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11話 地理の教授

 

 ある日突然地球とは全く異なる世界へと旅立つことになってしまった御山光纚(みやまひかり)だが、元いた日本の街では、何故か世界的なサイバーテロの可能性もある謎の配信に本人が出演しており、一体何が起こっているのかと多くの人間が混乱しているようだった。

 配信の内容を逐一(ちくいち)追っている者でもなければ、それがどういう状況なのかを把握できている人間は今はまだそう多くないだろう。

 しかし一つだけ確かなことがあるとすれば、御山光纚という存在はまず間違えようもなく、地球上で最も名が知られている日本人になってしまったということだった。


 そうして別の世界へやって来ている間学校に通うことができない彼女だが、父親が()()()に働きかけてくれたおかげで、送られてくる期末テストに加え週に一回の小テストに全問正解することで単位を取れるようになった。


「とりあえず学校に関しては一旦問題ないかしら。リクリクにも一連の話は信じてもらえたし私の方はしばらく傭兵の仕事に集中できそうね」

 ※

 《よかった》

 《父ちゃんマジで何者なんwww》

 《↑みんな気になってはいるけど特定班はNGな、バンどころか人生棒に振ることになるぞ》

 《私はもう頭パンクしそうなんだけどヒカリちゃんハイスペすぎん?》

 《異世界転移して一週間経たずにこの順応っぷりはバケモンw》

 《リクリクってだれ?》


「私の担任のあだ名よ。名前に(りく)の字が二つ入ってるから皆んなリクリクって呼んでるの、ゆるキャラみたいでかわいいでしょ?」

 ※

 《へー》

 《かわいい》

 《あー知ってる人かも》

 《↑もう何回目だけど名前出すなよ》

 《一応今までにコメントで一線超えたやつはガチで個人情報晒されてますw》

 《ノアきゅんの辞書に慈悲の二文字はない》

 《なお預言者「やれ」ノアきゅん「はい…」の可能性もある模様》

 《ノア:ちなこれまで処刑した人間は日本人17%であとは海外な。AIの学習も進んでるしあと数週間で誰の目にも入らないうちに始末できるようになるだろう。全自動ゴミ処理システムの完成は近い》

 《言うて日本人の割合多いなw》

 《さらっとゴミ扱いで草》

 《残念ながら残当》


 そんな地球側の話題もそこそこにヒカリたちは翌日に改めて傭兵へ登録するため、今日のところはこの異世界に関する知識を付けるための座学の時間となった。

 街を修繕する作業に参加しているランドロックを除いて、当人たちの言によると有り余っているらしい金で買ったいくつかの本を手に取りながら、なんの因果か学校の授業の真似事のような形になっていた。


「さて、とりあえずは大まかに基本的な土地と主要な国について知っておこうか。まずボクたちがいるこのドゥナダスは“レミュディア連合”という上位の国に属する()都市国家の一つなんだ。100年以上前にもなるけど、ここは独立した国の一つだったんだよ」

「ふぅん、レミュディア連合は複数の都市国家が結託してるってこと?」

「そうだね。全ての街がそれに該当するわけではないんだけど、このドゥナダスを始め有名なところで言うと、首都のアーユグラ、北西の港街ノトホッス、東側の要塞都市ヴァハヴァーゾといったところかな。同じ連合でも街によってそれぞれ少し文化が違ったりもするんだよ」

「なんだか面白そうね! 全部の街に行ってみたいわ!」

 ※

 《いいね》

 《いろんな場所見たいな》

 《こういう世界観の説明回すき》

 《↑俺はもう自分の受験勉強で頭いっぱいだわ》

 《受験生かよこんな時間に配信見てないで勉強せんかい》

 《警察キャリア目指して国家試験控えてる身だけど勉強机で流しっぱなしにしてるわ。警察でもかなり注目してるみたいだしこの配信追いながら出世する》

 《とんでもない変態で草》

 《日本の未来は明るい()》


 アトリエルは表紙に薄い魔石が埋め込まれた本を広げ、それに魔力を流し込むと机全体に3D技術のようにこの世界の地図らしき絵が浮かび上がってきた。

 その地図にはまず広大な海を表す青い絨毯が敷かれており、数多く点在する島であろう小さな影を差し置いて、その中央で綺麗な十字を描くように五つの大陸が置かれていた。


「この五つある大陸の内レミュディア連合が存在するのが東側にある青瞳(せいどう)大陸、ここは人類が住んでる四つの大陸の中で最も未開の場所が多くて、新たな発見やまだ見ぬ冒険を求める開拓家なんかが沢山集まる土地でもあるんだよ」

