第二十六章
店内は、昼なのか夜なのか分からないほど明るく、そして広かった。
ショッピングモールとは、大きな建物の中にいくつもの店が集まった、小さな街のような場所らしい。食料も衣類も日用品も、ここへ来れば揃わぬものなどないのではないかと思うほど、品物で溢れている。
「まずは、月読さんと素戔嗚さんの服ね」
神田はそう言うと、迷うことなくエスカレーターへ向かった。私と素戔嗚と佑は、黙ってその後をついていく。
この動く階段は、エスカレーターという。
個人的には、乗る時よりも降りる時の方が難しい乗り物だと思っている。
二階には衣類を扱う店がいくつも並んでいたが、神田はそれらに目もくれず、奥へ奥へと進んでいった。
辿り着いた店には、子ども用から大人用まで、下着から上着まで、ありとあらゆる衣類が揃っていた。
「随分と品揃えのよい店ではないか。ここなら、私と素戔嗚の服をいっぺんに揃えられるな」
私が感心していると、神田は真顔で答えた。
「ここが一番安いんです。さあ、とりあえず着られそうなものを選んでください」
そう言われても、何を選べばよいのか皆目見当がつかない。
途方に暮れていると、素戔嗚が意気揚々と何かを抱えて戻ってきた。
「俺、これ! 二枚も入ってて、お得だぜ」
「素戔嗚さん。これはトランクス。下着です」
神田は素戔嗚が持ってきた品を確認し、大きく息を吐いた。
「確かに必要ですけど、あなたならサイズはこっち。それに、もう十月になりますから、長いズボンも選んでください」
神田はトランクスを二回り小さなものと取り替え、素戔嗚へ手渡した。
素戔嗚はそれを見て、不満そうに口を尖らせる。
「何だよ。このくらいのクソガキは、一年中、半ズボンで駆け回ってただろうが」
「いったいいつの話ですか。昔だって、寒くなれば長袖と長ズボンを着ていましたよ。真冬でも半袖半ズボンだった子なんて、ほんのひと握りです」
「なら、俺はそのひと握りになる!」
「はぁ……もういいです。半ズボンでも何でもいいから、とにかく選んでください」
「僕が一緒に選んであげるよ。素戔嗚、あっちにちょうどよさそうなのがあるから行こう」
佑が素戔嗚の手を引き、子ども服売り場へ連れていった。
「じゃあ、素戔嗚さんは佑に任せて、私は月読さんの服を見ますね」
「ああ、助かる。私一人では何を選べばよいのか分からず、困っていたところだ」
「月読さんは背も高いし、体型も普通だから、大抵の服は着られると思いますよ。あとは、好きな色とか、好みの形とかですね」
神田はそう言いながら、並べられた服を一着ずつ見ていく。
私は目の前の服をぺらぺらと捲りながら、神田へ尋ねた。
「神田さんは、もう佑のおかしな振る舞いを気にしないことにしたのか?」
「え?」
「何かを覚悟したような顔をしている」
神田は、服を選ぶ手を止めた。
「……実は、素戔嗚さんが、こっそり教えてくれたんです。佑の前世のこと」
「なっ……」
「佑は、前世で私の弟だったんですよね?」
「あ、ああ。そうなのか。では、その……神田さんも、前世の記憶を?」
神田は静かに首を横へ振った。
「素戔嗚さんが、『見せてやろうか』と言ってくれました。でも、断りました」
「なぜだ?」
「佑が月読さんに会ったことをきっかけに思い出したのなら、私も同じように思い出してもおかしくなかった。もちろん、佑はまだ神に近い年齢だから、あなたの影響を強く受けたのかもしれません。でも、私は思い出さなかった」
神田は、手にしていた服へ目を落とした。
「きっと、それにも意味があるんです。だから私は、知らなくていい」
「……そうか。そうなのかもしれないな」
「はい。ちなみに、こういう服はどうですか? これなら外へ着ていっても、おかしくないと思いますけど」
