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ⅡLive ≪セカンドライブ≫  作者: 工藤 遊河
二章 ハーティミリー
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失うことになるのは

 民家の窓から暖かい光が漏れだす頃。優奈の依頼屋はその光を取り込むだけだった。

 民家の光、月の光を取り込んでも明暗は大して変わらない。

 ミスティルの店から帰った後、ずっとソファで寝ていた。依頼屋にあるまじき態度だが、人が来なかった事が幸いだ。こんな状態では依頼も受けられはしない。

 自分を襲うこの喪失感はなんだろう? なにか大きなものを失っているような気がしてならない。だとすれば失ったものは何だろうか?

 同居人の晄か? 確かに失った。だが取り返せる。そう、取り戻せる。しかし取り戻せないものがある。


(レイスル……)


 センジの言う通り、一度しか会ったことのない人間を信用してしまったことに落ち度はあるのだろう。しかし、レイスルと知り合った当時優奈の交友関係は寂しいものだった。

 預かってもらったセンジはどちらかと言えば他人行儀だった。そもそもこの世界での優奈の仮初の親のようなものだ。

 今日喫茶店に集まった人たちは良くしてくれている近所の年上のお姉さんくらいのつもりで、今でこそ気兼ねなく話す事が出来るが、当時では気が置ける話し相手などいなかったのだ。

 そんな中、優奈はセンジの寄越した課題のために街の中を出歩いてたことがある。課題は街の外にいる原生生物を数匹狩ってくるという内容だった。

 遂行するためには勿論街の外に出なければならない。しかし街の外では容赦なく人の命を狙ってくる者がいるのだ。いくらセンジの手解きがあっても、結界の外に出るという踏ん切りがつかなかった。

 手に持たされていたのは携帯食糧に水、そして唯一の武器が鞘に納まった小太刀。到底安心できるものではない。

 魔法が幾つか使えるようになってはいたが、所謂実戦は初めて。不安と緊張しかなかった。

 決心できず、街の大通りを行ったり来たりしていた時、レイスルに声を掛けられたのだ。いきなり見も知らぬ人に話し掛けられたのだから動揺はしたが彼女はこう言った。


「さっきからウロウロしてるけど何してるの?」


 かなりフレンドリーな言い草だが無視する訳にもいかない、と言うよりあしらう術と余裕が無かったので、仕方なく意味不明の大通り往復の訳を話した。

 レイスルはその話を真剣に聴いてくれて、親身になってくれた。挙句の果てに「私が手伝ってあげる」とまで言い出した。

 今思えばアレも演技だったのかと思えるが当時の優奈には只の善意にしか思わなかった。

 それからその一日、センジに言われた課題を手伝ってもらった。

 レイスルの動きは手慣れたもので、あっという間に目標を見つけては斡旋してくれた。そのおかげで優奈一人では、一日で終わらなかったであろう課題を夕暮れまでに完了する事が出来た。

 気が付けば二人、親しく話すほどの間にもなり、センジが言うような蛮行が目立つ人間など希なのではないかと、日本人感覚の抜け切っていない優奈は思っていた。

 しかし今日、裏切られた訳だが。

 あの日初めて会ったところで、その内また会おうと約束して別れた。そして今日、再会だ。

 人間不信になるとまでは言わないが、堪えるものはやはりある。

 失ったと思っていた友達はレイスルからすれば始めからその日限りの付き合いと別れ文句だったのかと思えてきて、悲哀が胸に溜まり、ソファの上で丸くなった。

 この喪失感は間違いなく、レイスルに対するものだ。

 晄を蔑ろにしているわけではないのだ、あれほど冷たくあしらわれたのがかなり堪えていることは確かだった。


(晄……一人で帰ってこれるかしら……)


 そんなこと思わなくても無理だと分かる。レイスルとその他ハーティミリーの構成員の技倆は昼に見ている。あの集団の中を切り抜けてくるならば優奈は晄に鍛練をつける事をやめるだろう。ただし、不確定な要素があるが……。


(デザイアがいるなら……なんとか……無理か)


 晄に取り憑いた生き霊。デザイアならばハーティミリーを束にしても何とかしてしまいそうな気がする。彼の戦術と技術はかなり高い。何度か手合わせしてもらったのだが敵わなかった。しかし、デザイアが駆る身体は晄の身体だということを考慮すれば、期待は下がる。

 晄の身体の体躯は悪くはないがまだデザイアの技倆に追い付ける身体ではない。手合わせして貰って敵わないと言っても、その強さが並外れているわけでもない。それを本人は晄の身体の所為にするし、正しい見解だろう思う。

 なまじ腕があるから信じたくもなるが、未だに半信半疑な上に、都合のいい時に信じようとしている節が自分にあると思うと嫌気が差してくる。


(誰かが助けてやるとすれば……私かな……)


