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ちょ、月読命さん。スウェット上下で何してますの?  作者: もちむぎ


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第三十一章

素戔嗚は、上空を飛び回る数百羽の烏へ声をかけた。


「壱! すまなかった。神議りから、お前たちを締め出したことが仇となった。だが、お前たちの機転のおかげで救われた。礼を言う」


 烏たちが、一斉に鳴き声を上げた。


 その群れの中から一羽が、素戔嗚のもとへ降り立ち、ひと鳴きする。


「壱。よく月読の髪を包んだ紙を見つけられたな。お前があれを燃やしてくれなければ、悲惨なことになっていたぞ」


 壱は得意げに、もう一度カァッと鳴いた。


 そして、次に何をすべきか分かっているとでもいうように、再び飛び立つ。


「悪いな、お前たち。もうひと仕事だ」


 素戔嗚が上空の烏たちへ向かってそう告げると、烏は一斉にカァッと鳴いた。


 そのまま、どこかへ飛んでいくものと、素戔嗚のもとへ降り立つものとに分かれる。


「さぁて」


 今、この河原には、泡を吹いて気を失っている男と、烏の大群に恐れ慄き、逃げ出すことのできなかった数人の仲間がいる。


 まずは、この男を起こさなければならない。


「めんどくせぇな。おい! お前ら、こっちへ来い」


 遠巻きに様子を窺っていた男たちは、烏の大群に追い立てられ、気を失っている男のもとへ集められた。


「お前ら、こいつの仲間だろう。ほかにもいるのか?」


 すると、そのうちの一人が答えた。


「知り合いだけど、仲間じゃねぇ。こいつ、ちょっと危ねぇし。呼ばれて行かないと、あとで厄介だから。今日も……」


「だが、呼ばれて来たんだろう? なら、仲間じゃねぇのか」


 素戔嗚が尋ねると、男は首を横へ振った。


「こいつ、自分の思いどおりにならないと、見せしめでリンチとかするから。そんなん、だるいし。金をもらえるなら、バイトだと思えばいいかなって」


「また、金か……。んで? こいつが、あの親子に何をしようとしていたか、分かってんのか?」


「全部は知らない。ただ、あの親子からカードを奪って、とりあえず金を全部下ろして山分けするって話だった。で……警察に行かないよう、脅しの動画を撮るって……」


 素戔嗚の頬が、ぴくりと動いた。


「脅しの動画?」


「内容までは知らない。でも、たぶん母親の方は、そういうやつだと思う。だから、取り押さえるために人数を集めたんじゃねぇかな」


「お前。さっきから素直にぺらぺら喋ってっけど、自分も悪事の片棒を担いでるって、分かってんのか?」


「え? でも俺、実質、見ていただけだし。直接、何もしてない。それに俺、未成年だし。もし捕まったって、顔も晒されない。ほかの奴らも同じ。まだ未成年だから」


「てめぇが犯した罪は?」


「えー? 俺たち、何もしてねぇじゃん! ただ見ていただけ。それが何の罪になるの? 結局、金だってもらってねぇし。つか、ATMへ金を下ろしに行った奴、帰ってきてねぇじゃん」