神田は一着の服を持ち上げ、私の身体へ合わせた。
正直なところ、私は服など、着られれば何でもよい。神田がよいと言うのなら、それでよいと思った。
「では、それにしましょう」
「えっ、これでいいんですか? 月読さん、自分で決める気がないでしょう」
「はい。正直、何がよくて何が悪いのか分からないので」
私が素直に答えると、神田は呆れた顔で溜め息を吐いた。
その時、試着室を隔てた向こう側から、店員の声が聞こえてきた。
「中村さん。さっき、そこの棚をやっておいてって言ったじゃない。まだできてないの?」
何とはなしに覗いてみると、二人の女性店員がいた。
一人は両手いっぱいに衣類を抱えている。もう一人は何も持たず、険しい顔で相手を睨みつけていた。
「すみません。田中さんから、先にこれを片づけるように言われたので、終わり次第やります」
恐縮した様子で答えた方が、中村という店員なのだろう。
すると、もう一人の店員は、ただでさえ吊り上がっていた目を、さらに吊り上げた。
「田中さんに言われたから何? 私が先に頼んだんだから、こっちを先にやるべきじゃないの? そうやって、すぐ上司の機嫌を取るの、やめたら? みっともない」
「でも、佐島さんの棚は、佐島さんのお手伝いということでしたので……先に始めていただければ、こちらを片づけたあとで合流します」
険しい顔の店員は、佐島というらしい。
「はぁ? 私一人でやれってこと? ああ、やってられない。私、もう知らないから。あなたがやって。今すぐ。それの片づけなんて、後にしなさいよ」
店員同士の揉め事を聞いてしまい、私と神田は、その場を動くに動けなくなった。
そこへ、また別の声が加わった。
「佐島さん、中村さん。どうかしたの?」
「あ、田中さん……」
「中村さんは、さっき私が頼んだ仕事の途中でしょう? 佐島さんは棚のディスプレイをしているはずだけど、二人とも何を話しているの?」
どうやら、新たに現れた店員が、件の田中らしい。
佐島は田中を見るなり、先ほどまでとは打って変わった声を出した。
「聞いてください、田中さん。違うんです。私が棚のディスプレイを始めようとしたら、中村さんが『そんなディスプレイじゃ、お客を呼べない。全然駄目だ』って。それで、『私が田中さんに頼まれた仕事を終えるまで、手をつけるな』って言うんです。私もディスプレイには自信がないし、中村さんがそう言うなら、何もできなくて……」
「そうなの? 中村さん」
「えっ……」
中村は目を見開いた。
ところが佐島は、田中が続きを尋ねるより早く声を張り上げた。
「何ですか、その聞き方。私が嘘をついてるって言うんですか? 酷い! 田中さんは中村さんを気に入ってるからって、ほかの販売員に対して、その仕打ちはないんじゃないですか? パワハラですよ!」
「いえ、こういう時は双方から話を聞くものでしょう? 私は二人に事情を尋ねようとしただけです」
田中は、二人の上司らしい。
彼女が加わったことで、その場の空気は、ますます重苦しくなった。
私と神田は顔を見合わせる。神田も、どうすればよいのか分からない様子だった。
その時だった。
シャッ、と勢いよく試着室のカーテンが開いた。
「おい、お前。何で嘘をつくんだよ。さっきと言ってることが、ちぐはぐすぎて気持ち悪いぞ」
中から現れたのは、素戔嗚だった。
「「素戔嗚!」」
「何だ、お前たちもいたのか。静かすぎて分からなかったぞ」
「いったい、いつからそこにいたのですか?」
「佑が便所に行ったから、ここに隠れて驚かせてやろうと思ったんだよ。なのに、あの女がぎゃあぎゃあ喚くから、うるさくて出てきちまった」
店員三人と、私たち三人との間に、奇妙な沈黙が流れた。
最初に口を開いたのは、佐島だった。
「僕? 試着室は、かくれんぼをする場所じゃないのよ。ほかのお客様の迷惑になるから、やめようね」
