↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ちょ、月読命さん。スウェット上下で何してますの?  作者: もちむぎ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/40

第三章

永い時を、私は黄泉での務めに費やした。


 年に一度、出雲で行われる神議り。その後の新月の夜に現世へ赴き、議事録を受け取る。私はそれと照らし合わせながら、黄泉にいる魂たちを、それぞれの生まれ先へと案内した。


 初めのうちは、それで事足りていた。


 しかし年月が過ぎるにつれ、時の流れる速さそのものが変わったのではないかと思うほど、現世の有り様は目まぐるしく変わっていった。


 年に一度では追いつかず、半年に一度となり、三ヶ月に一度となり、今では月に一度、新月のたびに現世の縁結びを確かめざるを得なくなっていた。


 なぜなら、縁を結ぶはずだった先が消えてしまうからだ。


 現世に生まれ変わるはずの魂の縁が、いつまで経っても繋がらないのである。


 人の心が変わりやすいのか。あるいは、当人同士の縁は繋がれど、その先を子へと繋ぐ意思がないのか。


 とにかく魂たちは、待てど暮らせど、行くべきところへ行ってはくれなかった。


 果てには、魂自身が生まれ変わりを拒む始末である。


 私は、ただ頭を抱えることしかできずにいた。


「このままでは、黄泉の国が魂で溢れかえってしまう。イザナミとて、一日に千の命を奪うと言ったとはいえ……」


 まさか――。


 私は、はっとした。


 だが、すぐに浮かんだ考えを打ち消した。


 そんなはずはない。


 そう、自分に言い聞かせた。


「いったい何が起こっているのだ。現世の神々は、何をしている」


 私は頭を抱えながら、久延毘古の神を呼び寄せた。


 久延毘古の神はイザナミと酒盛りをしていたらしい。しばらくすると、奥から、ぴょこん、ふらふら、ぴょこんと、一本足でやってくる姿が見えた。


「どれだけ飲んだのですか。もう足にきているではありませんか」


「月読クン、呼んだかのぉ? 私はちと、今忙しくてのぉ」


(ツクヨミクン……? 久延毘古の神、完全にできあがっている……)


「あ、あの、久延毘古の神。お聞きしたいことがありまして」


「何でしょうなぁ。手短に願いますよ。ヒック!」


 久延毘古の神は、赤らんだ顔で私の前に立っている。さっさと言えと言わんばかりに身体をふらつかせ、座ろうともしない。


「久延毘古の神。近頃の現世の様相を聞きたいのだが……なぜ皆、生まれ変わりを拒絶するのか……」


「はぁああ……へぇ。現世ですかぁ? はぁ、へぇ、ヒィック。うぅ……知ってますよぉ、ええ。おっとっと」


 久延毘古は、大きな一つ目を半分ほど閉じ、じとりと私を見た。それでも座る素振りは見せず、ふらふらと身体を揺らしては、今にも均衡を崩しそうになっている。


(奥からここまで、それほどの距離もないというのに。イザナミは、いったいどれほど飲ませたのだ? 目まで座っているではないか)


 その時、奥からイザナミが久延毘古を呼ぶ声がした。


 よほど上機嫌なのか、その声は愉快そうに跳ね上がっていた。


 久延毘古は奥を気にしながら、私に向き直った。


「……月読命。ふぅ。あなた様は、己の使命を全うなされよ。ヒィック……悪いことは言わん。間違っても、現世に首を突っ込むでないぞ……ふぅ、はぁ……イザナミが呼んでおるでのぉ。はぁ、ここは良き所じゃ……あちらは……ふふ」