 男は、周囲を見渡した。


 金を下ろしに行った男が、戻ってくる気配はない。


 素戔嗚は、その胸糞の悪い言い分に、苛立ちを募らせた。


「そいつなら、俺が烏に命じて襲わせた。目を抉り、髪を根こそぎ剥がし、骨が見えるほど足の肉を抉り取らせた。今頃は、病院だな」


 素戔嗚の言葉に、男は、ひっと息を呑んだ。


「あんた、烏を使ってとか、マジで言ってんの? そんなこと、できるわけないじゃん。あんた、頭がおかしいんじゃない?」


「頭がおかしいと思うなら、この場から逃げてみろ。ものの数メートルも行かねぇうちに、何十羽もの烏がお前を覆い尽くすぞ」


 その言葉へ同意するように、烏たちが一斉に鳴いた。


 男たちは、その声に身体を強張らせた。


 誰一人として動こうとしない。


 いや、動くことなどできないのだ。


「こんな子どもの姿をした、烏を従える得体の知れねぇ俺が、怖いか?」


「わ、分からない。でも、何故か、あんたには逆らったら駄目だって、身体が言ってる」


 彼の言葉に、ほかの男たちも頷いた。


「お前たちの処分は、どうするかなぁ。お前たちは、ただ見ていただけ。何もしていないんだもんなぁ?」


「そ、そうだよ! 俺たち、ただ、来れば金をもらえるっていうから……」


「もし、ここへ連れてこられたのが、お前の母親だったとしても、同じことが言えるか?」


「は? いや、あのおばさん、俺の母親じゃねぇし。知らねぇおばさんだし。意味分かんねぇ」


 素戔嗚は、男の答えに溜め息を吐いた。


「はぁ……今の世は、この程度のものか。恐ろしく想像力がねぇな。子どもの頃に教わらなかったか? 自分がされて嫌なことは、他人にしちゃいけないってよ」


「知らねぇし。親、関係ねぇし。それに、ほかの奴らだってやってっし、人を殺すとかじゃねぇなら、セーフっしょ」


「殺さなければ、セーフか。それが、お前たちの決まりなんだな?」


「つーか、俺、関係ねぇし。こいつに言われて来ただけだし。もう、つまんねぇから帰っていい?」


 仲間の男たちも、一斉に頷いた。


 素戔嗚は、男たちの顔を一人ずつ見た。


 怯えてはいる。


 だが、自分たちの行いを悔いている者は、一人もいない。


 あの親子の身を案じる者も、仲間の誰かを庇おうとする者もいなかった。


「一人くらい……」


 そう呟いた声は、烏の羽音に紛れて消えた。


 やがて素戔嗚は、静かに言った。


「お前たちは、ただ見ていただけ。何も考えず、ただ見るだけならば、その目は、お前たちには過ぎたものだ。必要とする者のもとへ、届けてやろう」


 素戔嗚は、男たちへ片手を翳した。


「素戔嗚の名のもとに、この者どもの目を奪い、必要とする者のもとへ贈る」


 頭上の烏たちが、一斉にカァッとひと鳴きした。


 そのまま上空を、ぐるぐると飛び回り始める。


 男たちの立つ地面が、ぐらりと揺れた。


 続いて、素戔嗚の背後を流れる川の水が蠢く。


 次の瞬間、川の水が巨大な龍の姿となり、男たちを次々と呑み込んだ。


「すまないな。久しぶりの仕事で、穢れを取り込ませちまって……」


 青く透き通った龍の腹の中で、男たちがもがき苦しんでいる。


 水の中をぐるぐると回る姿は、さながら、洗濯機の中で洗われる衣服のようだった。


 涼しい顔をした龍が頭をもたげ、素戔嗚の手を待つ。


 素戔嗚は愛おしそうに、龍の顔を撫でてやった。


 しばらくすると、龍は頭を上げて男たちを吐き出し、そのまま身体をくねらせ、川の中へ消えていった。


「げほっ、げほっ」


 びしょ濡れになった男たちの、咳き込む声が聞こえる。


「最悪!」

「ふざけんな!」

「スマホ、死んだわ!」


 各々が好き勝手なことを口にしていたが、顔についた水を手で拭ったあと、その表情が一瞬で青ざめた。


「な、何? え? 暗い……え……」


「何も見えない!」


 自分たちの視力が奪われたことに気づき、男たちはパニックに陥った。


 素戔嗚は、そんな彼らへ告げた。


「お前たちには過ぎた力だったから、相応しい者へくれてやった。ひとつ、教えておいてやる。他人のものを奪うってことは、自分も奪われる覚悟をするってことだ。その覚悟もせずに、他人のものだけを奪おうなんて、俺は許さない。俺は、いつでも見ているからな」


