が組み込まれている。魔獣との戦闘でも多少は破損を防いでくれるだろう」
「悪くないわね。傭兵の正装として気に入ったわ!普段着には向いてないみたいだけど」
「アダムが一流の特権を使って一番いい材質のものを貰ってきたからね。先輩として恥ずかしくないようにだってさ」
「そういうことはわざわざ言わなくていい」
※
《いいじゃんいいじゃん》
《カッコよさげじゃない?》
《パイセンいきなり可愛いことするな胸が苦しくなるだろ》
《↑いきなり発作起こすなww》
《俺の職場の人らもバイトに高い飯奢って威厳出すみたいなのやってたわ》
《私の国でも一時期計画性のない散財で経済力をアピールするって謎のブームがあったな》
そしてヒカリの関心は服そのものから、今自分が身につけているそこに関係しているのだろう装備へと移っていった。
彼女の腰には服の上に幾つかの小さなポーチが取り付けられたベルトが巻かれており、さらに左胸には黒い金属に複雑な紋様が刻まれたバッジのようなものが付けられていた
「これも仕事に必要な装備なの?」
「複鞄帯か。必須というわけではないが、薬や小道具に小さな魔術道具等を入れておけるから大抵の傭兵は活用しているだろう。持っておいて損はないぞ」
「なるほどね。こっちの記章は?」
「それは、その記章を身に付ける傭兵が本人かどうかを確認するための証拠のようなものだ。忌々しいことに傭兵の身分を騙ってよからぬことを企む人間もいるからな……魔術で調べるとそれを今身に付けている人間が本来の持ち主かどうかを判別することができる」
「へぇ、これが傭兵としての身分証ってわけね」
「それにヒカリちゃんの魔力を刻み込んで完成になるから、今日ギルドに着いたらやり方教えてあげるね」
そうして彼女たちは改めてギルドへの登録をするため、未だに破壊の爪痕が深く残るドゥナダスを歩き始めた。
街中の人々が協力して復興のために手と足を動かし続ける光景が至る所で見受けられ、魔獣を倒した彼らはまた名を上げたことでギルドへ向かう途中でもたくさん注目を集めていた。
「それにしても、この世界に来てから最初の街に着いて早々こんな有様になるなんてね。怪獣を送り込んできた奴ら、いつか念入りに懲らしめてやるんだから!」
「カイジュウ? 魔獣とは呼ばないのか」
「せめて呼び方だけでも普通の魔獣との差別化は必要でしょう? 悪の組織から送り込まれる敵と言えば怪人!でも姿は人型じゃないから怪獣ってわけ!」
「なるほど、君がいた世界の文化由来の呼び名ってわけか、いいんじゃないかな」
※
《怪獣かー》
《でかいからかと思ったw》
《怪獣なら初日のデブドラの方が合ってる》
《呼び方分けても本物と薬のやつとで倒すまで見分けつかなかったら意味なくね?》
《まあ名前同じなのもアレだしそれでいいんじゃないの》
そう話しながらギルドに到着したヒカリたちは、復興作業の合間休憩中らしい傭兵たちを傍目に今度こそ問題なく傭兵登録の手続きを進めていった。
「……はい。これで今から貴女は傭兵として任務を引き受けられるようになりました。最初は地味な仕事ばかりでしょうが、頑張って階級を上げていずれ重大な依頼を達成されるのを祈っておりますね」
「任せなさい! 私にかかれば一年も経たないうちに頂点に登り詰めてみせるわ! さて、それじゃあ記念すべき最初の仕事は何にしましょうか……」
「あー!! 見つけたー!!」
「え?」
※
そこはドゥナダスとは別の街。
そのどこか暗い路地を通り抜けた先にある隠れた建物の中は、あらゆるものが無残に荒らされ何人もの男たちが倒れて一面が血の海となっていた。
その空間の中心で何者かが蹲り、硬いものを砕きながら一心不乱に咀嚼音を静かな部屋に響かせていた。
「ぅぐ……ちく、しょ……!」
「!」
しかしその部屋の奥で倒れている男たちのボス格らしき人間が苦しげな声を微かにあげ、咀嚼音を鳴らしていたソレは敏感にその存在を察知して顔を上げる。
男は咄嗟にそばにあったデスクの裏側に隠れるが、徐々に部屋の中央からこちら側へぺたぺたと足音が近づいてくるのが聞こえてくる。
全身を蝕む苦痛を堪えて音を立てないよう息を潜めていると、いつの間にか音が止んでおり、諦めて出て行ったのかと男が息を吐いた瞬間、彼が身を隠していたデスクが真っ二つに裂けて吹き飛んでしまった。
「おあぁぁっ!? ま、待ってくれ! 金ならいくらでもある! 稼ぎはアンタらに納めるから! 五割、いや七割でどうだ!? 頼む命だけわぁ!!」
必死に命乞いの言葉を並べ立てる男だが、ソレの身体から漏れ出てくる黒い霧のようなものに触れた途端、その身体を這い回る苦痛は一気に激しさを増し、男は一瞬の痙攣を挟んでから糸が切れたように動かなくなってしまった。
「…………」
そんな様子を見つめるソレは男の体に手を伸ばし、その部屋にはまた咀嚼音と硬い物を砕く音が鳴り始めた。
そんな凄惨な空間に新たな客がやってきた。
「あーあーこりゃまた派手にやっとるねぇ。死体ぐちゃぐちゃになっとったらお上にあんまええ顔されへんのやけどなぁ……」
その人物は橙色の髪が肩ほどまである若い女性であり、その特徴的な口調に反して肌の色は紫ではなく耳は突き出ていなかった。