「大陸全土でどれぐらいの土地がまだ開拓されていないのかしら?」

「そうだな……“人間が永住することが困難な土地”という定義でなら、七割は下らないかもね」

 ※

 《へーー》

 《思ったより多い》

 《未開の地を切り開くのも傭兵の仕事なん?》

 《↑そういうのはやらないから名前が冒険者ではないんじゃない?》

 《傭兵なんだし護衛としてなら行くだろ》


「それと四大陸にはそれぞれ種族意外に身体的な差異があってね。“青瞳人(せいどうじん)”は骨格が大幅に成長しやすくて、かなり体格の大きい人間が生まれる傾向にあるんだ」

「へぇ、ほんとに?」

「……俺を見るな」

 ※

 《草》

 《綺麗な反例もおりますと》

 《そういえばパイセンちっっさ》

 《並び方によってはサンドイッチの具やん》

 《おね×低身長×おねのほかほかサンドイッチ見てぇ〜》

 《きっつ》

 《↑キモすぎるwww》

 《これがバンされないん謎すぎて草》

 《ノア:あんま締め付け厳しすぎても環境に良くないからよっぽど内外に悪影響なければ処さんようにはする。まあほとんどAIに許されるか次第だけど》

 《無慈悲確定やん》

 《いや↑が許されてるってことは意外とゆるいかもしれん》


 コメント欄の脱線と惨状具合は既に見慣れた光景なのと、三人ともこれくらいの文言では動揺しない程度には器が広かったため反応すらされなかった。


 そしてアダムの体格に関しては、一応彼自身に分かる範囲では少なくとも記憶にある母親は青瞳人ではなかったはずなのだが、それを今出すのは言い訳にしか聞こえないだろうと彼が口にすることはなかった。


「そういえば、国や大陸ごとにどれだけ別の言語があるのかしら? 今後他の土地にも行くなら今のうちから準備しておきたいわね」

「その心配は必要ない。基本的に四大陸に存在する全ての国では、ある程度画一化(かくいつか)された共通の言語、“全人言文(アルテシオ)”が使われている」

「ふぅん。地球だと言語って世代を経るにつれて地域ごとにそれぞれ違うものになっていったけど、大陸間の(へだ)たりもなくほとんどの国が今も同じ言語を使ってるの?」

「その通り。少なくとも何千年と確認されている有史初期からこの言語は存在すると言われているが、もちろん辺境で(まれ)に形の違う言葉が使われていることもある。それと“古龍言文(ヴェルテリア)”と呼ばれる言語も存在するが、これは考古学の研究対象にもなっていて、完全に解読することは不可能に近いとまで言われている」

「…………」

「なるほどねぇ」

 ※

 《ほーん》

 《言語の壁がないのたすかる》

 《そもそもこの配信はいろんな言語に翻訳されてるみたいだし心配ないだろうけどね もしかして預言者のおかげ?》

 《ノア:ああ、配信関係で起きてる不思議現象は大体預言者の仕業だと思っていい》

 《預言者マジ万能》


 ヒカリに備わる限りの言語学の知識では、大昔から四つある大陸で生きる多くの民族の扱う言語が、共通する一つのものだというのは異様なことだと感じざるを得なかった。

 やはり魔法などが実在する世界、なにか古代において大きな力が人類という種そのものに働いた結果なのだろうか。


 気を取り直して、世界地図の十字の右側に位置する青瞳大陸の北西地帯に点在するいくつかの街の集まりがレミュディア連合だと分かる。

 その他にも南側に目を向ければ、連合以外にも幾つか目に付く国らしき領域が目に入った。


「青瞳大陸には他にも国があるのよね?」

「もちろん。連合のすぐ南の方には、同じような都市国家だけど連合には参加しなかったテイン。東の方には現在連合と敵対関係にあるバレト。そして大陸の南側には大国の一つであるエラ・デイマ教国があるよ」