 だが、一瞬にして視力を奪われた男たちに、素戔嗚の言葉は届いていなかった。


 彼らは、ものを見るという力を、当たり前のものだと高を括っていた。


 何の努力も、感謝もせず、その力を使って生きてきた。


 それが宝だったと気づいた時には、すでに奪われたあとだった。


 ただ恐れ、嘆き、怒ったところで、もうそこに「当たり前」という名の宝は存在しない。


「さて、と。主犯のこいつは、まだ起きねぇか」


 素戔嗚は、パニックになって泣き叫ぶ男たちをよそに、気を失っている男の頬を、二、三度ぺちぺちと叩いた。


 男はようやく目を開けると、焦点を合わせ、素戔嗚の顔を捉えた。


「ひっ! 誰だ、お前? あ、あの男は!?」


「やっと起きたか。男? 月読のことか? あいつなら、お前を殺りかねなかったから帰したぞ。さて、お前をどうするかだが……」


「あ、あいつ、帰ったのか……? な、何だ……はぁあああ……」


 男は、何故か安堵の表情を浮かべた。


 そして素戔嗚を見ると、矢継ぎ早に尋ねた。


「おい、女は? あのクソガキは? つか、あいつが連れてったのかよ。ちっ、何で、あいつが急に現れるんだよ!」


 状況を飲み込めていない男は、素戔嗚へ次々と質問を投げかける。


 その背後では、視力を奪われた男たちが喚き散らしているというのに、気にする様子もない。


「お前のお仲間が、大変なことになってるが。気にならねぇのか?」


「んあ? お仲間? ああ、あいつら、何やってんだ。ふははは! 何だ、あれ。目が見えてねぇみてぇだ。おい! お前ら、何ふざけてんだ?」


 男は仲間の方へ向かって、笑いながら声をかけた。


 まさか、本当に見えなくなっているとは思っていないのだ。


 男の声を聞き、仲間の一人がこちらを向いた。


「おい! 何笑ってんだ! 全部、お前のせいじゃねぇか! ふざけんな!」


 若い男は怒りの形相で、声だけを頼りに駆け出した。


 だが、足元の段差に気づかず、その場で転倒する。


「……おい。本当に、見えてないのか……」


 その様子を見ていた主犯の男は、不安げに素戔嗚の顔を見た。


「あいつらは、お前の仲間ではなく、ただ来いと言われて来ただけだと言った。そして、ここで行われることを見ていただけで、何もしていないのだから帰せ、とな。だから、あの程度で済んでいる」


「あの程度って……。あれも、あの長髪の男がやったのか?」


「月読だ。長髪の男ではない。月読は、お前のことしか見えていなかった。あやつらの目を取ったのは、俺だ」


「な、お前みたいなガキに、何ができるんだ。笑わせるな」


 男はそう言ったが、笑ってなどいなかった。


 目の前の少年が、心の底から恐ろしくて仕方がない。


 だが、それを認めたくないという思いが、口から出たにすぎない。


「さぁ、次は、お前の番だ。お前は、あの親子に何をしたんだ?」


「ちょ、まっ、待ってくれよ。元はといえば、あのガキが俺の足にぶつかってきたのが悪いんだ。俺は糖尿で、身体に傷ができたら治りにくい。ほ、ほら、実際に見てくれ。この前、大男にやられた傷。塞がるどころか、もう腐り始めてる。このままじゃ、手を切るしかねぇ。俺は病気なんだ。だから、あのガキに教えてやろうと……俺は悪くねぇ」


 男はそう言いながら、右の掌の傷を素戔嗚へ見せつけた。


 素戔嗚はその傷を見つめ、言った。


「病気なら、何をしても赦されると? それがお前の決まりか?」


「そ、そうだよ。いや、つーか、俺は何も悪くねぇんだけど。子どもには教育が必要だろう? 人は見た目じゃ分からないっつーか、健康そうに見えて、実はこういう爆弾を抱えて生きてる、俺みたいな奴もいるってことをさぁ。今後の人生のために、教えてやんないと……」


「ほぉ」


「だ、だから、子どもが無知なのは、親のせいでもあるだろ。だから、あの母親にも分からせてやろうと……お、俺は、あの親子のためを思って……教えてやろうと……人を見た目で判断するなって……」


