↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ちょ、月読命さん。スウェット上下で何してますの?  作者: もちむぎ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/40

第二十一章

「おい、お前。そのポケットに、何を入れている?」


 素戔嗚が声をかけると、冴島は振り返った。


 そして、にっこりと爽やかな笑みを浮かべる。


「僕は、それほど心が広い方ではなくてね。君、目上の人間に向かって『お前』はないんじゃないかな?」


 その時になって初めて、私は冴島の目の奥に、淀んだものがあることに気づいた。


「そのポケットの中へ、何を忍ばせているのかと聞いてんだよ。答えられないようなものなのか?」


「ちっ。本当に、口の利き方を知らないガキだな」


「おい、スサ――」


「しっ。あいつの前で、俺の名を呼ぶな」


 素戔嗚が、私の耳元へ小声で囁いた。


 名を知られたくないということか。


 確かに、先ほどまでの冴島とは表情がまるで違う。


 何か、よろしくないことが起ころうとしている。


 そう認めざるを得なかった。


 冴島は苛立った様子で、つかつかと私たちの前まで戻ってきた。


 今度は私へ顔を向ける。


「あんたは、この子の父親か? にしては若く見えるけど……。子どもの躾ができてないんじゃないですか?」


「父親ではないが――」


「さっきから、やけに喧嘩腰だし。あんたたち、本当に何なんです?」


 先ほどまでの爽やかな笑顔からは想像もできないほど、険しい表情をしていた。


 私は右目を手で覆い、左目だけで冴島を見た。


「な……何だ、これは」


 左目に映った冴島の魂は、光を完全に失っていた。


 黒く、硬く、まるで石のように固まっている。


 素戔嗚が、驚く私へ再び耳打ちした。


「お前、穢れに覆われた魂を見たことがねぇのか?」


「ある。あるが、ここまで完全に取り込まれているものは……」


「まあ、そうか」


 素戔嗚は、冴島から目を離さなかった。


「ここまで完全に石になっていれば、死んだ時、魂は黄泉へ着く前に砕け散る。お前のところまで辿り着けるわけがねぇもんな」


「何をこそこそ話している?」


 冴島が、苛立った声を上げた。


「ガキだけかと思ったら、親父の方にも躾が必要なのか?」


 さて、どうしたものか。


 これほどまでに変質した魂は、素戔嗚の言うとおり、黄泉へ辿り着くことがない。


 当然、私には祓った経験もなかった。


「お前、まさか、あの穢れを祓おうなんて考えているのか?」


「当たり前ではないか。方法があるなら教えろ」


 私がそう答えると、素戔嗚は改めて冴島を見た。


 だが、すぐに首を傾げ、顔を歪ませる。


「無理だろう。というか、これは普通に穢れをまとった人間の魂とは、形からして違うじゃねぇか。何があれば、こんなものになるんだよ」


 確かに、素戔嗚の言うとおりだった。


 黄泉へやってくる、穢れをまとった魂は、普通、歪な形をしている。


 本来は丸い魂の周囲に、大小さまざまな形の石が、貼りついているように見えるのだ。


 穢れを祓う時には、その石を一つずつ剥がしていく。


 だが、強くこびりついた穢れを剥がそうとすれば、魂そのものまで傷つけてしまう。


 石の貼りついた部分が大きければ大きいほど、魂が負う傷も深くなる。


 その傷を癒やすには、自らの行いを振り返り、改めていくほかに方法はない。


 再び真っさらな魂へ戻るまでには、途方もない時間がかかる。


 しかし、冴島のそれは違った。


 形だけを見れば、歪みのない完全な球だ。


 何かが貼りついているのではない。


 魂そのものが穢れなのではないかと思うほど、黒く、丸く、石と化している。


「なぜ、このようなことに……。いや、しかし、きっと何か方法が――」


「ええ、怖ぇ。得体の知れない人間がいる。うわぁ、面倒くせぇ」


「おい! それなら、なぜ彼を引き止めるようなことを言ったのだ!」


「だってよぉ」


 素戔嗚は、冴島のポケットへ視線を落とした。


「こいつのポケットから、血の匂いがするんだもんよ。だから、つい」


「血の匂い?」


「さっき、場所を代わった時に匂った」


 とうとう私たちの様子に痺れを切らした冴島が、館内へ響き渡るほどの声で叫んだ。


「何なんだ、さっきからこそこそと! 僕の話を聞いているのか? 聞こえているのか!」


 叫んだ直後、冴島は、しまったという顔をした。


 周囲を見回す。


 大声を聞きつけた図書館の職員が、こちらへ歩いてきていた。


 冴島は私たちへ視線を戻すと、鋭く舌打ちをした。


「……ちっ。むかつく」


 職員が声をかけるより先に、冴島は踵を返し、出口へ向かって歩き始めた。


 このまま立ち去ると分かったのだろう。


 職員は足を止め、しばらくその背を見送った後、自分の席へ戻っていった。


「どうする?」


 素戔嗚は、冴島の後ろ姿が見えなくなっても、出口をじっと見つめていた。


「このまま放っておけば、あれは何かしでかすぞ」


 どうするも、こうするもない。


 彼に、その何かをさせるわけにはいかない。


「彼を止めたい」


「月読なら、そう言うよなぁ」


 素戔嗚は、深い溜め息を吐いた。


「こうなると分かっていて聞くなんて、俺は馬鹿なのかなぁ」


「お前も、彼を放っておけないのだろう? ならば、行くしかないではないか」


「ちっ。仕方ねぇな」


 私は素戔嗚の手を引いた。


 二人で冴島の後を追い、図書館を飛び出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。