「敵対国もいるのね。バレトと連合は戦争していたりするの?」

「戦争と言えるほど大規模なものではないけど、戦闘自体は起きるね。数年に一度向こうから兵を送ってくるんだけど、道中で魔獣なんかに襲われてほぼ壊滅状態になってることがほとんどなんだ。その残党をバレトとの間に作られた要塞でもあるヴァハヴァーゾが迎え撃つんだけど……実のところ生き残って連合にたどり着いた人は、ほとんどの場合亡命してるらしいよ」

「魔獣なんてものがいる世界で他所(よそ)に攻め込もうだなんて、よくそんな短絡的な行動ができたものね。巻き込まれる兵士と国民がかわいそうだわ」

 ※

 《それな》

 《生き延びて連合まで来れるやつすごくね》

 《どこの世界にもバカがトップに立つ国っていうのはあるもんなんやなぁ》

 《地球はそんな国多いけどなぜかそういう国ほど幅利かせてるよな》

 《本来それを取り締まるべき組織が機能してないからね 彼らが戦争犯罪に対して行ってる制裁は戦争犯罪をするような狂人にとっては足止めにもならない》

 《この配信下手したらそっち系の人たちも見てる可能性あるけど大丈夫か?》

 《ノア:別に誰が出てこようが配信がどうにかなったりはしないからそこの心配はするな。一応何か問題が起きてもし事が大きくなりすぎるようなら預言者が直接対応してくれるらしい》

 《それならよかった》

 《サンキュー預言者》

 《それ公言したら預言者と話すためにどっかの偉い人が権力振り回してくるかも…》

 《そういうのも想定して本人がなんとかするってことじゃね?まあ俺らが気にすることじゃねぇべ》


 ヒカリとしてはどれほど崇高な目的のためであろうと、数ある選択肢の中から戦争という非情の道を進んでしまう人間の心理は理解できず、それを()とする者を本質的に報われない人生を送っているのだと心の底から哀れんでもいた。

 それは両親の教えか本人の気質か、彼女の持つ意志の強さと善良であろうという信念の堅固さは、だれもが“皆がそうであれば苦労はしない”と感じるであろう目映(まばゆ)さを秘めていた。


「とりあえず、今すぐ行く予定もないし他の大陸と国については大まかな情報に留めておきましょうか」

「そうだね。じゃあまず四大陸の内南にあるのが赤翼(せきよく)大陸、自然環境が多種多様で最も優れた資源が数多く存在すると言われてる。ここの代表的な国は“ミレスター公国”、ここは軍隊を持っていないとされる大公が治める国だよ」

「軍を持たないっていうと日本に近い印象だけど、なにか身を守る術はあるのかしら?」

「詳しい説明は省くけど、“百華騎士団(ひゃっかきしだん)”という民間の武力組織が自警団に近い役割を持ってるみたいだね。あとこの国は工芸品と魔術を組み合わせる械工術(ロゴウ)の本場で、ロックの憧れの地でもあるよ」

 ※

 《姫騎士とかいそう》

 《くっころ来る?》

 《ロゴウが本気で気になってしかたない》

 《俺も伝統的な職人芸を見るのが好きだからすごく興味があるね》

 《人型巨大ロボとか作ってるやついるんじゃね?》

 《グンダムとか再現してえ》

 《↑俺はやっぱネヴァだな》

 《ネヴァは厳密にはロボじゃない定期》


「それと赤翼大陸の南東部には、ユリさんの生まれ故郷でもある“カズガラ国”があるね」

仙人族(ティオラ)の国よね! 古風な和に近い文化の場所だと思うからいつか絶対行きたいわね!」

 ※

 《たしかに》

 《ほんとに日本っぽかったら笑っちゃいそう》

 《人種がエルフ耳で関西弁と和服と和風建築が存在する国wwww》

 《現状この配信が未だにフィクション疑惑消えてない原因ナンバーワンだからなカズガラの存在》

 《でもおまえらユリさんとかいう和装ダークエルフが初めて出た時興奮しただろ?》

 《当たり前だ!!!!!》

 《オタクのルヒィやめろ》


 ヒカリは多趣味な母親の影響もあってか和服や古い日本の文化等が好きな質であり、その好みに合致しそうな予感がするカズガラに対して並々ならぬ関心を覗かせていた。

 そしてそんなカズガラに視聴者たちは“文化や環境が全く異なる世界で関西弁や()()が生まれるのはおかしい”という考えによって、やはりこの配信の内容は作られたものであるという主張をする人間がそれなりの数現れていた。