 男は、必死に訴えた。


 素戔嗚は、それを無表情で聞いている。


 男の呼吸は乱れ、肩が激しく上下していた。


「ぺらぺらと、よく回る口だな。つまり、病気なら何をしてもいい。子どもの無知は、親のせい。それがお前の決まりなんだな?」


「な、何だよ。さっきから、その決まりってやつ……苛つく」


「壱!」


 素戔嗚が叫ぶと、数十羽の烏の塊が、地面へ向かって急降下してきた。


 地上で烏の群れが団子のように集まり、次の瞬間、四方八方へ飛び立った。


 その中心に現れた人影を見て、男が目を見開く。


「え? 嘘だろ……母ちゃんか?」


 男の目の前には、一人の女が、地面へ横たわっていた。


 目を閉じ、ぴくりとも動かない。


 男が近づこうとしたが、素戔嗚が、その前へ立ちはだかった。


「おい。あれは、お前の母親か? よく見て答えろ。俺は、お前が犯した罪の代償を、母親に払わせなくてはならない。人違いでは困るからな」


 烏が「間違いない」と言わんばかりに、素戔嗚へ向かってひと鳴きした。


 素戔嗚は、分かっていると頷いてみせる。


 だが男は、素戔嗚の身体の隙間から見える女が、本当に自分の母親なのか、そればかりを気にしていた。


「も、もし間違えてたら、どうなるんだよ」


「間違えていたなら、あの女は、もとの場所へ戻す。そして、お前自身に代償を払わせる」


 男の頬が、ぴくりと動いた。


「代償を払うのは、どちらか一方か?」


「そうだ。過ぎた代償はいらん」


 あの女は、確かに自分の母親だ。


 男は、そう思った。


 だが同時に、こうも思った。


 ――俺をこんなふうに育てたのは、あの母親だ。


 子を守るのが親の役目だろ。


 親なら、子がしでかしたことの責任を取るのが当たり前だ。


 こんなことになっているのは、全部、あの女が俺を産んだせいだ。


 俺は悪くない。


「あそこにいるのは、俺の母親だ」


 男がそう答えると、素戔嗚は苦悶の表情を浮かべ、目を閉じた。


 烏たちは、男たちが用意した花火を母親のもとへ運んでは落とし、運んでは落とした。


 数分もすると、母親の身体の上には、花火が山積みになった。


「お、おい。代償って、まさか、あれに火をつけるのか? そんなことしたら、火傷で母ちゃん、死ぬかもしれないぞ」


「子であるお前は、それだけのことをした。だから、親であるあの女が償う。己の命をもって」


「へ、へぇ……。別に、あの親子を殺そうなんて、俺は思ってなかったのに……やり過ぎじゃねぇの?」


「お前に、何かを言う資格はない。これまでも、この先も、己のしたことをすべて他人のせいにする奴の言葉など、耳に障る。黙れ」


 男は、心の中で舌打ちをした。


 だが、今この少年に逆らえば、自分の身が危険だと判断した。


 隙をついて、どう逃げ出すか。


 考えているのは、それだけだった。


 目の前の母親には、今まさに、火が放たれようとしている。


 それでも男は、こう思っていた。


 ――悪いな。


 まあ、子どもを守るために死ねるなら、本望だろうさ。


 もう、とっくに見捨てた俺のためっていうのが、少しばかり可哀想な気もするが。


 どちらかが犠牲になるなら、親であるあんただ。


 素戔嗚は男の顔を一瞬だけ見て、胸糞悪いとでもいうように腕を振り上げた。


 一羽の烏が、先端の燃えた木の枝を咥えて飛んできた。


 そのまま母親の上空から急降下し、花火の山へ枝を落とす。


 しばらくすると、下の方にあった花火へ火が移り、しゅうっと音を立て始めた。


 火花が弾けた直後、大きな炎が、花火の山を覆った。


 その一番下にいる男の母親も、炎に包まれている。


 男は、目の前の光景に息を呑んだ。


 ――これで、俺は助かる。


 母ちゃん、ごめん。


 男は心の中で、そう呟いた。


 だが、何かがおかしい。


 先ほどから、背中がちりちりと痛む。


 その痛みは次第に強くなり、背後からは、何かが焦げる臭いまで漂い始めた。


 ――痛い。


 痛い。


 どうなってんだ?


 痛い。熱い。


 痛い。熱い!