彼女は部屋の中の惨状に渋い顔を作りながらも躊躇なく血の海の中を歩き、ボス格の男の死体を損壊しているソレの近くに立った。
「ガイ! ちょおガイったら! まぁた時間忘れてちんたら仕事しよってからに! もうすぐ次の仕事やで!」
「…………」
ソレは女性の言葉に数秒動きを止めて口の中いっぱいに詰め込んだものを一気に飲み込んでしまった。
そして立ち上がったソレは血まみれの体を魔術で生み出した水で大まかに洗い流してから女性の方へ振り返った。
「もうそんな時間だったか……俺の飢えは時の流れをも喰らい尽くす……」
「単に腹にもの詰め込みすぎて頭ボケ散らかしてただけやろ。そないなことより仕事や仕事! 今回ばっかりはうっかりも厳禁やで、なにせウチらの隊に初めて来た最上案件やからな!」
「……! 最上ということは、あの御方が直々に下された命令ということか」
「せや、ウチらの隊が所属してる兵団、そのさらに上位の組織、“本島”の総帥がウチらをご指名なんや」
女性が口にした“最上案件”という単語を耳にした途端、どこか気の抜けたところのあった男の意識が一瞬で引き締まるのが外目からもわかった。
それは彼らにとって、いや彼らが属する組織の中の全構成員にとって何よりも優先される事項、“王の勅令”に他ならないからだった。
「だがそれほど重要な仕事なら親父が直接動くべきだと思うが、今どうしてる?」
「あー、それがやな……“なんや気が乗らんから今日は休みや”とか言うて家で寝てはるわ」
「……」
「仕事はガイと相方の2人でやれっちゅうことらしいで」
「チッ、あのバカが暴れても問題ないような仕事なんだろうな……」
*
また所変わって今度は人里離れた自然にできた仄暗い洞窟の中。
光を放つ魔石による照明が辺りを照らし出す奥地で、またしても多くの人間が無惨な姿となって倒れていた。
しかしこちらの死体は血まみれなどではなく、焼け焦げているものやグズグズと溶けているものなど、より一層異様な光景が作り出されていた。
「お”お”お”お”お”お”お”お”お”〜〜〜〜〜」
その空間の奥の壁際では、全身に鋭い棘が生えた大きな魔獣が倒れており、そちらもまた身体中が焼け爛れ泡を吹いて死んでいた。
そしてその巨体の下敷きになっているような体勢で何者かが死骸にしがみついており、奇妙な呻き声を漏らしながら僅かに身じろぎをしていた。
「まったく凄惨な有様だこと……うっ、ひどい臭い……やはり品のない仕事ばかりでみっともないですわ……」
その空間に新たにやってきたその女性は、脚の中ほどまである豊かな赤紫の髪と豊満な身体が特徴的な気品ある佇まいをしており、大量の死体の状態に眉を顰めながら魔獣の死骸に歩み寄っていった。
「オーレ……オーレ! いつまで遊んでいるんですの! もう疾うに次の仕事の準備をするべき時間ですのよ! さっさとおいでなさい!」
「お”お”お”ほほほほ〜……あん? おぉ、もうそんな時間かいな……」
女性の呼び掛けに反応したその男は、しがみついていた魔獣の死骸ごと体を起こすが、その胴体が裸となっている全身の至る所が魔獣から生えた棘によって串刺しになっていた。
男は強引にその状態から抜け出そうと棘が体内を掻き回すのも意に介さず、生々しいイヤな音を出しながら死骸を押しのけて立ち上がった。
棘が抜けたことで男の体はそこかしこに風穴が開いているが、男は全く痛みを感じているような素振りを見せず、それらの傷はまるで映像を逆再生でもしているかのように、シミひとつない肌の細身へと元通りになってしまった。
「そいで、どないな仕事やったか?」
「さて、私には私の仕事がありますので、内容はアルにでも聞いてくださいまし……それよりも、私がこうして自分の仕事を後回しにしてわざわざ呼びに来たのですから、未だにこんなところに留まり続けていた原因であるその悪癖をなんとかしてくださりますこと?」
「なんとかぁ言われてもなぁ、おまえは美味いもん食わずに生きろって言われてその通りにすんのかいな? ワシのやること親父には文句言われたことないで」
「お父さまがそのようなことでいちいちお怒りになるはずがないでしょう」
「それと同じや、これくらいのことでいちいち目くじら立てとったらせっかくの別嬪さんが台無しやでぇ」
「はぁ……とにかく今すぐ街に戻ってアルと合流してください。今回はとても重要な仕事だそうですのでしっかりとお願いいたしますわよ」
己の呈した苦言をのらりくらりと躱してくる男に彼女は呆れた様子で首を振り、匙を投げるように背を向けてその場を去っていった。
男は次の仕事で起こる出来事を想像しながら、人によっては怒りにすら見えるほど歪み切った笑顔を浮かべながら笑叫をあげていた。
*
「間違いない! あなたは突如街を襲った魔獣を退けるため、天女の如き翼を広げ、女神の如き威光を背負いながら人々を救った噂の“光姫様”っスね!!?」
「あら、私ったら早速街中の人気者になっちゃったのかしら? まあ間違ってるところは一つもないわね! この私にふさわしい称号だわ!」
「不審者と意気投合するな」