「西側にあるのは白爪(はくそう)大陸。ここは大陸の実に六割以上を砂と岩ばかりの“ヨグド砂漠”が占めているんだ」

「ほほう。砂漠横断の旅っていうのも結構興味あるのよね」

「かなり辛いと思うよ。徒歩なら2月以上は覚悟するべきかもね……そしてそのヨグド砂漠に囲われるような位置に存在するのが白爪大陸最大の国“ディルファンド”。ここは密林や湿地帯などの様々な自然環境が集中していて、その領域の中で獣人族(ヴァートラ)が中心となって形成された国なんだ」

「へぇー、トリィと同じで色んなモフモフが沢山いるわけね!」

「ボクはいいけど、見ず知らずの獣人の素肌を許可なく触ったりしないようにね?」

 ※

 《てぇてぇ》

 《まだ知り合って2日目だよな?仲良くなるの早すぎでしょw》

 《獣人ってみんなケンタウロスなの?》

 《↑ケモ耳族の中で1人だけ四足歩行生まれたら怖すぎだろ》

 《俺はもうトリィの下半身をモフりたい衝動で気が狂いそうなんだが》

 《俺たちには手の届かん世界さ それっぽいぬいぐるみとかで代用しとけ》


 ヒカリの想像する砂漠の旅というのは、ラクダを()って巨大な遺跡に向かい、隠されし秘宝をかけてミイラ怪人や蘇ったファラオと激闘を繰り広げるファンタジーそのものといった内容なのだが、彼女はこんな世界に来たからにはついにそれが実現するのではと期待感に胸を膨らませていた。

 そして同時に砂漠の中に存在する国民の大半が獣人となるディルファンドに強く惹かれてもいた。


「最後に北側にあるのが黒鱗(こくりん)大陸。ここは全体的に極寒と言っていい状態で、四六時中雪が降ってるような気候らしいよ」

「今度は雪国ね! 中学の頃行った真冬の福叉坐(ふくさざ)温泉を思い出すわ! きっとその大陸にもいい温泉があるわね!」

 ※

 《うわいいな》

 《高級旅館じゃん》

 《やっぱ金持ちなんやなー》

 《さすがに温泉に入ってるところは映せるよな??》

 《↑鼻息荒すぎ》

 《ノア:女だけが見てる端末に限定すれば映してもいいかもな。野郎は野郎の裸でも見てろ》

 《そこをなんとか》

 《鬼!悪魔!どうせ自分は見放題なくせに!》

 《そういえばノアきゅんはバレずに覗き放題じゃねーかふざけんなうらやましい》

 《ノア:お前らと一緒にすんな》


「ここの主要な国は二つあって、まずは西部にある“アスタメイズ帝国”。あそこは最近穏やかじゃない話ばかり聞こえてくるね……近年になって周辺国と頻繁に戦争をしてるみたいだ」

「むむむ……世界が滅びるかどうかって瀬戸際に争ってる場合じゃないのに……まあそれもいずれ私がなんとかしてやるわ!」

「わざわざ止めはしないけど、無茶なことはしないでおくれよ?」


 ヒカリはこの世界で人間同士の争いや不和などは全て自分の手で無くしてしまう必要があると考えていた。

 そもそも自分には二つの世界を滅びの運命から救うという使命がある、その為にノアと預言者は協力して世界中の人々の意思を集めて自分の力とするという目的があるらしかった。

 ならばこちらの世界にいる人々を1人でも多く救いより多くの意思を自分へと向けさせるのが、運命の時を迎えるまでに己がすべきことなのではないかと彼女はそう結論を出していたのだった。


「もう一つは東側の比較的気温等が落ち着いた地域に存在する“グランリーゼ王国”。ここは自然の絶景や芸術がとても多いところらしいね。魔獣が少なくて平和だし他の大陸とも積極的に交易(こうえき)を行ってもいるそうだよ」

「芸術か……私そういうのはよくわからないわ。こっちの世界のものなら興味が湧くかしら」

 ※

 《俺もわからん》

 《若干そうじゃないかと思ってたわ》

 《こういう時は行ってみたら案外気に入るもんよ》


 一通り大まかなこちらの世界に関する知識を身につけたところで今日のところはここまでとなった。

 明日から改めて傭兵になるヒカリは、いち早く自分も高い階級となって沢山の仕事をこなすために英気を養うことにした。


「さてと、それじゃあユリさんからカズガラについての話を聞きながら休むとしましょうか!」

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