 事態が優奈をどうしても誘い込もうとしている。レイスルの誘惑に乗らなくても、晄を放っておくわけにはいかない。

 いい加減……腹を括るべきか。

 何を恐れてここまで滅入っているのかすら分からなくなった今時分、突然に事務所の扉が開けられドアベルが無音の部屋に浸透した。


「オイ、居んのか?」 


 改まってソファに座り直す。


「……何?」

「女共が五月蠅いから見に来てやってんだ、その態度は何だ」


 いつも通りの返事だ。これが辺りからすると反抗期の子供と親の構図と取られるのだから遺憾だ。


「だから何?」


 優奈はセンジを睨みつけた。鋭い眼光が、パーテーションの縁に背を預けているセンジを射ぬく。だがセンジにはこけおどしにもならない。

 一瞬、()たれることを躊躇したが、今は何をされようが何も思わない。


「……四六時中そうやって不貞腐れてるつもりか」

「何が言いたいのよ」

「言わすな」


 わざわざ聞かなくても重々分かっている。晄を取り返しに行くことだ。レギオンに捕まると厄介なことになるのは目に見えているから、先に連れ戻してこなくてはならない。

 そんなことは本当に解っている。晄が一人で帰ってこれる確率が低いことくらい。しかし優奈は俯いて事態から逃避した。


「そうやって逃げるのは構わねぇがな、後になって頼られる奴らのことを考えろよ」

「誰が頼るものですか」

「いいや、お前は頼るな、そういう奴だ。最初は強く出ても後で臆病風に吹かれて後悔するのがお前だ」

「うるさいわねッ、一々」

「失うのが怖くなってな」


 センジのその言葉が返しの付いた刃のように胸に食い込んだ。両手を強く握りしめて強張る。


「大方、お前の会った奴と縁が切れるのが怖くてウダウダやってんだろ? だがな、それはお前の思いこみと思い上がりだ。お前ほどアホな奴もいないんだよ。一回こっきり会っただけで他人を信じ切る奴なんてよ」

「アンタはそんな性格だからそうなのよ」「そう言うお前がそんな性格だからこうなったんだろうが」


 失うのが怖いのは確かだ。レイスルを失う事は今の状況を鑑みれば妥当だ。

 優奈の寂しさをたった一日だけでも紛らわせてくれた人。辺りは優奈よりも一回り大人の人しかいなかった。流されるままに過ごしたレイスルと会うまでの二年は、心の寄りどころが無かった。それを寂しいととらえて、レイスルを勝手に寄りどころにしたのはいい加減認める。傷心者が慰めを掛けられて落ちるように、当時の優奈は落ちたのである。

 そして優奈は今日、浅はかだったと知った。


「良かったじゃない、少しくらい甘えたってッ……」

「誰が首突っ込んでこんなことになった? お前があんなのと知り合いじゃなけりゃ関係ないで済んでんだ」

「晄が攫われたのは私が悪いって言いたい……わけ?」


 自分から出た言葉だとは思えないほど棚に上げた言い分だ。彼が攫われた原因は碌に指導していなかった自分の責任だと言うことは陰鬱になるほど分かっている。


「ああそうだ。うっかり攫われたアイツも、見逃したお前もな」


 無茶苦茶な言われようである。しかし、あの時レイスルと対面して醜態を晒したことは事実だ。晄を呆気なく捕られた挙句、自分は疲労で動けなかった。情けないったらありはしない。

 優奈には晄を助けに行くという義務が攫われた時から出来たのだ。それを実行する決意を見いだせていないのは自分の保守だ。レイスルを失いたくないという甘ったれの保身。


「お前がどうにかしなけりゃ両方失う。片方が失っても構わんモンだろう。だがもう片方はそう言う訳にはいかないんだろ」

「晄のこと……?」

「昔の知り合いか……それとも日本人か」

「やっぱり知ってたのね?」

「いくらのお前でも男と同居なんてしないだろうからな。旧知の仲ならその限りじゃない。名前も日本式で読めば、十分通る」


 晄がセンジの店に剣を買いに行った時に名乗ったのだろう。そして、センジは察したのか。何を隠そう、センジも元日本人なのだから。ラストネームは「ステングス」で日本人とは受け取れないが、それは店を継いだ時に貰ったラストネーム。優奈が彼に保護してもらっていたのはそういう事情も含んでいる。


「そうよ、幼馴染よ」

「お前がその幼馴染を助けに行くのか、勘違いの縁に蹴りをつけに行くのか……。いい加減気付けよ、必要なのとそうでないのとくらいな」


 センジはそこまで言うと、目を瞑った。

 優奈は何だろう?と不気味に思った。その理由はセンジの接し方だった。

 日ごろ、人に威圧しか与えていないような彼に、饒舌に諭された事に違和感があった。入ってきたときに「女共」と言ってたのでミスティルとジュリナリスが促したのだろう。だからといってここまでするような人だろうか。

 今までは肉体的、精神的に恐怖を感じたが、今日ばかりは生理的に恐怖を感じた。言ってしまえば気持ちが悪い。

 今更親心にでも芽生えたのだろうか。優奈もそうだが、自分のことを優奈の家族呼ばわりされることを嫌うセンジがこんなことをするはずがないのだ。

 いまいち思い当たらない原因に煩悶する。今はこんなことで悩むわけにはいかないのだが……。


「ま、好きにしとけ。後悔するのはお前一人だからな」そう言ってセンジは出て行った。ドアベルだけが空しく響く。

「どうするかなんて……」


 この鬱屈を放つには決断せねばならないのだ。

 優奈を引き摺りこむ事態に自らを投じる。これが今の優奈に出来ることで成さねばならない使命だ。


「……両方するのよ、私は」


 これが優奈の下した自分への決断だった。

読んでいただきありがとうございます。

誤字脱字などがありましたら報告ください。

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