カルバーツ・バーン
店に入ってきた更なる知人、カルバーツ・バーンはレギオンのデュッセ支部で小隊長を務めている敏腕魔法師である。
ブラウンに染めた髪をクラウドマッシュにした、十代は美少年、今では美青年と言われるカルバーツはカウンター席でジュリと一緒になってお茶を飲んでいる。
カルバーツはハーティミリーが襲ってきた時に対応していた小隊を指揮していた。返り打ちにあった小隊のメンツを守るため、今回の事件に少々躍起になって調査しているそうだ。
カルバーツはお茶を一口啜って言った。
「そのコウっていう子が友人に攫われたと……。もう一度聞くけどホントにアルバロ科学長を倒した人だよね?」
晄はいつもこのような疑問を持たれる。あの成りで信じるには要素が足りなさすぎる。
「嘘くさいけど嘘じゃないみたいよ」しれっと疑いを持っていた事を言って、補足はしてくれるミスティル。
「一度会ってみたいものだな、その少年に」ジュリは疑わず会いたいと言う。
「とにかくだ。攫われたから助けにいきたいし、攫ったのは友人だわで行かざるを得ないけど相手が分からないということだよね?」
カルバーツが尋ねる。彼から聞きたいのはハーティミリーという集団についてだ。
「どういう集団なの? ただの商団じゃないでしょ?」
「うん。ハーティミリーはただの商団じゃない。ここ五年前からレギオンに自治権を認めさせるために訪ねてくることが多かった集団だよ」
カルバーツから新たな事実が話された。
「自治権を?」
自治権、その名の通り外部の支配と管理を受けずに、自らで決定、運営を行う権利のことである。
現状、この大陸にこの権利を行使して政治を広げているところは存在しない。その理由はこの大陸の統制にある。
大陸ユース。これは優奈たちが住んでいる大陸の名称である。普通ならば大陸に様々な国が国境を定めて各々の領土と文明を持っているものだが、このユース大陸には国が無い。
だが事実上には存在する。それはこの大陸一つをユースという国に制定しているという変わった体制を執っているからである。
今から約百年前まで遡る。当時には国があり、それぞれが政治を行っていた。だがそれがある時、崩壊を迎えた。
それはある一国が大陸の統一に踏み出したからだ。圧倒的な国力を振り上げ、各地を統一していき、そして十年前にやっと最後の国を陥落させたところで、この大陸の統一は終わりを迎えた。
これがユースの現状の経緯だ。まだ統一してから十年しか経っていない。
「うん。今この大陸はレギオンが統治していると言ってもいい。そしてレギオンが認可した街にのみ法が敷かれる。それ以外には法すらない。それがドロップタウンなんだけど……そこに自治権を認めろっていうのさ、彼らは」
「良い事じゃない。どうして認めてあげないの?」
「別にそれがレギオンの管理下になるならいいんだよ。けど彼らは独自に管理したいって言ってるんだよ。そういう声も一時期はあったから、レギオンもドロップタウンのいくらかには認めたけど、結局そこにレギオンの目が入らないからドロップタウン同士で繋がって一勢力になることもあった。今のレギオンはそれを危惧してるんだよ」
自治権を得たドロップタウン同士で繋がり、レギオンの入らない街を創る。そして規模が大きくなればそれが国としての力を持つ事ができる。
実質この大陸の領土の殆んどは無法地帯。ユースが「街」を一つの領土として、街同士を連結させたような仕組みをしているので一つ辺りの勢力がとても弱いのだ。
一つ一つ街を虱潰しのように攻められると対応できなくなってしまう。これでは支配した意味がないのだ。
この状態をどうしても維持したいレギオンは自治権を認めたがらない。
「やっぱり、脆いのね」
「そう。領有している土地なんて程度が知れてるしね」
「ハーティミリーがずっと主張し続けているのは何故なのか分かるか?」
ジュリが訊く。
「それが分からないんだよ。ハーティミリーが話をしに来た相手は局長だから」
「直談判か? よく通るな」
「それがさ……首謀者とうちの局長、顔見知りなんだ。元同期だって」
「相手は元レギオンだっていうの!?」
ミスティルは声を張った。
「攫われているのが局長だっていうのが洒落にならないから、すぐに捜索に出る予定。だから此処へ寄って少しでも情報集めようかと思ってたんだけど……知らないみたいだね」
優奈は我に返った。レギオンが捜索に出る……。
「捜索……? ホントに……?」
恐る恐る呟く。もしレギオンが捜索隊を出すと言うのならば最悪、レイスルが狙われる恐れがある。そうなってしまえば二度と会う事が出来なくなる。そう思うと焦りがでてくる。
「そう。だからだけど……動くのなら今しかないよユウナちゃん。話はもう抹殺まで上がってる。レギオンは無法地帯だと脇目を振らない」
レギオンはハーティミリーを全滅させる算段でいるというのか。レイスルの優奈への振る舞いは明らかに誘っていた。
晄まで拉致したのだ。レイスルは優奈に対して何らかの督責があるはずだ。だが……今の自分にレイスルと対峙する技倆はあるだろうか?