佐島は薄い笑顔を貼りつけ、私と神田へ目を向けた。
「お父さんとお母さんも、ちゃんと見ていてあげてください」
「その薄寒い作り笑い、やめろよ。それと、そいつらは俺の親じゃねぇ」
素戔嗚は、佐島を真っ直ぐに指差した。
「あんた、さっき、その服を抱えた姉ちゃんに、こう言ったよな。『中村さん。さっき、そこの棚をやっておいてって言ったじゃない。まだできてないの?』って」
「な……」
「それから、『田中さんに言われたから何? 私が先に頼んだんだから、こっちを先にやるべきじゃないの? そうやって、すぐ上司の機嫌を取るの、やめたら? みっともない』とも言った」
素戔嗚は、声色まで真似て、一言一句違わず再現してみせた。
「ついさっきのことだぞ。もう忘れたのか? まだ、そんな歳でもねぇだろ」
あまりの再現度の高さに、私と神田は思わず吹き出してしまった。
すると、佐島の矛先がこちらへ向いた。
「何なんですか、あなたたち! カスハラですか? 店員同士が喧嘩してて面白いとか言って、SNSに上げるつもりでしょう! そんなことしたら、訴えますから!」
「佐島さん、落ち着いて。とにかく、落ち着いてください」
田中が声をかけるが、佐島の耳には届いていないようだった。
「そいつらは俺の親じゃねぇって言ってんだろ。それから、SNSだの、カスハラだの、パワハラだの、何とかハラだの、俺にはさっぱり分からん。だがな」
素戔嗚の目つきが鋭くなった。
「他人を責める前に、てめぇのやってることが真っ当かどうか、よく考えてから物を言え」
「佐島さん。本当に落ち着いてください。今の態度は、お客様に対するものではありません。すぐに謝罪してください」
田中は静かに、しかし厳しい口調で命じた。
佐島は歯を食いしばり、怒りに震えていた。
「田中さん。私がこの人たちに謝ったら、今のことを上へ報告しないでもらえますか?」
「それは……今ここで約束できることではありません」
「私、この歳でここをクビになったら、もう、どこも雇ってくれません。上には言わないでください」
佐島はそう訴えた直後、中村をきつく睨みつけた。
「だいたい、あんたが、さっさと私の頼んだ仕事をやってれば、こんなことにはならなかったのよ! 仕事が遅いくせに、上司には愛想ばかり振りまいて! 田中さんに気に入られてるからって、いい気になってるんじゃないわよ! あんたのことが嫌いなのは、私だけじゃないからね。ほかのみんなだって、嫌ってるんだから!」
佐島の中村に対する嫌悪は、傍目にも明らかだった。
二人の間には、今日できたものではない、深い溝がある。
それまで黙っていた中村が、小さな声で答えた。
「私は、好き嫌いで仕事をしていません」
その一言で、佐島は完全に激昂した。
「私がここをクビになって、病んで自殺したら、あんたのせいだから! 私が死んだら、あんたが殺したのと同じだからね!」
ああ、これはいけない。
私はその言葉を聞き、酷く悲しくなった。
人の命を、そのような形で他人へ背負わせてはならない。
私が口を開くより先に、素戔嗚が怒鳴った。
「違うだろ!」
店内に、素戔嗚の声が響く。
「お前が自分で選んだことを、何で赤の他人に背負わせるんだ! こいつに『お前のせいで死ぬ』なんて呪いをかけるんじゃねぇ!」
「何が呪いよ! 私から居場所を奪って、ろくな仕事も任されなくなって! 聞けば、仕事は中村さんにばかり回されてる! 私より少し若いからって、何なのよ! 中村さんさえ入ってこなければ、こんなことにはならなかった! 全部、中村さんのせいなんだから!」
「もう、おやめなさい」
私は佐島へ向き直った。
