夜の静寂
一応、人質として囚われているはずなのだが、子供たちと同じ部屋で同じ食事を貰った。
ドロップタウンの夜はとにかく暗い。三百六十度灯りが無く、空も月と星が雲に隠れているせいもあって不気味だった。
明かりは食事を取った部屋の粗末な白熱球と魔力結晶体のカンテラのみで、余計に明るく感じた。
そんな晄はその明るさから離れた、彼らが拠点としている掘立小屋の戸口で座り込んでいた。
中の明るさと外の暗さの間で晄は耽っていた。
(これからどうするかな……)
先のこと。
晄としてはさっさとおさらばしてデュッセに戻りたいところだが、自分が野放しにされているところを見ると「逃げ出してもどうにでもなる」と見られているからだろう。アルバロを倒したという肩書は役に立ってはいない。
帰ることはできる。道は大方覚えているつもりだったが、彼らが追ってくるとなるとそんな訳にはいかない。
晄だけでは一人も相手が出来ない。今、自分の腕に巻きついている時計も没収すらされていないのだから舐められたものだった。そう言っても中に入っている物は剣とジャケットしかない。この二つがあの黒剣とコートならばもう少しやりようがあるものだが……。
『どうするつもりなんだ?』
デザイアが話し掛けてきた。
(それを考えてるんだよ)
『逃げ出すにしてもお前だけじゃどうにもならないだろ。せめてねーちゃんと連絡が取れればいいんだけどな』
連絡。確かにコンタクトが取れれば難度は下がる。しかし数で劣っている以上、下がってもまだ高い。
(連絡……? そうだ、取れるじゃん)
『どうやって?』
(これで)
晄は思い付いて、というより思い出して腕時計を左人差し指で叩いた。
『それで連絡取れるのか、便利だな』
(嘘つけ、何度か見たことあるだろ)
『俺らのころには無かったんだよ』
詳しいのか詳しくないのかよく分からないデザイアは放っておいて、晄はアドレス帳を開いた。
優奈から余っていたインベントリを貰ったものだ。空中に出力されるディスプレイの光で怪しまれてはならないので、少し影に隠れて優奈のアドレスをプッシュしようとした時、突然声を掛けられた。
「何してるの……?」
不穏の声と共に、身体の奥から何か反応するような感触が襲う。
晄は驚いて辺りを探った。この身体全体がざわめく様な感触は魔法の気配だ。
以前、アルバロと戦闘を交えた時には一切感じなかった感触だ。その理由はアルバロの魔法には、魔法式に適正量の魔力を寸分の狂いなく流し込める卓越した技量があったからだ。さらにその時の晄は魔法についてはほとんど知らなかった上に魔力の開花もしていなかったため、気配を感じ取るための器官である魔力管が機能していなかった。
魔法を弾く剣とコートまで所持していたこともあって一切気にする必要がなかった事だが、毎日優奈の課す鍛練を行っていると次第に感じ取れるようになった。
今では発動した兆候と大まかな位置くらいは分かる様になったのだが、晄を今襲っている気配はどう感覚を研ぎ澄ましても位置が分からないのである。強いて言えば全方位を包むような気配だった。
(何処からだ……?)
辺りに遮蔽物は無い、なのに姿が見えない。
晄がうろたえていると肩を掴まれた。反射的に晄は腕を振って振り返った。腕は空を切るだけ。だが腕には黒い枯れ葉のような片鱗が纏わりついていた。この暗闇の中でも分かるほどに漆黒な色だ。枯れ葉は宙を漂い、闇に溶けていく。
『何処から現れた……?』
デザイアが感知できていない。晄は警戒した。
デザイアは生き霊で経験豊富な人物だ。その彼が姿を捉えることが出来ていない。
『気配はある。何故見えない!?』
彼の言う気配は魔力のこと。ならば魔法が使われていると言うことだ。
闇の虚空の中を見渡すが何も見えない。
『何も見えない? それはありえんな』デザイアが何か考察している。『戸口からは光があるんだ。何も見えないのはおかしい』
言う様にそうだ。影に隠れていたとはいえ、戸口から横に移動しただけだ。なのに戸口のあったところを見遣っても漏れ出たカンテラの明かりすら見えないのだ。
『お前の辺りに掛けられている魔法は……。コウ、弄りでいい、部屋に入れ』
(分かった……)
デザイアに言われて晄は手で見えない壁を伝った。すると壁が無くなる区間があった。
(ここか!)
思い切って後ずさると、視界の端から光が晄を包むようにして闇を掃った。
戸口を怪訝に見つめていると長身の一人の女性が闇から現れた。
全身真っ黒な人工レザーアーマーを纏い、一括りにした長い漆黒の黒髪とパープルの瞳が映える美人だった。
そんな彼女は晄の横まで来て、しっとりした声で耳打ちした。
「貴方を特別拘束するわけではないけれど……自由ではないのよ」
女性は晄を飼い殺しにしているという意を伝えた。常に監視されているということか。
『相手の視界と自分の存在を消すことがお得意の闇属性魔法か。面倒だな』
生真面目にデザイアは考察する。しかし晄は気にしなかった。
女性は騒がしい円団の中へ入っていくと子供を一人抱き上げて笑ってる。それが妙な胸のつっかえになった。
(コイツら今でも十分幸せそうなのに、なんで壊すようなことしてるんだ……?)
『あん? 局長を攫ったことか。そういうのはコイツらなりの不都合があるんだろ』
晄を攫ったレイスルやリーダーであろう大柄のトラフィスという男が複数の子供と戯れているところを見て、不都合などあるのかと思った。
確かに法が無い故の無秩序はあるだろう。しかしそれはこうして交代で見張り番を立てるなどして最低限の安らぎを作っている。食糧も自給自足できるくらいの畑がある。子供のおもちゃにされている時に晄は街の様子を見たのだから。
その子供も楽しそうだった。一体何が足りないというのか。
『それでな。どうするんだ? 逃げるのか?』
(え? ああ、そうだな)
突然に話を戻されて言い淀んだ。
『そこまで気になるなら、訊いてやろうか?』
(別にそこまで気になる訳じゃ)
『そうか? 俺は気になるけどな、局長の居場所とか色々』
そう言えばレギオン局長は何処にいるのだろうか。此処へ来てからというもの姿を見ていない。
デザイアはそれが引っ掛かるようだ。
『逃げるんならソイツの手も借りればいい。ついでに訊いてみるか』
ただ単にデザイアが気になっているだけで、晄自身の疑問をいい様に使って訊き出したいだけのように思えてくる。そう言っても彼の行動原理は興味本位でしかないというのは短い間で分かっていた。
デザイアはレギオン局長の協力を仰ごうとしているようだがその実、晄よりトラフィスの蛮行を気にしているのかもしれない。約八十歳の探究心は旺盛なのだ。
そうと入口で団円を見つめていると、子供たちにこっちへ来いと誘われた。人の事情など知らんだろう子供は。
晄は円団の中へ寄って、再び子供たちの遊び相手になった。
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