 そう言うと、久延毘古は片手をひらひらさせながら踵を返し、イザナミのいる奥へとふらふら帰っていった。


 どうやら久延毘古の神は、私を現世に関わらせたくないらしい。


 現世に関わるな――そう告げた時の一つ目だけは、酔っているとは思えぬほど、真っ直ぐに私を捉えていた。


「白兎」


 遠ざかっていく久延毘古の背を見つめながら小声で呼ぶと、物陰に隠れていた白兎が顔を出した。


 私が何を考えているのか察したらしい。白兎は、たちまち強い口調になった。


「駄目ですよ。駄目、駄目。あなた様がいなくなったら、誰が魂の話を聞くというのです? 誰が氣を満たすというのです? 駄目ですからね。絶対に」


「自死によって氣枯れた魂に、無理に氣を満たさずともよいと言ったのは白兎、お前ではないか。永い間、私のそばにいたお前なら、魂の話を聞くことも容易いだろう?」


「あー、やだ。あー、やだぁ!」


 白兎は長い耳を両手で押さえ、聞こえませんとばかりに大声を出した。


 その姿があまりにも可愛らしく、私はつい笑ってしまった。


「ふふ。子どもですか?」


「いや、でも! あなた、骸の兵が増えるのは困ると言っていたではありませんか! だから氣を満たし続けてきたのでしょう? それを今さら、何を考えているのですか?」


 白兎の必死な訴えを聞いていると、すべてを押しつけるのは、さすがに可哀想にも思えた。


 だが、私とて思いつきだけで、このようなことを言っているわけではない。


 黄泉の国で今起こっている異変に、現世が関係しているのは明らかだった。


「白兎……私が黄泉の国を統べよと命ぜられ、ここへ来たことは知っているね。私は永い間、ここでやるべきことをやってきた。それでも今、黄泉に異変が起きているのは確かだ。しかも、それは現世と深い関わりがあるように思えてならない。だから、どうか私の願いを聞いてくれないか?」


 白兎は眉を寄せ、目を閉じた。


 しばらく考え込んだのち、ゆっくりと目を開き、私をじっと見つめた。


「……ひと月。次の新月から、ひと月だけです。それ以上は……無理」


「ありがとう。恩に着る」


 こうして私は、黄泉の国で起きている異変の原因を探るため、次の新月の夜に現世へ旅立つこととなった。


 とはいえ、出立までにやるべきことがある。


 まず私は、白兎を自分と同じ姿形に変えた。


 久延毘古の神に警告されたからだ。


 あの時、久延毘古は酔っているように見えた。だが、私の考えていることなどお見通しだと言わんばかりに、先回りして釘を刺してきた。


 しかしそれは裏を返せば、現世には何かがあると告げているようなものだった。


「あのう……似ていますか、これ。月読様に」


 私と同じ姿に変わった白兎が、手と足を交互に眺めながら尋ねた。


 自分の姿など、これまでまじまじと見たことがない。似ているかと聞かれても、正直なところ私にも分からなかった。


 だが――。


「そっくりだよ。大丈夫。ここへ来る魂は、皆、初めて私を見るのだから。少しくらい違っていても分からないよ」


「本当ですかぁ?」


「本当、本当。白兎は魂の話を聞いて、氣が枯れていない者はそのままでよい。氣枯れている者や、穢れを負っている者は白兎の手には負えないだろうから、忙しいとか何とか理由をつけて、イザナミに頼むといい」


 イザナミに頼めと言った途端、私の姿をした白兎が、心底嫌そうな顔をした。


「イザナミ様にですか!? えぇ……嫌だなぁ。それは本当に嫌だなぁ……」


「そう言われてもなぁ……白兎は本当にイザナミが苦手だね。でも、お願いだよ。このとおり」


 私は白兎に頭を下げた。


 白兎は後ろへ跳び退き、慌てて声を上げた。


「月読様! 頭なぞ下げないでください! 駄目です、駄目、駄目! 分かりましたから。やれるだけのことはしますから! 頭を上げてください!」


 私は顔を上げ、にっこりと笑った。


 白兎はなんだかんだと言いながら、私に甘い。


 それから数日後、私は黄泉と現世を繋ぐ道を歩いていた。


 細く暗い道を進んでいくと、やがて二手に分かれる場所へ行き着く。


 私は、高天原から黄泉へ来た時に通った道とは逆の、もう一方の道へと進んだ。


 しばらくすると、大きな一枚岩が現れた。


 この岩の向こうが現世だ。


 父が黄泉から逃げ帰った際、出入り口を岩で塞いだとは聞いていた。だが、内側から見るのは初めてだった。


 私は手を伸ばし、岩の塞ぎ目を探った。


 だが、どこをどう触ってみても、隙間らしきものはない。出入り口は、隙間なく岩で覆われていた。


「はて? どういうことだ? これでは開けられない……」


 一人、暗闇の中で呟いた。


 いくら考えても妙案は浮かばない。


 開かないのであれば、現世へ行くこともできない。私は途方に暮れ、岩で塞がれた出入り口をじっと見つめた。


 その時だった。


 突如、大きな音を立てて、岩が動き始めた。


 人ひとりがようやく通れるほどの隙間ができると、その向こうから声が聞こえた。


「月読命! 蔦がここを塞ぐ前に、早う出てきてくだされ!」


 私は慌てて、声のする隙間へ身体を捩じ込んだ。


 多少の傷は負ったものの、何とか岩の外へ出ることができた。


 岩戸を押さえている者へ振り返り、声をかける。


「どこのどなたか存じませんが、助かりまし――く、久延毘古の神!? あなたが、なぜここに?」


 手についた土をぱんぱんと払いながら私のもとへやってきたのは、久延毘古の神だった。


 久延毘古は一本足で私の前にどかりと座り、頭を下げた。


「中の久延毘古から聞いております。私の役目は、月読命を黄泉からお出しすること。もうすぐ彦がやってきます。あなた様をご案内すると、意気込んでおりましたからな」


「いや、それよりも、開けてもらって助かった。まさか継ぎ目を塞いでいた蔦が、石に変わっているとは思いもしなかった。そうか。中の久延毘古が分霊であることは聞いたが、では、あなたが久延毘古の神の本神なのか?」