「明日の朝には」
カルバーツが恐らく秘密事項であると思われる内容を話し始めた時、またも店の扉が、今度は勢いよく開け放たれた。
「あ!やっぱり! 気が付いたら居なくなってしまって!」
入ってきたのは髪の長い金髪蒼眼の女性。しかし服がカルバーツと同じデザインのものと分かると彼女の所在が判明する。
「うわっ! 何でバレたの!?」
カルバーツは椅子から跳びあがってうろたえた。見るにカルバーツの部下と思しき女性が大股歩きで彼へと近づくと、カルバーツの右腕を抱えて彼女はミスティルたちに頭を下げた。
閉店しているところを入ってくるという行動に驚きだが、彼女の忙しなさがそれを掻き消す。
「さ、帰りますよ。明日は忙しいのですから」
「それは分かってるんだけどお茶飲むくらいねぇ!」
「わざわざ閉店してる店にまで来て飲む物ですか、この忙しい時に」
慌ただしく彼の腕を引っ張って店の外へ連れ出す彼女は立場上上司と部下なのだろうが、その親しさは一線を越えているような気がした。正直、空気を呼んでいない。
「相変わらずだな、あいつは」
苦笑交じりにジュリが言う。
「遂に部下に手をだしたのね……」
ミスティルも続けてカルバーツに呆れる。
そして先ほどの流れをどうとも思っていないのかセンジが口を開いた。
「それでどうする。明日にはアイツ等が動くとよ」
カルバーツは事情を最後まで言えずに引き戻されたが、「明日の朝」にと言っていたのでレギオンが動くのは確かなようだ。
「アイツもハーティミリーの住処に見当が付いてねぇから此処へ来たんだろうが、コッチも知らないわけだ。お前も明日から動くんなら……競争になるぞ」
「え!? センジは手伝わないの?」
もはや手伝わない事など分かりきったわざとらしい言い方でカマを掛ける。
「お前らほど暇じゃねぇよ」
一蹴してセンジは立ち上がった。そしてお茶の代金の硬貨だけ置いて、店から出ていく。
「アイツは頭数に入らないだろう、いつも。そこでユウナ、どうしたい? 探すなら手伝うぞ」
その厚意はありがたい。何かあればいつも助けて貰っている恩人だが、優奈の中では既に頼るという考えは捨ててしまっている。なぜなら晄がいるからだ。
一種の責任感というものなのかもしれない。
優奈の剣術や体術それに魔法は全てセンジ、ジュリナリス、ミスティルから教わっている。
転生後の生活の術を教育してくれたのは三人だし、優奈が一人で依頼屋をやると言ってサポートしてくれたのも三人だ。困っては相談して助けてもらった事は幾度となくある。今まではそれでも良いのではないかと甘い事を考えていた。だが晄という自分と同じ境遇にあった人間を、自分が教えられたように彼に教えていくと一つ気付いた事がある。
それは責任というものである。
晄がレイスルの前に立った時、手も足も出ずに絡め捕られてしまった。その時、優奈は戦えと言った。何故そう言ったのかと言えば、センジにそう教わったからだ。
無法地帯では自分以外は全て敵だと。問答無用で刃を向けてくる奴には此方も刃を向けろ、と教わった。だが自分はそれを晄に言った覚えが無いのだ。
彼を一人で、たった半年足らずで無法地帯へ出すことなど考えていなかったから。自分の考えが浅慮だったと言わざるを得ない。
彼に取り付くデザイアという生き霊、あれも半信半疑だったが頼ってしまっていた。アルバロを倒したという功績も信じて……。
全ては自分の詰めの甘さが招いたのだ。あそこで晄が剣を取って抗えるほどに指導していなかったことが招いたのだ。
「大丈夫です……。はい、全然」
優奈も立って、センジと同じように硬貨を置いて去っていく。
「こういうところばっかりは似るのねぇ……」
ミスティルの言葉は最後まで聞えなかったが、出だしであまり良い事ではないのだろうと思えた。
優奈は店から出ると真っ直ぐ家に帰った。そのあとずっとソファの上で塞ぎこんだのだった。
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