「あなたが生きることも、ここを離れることも、これから何を選ぶかも、あなた自身のものです。自らの命をどうするかまで他人の責任にして、中村さんへ背負わせてはなりません」
「何よ……」
「あなたが今の状況に不満を抱いていることと、中村さんへ命の責任を負わせることは別です。黄泉へ来られた際には、時間をかけてお話を伺いましょう。ですが今は、これだけ覚えておいてください」
私は、真っ直ぐ佐島を見た。
「あなたの命は、あなたのものです。中村さんのものではありません」
「何なのよ……みんなして、私ばかり責めて。私は間違ってない。間違ってないから!」
騒ぎを聞きつけたほかの店員と、その上司らしき者が駆けつけてきた。
詳しい事情はその場で聞かず、明らかに取り乱している佐島を、ひとまず店の奥へ連れていった。
残された田中と中村、そして後から来た上司が、私たちへ深々と頭を下げた。
「あの、私たち、SNSへ上げたりはしませんから。そこは安心してください」
神田がそう告げると、田中と上司は、僅かに安堵した表情を見せた。
中村は両手いっぱいに服を抱えたまま頭を下げ、仕事へ戻っていった。
いつの間にか、佑も厠から戻ってきていた。
遠巻きに一部始終を見ていたらしい。騒ぎに巻き込まれまいと、近づかずにいたようだ。
「何をやってるの? お母さんまで。トイレから戻ってきたら、ものすごい騒ぎになってるんだもん。何があったのかと思ったよ」
「お前がいねぇから、何とかハラが次から次へと出てきて、何が何やらさっぱりだったぞ。ガキのくせに、便所が長ぇんだよ」
「何とかハラ? ああ、ハラスメントね。確かにいろいろあるけど、正しく使っている人もいれば、何でもかんでもハラスメントだって騒ぐ人もいるからね。言葉だけを聞いて決めつけず、何があったのかを考えないと。で、素戔嗚が、あの人にハラスメントをしたって話?」
「ぜんっぜん違う。お前、もう黙ってろ」
「何なんだよ。僕がいないから分からなかったって言ったり、戻ってきたら黙れって言ったり……っていうか、素戔嗚、すごく機嫌が悪くない?」
「は? いいから黙ってろよ」
その後も、二人は言い合いを続けた。
神田が選んだ服の会計を済ませ、私たちは一階の食料品売り場へ向かった。
もちろん、プリンも買ってもらった。
前を歩きながら戯れ合う佑と素戔嗚を眺め、私は首を傾げる。
実は私も、素戔嗚の機嫌が悪いと感じていた。
理由は分からない。今は楽しそうに佑と戯れているが、先ほどは、いつにも増して喧嘩腰だった。
食料品売り場を見て回っていると、神田が次々に商品を籠へ入れていく。
迷わず入れる時もあれば、品物を手に取り、値札を見比べながら長く考える時もある。
眺めていると、なかなか面白い。
ふと、神田と目が合った。
「やっぱり、月読さんって上下スウェットでも目立つのよね。若いお母さんたちが、みんな振り返ってる。顔が綺麗すぎるのよ。男のくせに整いすぎてて、嫉妬しちゃう」
「急に何を言い出すのかと思えば。神田さんも十分に生気に満ちていて、美しいと私は思うぞ」
「えっ」
「私を見ているという人々は、きっと私が物珍しいだけだろう」
「……はいはい。じゃあ、それでいいです」
神田は顔を逸らすと、籠の中を確認した。
「豆腐に、納豆に、プリンに……よし。買うものは、これで全部ね。会計へ行きましょう」
私たちが歩き出そうとした時、背後から声をかけられた。
「あの、すみません!」
振り返ると、先ほど衣料品売り場にいた中村が立っていた。
「あら。さっきの店員さん……中村さん?」
神田が声をかけると、中村は深く頭を下げた。
「先ほどは、ありがとうございました。私、店長に退職したいと伝えてきました」
「今、ですか?」
「はい。やっと、決心がついたんです」
中村は迷いながらも、自らの胸の内を話し始めた。