「いえいえ。私もまた、久延毘古の分霊。中にいるのがその一なら、私はその二でございます。我々は、どこにでもおりますゆえ」


「そうなのか」


「しかし、あなた様は月に一度、現世へ来られていたのでしょう? なぜ、この岩戸が外側からしか開かぬことをご存じなかったのでしょう。私には、それが不思議でなりません」


「それは、その……意識を飛ばしていたにすぎないのだ。それも、ほんの一瞬だけ。次から次へと魂が黄泉へやってくるから、身体ごと離れるわけにはいかない。現世の景色を一瞬だけ見て、すぐに黄泉へ戻っていた。岩戸に近づいたこともなかったのだ」


「はぁ、なるほど。ほかの久延毘古の分霊たちが言っていた意味が、ようやく分かりましたよ。新月の夜、身体も持たぬ月読が何をしに来たのかと思えば、一時も留まらず黄泉へ帰ってしまう。ただただ一瞬、現世を見たかっただけなのですね。現世は華やかですものなぁ、黄泉とは違って」


 久延毘古の言葉を聞いた途端、これまで自分がしてきたことが、急に恥ずかしく思えた。


 そうだ。


 その二の言うとおり、私はただ、華やかな現世を見たかっただけなのだ。


 だが、今回は違う。


 黄泉の異変を知るために、私は現世へ来た。


「認めるよ。いくら広いとはいえ、黄泉は岩に覆われた闇だ。それに引き換え、現世にはどこまでも広がる空と、きらきらと光る星がある。私は、ほんの一瞬だけ現世へ来て空を眺めることを、息抜きにしていたのだ」


「別に、よいではありませんか。私は責めやしませんよ。それで心穏やかにいられるのなら、やったほうがよいことです。そもそも、あなた様は立派に使命を果たしておられる」


「なんだか、中にいるその一と、あなたは違うね。その一は酒盛りが大好きで、時折、酔って正体をなくしているのに。あなたは、その……何と言うか、真面目だ」


 私がそう言うと、久延毘古その二は一つ目を大きく見開いた。


 そして、わなわなと身体を震わせる。


「やつは……中で酒盛りを? 酔って正体をなくす?」


 しまった。


 久延毘古の神々の間で、酒盛り禁止令でも出ているのだろうか。


 だが、次の瞬間、久延毘古その二の口から飛び出したのは、まったく予想もしない言葉だった。


「ずるい!ずるいぞ、私だって酒には目がないというのにー!」


 何を言うかと思えば、その二も酒が好きだったとは。


 自分の要らぬ思い込みに、私は苦笑した。


「ですが、今回の世渡りは、現世の華やかなところを見るだけでは終われませんよ」


 不意に、久延毘古の神の声色が変わった。


 その一つ目には、先ほどまでのふざけた様子など欠片もなく、真剣な光が宿っていた。


「分かっている。私には、知らなければならないことがたくさんある」


 すると、遠くから何かが近づいてくる音がした。


 久延毘古も気づいたらしく、大きな一つ目をぐるりと音のする方へ向けた。


 そちらに生えていた木々が大きく撓み、左右へと分かれていく。


 まるで、自ら道を開けているかのようだった。


 その間から、けたたましい轟音とともに現れたのは、黒く光る甲冑に覆われた馬と、それに跨る大漢だった。


「わりぃな。遅くなっちまった」


「待ちくたびれたぞ、彦! どうせ、よそ見でもしながら来たのであろう」


 大漢が悪びれた様子もなく言うと、久延毘古その二が呆れ顔で物申した。


「そんなに怒るなや、爺さん。いやぁ、うずめちゃんに似た娘を見つけたから、ちょっと確かめていただけだろぉ。時間に遅れたことは謝る。すまん、すまん」


「まったく、お前というやつは。ああ、こちらが月読命だ。この方をご案内せい」


「はいよ、月読さんね。じゃあ、後ろに乗ってくれ。あんたが行きたいところへ案内するからさ」


(後ろ? この馬の後ろに座ればよいのか? というより、彦と呼ばれるこやつは、いったい何者なのだ?)


 そう思いながら久延毘古その二をちらりと見ると、早く行けと言わんばかりに頷き、手をしっしと振っている。


 仕方なく私は、甲冑の馬の背に跨り、大漢の後ろに腰を下ろした。


 途端に馬は、ブルルッと轟くような嘶きを上げた。


「とりあえず、上がるぞ!」


 彦が言うが早いか、馬は地を蹴った。


 次の瞬間、私たちの身体は、あっという間に空高く舞い上がっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。