「ぎゃあああ! 熱い! 痛い!」


 耐えきれなくなった男は叫び、辺りをのたうち回った。


 目の前では、炎に包まれた母親が横たわっている。


 だが、母親の身体には、火傷一つついていない。


 代わりに、男の衣服が焼け、皮膚が赤黒く変色していく。


「な、何で……母ちゃんが、払うんじゃ……」


 素戔嗚は、地面を転がる男を見下ろした。


「いい歳をして、いつまで母親へ己の人生を背負わせるつもりだ」


「話が……違う……」


「違わねぇよ。あれは、お前の母親ではない。お前の目と心が作り出した幻だ」


 燃え盛る炎の中で、母親の姿が揺らいだ。


 やがて輪郭が崩れ、煙に溶けるように消えていく。


 あとに残ったのは、積み上げられた花火だけだった。


「お前は、自分が助かるためなら、母親を差し出せると決めた。だから、その選択の責任を、お前自身へ返しただけだ」


「熱い……助けて……」


「お前を産んだのは、確かに母親だ。だが、お前が今日まで、どのように生きてきたのか。どの道を選び、何をしてきたのか。それは母親の人生ではない。お前の人生だ」


 素戔嗚は、苦しむ男から目を逸らさなかった。


「自分の人生に、自分で責任を持て」


 男はついに、その痛みと熱さへ耐えきれず、意識を失った。


 素戔嗚は男を一瞥すると、舌打ちをひとつして、忌々しげに空を見上げた。


「龍よ。すまぬが、今一度姿を現し、この火を消してくれ」


 素戔嗚がそう告げた途端、川から龍が飛び上がった。


 二、三度、上空をくるくると回ると、再び川へ戻っていく。


 空が雲に覆われ、一粒、また一粒と、雨が降り始めた。


 雨脚は次第に強まり、花火の山を覆っていた炎は、すぐに消えた。


 男の身体にも雨が降り注ぎ、火の消えた衣服から、白い煙が何本も立ち上っていた。


 藤田がやってきたのは、その時だった。


 数人の警察官を連れて現れた藤田は、目の前の惨状に言葉を失った。


 数人の若い男たちが、放心状態で地面へ座り込んでいる。


 その少し離れた場所には、何かが燃えた跡があった。


 傍らには、皮膚が赤黒く変色した男が一人、倒れている。


 そして、肩に烏を乗せた少年が一人、川の方を見つめて佇んでいた。


 藤田が近づくと、素戔嗚は、川を見つめたまま言った。


「こんな世の中にしたのは、俺たちか? 俺たちが、人を甘やかした結果なのか?」


「……素戔嗚さん」


「藤田さーん! ちょっと来てください!」


 藤田は、悲しみに満ちた素戔嗚の横顔を見て、何か言葉をかけたかった。


 だが、かけるべき言葉が見つからないまま、山下のもとへ向かった。


「藤田さん! この火傷を負ってる男、起訴できなかった奴ですよ。今、救急車がこっちへ向かってます。通報では、女と子どもが数人の男に連れていかれたって話でしたけど……これ、まさか神田さんが?」


 山下は、川辺に立つ少年へ視線を向けた。


「つか、あの子は誰ですか? 肩に烏なんか乗せて、めちゃくちゃ雰囲気あるな。彼にも、話を聞きましょうか」


「あの子の話は、俺が聞く。それより、こいつを早く病院へ運ばないとな」


 山下と藤田が話していると、地面に座り込んだ男たちの対応をしていた、別の警察官がやってきた。


「あちらの男たち、全員の身元を確認しました。全員、未成年です。それから……」


 警察官は、一度言葉を切った。


「全員が視力を失っています。何も見えないと訴えています」


 藤田は、もう一度、素戔嗚を見た。


 素戔嗚は悲しげな表情を浮かべたまま、川の流れを見つめている。


「そうか。なら、これ以上、あの子には何も聞かないでやってくれ」


「……はあ」


 警察官は腑に落ちない様子で首を傾げたが、それ以上は何も言わず、男たちのもとへ戻っていった。


 藤田は、意識を失って倒れている男を見下ろした。


 赤黒く焼けた皮膚は、見るに堪えない。


 だが、胸は僅かに上下している。


 まだ息はある。


 それを確かめ、藤田は心の中で願った。


 頼む。


 死んでくれるな。


 これ以上、素戔嗚に人の命を奪わせないでくれ。


 これ以上、あの神を悲しませないでくれ。


 通報では、女と子どもが、数人の男に連れ去られたという話だった。


 だが現場に着いてみれば、女と子どもの姿はなく、連れ去った側であるはずの男たちは、全員が傷を負っていた。


 数人の若い男は視力を失い、主犯と思われる男は、全身に酷い火傷を負っている。


 そして、その傍らには、烏を従えた少年が一人。


 素戔嗚が彼らに裁きを下したことだけは、藤田にも分かっていた。


 だが、この河原で、実際に何が行われたのか。


 素戔嗚が彼らの何を見て、どのような裁きを選んだのか。


 藤田には、まだ知る由もなかった。

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