「私……あの時、思ってしまったんです。佐島さんが、本当に死んでしまえばいいって。私のせいにされても、もう、どうでもいい。ただ、目の前からいなくなってくれれば、それでいいって」
何度も言葉に詰まりながら、それでも中村は話すことをやめなかった。
「酷いですよね。こんなことを、わざわざ皆さんへ言いに来るなんて、頭がおかしいと思われるかもしれません。でも、どうしても、お礼を言いたくて」
中村は、この店で働き始めてから佐島に目をつけられ、何度も嫌がらせを受けてきたという。
誰にも相談できず、仕事なのだからと耐え続けた。
自分も変わらなければと思い、理不尽なことには声を上げるようにしたが、それで嫌がらせが収まることはなく、かえって酷くなったそうだ。
「ずっと、気持ちが沈んでいたんです。でも、さっき、あの男の子の話を聞いて気づきました。佐島さんが私に意地悪をしていたことと、私が佐島さんに死んでほしいと願うことは、別なんだって」
中村は、自分の両手を見つめた。
「私、本当は、そんなふうに思いたいわけじゃなかった。それなのに、あの人が死ねばいいなんて、本気で……」
「そのようなことを考えてしまった自分に、驚いたのだな」
私が言うと、中村は顔を上げた。
「自分がそこまで氣枯れていたことに、気づかなかったのでしょう」
「……はい」
「中村さん。あなたが願ってよいのは、自分がどうありたいかです。他人にどうなってほしいかではない。あなたに与えられたのは、あなたの身体と、あなたの魂なのですから」
私はようやく理解した。
先ほどの騒ぎは、中村が自らの心に気づくために必要な出来事だったのだ。
たまたま私たちが居合わせただけで、私たちがいなかったとしても、いつか彼女は選ばなければならなかったのだろう。
耐え続けるのか。
それとも、自らその場を離れるのかを。
「はい。私は、私のことを責任を持って面倒見ようと思います」
中村は、晴れやかな顔で笑った。
「私の心の奥まで腐ってしまう前に、自分からここを離れることにしました。これから正式な手続きがありますけど、もう決めました。とりあえず、実家へ帰ろうと思います。今、ものすごく、すっきりしてます。本当に、ありがとうございました」
それから、中村は素戔嗚へ顔を向けた。
「君にも、お礼を言わせて。あなたのおかげで、大事なことに気づけた」
素戔嗚は照れているのか、困っているのか、何とも複雑な顔をした。
「姉ちゃんは、姉ちゃんの人生を歩けばいい。魂が嫌だと悲鳴を上げているような場所からは、逃げたって構わねぇ。まずは自分を労ってやれ」
素戔嗚は、少しだけ視線を逸らした。
「人生は一度きりだ。死んで生まれ変わったからって、同じ人生をもう一度歩けるわけじゃねぇ。まあ、離れると決めたことが正しいかどうかは、俺には分からんが……今のあんたは、さっきよりずっといい顔をしてる」
「ありがとう」
「ああ、それから――爺ちゃんが、『いつも優しくしてくれて、ありがとう』だとさ」
「お爺ちゃん?」
中村は不思議そうに首を傾げた。
「あなたのお爺さんが? どなたかしら。お名前は?」
「銀杏だよ」
「銀杏さん……?」
中村は、記憶を探るように考え込んだ。
「ごめんなさい。お顔は思い浮かばないけど……こちらこそ、ありがとうございましたと、お伝えしてもらえる?」
素戔嗚は仏頂面のまま、短く頷いた。
言いたいことをすべて言い終えた中村は、もう一度深く頭を下げると、晴れやかな足取りで人混みの中へ消えていった。
「何だか、嵐みたいな人でしたね」
神田はそう呟き、会計の列へ向かった。
買い物を終え、私たちは車を停めた駐車場へ戻った。
そこには、来た時と変わらぬ姿で、銀杏の大木がそびえ立っていた。
けれど私は、気づいてしまった。
その大木が、すでに空っぽになっていることに。




